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絶対支配領主『バハムート』人類衰退度A+
第22話 怪物、その正体は
しおりを挟むあまりに強烈な音により、三半規管まで揺らされたのか足下が定まらず、世界は無音に支配されている。
「……。…………?」
しかし、いつまで経っても肝心の痛みがやって来ないことに、彼女はようやく気付いた。
まさか先ほどの攻撃は単なる音響兵器で、傷付けるつもりはなかったというのか。否、あの殺気は紛れもなく本物だった。偽っていたとは考えづらい。
ならば、何故? と思考が回復していくとともに、視覚を取り戻していく。次第に世界はおぼろげながら輪郭を取り戻し、色を取り戻し、全貌を取り戻した。
「これは……!?」
そうしてアイシャは、何が起こったかを瞬時に理解した。
――――背中に身を潜めている少女たちを含めて、守るように球体状の膜が展開されていたのだ。おそらくこの蒼い結界が彼女たちを救ってくれたのだろう。
その原因は、アイシャの持つペンダントによるものだった。何らかの術式でも埋め込まれていたのか、備え付けられた宝石は蒼い輝きを放ち、先の一撃を防いだのである。
「何だ、それは……。何故ボクの攻撃を――――!」
唖然とする男の背後から、一つの人影が歩いて近寄ってきた。
「『水竜神の涙』――――その宝石は、素養ある者の意思に応え、加護を与える。残念ながら俺には使いこなせないが、アイシャの役に立ったのなら、遅れて馳せ参じた俺の面目もある程度保たれたか」
あ……、とアイシャはつい声を漏らしていた。
その姿は頼もしかった。
その表情は温かった。
それ以上に――――その声は、優しかった。
「遅れてすまなかったな、アイシャ。だが、ここからは約束を果たすとしよう。キミは類まれなる勇気を示した。ならば俺は、勝利を以てそれに応えてみせる」
御前大河がそこに立っていた。彼を見るや否や、緊張が途切れペタンと尻もちをついてしまう。
男は振り返り、突如として現れたタイガを睨み付ける。
「何だ、お前は? どうやってここに? いや、それよりも、何故ボクに、刃向かおうとする?」
さも自身が王様であるかの如き傲慢な態度を前に、タイガはやれやれと首を振った。
「外見が裸であれ、仮にも王様が女性の扱い方すら知らん風に見えてな、少しだけレクチャーしてやろうと思ったわけだ」
「……ふん。女なんて、所詮外見にしか興味のない、浅はかで、尻軽で、最低の人種じゃないか。男にかしずくべき女を犯して、殺して、何が悪い?」
その返しに対し、タイガは憐れむような目付きを男に移す。
「可哀想に。大方、生前は若くして死んだのだろう。よほど情操教育がなっていないように見える。いいか? 花とは慈しむものであり、愛でるものだ。貴様のように断じて摘み取るものじゃあない。それが分からないようでは、まだまだ」
「……! ムカつくなあ、お前…………!」
目を吊り上げて、烈火のごとく激情を露わにする男。いや、本当に身体から莫大な熱気が放出されているのか、男の周囲が歪んで見える。
ずん、と男が重く、一歩前へと踏み出す。
「お前らは、いつも、そうだ……! 可哀想、なんて口に出すが、決して介入してこない。遠巻きに眺めている、だけで、自分さえ良ければいい、と思ってる!」
「…………」
「思えば、他の転生者も、そういう類の奴らだった。元の世界で、何一つ、不自由して、いなかったのに、ここでもボクの、居場所を、奪おうとする……! だから、守った。殺して、殺して、殺して――――屍山の王となって、ようやく、ボクを脅かす者は、いなくなった」
この世界で育ったアイシャには、男の言っている言葉の意味がよく分からない。生まれつき奪われ、抑圧される側の彼女たちにそんなことを考える余裕などなかった。
ただ理解したことは、この男こそが彼女たちを苦しめてきた全ドラゴンの長であるということ。そしてこの男を倒せば、全てが終わるかもしれないということだった。
アイシャは密かに男へ魔法を放つ手筈を整える。普段好戦的でない彼女には珍しい選択だ。『水竜神の涙』の加護により大幅に魔力が強化された影響で、気が大きくなっているのか。
男に気付いた様子はない。完全にタイガに意識を奪われている。今なら、とアイシャは絶好の機会を前に気が逸りそうになる。
魔法を放つすんでのところで、タイガが大きく声を上げた。
「アイシャ! キミは後ろにいるお友達と一緒に洞窟の奥へ避難しているんだっ! 俺がこいつの相手をする、だから心配しなくていい!」
「……っ! で、でも…………」
目の前に仇が、と思うとなかなか後には引けない。タイガに任せてしまえば、確かに自分は傷つかなくて済む。しかしその分彼が傷を負うことになり、この世界の命運を預けてしまうことになる。この世界の住人でない転生者(タイガ)が、だ。
そのことに引っ掛かりを覚えていると、突然タイガとアイシャの間に立つ男がウウ、と呻き声を漏らした。
それとともに爆発的な魔力の膨張が伝わってくる。およそ人の身では溜め込めないであろうほどの量が、男の体内で暴れ回っているようだった。
ひ、と後ろにいる少女たちが小さく悲鳴を上げる。少女たちに戦う力はない。ここにいては巻き添えを食らうだけだろう。かといってここで見放せば、混乱した少女たちがどんな行動を取るか分からない。指示をする者が必要だ。
そしてその人物は、総合的にアイシャしかいないことを、彼女自身が感じ取っていた。
再度タイガへと視線を向ける。彼は黙って頷き、アイシャの考えを汲み取ってくれた風であった。
「ウ、ウウ……ッ!」
そうこうしている間に、男が次第に人間離れしていっていた。急激に全身が肥大化し、皮膚が見るからに硬質化している。じきに男は完全なるバハムートの姿を現すことは容易に想像できた。そうなれば少女たちの動揺は計り知れない。
唇を噛んで、最後にタイガへと言葉を残した。
「タイガさん――――どうかご無事で!」
ああ、と彼が手を振ったのを見納め、アイシャは急いで少女たちを洞窟内へと押しやっていく。
――――その刹那。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
脳天が割れるほどの咆哮が洞窟内に響き渡った。アイシャが振り返った時には、既に入口はバハムートの巨体で塗り潰されていた。
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