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「コーヒーくさ!!」
そう言って鼻をつまむ、最愛の妻。
約半日ぶりに口をきいてくれたかと思えば……第一声がそれでは、あんまりではなかろうか。
なんて一瞬思ってしまうけど。慌てて首を横に振り、その不満を吹き飛ばす。
悪いのは全部俺。謝りにきたこの場で、また喧嘩を吹っかけては元も子もないから。
「あの……すみませんでした、昨日は……嫌な言い方をしてしまって。俺、これからはちゃんと気を付けるんで、今日からまた頑張りましょう?」
「すみません、コーヒーくさすぎて、何も入って来ません」
こちらは誠心誠意、謝罪をしているのに……鼻をつまんだまま、檀上のPCを操作して……研修会の流れを確認する、元上司。
吹き飛ばしたはずの苛立ちが、胸の内で再燃する。
「そん……っ、そもそも、コーヒーって臭い物じゃないでしょう? クロエさんだって好きじゃないですか」
「もういいですよ、私は一人でお勉強するので。普通に考えろっていう教え方しか出来ない、鬼家庭教師は、クビです」
「ちゃんと聞こえてるじゃないですかっ。俺は精一杯反省して歩み寄ってるのに、どうしてそういう……」
「きゃああああ! 局長~~~~!!!」
俺の言葉を遮るように飛んで来たのは、レイラの黄色い声。
大会議室の大きな観音扉を勢いよく開け、階段状になった座席間の通路を、弾むように駆け降りて来る。
「あ……っ、もう開場の時間か」
腕時計を確認して、舌打ちをする。
しかし、そんな俺に構う事無く、レイラは元上司に抱きついて。
「ご無沙汰しております、局長~~!! お元気でしたか!?」
「いや、ご無沙汰って……お前、先週うちにきただろ。3回目の引っ越しお祝いですとかいって」
「お疲れ様です、レイラ。あなたも変わりないようで、何よりです」
俺を完全に無視して、再会? を喜び合う二人。
居心地が悪くて、そっぽを向いてしまう。
すると……開放されている扉から、魔対局員や、研修を受ける新人達がぞろぞろと入って来て。
「わああ! 局長だ!」
「きゃ~! 会いたかったです! ねぇこっち! 局長がいらしてるよ!」
「も、局長がいなくなってから大変で」
男も女も。若手も中堅も管理職も。皆が笑顔で局長……前局長を、取り囲んだ。現局長の俺を……スルーして。
少々複雑な気持ちで、少し離れたところから見守る。
そこに、人だかりにはじかれたレイラが、近付いて来た。
「ああ! もう二人きりの時間が終わっちゃった!」
「いや、二人きりじゃねぇし。俺、いたし」
そんな俺のツッコミすら無視して……レイラはパシャパシャとスマホで写真を撮る。
「なに、記録用? 広報の撮影係が入る予定だから、大丈夫じゃねぇ?」
「ううん、ルーク用! 忘れたの? 週末、皆で面会に行くじゃん? だから話のネタに……うちらも局長の研修、受けたよね~、懐かしいよね~って」
「……そか」
ルークには結局、実刑判決が下された。
あいつの犯した罪を想えば、当然の結果なのだけれど……。
「気分、悪くしねぇかな? 俺達にとっては、新人時代のフレッシュな想い出だけど……あいつにとっては、どうだか……」
「うん、悪くすると思う。でも、それでいいんじゃない? 僕も皆みたいにフレッシュな新人時代すごしてれば、もっと違う人生だったのかな~って、後悔させりゃいいのよ。後悔して反省して、苦しみ抜く……それが、あいつの刑務所での仕事でしょ? その仕事を、同期として手伝ってあげるのよ私は」
冷たく厳しいようでいて、温かな愛のムチのようにも感じる、レイラの言葉。
胸の奥が、不思議とじんわりあたたまる。
「……愛ある嫌がらせ……って事か」
「嫌がらせって言い方やめてくれる~? あっ……もう定刻だわ。は~い! 新入庁職員の皆さんは、前からつめて着席してくださ~い!」
声を張りながら、新人達の案内を始めたレイラ。
それを受けて、前局長に群がっていた元部下達も、自分の持ち場へと散って行った。
