その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

文字の大きさ
53 / 53

53

しおりを挟む
 「コーヒーくさ!!」

 そう言って鼻をつまむ、最愛の妻。

 約半日ぶりに口をきいてくれたかと思えば……第一声がそれでは、あんまりではなかろうか。
 なんて一瞬思ってしまうけど。慌てて首を横に振り、その不満を吹き飛ばす。
 
 悪いのは全部俺。謝りにきたこの場で、また喧嘩を吹っかけては元も子もないから。

 「あの……すみませんでした、昨日は……嫌な言い方をしてしまって。俺、これからはちゃんと気を付けるんで、今日からまた頑張りましょう?」

 「すみません、コーヒーくさすぎて、何も入って来ません」

 こちらは誠心誠意、謝罪をしているのに……鼻をつまんだまま、檀上のPCを操作して……研修会の流れを確認する、元上司。
 吹き飛ばしたはずの苛立ちが、胸の内で再燃する。

 「そん……っ、そもそも、コーヒーって臭い物じゃないでしょう? クロエさんだって好きじゃないですか」

 「もういいですよ、私は一人でお勉強するので。普通に考えろっていう教え方しか出来ない、鬼家庭教師は、クビです」

 「ちゃんと聞こえてるじゃないですかっ。俺は精一杯反省して歩み寄ってるのに、どうしてそういう……」

 「きゃああああ! 局長~~~~!!!」

 俺の言葉を遮るように飛んで来たのは、レイラの黄色い声。
 大会議室の大きな観音扉を勢いよく開け、階段状になった座席間の通路を、弾むように駆け降りて来る。

 「あ……っ、もう開場の時間か」

 腕時計を確認して、舌打ちをする。
 しかし、そんな俺に構う事無く、レイラは元上司に抱きついて。

 「ご無沙汰しております、局長~~!! お元気でしたか!?」

 「いや、ご無沙汰って……お前、先週うちにきただろ。3回目の引っ越しお祝いですとかいって」

 「お疲れ様です、レイラ。あなたも変わりないようで、何よりです」

 俺を完全に無視して、再会? を喜び合う二人。
 居心地が悪くて、そっぽを向いてしまう。

 すると……開放されている扉から、魔対局員や、研修を受ける新人達がぞろぞろと入って来て。

 「わああ! 局長だ!」
 
 「きゃ~! 会いたかったです! ねぇこっち! 局長がいらしてるよ!」

 「も、局長がいなくなってから大変で」

 男も女も。若手も中堅も管理職も。皆が笑顔で局長……前局長を、取り囲んだ。現局長の俺を……スルーして。
 
 少々複雑な気持ちで、少し離れたところから見守る。
 そこに、人だかりにはじかれたレイラが、近付いて来た。

 「ああ! もう二人きりの時間が終わっちゃった!」

 「いや、二人きりじゃねぇし。俺、いたし」

 そんな俺のツッコミすら無視して……レイラはパシャパシャとスマホで写真を撮る。

 「なに、記録用? 広報の撮影係が入る予定だから、大丈夫じゃねぇ?」

 「ううん、ルーク用! 忘れたの? 週末、皆で面会に行くじゃん? だから話のネタに……うちらも局長の研修、受けたよね~、懐かしいよね~って」

 「……そか」

 ルークには結局、実刑判決が下された。
 あいつの犯した罪を想えば、当然の結果なのだけれど……。

 「気分、悪くしねぇかな? 俺達にとっては、新人時代のフレッシュな想い出だけど……あいつにとっては、どうだか……」

 「うん、悪くすると思う。でも、それでいいんじゃない? 僕も皆みたいにフレッシュな新人時代すごしてれば、もっと違う人生だったのかな~って、後悔させりゃいいのよ。後悔して反省して、苦しみ抜く……それが、あいつの刑務所での仕事でしょ? その仕事を、同期として手伝ってあげるのよ私は」

