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港編
番外編+最終話 雪も降り積もれば赤い花も咲き
しおりを挟む幼い頃父が私達を捨てると、私を抱きしめた母は泣きながら、私へ口づけた。
番をなくした母は気が狂い、私を父の代用品として見つけたようであった。
母を抱く行為はさすがに出来なかったが、機嫌が悪くなると暴れて物を壊す母への対処法に、おでこにキスだけは出来ていた。
それは女の子が夢見る甘ったるい、恋人へ求める所作の一つだった。
それ以来私は、おでこへのキスが苦手となり――やがてまだ見ぬ家庭へ苛立ちを募らせた。
なぜこのような目に遭う? なぜあの家庭ばかりがいい思いをする?
やがて風の噂というよりも、母が意地でも集めた情報により、椿という男子が誕生していると聞く。そのときに何となく思ったのは。
(誰の手を汚すことなく、椿が不幸になればいいのにな)
自分より幼少の子供へ、人として歪んだ思いであった。
やがて高校生くらいの椿と出会う頃、私は社会人一年目であった。
社会人で名が売れ始めた作家になりかけていた頃で、二足のわらじ状態の頃。
会社勤めを私はしながらも、椿は頼ってきた。
虫のいい話だと分かってはいるが、父親が借金を抱え始めたので、金を貸してくれと。
この親子の幸福は私にかかっていると知ると、得もしれぬ優越感が勝った。
私はこの親子を不幸のどん底にたたき落としたい気持ちでいっぱいだったが、それを押し隠す。
私はにこやかに了承し、椿の信頼をまずは得るために金を貸した。
椿はあっさりと信じ仲良くなり、少しだけ相談に乗ったり親切にするだけで、彼女まで紹介してくれる始末となった。親切にされる行為に慣れていない様子だったから、容易かった。
椿のあの性格だ、なかなか親身にされづらいのだろう、俺様気質というやつだから偉そうだしね。
それが不幸の始まりと知らずに、椿は私へと頼り切っていった。
寝取った女は、私が寝取ると途端に椿へ興味をなくし、私へ固執した。
私も椿もどちらもアルファだというのに、女は椿のことを凡人だ凡人だとうるさいので、あいつは才能があるアルファだよ失って残念だったなと嗤ってやるとひっぱたかれたから理不尽だ。
そのときにオメガに対していい印象は持たなかったんだ。
それが、最初に運命の子と出会うまでの話。
運命の子と椿のイベントで出会った、出会った経緯が気に食わない。
場所も何もかもロマンチックではないし、椿メインのイベントで添え物だった私、というのでさえ気に食わない。
私は椿の控え室まで行こうとしたが、むせかえるフェロモンの匂いに当てられそうになる。
誰かが発情している、こんな酷い魅力溢れて暴力的な匂いは、運命の他ありえない。
オメガはあまり好きではなかった。
けれど。
けれど、たった一人自分を愛してくれる存在がいるのなら、それに縋りたくもあったんだ。
女性があまり好きではないから、男性なのは有難かった。
ただ男性といよりは、少年のような小柄な見目であって、可愛らしかったけれども。
椿と少年が致しているのだと察知すれば、あとは椿がお持ち帰りさえすればその子に都合よく会えて、自分を襲う椿から助けるヒーローとなれるだろう。
好印象間違いない、と思ったのに。
密は最初こそ私に懐いてくれていたのに、同棲のニュースが流れ、私の胸はざわついた。
懐いてくれていたんじゃなかったのか?
お前もその馬鹿な男を、家庭を選ぶのか?
一気に冷たくしてやりたい気持ちと、非常に可愛がって可愛がって甘やかし私なしでは生きていけない身体にしてやりたい嗜虐的な気持ちが芽生えた。
自分でもおかしいと思う、心を欲しがっていたのに、椿に先を越されそうになった瞬間にこれなんだから。
私の中で小さな子供が問いかける。
『どうしていつも僕は選ばれないの?』
「選ばれてるよ、選ばれてるから作家なんだよ」
『選ばないよお父さんもお母さんも。誰も僕を欲しがらない』
「私に価値がないからじゃないかな」
そんな押し問答を内心しながらも、必死に密に縋り付きたかった。
縋り付いても縋り付いても、身体の相性だけを知らされてる感覚である。
オメガとアルファ、それと運命の番という事実だけがあの子との繋がり。
逆を言えばそれしか、私はあの子には許されてなかった。
あの子は警戒心が高く、一度拒絶すると決めるととことん拒絶するタイプなのだろう。
いいさ、もう項は噛んだんだ――お前の望み通り、いつまでも永遠に幸せに暮らそう? 私達なりの幸せという形で。お前の幸福論など関係なく、私だけの幸福論で。
お前は俺の物だよ、密。
そんな風に思って余裕顔していた自分を殴りたいのが、つい最近までのこと。
密は番の解消を無理矢理させられた。
それは世間で言う解消の仕方ではなく、番の数を減らす作用をした薬のせいによるものだから再び項を噛めば番にはまたなれる。
ただし、選ばれるのはたった一人。
間違いなく私ではないと実感し、寒気が立つほど恐ろしかった。
運命が目の前にありながら、運命に拒絶されることほど怖いことはない。
私は運命を愚かだとあざ笑いながら、運命に縋っていたのだと。関係性に甘えていたのだと判明し、逆に椿は運命というだけに甘えずに関係を築いてきた賢者なのだと思い知る。
なんと間抜けな出来事でしょう、私は大人だというのにどうすれば愛されるかという初歩的な行為ですら分からなかったのです。
自分なりの愛し方は分かってはいる。
けれどどうすれば愛されるかまでは分からなかった、口説きが通用しないのだから困ったもので困惑してしまう。
ある日、椿がオークションに負け寝てる隙に、うたた寝している密を目の前に噛んでしまおうかと卑怯な思案を巡らせた。
このまま衝動のままに噛んでしまえば私の物だ、けれどそれは胸を張って愛していると言えるのだろうか?
