華と光と恋心

かじゅ

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第7話 深まる溝とすれ違い

それぞれの想い

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ー遼平の場合ー

 静かな佇まい、隠れ家的バーに入店し、当然のようにカウンターに座ったのはリョウとユキヤ。
「よぅ、久し振りだな。」
カウンター越しにそう言って、2人の前にウイスキーロックを置いたのは、この店のマスターであり、2人の中学時代からの友人である透。
「この前のスタジアム来てくれてありがとね。」
「そりゃ招待されたら行くさぁ、こっちこそ招待してくれてありがとな。」
「いえいえ、それよりどうだった?俺たちのライブ。」
「最高だったから、お礼に特製カレー作っておいた、食べるか?」
「勿論。」
「透のカレーは最高だからね。」
「じゃあ温めてくるから待ってろ。」
透が一旦厨房に引っ込んだところで
「遼平ご機嫌だね。」
ユキヤがニヤリとほくそ笑む。
「その顔からして、何で俺がご機嫌か分かってるんだろ?」
「まぁね、今の遼平がご機嫌になるとしたら、桔梗ちゃん絡みしかないかなぁとは思ってる。」
「ご名答。」
クスっと笑ってタバコに火を点ける。
「会ったの?」
「家に来てもらった、それが1番ゆっくり会えるし。」
「だいぶ展開早いね。」
「まぁね、ライバルのがリードしてるわけだし。」
チラッとリョウを見ながらタバコに火を点ける。
言葉の割には満足そうな顔してるんだよなぁ。
「まさか遼平がファンを好きになると思わなかった。」
「俺自身も驚いてるけど、桔梗の場合はたまたまファンだっただけだと思うようにしてる。」
へぇ、もう呼び捨てで呼んでるんだ、これはもう本気だな。
「いいな、内面を見てくれる女性。」
そんな話をしていると、カレーライスを持った透が戻って来た。
「ほれ。」
「ありがとう、透は俺たちが甘口カレーしか食べられないの知ってるからありがたい。」
2人はタバコを消すと
「いただきます。」
「はいどうぞ。」
嬉しそうに食べ始める2人を見ながら、そういえば…と口を開く。
「この前大地が来てな、酔っ払ってまた泣いてたぞ、お前たちに悪いことしたって。」
「あいつまだ気にしてるのか?」
リョウが半ば呆れ顔で言った。
「まぁな、でも毎回俺言ってるんだぞ、2人ともお前は悪くないって言ってる、悪いのは当事者たちだろって。」

リョウ、ユキヤを中心にrunaを結成したのは高校時代。
シュウ、ケントもそうだが、リョウとユキヤも真剣にメジャーで売れることを考えて、学業の傍らがむしゃらに活動していた。
シュウ、ケントが同じ高校。
リョウ、ユキヤが同じ高校。
ライブハウスやら路上ライブやら地域イベントやらでステージに上がり、メキメキと実力を付けていた。
同級生で中学からの付き合いの透、大地は学生時代、よくrunaをサポートしてくれ、リョウたちの途方もない夢を応援してくれていた。
クラスの男子数人も応援してくれ、時間が許す限りライブにも来てくれたし、友達を誘ってくれたりもした。
が…。
そうしてrunaを応援してくれていたのは、クラスの中でも大した数ではなく、大半のクラスメイトは鼻で笑っていた。
それだけならまだしも、女子に至っては鼻で笑うだけでなく、
言ってることが子供だよね、そんなの無理に決まってるじゃん。
と、完全に下に見ていた。
高校を卒業と同時に本格的に活動し、その実力は口コミやネットで広がり瞬く間にメジャーデビュー。
そして僅か数年でモンスターバンドと言われるまでになった。
メジャーデビュー後、runaがブレイクした頃、大地が幹事となりクラス会という名の飲み会が開催されることになった。
「runaはこれからもっと忙しくなるし、やるなら今かと思って、今後は来られなくなるだろうから今のうちに参加してくれよ。」
散々世話になっていた大地にそう言われ、
「高校んとき鼻で笑って馬鹿にしてた奴等見返してやれよ。」
と透に言われ、2人は出席を決めた。
見返してやる、とまでは思っていなかったが、立派になった姿を見せるのもいいかも、くらいには思っていた。
そして当日、会場に現れた2人をすぐに囲んだのは、応援してくれていた同級生ではなく、鼻で笑っていた奴等だった。
口々に
「お前たちならやれると思ってたよ!」
だの、
「お前たちと友達だって自慢してんだ。」
だの、
「友達にサインねだられちまったから、サインくれないか?」
だの、自分たちが鼻で笑っていたことなどなかったことにして、勝手なことばかり言ってきた。
中でも女性たちは最悪だった。
我先にと少しでも他の女たちを出し抜こうと、凄い勢いで2人に話しかけてきたのだ。
手の平返しの行動に、幹事である大地が大激怒。
2人を応援していた同級生だけで囲い、他の奴等は近付けないようにして何とかクラス会を行い、そのメンバーだけでさっさと二次会に行ってしまった。

