2 / 4
その空に放つ
しおりを挟む
ぬいぐるみ恐怖症。
ホラー映画などの影響でトラウマになり、ぬいぐるみがいる部屋に入れなかったり、ぬいぐるみを直視できなかったりする。恐怖症の一つだ。
大学一年の七海も、幼いころに両親からプレゼントされたぬいぐるみが、声を出すタイプのもので、ひどく恐怖心を抱くようになった。
「なんだこれ?」
あるとき七海は、近所の公園に貼られたポスターを目にした。『ぬいぐるみ恐怖症おしゃべり会&ぬいぐるみ飛ばし大会、開催決定!』と、でかでかと書かれている。
「なんだこれ?」
再びつぶやくと、地味に長い開催内容文に目を通した。
『ぬいぐるみ恐怖症のかた必見! 同じ境遇の人と交流できる画期的なイベントです。なかなか共感してもらえない恐怖症だからこそ、自分と同じ気持ちの人と思う存分おしゃべりしましょう。そしてイベントの目玉、ぬいぐるみ飛ばし大会を実施します。苦手なぬいぐるみを手にするのは苦痛かもしれませんが、思いっきり投げ飛ばし、スカッとしてみませんか?』
「なんかすっげーアホなイベントだな」
そう言いつつも七海の口角は上がっていた。高校までソフトボール部でピッチャーをしていた彼女にとって、久々に物を投げられる機会だ。とはいえ、ボールではなくぬいぐるみなのだが。
七海はぬいぐるみに触れることはできるが、長い時間はムリだ。そのあと確実に具合が悪くなる。だがまあ、投げ飛ばすだけなら大丈夫だろう。七海は今週の日曜に開催されるそのイベントに参加することを決めた。
そして日曜日。会場である公園には意外とたくさんの人が集まった。みんなぬいぐるみ恐怖症なんだよな、と七海は一人関心する。動きやすいようにジャージを着たが、周りを見回すとみんな普段着だった。
司会者がマイクを使って開催宣言をした。まずはおしゃべり会である。公園内にはテーブルがセッティングされ、飲み物やお菓子が用意されている。立食パーティーみたいなイメージを持ってもらえばわかりやすい。
自由に歩き回っておしゃべりをするようだ。なんとも投げやりなイベントである。
七海は配られた紙コップを持ち、コーラを入れようと手を伸ばす。すると、誰かと手がぶつかった。
「あ、すみません。お先にどうぞ」
相手がサッと謝り、七海に譲る。眼鏡をかけたその男性と目が合った。そんな彼も上下ジャージ姿。同じことを思ったのか、二人は思わず笑った。
「大会って聞くとジャージかなと思って」
そう言って目を細める彼に、七海は大きくうなずいた。
「わかるっす。なかなか高校生気分が抜けないんだよな」
七海は2リットルのペットボトルを持ち、彼の分も一緒に注いだ。そのまま木陰へと移動し、二人のおしゃべり会が始まった。
「僕は間宮京太。大学三年」
「大学一年、近藤七海」
「近藤さんもぬいぐるみ苦手、なんだよね?」
「そう見えないっすか?」
「うん、なんか怖いものなさそうな感じ」
「よく言われるっす」
なんだか自分とは全然タイプの違う人だな、と七海は思った。七海の頭には京太が教室で本を読んでいる姿が思い浮かぶ。イメージにピッタリである。
「間宮さんはなんでぬいぐるみ恐怖症になったんすか?」
正直こんなに大勢の恐怖症の人に会えるとは思っていなかった。みんなはなにをきっかけにぬいぐるみが怖くなったのだろう。
「妹がいるんだけど、家に飾ってあるひな人形を見てから、ぬいぐるみもダメになったんだ」
「あー、たしかにひな人形は怖いっすね」
うんうんと相づちを打つ七海に、京太は瞳を輝かせた。同士に出会えて嬉しいのだろう。
「ぬいぐるみのあの目がとくに嫌なんだ」
「同意っす! 光のないあの目を直視できない」
「だよね。小学生のころなんて女の子たちがぬいぐるみごっことかして遊んでたし、もう視界に入るだけで苦痛で」
「友だちの部屋に行ったとき、四方八方ぬいぐるみだらけで気持ち悪くなったことあるっす」
「うわ……それは怖すぎる。呪われそうだよね」
「ほんとそれ! 突然動き出して、襲われたりな」