そして……前局長もまた。大会議室の前方……壁付けに並んだ椅子に、座る。ちなみに、現局長である俺の、隣の席だ。
「相変わらず、すごい人気ですね」
「コーヒーくさ……そのまま登壇するつもりですか?」
「またそれ……スーツもシャツも、保護色だったのでセーフです。それに匂いも……局長以外には、気付かれていないと思いますよ。そんなに鼻、よかったですっけ?」
「……フレンの言う、普通が……私には、わかりません」
「へ?」
急に、悲しそうな顔でボソリと言う妻に、首を傾げてしまう。
見ると、膝に置かれた小さな手は、ぎゅっと握られていて。
「私は、生まれた時から普通じゃありませんでした。魔力量だけを評価されて、飛び級を繰り返して、子供の頃から働いて……歩んできた人生も、普通じゃありません。だから、普通に考えればいいと言われても……わからないんです」
絞り出すように語られた、苦悩……胸の奥が、ぎゅっとつかまれたかのように痛む。
俺は、彼女の小さな手の上に、自分の大きな手を、そうっと重ねた。
「すみませんでした。本当に……。そもそも、普通の定義って、人の数だけありますよね。俺には俺の普通。クロエさんにはクロエさんの普通がある……。それが交わる事は無いのかもしれないですけど……時々、お互いの普通の覗き合いながら、大事にしながら……生きて行きましょう。これからも、ずっと……」
「フレン……」
俺とクロエさんは、見つめ合った。
このままキスでもしてしまいたい位に、良い雰囲気。ここが大会議室で、今が研修中である事を、忘れてしまうほどに……。
が、しかし。
座席から聞こえてくる新人達のヒソヒソ話が、俺達を現実に引き戻す。
「ほら、あの人が魔対の局長だよ……っ」
囁くような声に、反射的に顔を上げる。
すると……前後の座席に座る、男4人、女1人の新人グループが、こちらを見ながらプチ談義をしていて。
「あのイケメンの方でしょ? すごいよね、まだ二十代でエリート部署のトップなんて」
「最強魔剣士って言われてるらしいぜ。生まれつきの魔力量がめちゃめちゃ多いのかな?」
「違うって! あの噂、聞いた事ないか?」
『噂』……そのワードにぴくりと反応する。
まさか……その噂というのはひょっとして……?
「局長の魔力は……女とやりまくって奪ったものだっていう、いかがわしい噂だよ!」
やっぱり。
案の定なその内容に、俺はため息を吐き、隣の妻は吹き出してしまった。
「あいつら……っ」
顔を赤らめて席を立とうとする俺の手を掴み、クロエさんが止める。
「ふふ……いいじゃないですか。本当の事ですし……ふふ、あはっ」
「いや、微妙に違いますよっ。俺は局長とだけ」
「何人もの女と、とは言っていないでしょう? 私を抱きまくっているのも、かつて魔力を供与された事も事実……ふふ」
小悪魔のような笑みを浮かべ、夫のネクタイのあたりをツンツンする妻。
俺は顔面に集まる熱を隠すように、そっぽを向いた。
「だから言ったじゃないですか? それなりの立場になれば……いかがわしい噂の一つや二つ、立つものだって」
一年ぶりに聞く言葉。
あれは口うるさい部下をかわす為の詭弁では無かったのだと、身をもって知るハメになろうとは。
「でも、クロエさんにとっても不快な噂話でしょう? まるで夫が遊び人のような」
「気にしません。その解釈が現実になるのでは、という不安はありますが」
「浮気って事ですか? そんなのあるわけ」
「でも……しばらくの間は、出来なくなるわけですし」
「……は?」
キョトン顔の俺が妻の方へ視線を戻すと……その小さな手は、下腹あたりに当てられていて。
「コーヒーの匂い、好きだったのに……本当に変わるものなんですね……ふふ……」
俺は人目もはばからず、抱きしめた。
研修中なのに。
魔対局長からの挨拶がありますと、登壇を促されているのに。
そんなものは全部無視して……元最強魔剣士である現妻を、力一杯に抱きしめた。
それを見た新人達の間で、たちまち新たな噂が広まった。
『最強魔剣士のフレン局長は、妻を愛し過ぎて、魔力を略奪してしまったらしい』
そんな……いかがわしい噂が。