 冷たく厳しいようでいて、温かな愛のムチのようにも感じる、レイラの言葉。
 胸の奥が、不思議とじんわりあたたまる。 

 「……愛ある嫌がらせ……って事か」

 「嫌がらせって言い方やめてくれる~? あっ……もう定刻だわ。は~い! 新入庁職員の皆さんは、前からつめて着席してくださ~い!」

 声を張りながら、新人達の案内を始めたレイラ。
 それを受けて、前局長に群がっていた元部下達も、自分の持ち場へと散って行った。

 そして……前局長もまた。大会議室の前方……壁付けに並んだ椅子に、座る。ちなみに、現局長である俺の、隣の席だ。

 「相変わらず、すごい人気ですね」

 「コーヒーくさ……そのまま登壇するつもりですか?」

 「またそれ……スーツもシャツも、保護色だったのでセーフです。それに匂いも……局長以外には、気付かれていないと思いますよ。そんなに鼻、よかったですっけ?」

 「……フレンの言う、普通が……私には、わかりません」

 「へ?」

 急に、悲しそうな顔でボソリと言う妻に、首を傾げてしまう。
 見ると、膝に置かれた小さな手は、ぎゅっと握られていて。

 「私は、生まれた時から普通じゃありませんでした。魔力量だけを評価されて、飛び級を繰り返して、子供の頃から働いて……歩んできた人生も、普通じゃありません。だから、普通に考えればいいと言われても……わからないんです」

 絞り出すように語られた、苦悩……胸の奥が、ぎゅっとつかまれたかのように痛む。

 俺は、彼女の小さな手の上に、自分の大きな手を、そうっと重ねた。

 「すみませんでした。本当に……。そもそも、普通の定義って、人の数だけありますよね。俺には俺の普通。クロエさんにはクロエさんの普通がある……。それが交わる事は無いのかもしれないですけど……時々、お互いの普通の覗き合いながら、大事にしながら……生きて行きましょう。これからも、ずっと……」

 「フレン……」

 俺とクロエさんは、見つめ合った。
 このままキスでもしてしまいたい位に、良い雰囲気。ここが大会議室で、今が研修中である事を、忘れてしまうほどに……。

 が、しかし。
 座席から聞こえてくる新人達のヒソヒソ話が、俺達を現実に引き戻す。

 「ほら、あの人が魔対の局長だよ……っ」

 囁くような声に、反射的に顔を上げる。
 すると……前後の座席に座る、男4人、女1人の新人グループが、こちらを見ながらプチ談義をしていて。

 「あのイケメンの方でしょ? すごいよね、まだ二十代でエリート部署のトップなんて」

 「最強魔剣士って言われてるらしいぜ。生まれつきの魔力量がめちゃめちゃ多いのかな?」

 「違うって! あの噂、聞いた事ないか?」

 『噂』……そのワードにぴくりと反応する。

 まさか……その噂というのはひょっとして……?

