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春は曙編

第七十話 狂愛贋作

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 春の陽気は私達炎の陣営の魔物に襲い掛かってくる、ゆるやかに、真綿で首を絞めてくるように。
 朝起きても皆は少しぼんやりしていたし、魔力の低すぎる子達は廊下で行き倒れていたので、皆で治癒室へ運んだ。

 ラクスターと一緒に、遠くが見える城の上の階から、窓で外を見やる。
 ラクスターは欠伸をしながら遠くを見つめ、指折り何かを数えていた。

「何を数えているの?」
「こっちにくる部隊のリーダー数。リーダーさえ潰せば話は早い、怯えて下っ端は攻撃が怯む」
「要するにもう来てるのね?」
「ああ、ありゃあヴァルシュアの軍勢だ。魚みてえなやつらが多い。陸地でも歩ける魚人どもはありゃ……ヴァルシュアから定期的に水分送り込まれてるみてえだな」

 ラクスターの目はよほど先を見ているらしい。
 私からは見えない、だけど他の魔物も数人気づいた様子で城が少し慌ただしくなってきた。

「姫さん、いいか。アンタは表に今回出るな。これは魔王や他の魔物の総意でもある」
「どうして? 私じゃ、その、頼りない?」
「違う。ヴァルシュアのことだ、きっとアルギスのコピーに姫さんを捕らえさせ人質にするだろう。そうすりゃあの魔王のことだ、何もせず降伏するってのも考えられる。もし姫さんを傷つけられるならな。これはオレ達が負けない為の策だ」
「回復魔法はどうするの? 怪我した魔物達は……」
「姫さんには治癒室に籠もってて貰う。勿論オレもそこに警護につく。あの魔崩れもな。そしたら姫さんの仕事も出来るし、オレ達も仕事に集中できる、質問はあるか?」
「……今回は、兄様は呼ばないの? 魔王を倒すなら兄様がいても……」
「お前の兄ちゃんが間に合うとしたら、ユリシーズを蹴散らしてからだな。ユリシーズと今頃闘ってるはずだ。あの勇者は流石お前の兄ちゃんだ、よく気がつく。あいつがいなかったら、今頃ユリシーズにも手こずっていただろうよ」
「……見えるの? 闘っている様子が」
「戦況は教えないぞ、兄ちゃんの雄姿の為にもな。さあ、奥様行こうか、治癒室に」

 私とラクスターが治癒室に入れば、中にはアルギスがいて、眠気を堪えながら何かを考え込んでいた様子だった。
 どうしたのだろうと、ラクスターと顔を見合わせアルギスに問いかけると、アルギスは重々しい顔で提案してきた。

「僕のコピーがきっとくる。対策を練っておこう、ウル、ラクスターさん」
「どうして分かるの?」
「波長というか……憎悪にも似た嫉妬の気配が近づいてくるからね。あれをかつて僕が背負っていた物だったと思うと、少し怖いな。君に逃げられて当然だ」

 アルギスは冗句だよ、と微苦笑を浮かべてから自分の額に指先に炎を宿し焼き印をする。
 焼き印は一瞬で消えたが、私が心配して手元をアルギスに近づければ焼き印が額に浮かび上がる。
 驚いて焼き印に注目するとアルギスは淡々と頷いた。

「これで君が近づいて印が出なかったら偽物だと分かるだろう、安心して」
「まあまずはオレ達はこの眠気とも闘わないといけねえんだけどな……厄介なときに動き始める精霊どもだ」
「精霊っていうのは楽しいことが好きだからね」

 アルギスは壁にもたれ掛かり、眠気を飛ばそうと精神集中し、目を伏せた。
 ラクスターも少し眠気を覚えた顔つきで、私と雑談をしてくれていた。

 唐突にそれはきた。

 魔物が大勢治癒室に運ばれる行為が多くなってきた為に、私は忙しさに見舞われ、回復魔法を使う行為に専念する。
 ラクスターはアルギスがいるならと、魔物達を運ぶのに手を貸し、少し場を離れることとした。
 重い巨体の象のような魔物をラクスターは引きずり、中へ入れると肩で呼吸する。

「外の様子は?」
「魔崩れを傀儡にしたヴァルシュアがよ、与えた魔力を逆に吸収してるんだよ……魔崩れどもは意思をなくし、操られてる。変な図だなありゃ」
「普通人間に魔力を与えたら二倍の濃さになる。魔崩れに魔力を使う意思があれば、それらは魔物には帰ってこないはずだが……意思をなくされてるのなら、二倍の濃さになった魔力そのものを返して貰っている状態だな。他の魔崩れは、肉壁程度の扱いなのだろう」
「道理で。あの魔王が苦戦していたわけだ」
「魔王が苦戦、か。嫌な予感がする……ううん? こんなところに、……」

 アルギスがラクスターから視線を外した先へ食い入るように注目したひび割れは、見る見る間に崩れだしひび割れから異空間が繋がり、現れたのはアルギスのコピーだった。
 桃色の髪色以外はアルギスそのものの姿をしていて、私と目が合うなりぞっとする嫌悪感を催した。
 アルギスのコピーはにこやかに笑っている。

「ああ、ウル、此処にいたんだね」
「コピーめ。やってきたか忌々しい、帰り給え。君の触れてイイお人ではないよ」
「何を言うんだ? お前だってこの子が欲しくて欲しくて堪らなかったはずだろう? 大人ぶるのはよせ、欲しい物は素直に奪ってしまえばいい。嗚呼、ウル、僕とお揃いの髪色だね。とても綺麗だ、可愛らしい。可憐な鳥のようだ、君専用の鳥かごを用意しないとね。僕が……永久に飼って大事にしよう!」
「奥様ッ、危ねえ!」

 突然伸びてきた氷の矢に、ラクスターと本物のアルギスでシールドを治癒室全体に張る。
 私は二人に魔力の提供を惜しみなく与え、二人にはこの場で自由に動いて貰えればという心遣いのつもりだ。

 そうするしかなかった。

 私はコピーに瞳で射貫かれただけで、身動きできなかったの。
 何故だか分からないけれど、射貫かれて身動きが一切出来ずに固まってしまっていたの。
 咄嗟に魔力だけでもと、私の眷属である二人に与えた。

 二人は結果、魔力を駆使しこの場を守ることに専念してくれた様子だった。

 でも、逆を言えば守る者が多すぎて……。

 コピーはにこにこと無邪気に、子供のような笑みを浮かべた。

「僕とウルの世界に邪魔な人達だ、全部消してしまおう」


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