そう言って鼻をつまむ、最愛の妻。
約半日ぶりに口をきいてくれたかと思えば……第一声がそれでは、あんまりではなかろうか。
なんて一瞬思ってしまうけど。慌てて首を横に振り、その不満を吹き飛ばす。
悪いのは全部俺。謝りにきたこの場で、また喧嘩を吹っかけては元も子もないから。
「あの……すみませんでした、昨日は……嫌な言い方をしてしまって。俺、これからはちゃんと気を付けるんで、今日からまた頑張りましょう?」
「すみません、コーヒーくさすぎて、何も入って来ません」
こちらは誠心誠意、謝罪をしているのに……鼻をつまんだまま、檀上のPCを操作して……研修会の流れを確認する、元上司。
吹き飛ばしたはずの苛立ちが、胸の内で再燃する。
「そん……っ、そもそも、コーヒーって臭い物じゃないでしょう? クロエさんだって好きじゃないですか」
「もういいですよ、私は一人でお勉強するので。普通に考えろっていう教え方しか出来ない、鬼家庭教師は、クビです」
「ちゃんと聞こえてるじゃないですかっ。俺は精一杯反省して歩み寄ってるのに、どうしてそういう……」
「きゃああああ! 局長~~~~!!!」
俺の言葉を遮るように飛んで来たのは、レイラの黄色い声。
大会議室の大きな観音扉を勢いよく開け、階段状になった座席間の通路を、弾むように駆け降りて来る。
「あ……っ、もう開場の時間か」
腕時計を確認して、舌打ちをする。
しかし、そんな俺に構う事無く、レイラは元上司に抱きついて。
「ご無沙汰しております、局長~~!! お元気でしたか!?」
「いや、ご無沙汰って……お前、先週うちにきただろ。3回目の引っ越しお祝いですとかいって」
「お疲れ様です、レイラ。あなたも変わりないようで、何よりです」
俺を完全に無視して、再会? を喜び合う二人。
居心地が悪くて、そっぽを向いてしまう。
すると……開放されている扉から、魔対局員や、研修を受ける新人達がぞろぞろと入って来て。
「わああ! 局長だ!」
「きゃ~! 会いたかったです! ねぇこっち! 局長がいらしてるよ!」
「も、局長がいなくなってから大変で」
男も女も。若手も中堅も管理職も。皆が笑顔で局長……前局長を、取り囲んだ。現局長の俺を……スルーして。
少々複雑な気持ちで、少し離れたところから見守る。
そこに、人だかりにはじかれたレイラが、近付いて来た。
「ああ! もう二人きりの時間が終わっちゃった!」
「いや、二人きりじゃねぇし。俺、いたし」
そんな俺のツッコミすら無視して……レイラはパシャパシャとスマホで写真を撮る。
「なに、記録用? 広報の撮影係が入る予定だから、大丈夫じゃねぇ?」
「ううん、ルーク用! 忘れたの? 週末、皆で面会に行くじゃん? だから話のネタに……うちらも局長の研修、受けたよね~、懐かしいよね~って」
「……そか」
ルークには結局、実刑判決が下された。
あいつの犯した罪を想えば、当然の結果なのだけれど……。
「気分、悪くしねぇかな? 俺達にとっては、新人時代のフレッシュな想い出だけど……あいつにとっては、どうだか……」
「うん、悪くすると思う。でも、それでいいんじゃない? 僕も皆みたいにフレッシュな新人時代すごしてれば、もっと違う人生だったのかな~って、後悔させりゃいいのよ。後悔して反省して、苦しみ抜く……それが、あいつの刑務所での仕事でしょ? その仕事を、同期として手伝ってあげるのよ私は」
冷たく厳しいようでいて、温かな愛のムチのようにも感じる、レイラの言葉。
胸の奥が、不思議とじんわりあたたまる。
「……愛ある嫌がらせ……って事か」
「嫌がらせって言い方やめてくれる~? あっ……もう定刻だわ。は~い! 新入庁職員の皆さんは、前からつめて着席してくださ~い!」
声を張りながら、新人達の案内を始めたレイラ。
それを受けて、前局長に群がっていた元部下達も、自分の持ち場へと散って行った。
そして……前局長もまた。大会議室の前方……壁付けに並んだ椅子に、座る。ちなみに、現局長である俺の、隣の席だ。
「相変わらず、すごい人気ですね」
