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24.はいはい、そういう手口手口。

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「クロイア、何してるの」

 ラルネスの来訪から一週間程経った朝だった。まだ残暑が厳しい日々だ。
 クロイアの教会が休みの日は、ジェリアは毎朝小屋に入り込んでクロイアに朝の挨拶をする。クロイアは早い時間なのにもう着替えていて、何やら細工をしていた。

「おはようございます。矢を作ってるんです」
「矢?」
「はい。ご主人さまに、薪をいただきました」

 クロイアの手には、削られている最中の一本の矢が握られていた。よく見ると、完成したであろう矢がいくつも並べられている。その光景に、かつてのエリオードを思い出してくらりとした。

「今日、父さんが来るでしょう。その時に矢のれんしゅうを見てくれるって、手紙で言ってたので」
「……そういえば、そうだったわね」

 エリオードがクロイアにエクソシストのノウハウを教えたのならば、彼と同じ武器を選んでいても不思議ではない。そもそも、前回ジェリアはクロイアが矢を使う瞬間を見ている。そうだ、そういえばあれもエリオードとクロイアの関係に気付くきっかけだったはずなのに見落としていた。
 恐らく最後の一本だったのだろう。研磨を終えると、クロイアは矢をテーブルに置いた。

「今日は一日いてくださるといってました。おひるごはんも、ゆうごはんも一緒にいられるんですって。ジェリアさんも、いっしょに行きましょう」
「わ、私は……」

 さすがに外食、となると見つかる可能性がある。しかしその危険はジェリア以上にエリオードが分かっているだろう。こんな田舎だ、噂ならすぐに広まってしまう。
 クロイアは矢をまとめると、立ち上がった。

「もしかすると、もう到着してるかもしれません。行きましょう」
「私はお留守番しておくわ」

 そうだ、そもそもついていく理由そのものはないのだ。クロイアの保護者面しようも、よく考えればあちらこそが正真正銘の保護者なわけで。
 クロイアは頬を膨らませた。

「おはかのおそうじも終わったって、言ってたじゃないですか。それなら、いいじゃないですか」

 ……その顔には弱い。そして、何より。こういう口実でもないとエリオードに会う口実が無いのも事実だ。
 会いたい、と願うなど。もう完全に危険な領域ではないか。

「ね、ね。行きましょう」

 クロイアがきゃっきゃっとジェリアの袖を引っ張る。負けた。
 浮き足立ちながら、クロイアが先導する。前回エリオードに襲われた林道に入った。少しびくりとしたが、クロイアがあの事を知っているわけがない。
 林の道を歩いていくと、背の高い柵に囲われた広場が見えてきた。南部に長く住むジェリアすらも知らない場所だった。

「ここは」
「エクソシストのたんれん場です。南部にはいくつもあって、他の教会からも来るエクソシストもいます」
「知らなかった……」

 クロイアは「エクソシストしか使わないので」と笑った。最近、本当にこの子は笑顔が増えていると思う。

「今日はここを、父さんが貸し切りにしてくれたそうです。行きましょう」

 職権乱用の気がしないでもないが、ひとまず頷く。
 クロイアは器用に暗号錠を外すと、柵を開いた。ジェリアの後に入ると、錠を閉め直す。
 とても広い空間だった。いくつか戦闘練習用の人形が点在しているが、どれもぼろぼろだ。こんな鍛錬を常に行っているのか。ふと、クロイアを見る。こんなにも小さいのに、もう戦闘訓練に入っているというのは想像しがたい。
 奥地へと進んでいく。すると、音が聞こえてきた。そして、やがて人影が見えた。エリオードの後ろ姿だ。彼は、こちらに気付いていない。

「父……」

 クロイアは声をかけようとしたが、止めた。
 エリオードは、弓を引き絞る。そして、放った。鋭い矢は、壁にかけられた正面の的の真ん中すれすれに命中した。ど真ん中には、すでに矢が刺さっている。他の矢は、もはやそれを包み込んでいるかのようだった。
 横顔が、見えた。的を無心に見るその目は、真剣そのもので。その熱い眼差しはジェリアを見るものとはまた違うが、それでも……もし射抜かれれば、ひとたまりもないだろう。それだけ、魅力的だった。
 そうだ、初めて好きになったのも……あの、エリオードだ。

