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一昨日……あのまま俺は、灯ちゃんを抱いた。未だに感触が、しっかりと残っている。
「……うーん、思いの外深刻そう」
さすがに誰にも言わない方がいいとは思ったけれど、熱田にだけは言った。灯ちゃんには悪いと思ったけれど、これは……礼儀だと思った。
初めて灯ちゃんと出会ったバルの、カウンター席。熱田と二人の時はいつもここだ。俺のための三杯目の赤ワインが届けられ、早速口につけた。頭がふらつく。
「飲み過ぎだって」
「うるさい」
熱田はお冷を注文した。すぐ届いた氷入りのお冷のグラスを、俺の頬にぴたっと付ける。顔が熱いせいか、気持ちよかった。
「あれからあかりん連休だったから、俺も会えてないんだけど。連絡つかないんだって?」
「既読スルーされてる……」
一応あの後、灯ちゃんが俺の家を出てから「気をつけて帰ってね」とだけ送った。返事が来ない分連投も出来なくてこの始末だ。
熱田は唸った。
「でもあかりんから頼まれたわけじゃん?それは」
「……下手だったのかなあ俺」
「うわっ身内のそういう話きっつー」
でもあれは。快感が欲しい、というよりあくまで安心したそうだっただけに見えた。それはそうだろう、直前にあんな怖い想いをしてしまったわけだから。今思い返しても、はらわたが煮えくりかえる。
「そういえば、あの元彼ってまた灯ちゃんのとこ行ってないかな」
「それは無いね、あいつ相当プライド高いから少なくとも当分は動かないよ」
何故か断言出来る熱田が気になったが、知り合いだからだろうか。でも説得力はあって安心した。
またアルコールで脳に打撃を食らい、顔を伏せる。見えなくなった熱田が「あーもー」と言いながら俺の頭を撫でてくる。小さなごつごつとした手は冷たくて。これが灯ちゃんなら、どんなによかったことか。
……たまらなく幸福だった。でも、どうも付け入った感じがして嫌だった。そして何より、あの後あの行為を思い出して自慰をしてしまった自分がとてつもなく気持ち悪かった。
「俺、本当に好きなんだよ」
「うんうん、知ってる」
「初めて、こんなに好きになった」
「うん、分かってる」
「……会いたい」
俺を撫でる手が、止まった。
「灯ちゃんに会いたい。本当に好きなんだよ、俺。どうしようもないんだ……」
返事が無い。それはそうだ、これは俺の独白なんだ。少し、脳が冴えた。顔を起こす。
「ごめん、熱田。ちょっとやっぱり俺酔ってる」
「熱田くん帰っちゃった……」
「……え?」
熱田のいた席を見ると、そこには灯ちゃんがいた。申し訳なさそうにこちらを見ている。
「……え、え!?何でここに!?」
「熱田くんに呼び出されて。『ちゃんと会って話した方がいい』って」
「いつ!?」
「さっき」
「さっき!?」
見せられた携帯の画面には、熱田とのやりとりがあった。時間を見ると、確かについ先程のものだ。
ちゃんと顔を起こす。ふらつかない。一瞬で酔いが醒めた。
「……その、どこから……」
「元彼の話してたところ」
……つまり、俺の独白は最初から聞かれていたという事か。でももう、何だかどうでもいい。だってどうせ。
「響くん」
「うん?」
何を言われるか、分からない。でもどうせ、わかっている。そこまでのルートを脳内で繋いだ瞬間、涙がぼろぼろ溢れてきた。
「ひ、響くんっ!?」
「ご、ごめん」
最悪だ。みっともない。止まらないんだ、何もかも。
「好きです」
だからもう、こぼす。それしかない。
「灯ちゃんがっ、大好きです……!」
灯ちゃんの顔が見えない。ぼろぼろの視界の奥、灯ちゃんがどんな顔をしているか分からなかった。でも、手は繋がった。
「……私、最低だよ?」
ふと聞こえた声は、震えていた。
「響くんの事、利用した」
「……利用って」
「優しさに、つけ込んじゃった」
手も、音が鳴るほど震えていて。
「ずっと考えてた。なんて最低なことしたんだろって。助けてくれたのに」
「灯ちゃん」
「私、自信ない。水族館の事も、一昨日の事も、最低な事ばかりしてる」
「いいよ、気にしてないよ」
やっと視界が定まってきた。灯ちゃんも、泣いている。
「……存在意義なんて、本当はないの。なくなったの。あいつが、いなくなってから」
「あいつって、この間の……」
「うん。私の元彼で……熱田くんの同級生」
「熱田の?」
どれだけ顔が広いんだ、と言いたくなったけれど今はそんなことどうでもいい。灯ちゃんはハンカチで涙を拭った。
「わかってる、5年も付き合えていたのが……あいつの洗脳ありきだったって。でも、どうしても……未だに夢に見る」
「夢……」
「もう何ヶ月も経ってるのに。あいつが、逃してくれない……」
その声は、何かに呑まれるかのように弱まっていって。代わりに、肩の震えが強まっていって。だから、手が出た。肩を抱くように抱き締める。灯ちゃんの震えと俺の震えが、混ざった。
「でも、一昨日は……夢に見なかったの。実際会ったのに。響くんが、いてくれたから……」
そう言って、灯ちゃんは声を押し殺しながら泣いていた。だから、強く抱きしめた。
「いくらでも、利用してよ」
「え……」
「頑張るから、俺。だから、信じて欲しい。俺、絶対に灯ちゃんを……幸せに、するから」
みっともない声だし、本心しか出せなかった。綺麗さなんてかけらもない。けれど、腕は……回ってきた。
