死ぬほど愛しているけれど、妻/夫に悟られるわけにはいかないんです

杏 みん

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187.結局親の財力で子供の学力って決まるんだよね~って言われるとモヤモヤする

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 「え……。クリスマスツリーって、これ……プラスチックじゃない?」

 「は、はい! おっしゃる通りでございます!」

 我が家のリビングにそびえるクリスマスツリー。
 それをご覧になった飛鳥社長……蓮ちゃんのお母様の第一声が、それだった。

 「あ、あの、今後の管理を考えた時に、スペースの問題で本物の木よりも作り物の方が良いという結論に至りまして……っ」

 「そう……国産モミのレプリカって事かしら?」

 「こ、国産? ……すいません、わかりません……」

 「多分そうね。うちの敷地内にあるのはオレゴン産なのだけれど、このレプリカよりも葉が肉厚で、ボリュームがあるもの」

 「お、お母様はオレゴン産の方がお好みでしょうか!? でしたらこれを返品して、オレゴンなツリーを……っ」

 「唯、大丈夫だよ。母さんは文句を言ってるわけじゃないから」

 パジャマという究極のリラックスウェアを着ているにも関わらず、肩に力が入りっぱなしの私を……キッチンにいる蓮ちゃんが笑う。

 「あらっ!? ごめんなさい、そんなつもりじゃ……!」

 「だ、大丈夫です! わかっています! お母様、お美しいので、私が勝手に緊張しちゃって!」

 そう……蓮ちゃんのお母様は、とにかく美人。そして……クール。
 今まで生きて来て、爆笑した事なんて無いんだろうな、と思ってしまう位、いつでも険しい表情をしているお方で。

 だから……ちょっとした会話でも圧を感じてしまうんだよね。
 今日は、お風呂上りの脱力全快タイムに、突然いらしたという事もあって。

 「緊張……きっと昔にした酷い事が、唯子さんのトラウマになっているのね。……本当にごめんなさい」

 「そんなそんなっ。その事はもうお気になさらないでください」

 ご挨拶に伺った時、お母様は繰り返し、謝罪をしてくれた。

 正直言うと……塩をまかれて追いだされる位の覚悟はしてたんだけど。
 だって、昔お会いした時は、私を『大事な息子にたかる混血の虫ケラ』と仰っていたから。

 だから仁ちゃんとの離婚も蓮ちゃんとの再婚も、全力で応援すると言われた時は、心底驚いたっけ。

 「私はとにかく酷い母親だったから。蓮にも凛にもあなたにも……本当に可哀想な事をしたわ」

 蓮ちゃん、凜さん、そして仁ちゃんとお母さん……複数の人から聞いた、各種エピソードによると、蓮ちゃんのお母様の英才教育は、凄まじかったらしい。

 まだヨチヨチ歩きの頃から、15人の家庭教師と、12人の外国人語学講師と、5人の音楽講師がお屋敷に出入りしていて。
 学校での成績や、血統種ランクは勿論、順位のつくあらゆる場面でトップを取らなければ、激しく叱咤し、存在や人格そのものを否定する。

 『あの時代に教育虐待って言葉があったら、間違いなく即逮捕でしたよ』
 と……結婚の報告に時に、凜さんが話していたのは、大袈裟じゃないのだろうと思う。

 そんなお母様が、なぜ変わったのか。
 その理由は……蓮ちゃんが大怪我をした事だったよう。

 「母さん、俺の事はもういいから。死にかけて、随分心配をかけちゃったし」

 「私……本当に怖かったのよ。蓮がこのまま死んでしまったら……この子は一体、何の為に生まれてきたのかしらって。ひどい母親に育てられたとは思えない位、優しい子になのに……そんな子が恋をして、大好きな彼女を助けてほしいって、必死になって私を頼ってきたのに……私は唯子さんを、親戚の中でたらいまわしにして」

 「お母様……」

 途中から声を震わせるお母様の背中にそっと手を添えて、ソファーに誘う。

 「蓮ね、大怪我をした後も、自分が唯子さんを迎えに行くんだって、必死でリハビリをしていたのよ。毎日毎日何時間も……」

 「母さん、もうその話はこの間も聞いたから」

 「それを見てたら私……もうこれから先は、この子の幸せだけを考えようって決めたの。優秀じゃなくてもいい、後継者になんかならなくてもいい。次にこの子が誰かを愛したら、命がけで応援しようって……」

 「だから蓮ちゃんを、日本中のあちこちに異動させた……って仰ってましたもんね」

 「そうなのっ! だってリハビリを始めて1年後……せっかく唯子さんを迎えに行ったっていうのに、手ぶらで帰って来たんだもの! きっと失恋したに違い無いって思ったのよ! だから早く次のお相手を見つけて欲しくて……!」

 「……それもなんか、ずれてるんだよね。母さんらしいと言えば、らしいんだけど」

 終始眉間に皺を寄せて熱弁するお母様に、苦笑いを浮かべる蓮ちゃん。
 なんだか、微笑ましい。

 良い思い出話には出来ない事も、たくさんあったのだろうけど……今こうして、穏やかな親子の時間を過ごせて、良かった。

 「それで……今日はどうしたの? 何か用があったから、来たんでしょ?」

 蓮ちゃんがそう尋ねながら、コーヒーカップをテーブルに置くと、お母様は『そうそう』と、バッグの中に手を入れて。

 「弁護士から連絡があったの。これ、送られてきたみたい」

 茶封筒の中から出て来たのは、あの日、テーブルの上に置いてきた離婚届。
 そこにはしっかり、仁ちゃんの署名と捺印が。

 「そうでしたか。ありがとうございます」

 「よければ、出させておくけれど……」

 「はい。よろしくお願いします」

 即答する。
 少しでも間を作ってしまったら、蓮ちゃんを不安にさせてしまうから。

 「唯……」

 そんな私の気持ちを察しているのだろうか。蓮ちゃんは、私の肩をそっと抱き寄せてくれた。

 「そう。良かった。安心したわ。ありがとう唯子さん。くれぐれも蓮の事、よろしくお願いします。……私が持っている全ての力で、あなた達を守ってみせるから」

 「……ありがとうございます」

 真剣な顔をして、私の手を握りしめるお母さんに……私は力強く頷いた。
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