「父さん」

 エリオードが矢を的まで回収しに行こうとしたタイミングで、クロイアが声を投げる。エリオードが、振り返った。その目は、いつもの優しいものに戻っていた。

「クロイア、それにジェリアも。早かったんだな」
「もうきていたんですね。それにあのめいちゅう率……すごいです。どうすれば、ああなるんですか」

 クロイアの目線は、的に向かっていた。射られた十本の内六本は中心、四本は四隅ぎりぎりに刺さっていた。クロイアは首を傾げた。

「やっぱり積み重ねだよ。俺だってお前くらいの頃は外してばかりで姉貴に殺されかけてたさ」
「お、伯母様って剣を使われる方だったのでは……」
「そうそう。外す度に一本ずつ足の指を裁つってな」

 ジェリアは、二人のやりとりをぼんやりと眺めていた。やはり、あの二人の間には入り込めないものがある。親子ならば当たり前なのだが、それでもどこか疎外感を感じて胸が痛くなる。それは、どちらに対して抱いているのか……ジェリアにも分からなかった。
 エリオードが、ジェリアを見る。その目はクロイアの手前か、いつものような熱っぽさはなかった。しかしそれでも……先程のエリオードを思い出して、どきりとする。

「久しぶりだな、ジェリア。元気だったか」
「ええ、あなたは?」

 ジェリアの言葉に、エリオードは嬉しそうに「元気になった」と返してくる。クロイアは不思議そうにそんなエリオードを見上げているが、何も言わなかった。

「で、何だったクロイア。精度の話か」
「そうです。止まっている的には当たるようになったんですけど、動く的の方がまだぜんぜんで」

 だとすれば、前回の墓荒らしの事件の際はまだあの技術は未熟だったという事なのか。
 エリオードは「よし」と呟くと、的の側へと歩いていく。

「今躓いてる速度は?」
「七番です」

 的に到着すると、エリオードは何やら的をいじりだした。すっと離れると、的が壁の中を泳ぐように移動しだす。どうやらそういう装置らしい。

「一旦七番に設定してみた。やってみろ」
「は、はい」

 クロイアは背中から弓を引き出すと、持っていた矢を取り出し引き絞った。そして、放つ。だんっ、と音を立てて……的の端に刺さった。

「当たったじゃない」

 ジェリアの言葉に、こちら側へ戻っていたエリオードが首を振る。

「あれじゃ駄目だ。端なんかじゃ話にならない」
「そうなの?」
「真ん中じゃないと意味がないんだ、と言うよりは狙った点に確実な命中が無いと。まあ、癖は分かった」

 普段ジェリアと話す時とは全然違う、真剣な声だった。それがどこか不思議な感じがするが、これはこれで……格好良く見えてしまう。
 エリオードはクロイアに近付き、姿勢を矯正させる。そして、目線まで合わせさせた。

「この的との距離なら、一秒だ。一秒先、的がどこに行くか予想して射るんだ」
「もし、この的じゃなかったら?」
「距離と的の大きさで到達するまでの秒数を計算する。それに合わせて、先を読んで射る。それが一番確実だ」

 とんでもない次元の話をしているように聞こえるが、クロイアは頷いた。その面もちはとても真剣で、いつものクロイアとは打って変わっていた。
 もう一本、放つ。今度は、少し中心に近付いた。

「惜しい、今のは動きの予測がずれたな。タイミングはよかった」
「ほんとうですか」

 クロイアの顔がぱっと輝く。エリオードは満足げに頷いた。

「的ってのはこれもだが、大体初見ではどこに行くか分からないだろう。だから、すぐさま的確な予測をするのが大切なんだ。そこに時間をかけると、一気に敗けに近付く」

 対人……もしくは対亡霊の話をしているのだろう。エリオードは続けた。

「ただ、どんな的が相手でも必ず癖っていうのがある。そこを見つけろ。それだけでだいぶ有利になるからな」
「はいっ。この的にもあるんですか?」
「あるな、今見たところだと。でも俺は教えないから、自分で考えて一回やってみろ。俺はあっちでジェリアと見てるから」