「あれは予想以上だった。」
カレーをモグモグしながらユキヤが言った。
「女って怖いよな。」
思い出しただけでもゾッとする。
透は体をブルッと震わせながらタバコに火を点けた。
「高校時代の自分を無かったことにしなければ、少しは違う結果が待ってただろうに…。」
俺たちと繋がりたい一心で選択肢を間違えたな。
「ユキヤは元々たいして女に興味なかったからあれだけど、お前はクラス会で相当女に幻滅したろ?」
「多少トラウマにはなった、でもその後恋愛してないわけじゃないし問題ないよ。」
「いい出会いもあったしね。」
「マジか!」
「ユキヤ…。」
サラッと暴露してるし。
「マズかった?」
「いや…いいけどさ。」
「どんな子なんだよ、聞かせろよ。」

俺だって出逢ってすぐに内面を好きになってくれ、何て無茶なことは言わない。
どうあっても最初は外見から入ることくらい分かってる。
でも内面を見ようとしないとか、何処まで付き合ってもrunaのリョウしか見ない女何てごめんだ。

高校3年ともなると、周囲は就職、進学活動に躍起になっていた。
俺たち4人は卒業後、本格的に活動するため躍起になっていた。
俺たちが恵まれていたのは、例え少数でも本気で応援してくれる友達がいたのと、家族の支えだった。
4人とも両親から反対されることはなかった。
俺の両親も真剣に向き合ってくれた。
本気なら悔いのないようにやり切りなさい。
自分自身で己の限界を決めることなく進みなさい。
それでも限界を感じたときは、いつでもここに戻っておいで。
休みたいだけでも、新たな道を探すでも、父さんと母さんは絶対にお前の味方だから。
俺の途方もない夢をきちんと聞いてくれ、応援してくれた。
そんな両親、そして自分自身が幸せになるためにも中途半端なことだけは出来ない、と腹を括った。

高校を卒業してすぐ、少しでも長い時間働けるようにコンビニでバイトを始めた。
そこで出逢ったのが凪だった。
凪は2つ年上の大学生。
大学進学を期に地方から出てきて、生活費を稼ぐためにバイトをしていた。
1番若く、人としてまだまだ未熟だった俺を、きちんと1人の大人として扱ってくれた凪。
数カ月後、俺からの告白で付き合うことになったけど、凪を幸せにすることは出来なかった…。

バンド活動が軌道に乗り、どんどん忙しくなり凪との時間が減る一方だったあの頃。
「あたしはもっと傍にいてくれる人といたい、あたしが辛いとき、貴方は傍にいられる?」
そう聞いてきた凪に、
幸せにする。
傍にいる。
何て、あのときの俺には言えなかった。
これからどんどん忙しくなるのは分かっていたし、だからと言ってそれを理解してほしい何て、虫が良すぎる。
俺の内面を好きになってくれた凪を、俺は失うことになった。
それ以来、川瀬遼平を見てくれる女性とは出会えずにいる。
でも桔梗は…。

「ほへぇ、高校生かよ、凪さんの一件で年上が嫌になって年下に趣旨替えしたのか?」
「そういうわけじゃない、凪のときはたまたま年上だっただけ、桔梗はたまたま年下なだけ、別に年齢で好きになってるわけじゃない。」
「でもお前、高校生相手は犯罪じゃね?」
「手ぇ出さなきゃ犯罪じゃない。」
そう言って水を飲むリョウをユキヤがじっ、と見つめる。
「どうした?」
ユキヤまで犯罪だとか言うつもりか?
「手ぇ出しても同意の上なら犯罪ではないでしょ。」
「ユキヤ。」
「ん?」
「俺昔からお前のそういうトコ大好き。」
「ありがと、じゃあ俺とリョウは相思相愛だね。」
「何馬鹿なこと言ってんだよ。」
呆れた顔をして煙を吐き出しながらもツッコむ。
「犯罪はともあれ一筋縄ではいかないんだよ。」
「お、何だよライバルでもいんのか?」
「まぁな…。」
それも相当強いライバルがね…。








ー桃也の場合ー

 花蓮との出逢いは偶然だった。
高校に入学して面倒だったのは、知らん女たちに追い掛けられること。
GW後くらいから少しずつ告白されるようになったが、興味がなかった。
「お試しでいいから付き合って。」
と言われたこともあるが、
「お試しで付き合うような時間も暇もねぇ。」
と一刀両断してやった。
それが正直な気持ちだったし。
大して面識もなけりゃ話したこともねぇ俺と、何故に付き合いたいと思うのか、謎だった。

ある日の放課後。
桃也は追い掛けられないようにと、人気のない特別教室棟をブラブラしていた。
「ん…?」
ヴァイオリンとピアノの音?
そんな桃也の耳に届いたのはヴァイオリンとピアノの音だった。
吹奏楽部は部室棟の専用部室でやってるハズ、と不思議に思い音楽室へと足を向けた。
音楽室のスライドドアを静かに開け、中を覗く。
夕日に照らされた音楽室。
そこにはピアノを弾いている女生徒と、ヴァイオリンを弾いている女生徒の姿。
その瞬間、ヴァイオリンを弾いている女生徒が桃也には神々しく見えたのだ。

何でも思ったことを口にしてしまう俺を、花蓮の親友の崎島は
「その言い方デリカシーなさ過ぎ!」
とか
「あんたいちいち無礼なのよ!」
何て言ってキレてたが、その度に花蓮が
「真雪だって似たようなものよ。」
と言ってケラケラ笑ってた。
初めて演奏を聴いてから、都合さえ合えば俺は放課後2人の演奏を聴きに行っていた。
花蓮も崎島も幼い頃から習い、今ではその業界で若きホープと注目されているそうで…。
クラシックのことをまったく分からない俺でも、2人の演奏が凄いものだと感じていた。
その上花蓮は成績優秀、崎島はスポーツ万能(指を傷つけそうなスポーツは若干苦手)の上、2人とも飾らない性格だったため、モテていたらしい。
が、放課後の出逢いから普段も一緒にいるようになってからは、周囲が勝手に解釈したことにより、誰にも変な虫が付くことがなくなって、かなり快適な学生生活が送れるようになった。

「そろそろ噂を本物にしねぇか?」
高校時代最初の冬休みに、俺から告白すると、
「もう少し遅かったら、我慢できなくてあたしから告白してたよ。」
そう言ってキラキラした笑顔を見せてくる花蓮。
こいつに惚れて、好きになって良かったと心底思えた。
付き合ってからと言うもの…。
俺はがむしゃらに花蓮を欲した。
花蓮のすべてが欲しくて仕方なかった。
そしてそれは花蓮も同じことで…。
俺たちはそう時間をかけることなく、互いのすべてを手に入れた…。








 とある居酒屋の個室に通されると、そこには
「ちょっと久し振り~。」
先に来て座っていた由貴仁が手を振ってきた。
「わりぃ遅れて。」
「大したことないよ、俺も来たばっかだし。」
由貴仁の向かいに座ると
「そろそろ着くって連絡くれたから適当に頼んでおいた、最初はビールで良かったか?」
「あぁ、サンキュ。」
桃也がタバコとジッポーを取り出していると、タイミング良くビールと数品のメニューが運ばれてきた。
こいつ相変わらずシャープにサラッとこなすよなぁ。
グッドタイミング過ぎる。
乾杯しながらそんなことを思っていると、
「で、最近どうよ?」
「ん?あぁ、一応それなりに俳優業もこなせるようになってはきてるけど、正直まだまだだな。」
「いやそっちじゃねぇって。」
呆れ顔でツッコミを入れる。
「俺だって俳優だし!それは演技見れば分かるし!俺が聞きたいのは桔梗ちゃんとどうよ?てことだよ。」
「桔梗…。」
「その顔…何かあったんだな?嫌じゃなきゃ話せよ、話すだけでも楽になるかもよ。」

花蓮とはずっと続くと、このまま2人で爺さん婆さんになっても手と手を取り合って、最後は同じ墓に入るんだ、何て思っていた。
とにかく一生一緒にいたい、と思える女だった。
高2になり、俺はモデルの仕事が徐々に本格的になり、花蓮は留学のため、コンクールのために今まで以上にレッスンに打ち込んでいた。
それでもデートしたり電話したり、メッセしたり…。
俺たちの関係は変わることはなかった。
けど…。

「ごめんね…。」
「何で…っ、何でだよっ。」

花蓮との別れは突然訪れた。
高校卒業直前。
俺は既に事務所に所属して、卒業後は本格的に芸能活動に打ち込んでいくことが決まってたし、花蓮はウィーンの有名音楽学校に進学が決まっていた。
日本とウィーンという遠距離恋愛。
それでも俺は大丈夫だと、お互いが強い想いでいれば遠距離恋愛何て大したことないと、思っていたけど花蓮は違う。

「これからお互い将来のための一歩を踏み出す、そんなあたしに遠距離恋愛は無理だよ。」
「そんなのやってみなきゃ分かんねぇだろ!」
「ごめんね、あたしが遠くに行くのに…桃也、あたし、傍で支えてくれる人じゃないときっと無理だと思うの、桃也はあたしを支えてくれるけどこれから先、ヴァイオリニストのあたしのことは、きっと支えられないと思う。」
「勝手に決めんな。」
「そう言うけどあたしには分かるの、だってあたしには、芸能人としての桃也を…きっと支えられないもの…。」
それに対しても
勝手に決めんな。
そう言いたかったけど…。
花蓮の瞳は余りにも悲しげで…。
俺の言葉は喉に引っ掛かって出ることはなかった…。







 ビールを飲んでから
「今なら花蓮が別れを告げた気持ち、分かるよ。」
夢のための一歩を踏み出したあのときの俺たちに、遠距離恋愛は無理だっただろう。
実際、気持ちに余裕がまったくなかったし、あのまま遠距離恋愛になってたら、間違いなく嫌な別れ方をしていたろう。
花蓮は多分、それを見越してたんだな。
「あのときは滅茶苦茶落ち込んだし荒れてたもんなー。」
「まぁな。」
「んで…桔梗ちゃんとはどうなわけ?何かあったんだろ?」

「昔お隣さんで川野辺さんていたでしょ?そこのお嬢さんであんたたちとは幼馴染みになる桔梗ちゃん、預かることになったから。」
「急だな。」
そう、お袋はいつでも急だ。
独断だ。
常に結果のみを報告。
桔梗のことは、おぼろげだけど覚えてる。
「もぉにぃたんしゅき~。」
そう言ってよく、桃也のほっぺにちゅっちゅしてきた。
桃也は桔梗にとって初恋の人だし、桃也も桃也で、いつも自分にくっついてくる桔梗が、可愛くて仕方がなかった。
ちっちゃくて真ん丸おめめの桔梗。
でも再会したとき、違和感があった。
長い前髪の隙間から見える、黒目がちな大きい瞳。
もしかして目ぇ隠してんのか?
何でだ?見てぇのに。
再会したときそう思った。
再会からしばらくして、少しずつ俺の前ではヘアピンで前髪を止めるようになった桔梗。
それが嬉しかった。
なのにあの日…。









 それって完全に嫉妬じゃん。
由貴仁は呆れた顔で桃也を見る。
「つかさぁ、そこまで桔梗ちゃんに対して独占欲丸出しでいんのに、何で告白せんの?桔梗ちゃんこと好きなんしょ?」
「正直に言うと桔梗のこと健気で可愛いと思ってるし、好きだ…けどこれが恋愛感情かと言われると、よく分からん…。」
「はぁっ?」
何言ってんだ?
「お前、このままじゃ桔梗ちゃん取られるぞ。」
「脅すなよ。」
「脅しじゃない、真実だ、お前の話聞く限り、リョウはお前と違って覚悟してる、覚悟して桔梗ちゃんにぶつかってんだ、今の宙ぶらりんのお前じゃ勝ち目ねぇよ。」
「そんなこと言ったって…。」
「いいか、前の恋愛でお前は花蓮さんを失ってるせいで、また失うんじゃないかってビビッてんだよ、まだ付き合っても、それどころか告白もしてないのに失うことばっか考えてどうすんだよ、それにお前、恋人としての花蓮さんは失ったけど友達としての花蓮さんは失ってないだろ?けどな、今回いつまでもそんな宙ぶらりん状態でいると、お前は完全に桔梗ちゃんを失うことになるんだからな。」
桔梗を失う…。
完全に手が届かなくなる…。
そして桔梗は、あのリョウのものになるかもしれないし、まったく知らない誰かのものになるかもしれない…。
そんなん…。
耐えられるかよ…っ!
何やってんだよ俺はよ…!










ー桔梗の場合ー

 幼い頃に引っ越した地方都市。
親は楽天家であり子煩悩でもあったから、何不自由なく育っていた。
小さいながらに
自分は普通の子
と思っていたのだが、小学生になってからしばらくしたあの日、あたしの人生は大きく変わった。

「お前チビでひょろひょろで真っ白で気持ちわりぃ!もやしみてぇ!」

相手は特に悪意があって言ったわけではないし、単純にからかいたかっただけなのだろうが、幼いあたしの心にトラウマを植え付けるには充分な材料だった。
そうか、あたしは気持ち悪いのか。
言われるまで普通だと思っていたけど、もしかしたら他のみんなも気持ち悪いと思っているのかも…。
そう思ったら怖かった。
その男の子以外はそんなこと言わなかったし、庇ってくれる女の子たちもいた。
それでも無性に怖かった。

どうしたらいいか分からず、親にも誰にも相談出来ずにいたある日、光希の家の前を通りかかり、道場を見て思った。
ここで頑張ればひょろひょろじゃなくなるかもしれない。
そしたらもう気持ち悪くなくなるかもしれない。
そう思ったあたしは、帰宅してすぐに母親に
「道場に通いたい!」
と伝えた。
後に母が言っていたが、何の習い事にも特に興味を示さなかったあたしが、強い意志を持って言ってきたので驚いたし、よっぽどやってみたいのだろうな、と思ったそうだ。
やりたい気持ちは本当だったが、その理由が理由だったから、母は度肝抜かれたそうだが…。