密は一生私には笑ってくれない気がして、馬鹿らしくなり噛むのはやめた。
椿と密のセックスを見て、覚えた衝動は怒りそのものだった。
お前はやはりそいつを愛しているのではないか。
私ではなくそいつがいいのではなかろうか。
私を選ぶ余地を与えたのは、弄ぶためか?
――そんな風に密の思いやりを被害妄想することで、八つ当たり気味に思案する自分への怒りが募り募った。
やけ食いしてやろう、どうせなら私の好きな蜂蜜をたっぷりと食べてやろう。
気づけば冷蔵庫で蜂蜜を舐め、食パンにつけ食うという無意味な行為をしていた。
朝になっても茫然としていると、抱かれた後の密がやってきた。
初めて。
初めて本音で君と物を言い合えた気がした。
それから先に、君がいて、今がある。
今日は私の日だ。私が密を可愛がれる日。
密とカフェでデートをしながら、今の幸せに浸り、ふと笑いかける。密はきょとんとするも、笑みに見とれたのか私に首をかしげた。
「どうしたの」
「君が天使のようで」
「くっさいことを言って困らせる作戦?」
そうじゃあないんだよ。私に愛され方を学ばせてくれた君に感謝しているんだよ。
物を贈るという行為だけじゃなくて、何か苦手な行為をすることで愛情を示すというのはまさに私にぴったりなやり方だった。
かぐや姫のように悲恋にはさせなかったけれど、あの物語をもう一度読むのも悪くない。
「密、愛してる」
「あの、さ。あのさあのさ、ここ、公共の場……」
「セックスしてるわけじゃないのだから、愛を囁くくらいは大目に見てもらえるだろう?」
「どこからくるのその自信は!」
「あそこの若者なんかは道ばたでキスをしているよ、真似をすべきかな?」
「雪道ってたまに天然だよね、帰ろう」
「密、帰ったら、さ」
密の手を撫でる行為で、夜を連想させにこりと微笑む。
密は真っ赤になると、空になったカップをテーブルに叩きつけ「帰るよ!」とぷりぷり照れ隠しをしていたのだから可愛い。
まったくどうしてこんなに可愛いのかな。
可愛すぎて心配になるくらいには、愛しい存在だ。
私を変えたのはもれなく君だろう。間違うことなく君だろう。
君のお陰で、人に対して努力する方法を覚えたと思うんだ。今よりもっともっとセックスもうまくなりたいものだしね。
可愛い君を泣かせたいから。
「あ、雪だ」
「寒くなるね」
真っ白い雪を一面にと、君の瞳には映らなかったけれど、一つでも結晶が目に映し出されると独占欲が満たされる。これをきっと、恋だの愛だのと呼ぶのだろう。
皆が恋だの愛だので騒ぎ、恋愛小説を求める気持ちが分かる気がした。
世の中は愛に飢え、私もまた愛に飢えていたのだろう。君と出会い、君と話し、全てが満たされていく幸せを日々感じている。
世界は愛に満ちているんだよ密、だから君を第三者になんてさせない。
応援ありがとうございます!
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とても面白くて、ワクワクしました!!!
最初の印象と全く違った2人に、しっかりと感情移入できたりして、すごく好きです!!!!!
続きを楽しみにしています!
キャラの印象を、最初と最後変化させるのはすごく好きなんです。
どの作品にも一人はそういうキャラを出してるとは思いますが、
正義の味方が悪役になったり、などの変化が好きなのでくみ取っていただけて嬉しいです!
感情移入もできると言われて大喜びです!
感想有難う御座いました!