ぬいぐるみの話でこんなに盛り上がれるとは。二人がその後も話し込んでいると、司会者の声が聞こえた。いよいよぬいぐるみ飛ばし大会をやるそうだ。上位5名には景品もあるらしいので、七海のやる気は俄然上がった。ジャージ姿の京太も気合は十分のようだ。
「そういえば近藤さんは何部だったの? やっぱ運動部だよね?」
お菓子を食べながら順番待ちをしている七海に、京太は質問した。彼は準備運動を念入りにしている。
「ソフトっす」
七海はお菓子をボールに見立て、投げる動作をした。
「それじゃ投げるのは得意な感じだね」
「優勝狙うんで」
親指を立てて笑う。
「間宮さんは?」
「僕は美術部」
「ゴリゴリの文化部っすね」
「体力測定のボール投げは10mで得点1だったから」
遠い目で応える京太に、七海は苦笑いを浮かべた。
「それはなんというか……ひどい記録」
五人ずつ横に並び、一斉にぬいぐるみを投げる。七海はうさぎのぬいぐるみ、京太はくまのぬいぐるみを係の人から受け取った。七海としては1秒でも早く投げ飛ばしたい。京太も手元を見ないようにしていた。
「さん、にい、いーち! GO!」
司会者の元気な掛け声に合わせて、七海と京太はぬいぐるみを思いっきり投げた。京太の飛ばしたやつは早々に落下したが、七海のやつはキレイな放物線を描き、遥か遠くに落ちた。
◇
「――いや、すごいよ。ほんとに優勝しちゃうなんて」
「本気を出せばこんなもんっす」
ほめられて嬉しい七海は頭をかく。先ほどステージ上で表彰式があり、お食事券をもらった。七海的にはもっと豪華賞品を期待していたのだが、これはこれでいっかとありがたく受け取った。
「あのさ、良かったら……」
京太が何か言おうとする。
「ん?」
首を傾げる彼女に、京太はためらいがちに続きを放った。すると七海は「なんだそんなことっすか」とあきれた表情で返し、すぐさまニヤリと口角を上げる。
「あ、じゃあこのあとこれ使って食べいきましょーよ」
七海は食事券をリュックにしまうと、ほらほらと京太の腕を引っ張った。太陽はもう沈み始めている。彼の耳が赤いことに、七海だけが気づいていない。
ホラー映画などの影響でトラウマになり、ぬいぐるみがいる部屋に入れなかったり、ぬいぐるみを直視できなかったりする。恐怖症の一つだ。
大学一年の七海も、幼いころに両親からプレゼントされたぬいぐるみが、声を出すタイプのもので、ひどく恐怖心を抱くようになった。
「なんだこれ?」
あるとき七海は、近所の公園に貼られたポスターを目にした。『ぬいぐるみ恐怖症おしゃべり会&ぬいぐるみ飛ばし大会、開催決定!』と、でかでかと書かれている。
「なんだこれ?」
再びつぶやくと、地味に長い開催内容文に目を通した。
『ぬいぐるみ恐怖症のかた必見! 同じ境遇の人と交流できる画期的なイベントです。なかなか共感してもらえない恐怖症だからこそ、自分と同じ気持ちの人と思う存分おしゃべりしましょう。そしてイベントの目玉、ぬいぐるみ飛ばし大会を実施します。苦手なぬいぐるみを手にするのは苦痛かもしれませんが、思いっきり投げ飛ばし、スカッとしてみませんか?』
「なんかすっげーアホなイベントだな」
そう言いつつも七海の口角は上がっていた。高校までソフトボール部でピッチャーをしていた彼女にとって、久々に物を投げられる機会だ。とはいえ、ボールではなくぬいぐるみなのだが。
七海はぬいぐるみに触れることはできるが、長い時間はムリだ。そのあと確実に具合が悪くなる。だがまあ、投げ飛ばすだけなら大丈夫だろう。七海は今週の日曜に開催されるそのイベントに参加することを決めた。
そして日曜日。会場である公園には意外とたくさんの人が集まった。みんなぬいぐるみ恐怖症なんだよな、と七海は一人関心する。動きやすいようにジャージを着たが、周りを見回すとみんな普段着だった。
司会者がマイクを使って開催宣言をした。まずはおしゃべり会である。公園内にはテーブルがセッティングされ、飲み物やお菓子が用意されている。立食パーティーみたいなイメージを持ってもらえばわかりやすい。
自由に歩き回っておしゃべりをするようだ。なんとも投げやりなイベントである。
七海は配られた紙コップを持ち、コーラを入れようと手を伸ばす。すると、誰かと手がぶつかった。