「そんなこと言われたのか!誰だそいつ!あたしがとっちめてやる!」
「光希、相手が良くないことをしているのは間違いないが、とっちめるのは良くないよ。」
「だけどさ父ちゃん!」
「光希、道場内では…?」
「師範!悪いことしてる奴は許せんよ!」
「お前の気持ちも分からなくもないけど、まずはこのお嬢さんに稽古がどんなものか教えてあげなさい。」
「…、分かった。」
納得いかない顔をしつつも、
「こっちだよ。」
光希はあたしの手を引いて、道場の片隅に連れて行くと稽古の内容を教えてくれた。
「桔梗、ここであたしと強くなって、そいつとっちめようぜ!」
ニヒヒ、と笑う光希を見て、何て優しくていい子なんだろう、て思ったし、友達になりたいと思った。
「まずはあたしと友達になろうな、これからはあたしと一緒だ。」
あたしはこの瞬間、最強の親友を手に入れたんだ。

道場に通うようになって、少しずつひょろひょろが改善され、健康的な体になってきた頃、その男の子は違う攻撃を仕掛けてきた。

「お前の目、丸くてデカ過ぎてきっもちわりぃ!メガネザルかよ!」

体型と違って目はどうにもならない。
あたしは気持ち悪いと言われた目を、どうにか隠さなくちゃと思って、前髪を伸ばして目を隠した。

「お前前髪長くね?」
ある日の稽古中、光希に言われた。
「邪魔じゃね?」
「邪魔だけど…目を見せちゃ駄目だから…。」
答えたあたしに光希は何があったのだとピンとくる。
「またあいつに何か言われたんだな!」
道場の門下生になってから、光希が一緒にいてくれるようになったけど、当時はクラスが違っていたから、ずっと一緒にはいられなかった。
男の子は、あたしが光希といないときを狙って言ってきていたんだと思う。
目の一件を聞いて、光希は怒り狂ったし、楽天家の両親も流石にこれは見過ごせない、と再度担任教師に相談。
そこから向こうの両親とも話し合ったようだが、そのとき既に男の子の父親に転勤話が出ていたようで、そこで単身赴任ではなく、家族で引っ越すことにしたようだ。
とは言え男の子がいなくなったからと言って、あたしのトラウマが簡単に消えるわけじゃなかった…。

今でも時折思う。
自分の外見は人を不快にさせるんじゃないかと…。
光希は
「お前は充分可愛いよ、中身も外見も最高、あたしの自慢の親友だ、あの男がどうかしてんだよ。」
て言ってくれた。
凄く嬉しくて、多少の自信はついたけど、でもやっぱり…。 
もぉにぃたんは、そんなあたしの目が好きだと言ってくれた。
光希みたいに、可愛いと言ってくれた。
優しいもぉにぃたん。
あったかいもぉにぃたん。
今は、もぉにぃたんを見ると胸が苦しい。
もぉにぃたんがいい思い出だと言った元カノ、花蓮さん…。
あの人がもぉにぃたんの隣にいた。
胸が痛い。
これが恋の痛みだと…。

誰か、あまり親しくない人に話を聞いてほしくて、リョウに会いに行った。
リョウは、遼平はあたしを好きだと…あたしにrunaのリョウではなく、川瀬遼平を見てほしいと、そう言ってきた。
遼平は気持ちを伝えてくれた。
あたしに合わせてくれるとも言った。
そんな遼平をもぉにぃたんは侮辱して怒ってきた。
もぉにぃたんの気持ちがどんどん分からなくなる…。
光希が言う恋の痛みというものを抱いたあたしに、もぉにぃたんはもしかしたら気付いて嫌悪感を覚えたのかもしれない…。
それでもあたしは、この恋の痛みを抱いたままでいなきゃいけないの?
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