「コーヒーくさ……そのまま登壇するつもりですか?」
「またそれ……スーツもシャツも、保護色だったのでセーフです。それに匂いも……局長以外には、気付かれていないと思いますよ。そんなに鼻、よかったですっけ?」
「……フレンの言う、普通が……私には、わかりません」
「へ?」
急に、悲しそうな顔でボソリと言う妻に、首を傾げてしまう。
見ると、膝に置かれた小さな手は、ぎゅっと握られていて。
「私は、生まれた時から普通じゃありませんでした。魔力量だけを評価されて、飛び級を繰り返して、子供の頃から働いて……歩んできた人生も、普通じゃありません。だから、普通に考えればいいと言われても……わからないんです」
絞り出すように語られた、苦悩……胸の奥が、ぎゅっとつかまれたかのように痛む。
俺は、彼女の小さな手の上に、自分の大きな手を、そうっと重ねた。
「すみませんでした。本当に……。そもそも、普通の定義って、人の数だけありますよね。俺には俺の普通。クロエさんにはクロエさんの普通がある……。それが交わる事は無いのかもしれないですけど……時々、お互いの普通の覗き合いながら、大事にしながら……生きて行きましょう。これからも、ずっと……」
「フレン……」
俺とクロエさんは、見つめ合った。
このままキスでもしてしまいたい位に、良い雰囲気。ここが大会議室で、今が研修中である事を、忘れてしまうほどに……。
が、しかし。
座席から聞こえてくる新人達のヒソヒソ話が、俺達を現実に引き戻す。
「ほら、あの人が魔対の局長だよ……っ」
囁くような声に、反射的に顔を上げる。
すると……前後の座席に座る、男4人、女1人の新人グループが、こちらを見ながらプチ談義をしていて。
「あのイケメンの方でしょ? すごいよね、まだ二十代でエリート部署のトップなんて」
「最強魔剣士って言われてるらしいぜ。生まれつきの魔力量がめちゃめちゃ多いのかな?」
「違うって! あの噂、聞いた事ないか?」
『噂』……そのワードにぴくりと反応する。
まさか……その噂というのはひょっとして……?
「局長の魔力は……女とやりまくって奪ったものだっていう、いかがわしい噂だよ!」
やっぱり。
案の定なその内容に、俺はため息を吐き、隣の妻は吹き出してしまった。
「あいつら……っ」
顔を赤らめて席を立とうとする俺の手を掴み、クロエさんが止める。
「ふふ……いいじゃないですか。本当の事ですし……ふふ、あはっ」
「いや、微妙に違いますよっ。俺は局長とだけ」
「何人もの女と、とは言っていないでしょう? 私を抱きまくっているのも、かつて魔力を供与された事も事実……ふふ」
小悪魔のような笑みを浮かべ、夫のネクタイのあたりをツンツンする妻。
俺は顔面に集まる熱を隠すように、そっぽを向いた。
「だから言ったじゃないですか? それなりの立場になれば……いかがわしい噂の一つや二つ、立つものだって」
一年ぶりに聞く言葉。
あれは口うるさい部下をかわす為の詭弁では無かったのだと、身をもって知るハメになろうとは。
「でも、クロエさんにとっても不快な噂話でしょう? まるで夫が遊び人のような」
「気にしません。その解釈が現実になるのでは、という不安はありますが」
「浮気って事ですか? そんなのあるわけ」
「でも……しばらくの間は、出来なくなるわけですし」
「……は?」
キョトン顔の俺が妻の方へ視線を戻すと……その小さな手は、下腹あたりに当てられていて。
「コーヒーの匂い、好きだったのに……本当に変わるものなんですね……ふふ……」
俺は人目もはばからず、抱きしめた。
研修中なのに。
魔対局長からの挨拶がありますと、登壇を促されているのに。
そんなものは全部無視して……元最強魔剣士である現妻を、力一杯に抱きしめた。
それを見た新人達の間で、たちまち新たな噂が広まった。
『最強魔剣士のフレン局長は、妻を愛し過ぎて、魔力を略奪してしまったらしい』
そんな……いかがわしい噂が。
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