「……うーん、思いの外深刻そう」
さすがに誰にも言わない方がいいとは思ったけれど、熱田にだけは言った。灯ちゃんには悪いと思ったけれど、これは……礼儀だと思った。
初めて灯ちゃんと出会ったバルの、カウンター席。熱田と二人の時はいつもここだ。俺のための三杯目の赤ワインが届けられ、早速口につけた。頭がふらつく。
「飲み過ぎだって」
「うるさい」
熱田はお冷を注文した。すぐ届いた氷入りのお冷のグラスを、俺の頬にぴたっと付ける。顔が熱いせいか、気持ちよかった。
「あれからあかりん連休だったから、俺も会えてないんだけど。連絡つかないんだって?」
「既読スルーされてる……」
一応あの後、灯ちゃんが俺の家を出てから「気をつけて帰ってね」とだけ送った。返事が来ない分連投も出来なくてこの始末だ。
熱田は唸った。
「でもあかりんから頼まれたわけじゃん?それは」
「……下手だったのかなあ俺」
「うわっ身内のそういう話きっつー」
でもあれは。快感が欲しい、というよりあくまで安心したそうだっただけに見えた。それはそうだろう、直前にあんな怖い想いをしてしまったわけだから。今思い返しても、はらわたが煮えくりかえる。
「そういえば、あの元彼ってまた灯ちゃんのとこ行ってないかな」
「それは無いね、あいつ相当プライド高いから少なくとも当分は動かないよ」
何故か断言出来る熱田が気になったが、知り合いだからだろうか。でも説得力はあって安心した。
またアルコールで脳に打撃を食らい、顔を伏せる。見えなくなった熱田が「あーもー」と言いながら俺の頭を撫でてくる。小さなごつごつとした手は冷たくて。これが灯ちゃんなら、どんなによかったことか。
……たまらなく幸福だった。でも、どうも付け入った感じがして嫌だった。そして何より、あの後あの行為を思い出して自慰をしてしまった自分がとてつもなく気持ち悪かった。
「俺、本当に好きなんだよ」
「うんうん、知ってる」
「初めて、こんなに好きになった」
「うん、分かってる」
「……会いたい」
俺を撫でる手が、止まった。
「灯ちゃんに会いたい。本当に好きなんだよ、俺。どうしようもないんだ……」
返事が無い。それはそうだ、これは俺の独白なんだ。少し、脳が冴えた。顔を起こす。
「ごめん、熱田。ちょっとやっぱり俺酔ってる」
「熱田くん帰っちゃった……」
「……え?」
熱田のいた席を見ると、そこには灯ちゃんがいた。申し訳なさそうにこちらを見ている。
「……え、え!?何でここに!?」
「熱田くんに呼び出されて。『ちゃんと会って話した方がいい』って」
「いつ!?」
「さっき」
「さっき!?」
見せられた携帯の画面には、熱田とのやりとりがあった。時間を見ると、確かについ先程のものだ。
ちゃんと顔を起こす。ふらつかない。一瞬で酔いが醒めた。
「……その、どこから……」
「元彼の話してたところ」
……つまり、俺の独白は最初から聞かれていたという事か。でももう、何だかどうでもいい。だってどうせ。
「響くん」
「うん?」
何を言われるか、分からない。でもどうせ、わかっている。そこまでのルートを脳内で繋いだ瞬間、涙がぼろぼろ溢れてきた。
「ひ、響くんっ!?」
「ご、ごめん」
最悪だ。みっともない。止まらないんだ、何もかも。
「好きです」
だからもう、こぼす。それしかない。
「灯ちゃんがっ、大好きです……!」
灯ちゃんの顔が見えない。ぼろぼろの視界の奥、灯ちゃんがどんな顔をしているか分からなかった。でも、手は繋がった。
「……私、最低だよ?」
ふと聞こえた声は、震えていた。
「響くんの事、利用した」
「……利用って」
「優しさに、つけ込んじゃった」
手も、音が鳴るほど震えていて。
「ずっと考えてた。なんて最低なことしたんだろって。助けてくれたのに」
「灯ちゃん」
「私、自信ない。水族館の事も、一昨日の事も、最低な事ばかりしてる」
「いいよ、気にしてないよ」
やっと視界が定まってきた。灯ちゃんも、泣いている。
「……存在意義なんて、本当はないの。なくなったの。あいつが、いなくなってから」
「あいつって、この間の……」
「うん。私の元彼で……熱田くんの同級生」
「熱田の?」
どれだけ顔が広いんだ、と言いたくなったけれど今はそんなことどうでもいい。灯ちゃんはハンカチで涙を拭った。
「わかってる、5年も付き合えていたのが……あいつの洗脳ありきだったって。でも、どうしても……未だに夢に見る」
「夢……」
「もう何ヶ月も経ってるのに。あいつが、逃してくれない……」
その声は、何かに呑まれるかのように弱まっていって。代わりに、肩の震えが強まっていって。だから、手が出た。肩を抱くように抱き締める。灯ちゃんの震えと俺の震えが、混ざった。
「でも、一昨日は……夢に見なかったの。実際会ったのに。響くんが、いてくれたから……」
そう言って、灯ちゃんは声を押し殺しながら泣いていた。だから、強く抱きしめた。
「いくらでも、利用してよ」
「え……」
「頑張るから、俺。だから、信じて欲しい。俺、絶対に灯ちゃんを……幸せに、するから」
みっともない声だし、本心しか出せなかった。綺麗さなんてかけらもない。けれど、腕は……回ってきた。
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