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第65話 犯人の目的は不明のままに……。

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 呼び出しを受け、告げられた言葉にエリザベス様の顔色が白い。少しふらついた所を、厳しい顔をしたダグ君がそっと支えた――。エリザベス様はダグ君に目線で感謝を伝えた後、背筋を伸ばししっかりと床を踏みしめて立つ。
 私が血生臭い話を聞いて立っていられるのは、外科で看護師をしていたからだと思う。そう考えれば、ふらついたとしても毅然と立ち続けるエリザベス様の姿はとても凛々しく美しいものだった。
 
 「本来は女性にこんな話を聞かせるべきでは無いのでしょうが……」

 「今回の件、危険は正確に把握させておいた方が良い――と言う事じゃな。まぁ、確かにうら若い女性に聞かせるべき話ではないがの」

 「問題は、父の持っていた『何』の情報が『何処』に伝わったかですが……父の部屋の捜索を進めているのですが、コレだと言えるようなものが出て来ていないのが現状です。犯人が何処の誰かも分かりませんしね」

 そう言って理事長は、眉を顰めた。家族との関係が上手く行っていなかったにせよ、理事長は父と義母を亡くし、義弟もまた死に瀕している状況にある。冷静に話してくれているけれど、押し殺した複雑な感情が見えるような気がした。
 前理事長の死は衆目に晒され過ぎて一時的に隠す事も出来ない。
 そんな中で様々な噂が憶測を生んでいる。こんな状況なのに世間に出て来ないワルステッド――嫡子はどうした?と思われるのが自然で、前理事長の死の様子からワルステッドも既に死亡しているのでは無いか――と囁かれている。
 口さがない人だと、エルダルトン伯爵家を手に入れる為に理事長――妾腹の長男であるルクスさんが犯人なのではと話されているとか。
 これに対しては、陛下のご下命で父が対処にあたってるらしい。実際問題エルダルトン伯爵を理事長が継ぐ訳で、その憶測に信憑性を持たせると余計なトラブルが舞い込みかねないという判断からだ。
 理事長にアリバイはあるから、犯人が見つかり犯行理由が明かされれば一番良いのだけれど。

 「この件を摘発する為に組まれたチームの中では、もっと具体的な憶測が飛び交っていますが――」

 エルダルトン伯爵とワルステッド、そして奴隷商を一網打尽にする為に捜査本部のようなものが作られていたらしい。
 その中の人達の意見で一番多いのは、陛下と父が懐疑的だった奴隷商が犯人説。その場合、さっきも言ったように捜査の手が及ぶ事を察しての証拠隠滅説が有力。知ってはならない事を知ったからとか、交渉が決裂したとかの話もある。
 奴隷商は山向こうの国、ファージル王国の者だ。反乱が起こっているかの国だけれど、奴隷商は実はファージルの間諜では無いか――とも言われている。
 次に多かったのがメルジェド帝国説。前理事長との接点は無いけれど、急な短期留学の要請が前理事長を死に追いやったのでは……?と言うもの。
 大分無理がある気がするけれど、留学希望先の学園の理事長であった人が殺された事でそういう話が出ているらしい。
 そして最後が、前理事長が『誰か』の虎の尾を踏んだのでは?と言うもの。前理事長の性格が災いを引き寄せたのでは?と言うものだ。
 これに関して言えば、拷問は誰かへの見せしめか前理事長を苦しめる為だけに行われた報復であると言う見方をされているらしい。
 
 「さて、その憶測が正しいとも、正しく無いとも言えないのが現状じゃ。今は様々な可能性がある事を留意してくれれば良い。――それからじゃがの、残念ながら留学生が3名――護衛が1名来る事に決まりましての……」

 「――……決まったのですか?」

 学園長の言葉に、アルが息を飲んだ。

 「――……戦争をチラつかせて来ていましたからね……実際、戦となれば負ける事はありません……が、死者を出さずにと言うのは難しい。なので、短期留学生の受け入れくらいなら譲歩しても良い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と陛下は仰せです――」

 理事長が、真剣な顔で言った言葉に、私達は息を飲んだ。
 戦争――……正直に言えばアリエナイ話だ。たかだか短期留学をさせる為だけに戦争をチラつかせる??友好条約を結んでいる訳では無いけれど、メルジェド帝国とはそれなりに友好的な関係を築いて来た筈だ。
 それなのに、戦争――告げられた方の心証は絶対に悪くなる悪手としか言えない脅し……。

 「――……あちらの王族は確かにどうにもならない・・・・・・・・けれど、家臣は有能で常識をわきまえていたはず……やはり変だ……」

 アルが、思わずと言ったようにそう呟いた。
 王族全員がどうにもならないと言うのは正確には正しく無い。王家の血に連なる皇太子の義兄にあたる人物はまともだったと記憶している。
 それから、アルが言ったように家臣の人達――享楽的で、自分達の事しか考えられない王族を、義兄皇子と一緒に上手に手綱をとっていたと思う。だから、本来ならあの人達がこんな暴挙を許す筈が無いのだ。

 「残念ながら、何事か変化している事は間違いが無いでしょう……それも悪い方に――」

 理事長がそう言って、苦しそうな顔をした。
 そして、意を決したように言葉を続ける――。

 「留学生の中には、あちらの皇太子がいらっしゃいます――」

 「まさか!」

 告げられた言葉に、私は思わず声を上げてしまった。
 バカイトス・ゼルヒネン・メルジェドス――メルジェド帝国の次期皇帝。実際にあった事は無いけれど、その噂――彼の人となりは良く耳にする。
 他者の功績は自分の物に。それを疑いもせずに自分の功績だと信じている男。年齢は確か、私達より2学年上だったはず……。気まぐれで、中身は子供。自分を不快にさせたからと侍女を無礼討ちするような輩だ。
 成績もあまり良くは無いと聞く。勉強嫌いが他国にまで噂されるって相当だよね。そんな人物が短期とはいえ留学――?
 
 「そのまさかです。なので、我々も気を配るつもりですが、皆様方には十分気をつけて頂きたい」

 「それからの……あと数日すれば研究会の活動の再開をする予定じゃ。エリシャ・ネージュ嬢と同様の件が起こる可能性は極めて低いとの見解が多くなったから――と言う事だのぅ」
 
 学園としては、危険が去ったと判断する事になったらしい。
 なので、捜索に関しても専門家に任せて学園は通常に・・・戻ると――。学園長のその言葉にベルク先生が、苦しそうな顔をして目を伏せた。学園長も、理事長も忸怩たる思いを隠さない。
 私達の事情を詳らかに学園の先生方に教える訳にはいかないから――次の事件なんて起こらない――と、大多数の先生方、それから保護者から言われてしまえば捜索を切りあげざるおえない。
 学園長と理事長が、どこか申し訳無さそうにダグ君を見た。
 ダグくんは困ったような顔をしたけれど、黙ったまま少しだけ頭を下げた――。
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