 クロイアは頷いた。的へ矢を引きに行くのを見ながら、エリオードはジェリアに「ベンチ行こう」と誘いかける。ひとまず、頷いた。
 ベンチからは、少し遠いがクロイアの姿がよく見える。声はぎりぎり聞こえないだろう。二人並んで腰掛けた。

「仕事だと、やっぱり真面目なのね」

 ジェリアのふとした呟きに、エリオードは苦笑する。

「そうかな。というか、その言い方だと他は一切真面目じゃないみたいだ」
「実際そうでしょう」

 ジェリアの刺した言葉の棘の意味に気付いたのか、彼は悲しそうに顔をくもらせた。

「……なあ、ジェリア」
「なに?」
「もし俺がきちんと身を整えたら、一緒になってくれるか」

 唐突な、言葉。
 何も言えないジェリアの目を、エリオードは見た。その目はやはり熱っぽく、しかし暴走している気配はない。彼は、冷静だ。

「正直、すぐには難しいと思う。家の……というより、妻をどうにかする必要がある」
「それは、そうでしょう」

 ジェリアは結局、エリオードの妻の事をあまりよく知らない。クロイアも話をしたがらないところを見ると、どんな人間なのかは何となく想像がつくが。
 エリオードは、続けた。

「今回クロイアをこっちに送り込んだのは、ジェリアとの公正なつながりを作りたかったんだ。多分、分かってただろうけど」

 頷く。苦笑が返ってきた。

「でも久しぶりにあいつを見て思ったんだ、あいつには……真っ当な母親が必要なんだって。俺だけじゃ、どうにも出来ないって」
「もしかして、私に母親になれって言いたいの?」
「察しがいいな」

 考えなかったわけではない。自分の生んだ子ではないにしろ、クロイアは可愛い。一緒に生活を初めて半年程になるが、うまくやっていけるかと問われれば頷く事はできる。
 ……そうだ、あと半年しかないのだ。

「そんなの、奥様は絶対許さないでしょう」
「ああ。だが、恐らく親権はこっちが取れる。あいつは絶対欲しがらない」

 それを聞き、胸の奥がぎゅっとした。クロイアは、母から……見放されてしまっているのか。

「自分で言うのも何だが、妻はクロイアの事を俺やジルガニッレを黙らせるための道具としてしか思ってない。人質も同然だ」
「どういうこと?」
「俺には分かる。クロイアは、今のジルガニッレの中でも天才なんだ。六歳であんなに武器を使いこなすなんて、普通はそうそう出来たもんじゃない」

 クロイアを見る。彼は弓を止めて、動く的をじっと観察していた。動きの予測を立てる練習だそうだ。

「おまけに離縁したら実家に戻る。エヴァイアン屈指の財を持つタロニ家だ、面道事を起こされたらかなわない」

 エリオードの今までの言葉を、脳内でじっくり反芻する。つまりは。

「……奥様の機嫌を取った上で離縁しないと、私やクロイアが嫌がらせされる可能性があるって事ね」

 エリオードは頷いた。

「嫌がらせどころか、取り返しの着かないことになる恐れもある。だから、今色々準備をしてるんだ。少なくとも、あいつにジェリアの存在を知られるわけにだけはいかない」

 ……それで色々、ぐだぐだと立ち回っていたわけか。いくら阻まれていたとしてもジェリアに会うために正面突破をかけても、ジルガニッレ家の方が家としては立場が大きいので握りつぶす事も出来ただろうに。
 結局エリオードは欲張りだ。誰の事も傷つけずに、願いをかなえようとしている。それはつまり……優しい、という事なのだろう。
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