 「局長の魔力は……女とやりまくって奪ったものだっていう、いかがわしい噂だよ!」
 
 やっぱり。
 案の定なその内容に、俺はため息を吐き、隣の妻は吹き出してしまった。

 「あいつら……っ」
 
 顔を赤らめて席を立とうとする俺の手を掴み、クロエさんが止める。

 「ふふ……いいじゃないですか。本当の事ですし……ふふ、あはっ」

 「いや、微妙に違いますよっ。俺は局長とだけ」

 「何人もの女と、とは言っていないでしょう? 私を抱きまくっているのも、かつて魔力を供与された事も事実……ふふ」

 小悪魔のような笑みを浮かべ、夫のネクタイのあたりをツンツンする妻。
 俺は顔面に集まる熱を隠すように、そっぽを向いた。

 「だから言ったじゃないですか? それなりの立場になれば……いかがわしい噂の一つや二つ、立つものだって」

 一年ぶりに聞く言葉。
 あれは口うるさい部下をかわす為の詭弁では無かったのだと、身をもって知るハメになろうとは。

 「でも、クロエさんにとっても不快な噂話でしょう? まるで夫が遊び人のような」

 「気にしません。その解釈が現実になるのでは、という不安はありますが」

 「浮気って事ですか? そんなのあるわけ」

 「でも……しばらくの間は、出来なくなるわけですし」

 「……は?」

 キョトン顔の俺が妻の方へ視線を戻すと……その小さな手は、下腹あたりに当てられていて。

 「コーヒーの匂い、好きだったのに……本当に変わるものなんですね……ふふ……」

 俺は人目もはばからず、抱きしめた。

 研修中なのに。
 魔対局長からの挨拶がありますと、登壇を促されているのに。

 そんなものは全部無視して……元最強魔剣士である現妻を、力一杯に抱きしめた。

 それを見た新人達の間で、たちまち新たな噂が広まった。

 『最強魔剣士のフレン局長は、妻を、魔力を略奪してしまったらしい』

 そんな……いかがわしい噂が。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

聖銀竜に喰われる夜――冷酷な宰相閣下は、禁書庫の司書を執愛の檻に囚える

真守 輪
恋愛
「逃がさない。その賢しい口も、奥の震えも――すべて、私のものだ」 王宮で「禁書庫の未亡人」と揶揄される地味な司書・ルネ。 その正体は、好奇心旺盛でちょっぴり無作法な、本を愛する伯爵令嬢。 彼女には、誰にも言えない秘密があった。 それは、冷酷非道と恐れられる王弟・ゼファール宰相に、夜の禁書庫で秘密に抱かれていること。 聖銀竜の血を引き、興奮すると強靭な鱗と尾が顕れる彼。 人外の剛腕に抱き潰され、甘美な絶望に呑み込まれる夜。 「ただの愛人」と割り切っていたはずなのに、彼の孤独な熱に触れるたび、ルネの心は無防備に暴かれていく。 しかし、ルネは知らなかった。 彼が近づいた真の目的は、彼女が守る「禁書」――王国を揺るがす禁断の真実にあったことを。 「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」 嘘から始まった関係が、執着に変わる。 竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。

同期の姫は、あなどれない

青砥アヲ
恋愛
社会人4年目を迎えたゆきのは、忙しいながらも充実した日々を送っていたが、遠距離恋愛中の彼氏とはすれ違いが続いていた。 ある日、電話での大喧嘩を機に一方的に連絡を拒否され、音信不通となってしまう。 落ち込むゆきのにアプローチしてきたのは『同期の姫』だった。 「…姫って、付き合ったら意彼女に尽くすタイプ?」 「さぁ、、試してみる?」 クールで他人に興味がないと思っていた同期からの、思いがけないアプローチ。動揺を隠せないゆきのは、今まで知らなかった一面に翻弄されていくことにーーー 【登場人物】 早瀬ゆきの(はやせゆきの)・・・R&Sソリューションズ開発部第三課 所属 25歳 姫元樹(ひめもといつき)・・・R&Sソリューションズ開発部第一課 所属 25歳 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆他にエブリスタ様にも掲載してます。

婚約破棄された元聖女、魔王の息子に攫われて溺愛されています

百合川八千花
恋愛
魔王を討伐し、十年にわたる戦いを終えた聖女アルティア。 帰還した王国で待っていたのは、王太子からの婚約破棄と――その子供だった。 絶望の中、現れたのはかつて共に戦った魔王の息子、ヴェルグ。 「君はもう自由だ。だったら僕が攫うよ」 突然の求婚(という名の略奪)と共に、アルティアは隣国・アシュフォード帝国へ連れ去られる。 辺境伯となったヴェルグの領地で始まるのは、 「君のために用意してた」 と語られる豪華すぎる“同棲部屋”、 壁一面に飾られた聖女の肖像画コレクション、 そして、「僕のもの」発言が止まらない溺愛×執着ラブ生活! しかしその頃、聖女を失った王国では、魔王の呪いによる異変が始まっていて―― これは、運命に選ばれ続けた聖女と、ただ彼女だけを愛した元魔王の息子の、 甘くて狂おしい、世界と愛の再構築ラブファンタジー。

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

「愛想がなく可愛くない」と捨てられた私、最強の竜騎士に拾われる。「その美しさに僕だけが狂わされたい」と、愛の重さでベッドから下ろしてくれない

唯崎りいち
恋愛
夜会の最中、王子に「愛想がなくて可愛くない」と婚約破棄された無表情令嬢。 だが彼女の美しさに一目惚れした隣国最強の竜騎士に連れ去られ、 「君はもう僕のものだ」 と毎晩愛の重さでベッドから下ろしてくれない生活が始まる——。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

処理中です...