「あ、すみません。お先にどうぞ」
相手がサッと謝り、七海に譲る。眼鏡をかけたその男性と目が合った。そんな彼も上下ジャージ姿。同じことを思ったのか、二人は思わず笑った。
「大会って聞くとジャージかなと思って」
そう言って目を細める彼に、七海は大きくうなずいた。
「わかるっす。なかなか高校生気分が抜けないんだよな」
七海は2リットルのペットボトルを持ち、彼の分も一緒に注いだ。そのまま木陰へと移動し、二人のおしゃべり会が始まった。
「僕は間宮京太。大学三年」
「大学一年、近藤七海」
「近藤さんもぬいぐるみ苦手、なんだよね?」
「そう見えないっすか?」
「うん、なんか怖いものなさそうな感じ」
「よく言われるっす」
なんだか自分とは全然タイプの違う人だな、と七海は思った。七海の頭には京太が教室で本を読んでいる姿が思い浮かぶ。イメージにピッタリである。
「間宮さんはなんでぬいぐるみ恐怖症になったんすか?」
正直こんなに大勢の恐怖症の人に会えるとは思っていなかった。みんなはなにをきっかけにぬいぐるみが怖くなったのだろう。
「妹がいるんだけど、家に飾ってあるひな人形を見てから、ぬいぐるみもダメになったんだ」
「あー、たしかにひな人形は怖いっすね」
うんうんと相づちを打つ七海に、京太は瞳を輝かせた。同士に出会えて嬉しいのだろう。
「ぬいぐるみのあの目がとくに嫌なんだ」
「同意っす! 光のないあの目を直視できない」
「だよね。小学生のころなんて女の子たちがぬいぐるみごっことかして遊んでたし、もう視界に入るだけで苦痛で」
「友だちの部屋に行ったとき、四方八方ぬいぐるみだらけで気持ち悪くなったことあるっす」
「うわ……それは怖すぎる。呪われそうだよね」
「ほんとそれ! 突然動き出して、襲われたりな」
ぬいぐるみの話でこんなに盛り上がれるとは。二人がその後も話し込んでいると、司会者の声が聞こえた。いよいよぬいぐるみ飛ばし大会をやるそうだ。上位5名には景品もあるらしいので、七海のやる気は俄然上がった。ジャージ姿の京太も気合は十分のようだ。
「そういえば近藤さんは何部だったの? やっぱ運動部だよね?」
お菓子を食べながら順番待ちをしている七海に、京太は質問した。彼は準備運動を念入りにしている。
「ソフトっす」
七海はお菓子をボールに見立て、投げる動作をした。
「それじゃ投げるのは得意な感じだね」
「優勝狙うんで」
親指を立てて笑う。
「間宮さんは?」
「僕は美術部」
「ゴリゴリの文化部っすね」
「体力測定のボール投げは10mで得点1だったから」
遠い目で応える京太に、七海は苦笑いを浮かべた。
「それはなんというか……ひどい記録」
五人ずつ横に並び、一斉にぬいぐるみを投げる。七海はうさぎのぬいぐるみ、京太はくまのぬいぐるみを係の人から受け取った。七海としては1秒でも早く投げ飛ばしたい。京太も手元を見ないようにしていた。
「さん、にい、いーち! GO!」
司会者の元気な掛け声に合わせて、七海と京太はぬいぐるみを思いっきり投げた。京太の飛ばしたやつは早々に落下したが、七海のやつはキレイな放物線を描き、遥か遠くに落ちた。
◇
「――いや、すごいよ。ほんとに優勝しちゃうなんて」
「本気を出せばこんなもんっす」
ほめられて嬉しい七海は頭をかく。先ほどステージ上で表彰式があり、お食事券をもらった。七海的にはもっと豪華賞品を期待していたのだが、これはこれでいっかとありがたく受け取った。
「あのさ、良かったら……」
京太が何か言おうとする。
「ん?」
首を傾げる彼女に、京太はためらいがちに続きを放った。すると七海は「なんだそんなことっすか」とあきれた表情で返し、すぐさまニヤリと口角を上げる。
「あ、じゃあこのあとこれ使って食べいきましょーよ」
七海は食事券をリュックにしまうと、ほらほらと京太の腕を引っ張った。太陽はもう沈み始めている。彼の耳が赤いことに、七海だけが気づいていない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる