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第2部 バララセ東部 ~密林の巨鳥と水竜の島
第90話 ムトカラ
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ムトカラはけっこう大きな町だった。
ムトカラの住人はバララセの先住民が多く、主にマデバ族が住んでいるという。
イーアと同じように肌の色の黒い人たちが通りを行きかっている。ここにいるバララセ人は奴隷ではなく、自由人だ。
マデバ族は帝国に協力するかわりに奴隷にされず自由人の地位を保証されてきた。
地元の人たちは、イーアには聞き取れない言葉でおしゃべりしていた。
たまにこっちに視線を送ってくる人がいるけれど、誰も話しかけてはこない。
オッペンはやたらと周囲をキョロキョロ見ていた。ここまで通ってきたのは、バララセ大陸とはいえ、アグラシア人やその子孫が多い地域だったから、オッペンは、ほとんどバララセ人しかいない町が物珍しいらしい。
オッペンは言った。
「バララセ人って、けっこう普通の格好で、おれらと同じような暮らししてんだな。みんな裸で槍もっておどってんだと思ってたぜ」
「オッペン。バララセの人に失礼すぎるよ。オッペンだってガボーと友達なのに」
イーアが非難すると、オッペンは言った。
「だってガボー先輩はグランドール生だろ。だから特別なんだよ。みんな言ってるぜ、バララセの先住民は獣みたいな野蛮人だって」
「それは偏見だよ。……わたしも、バララセのことはよく知らないけど」
イーアは道の傍で食べ物を売っていた人に、ンワラデがどこにいるかたずね、教えてもらった。
教えてもらった建物はこの辺りで一番背が高くて立派なアグラシア風の建物だった。
建物の入り口には銃と槍を持った警備の男が二人立っていた。
警備のふたりはひまそうに、イーアにはわからないバララセの言葉、たぶんマデバ族の言葉で会話をしていた。
「すみません。わたしはウェルグァンダルの召喚士です。ンワラデさんに会いに来ました」
警備のふたりはイーアにはわからない言葉でちょっと会話して、なにか思い出したみたいな表情になって、うなずきあった。
「王が言ってた。こい。今ちょうどいる」と言って、ひとりがイーア達を先導して、案内してくれた。
案内された大きな部屋の中には、ンワラデと、子ども達が何人かいた。
ンワラデは魔導士のローブではなくて、この町のバララセ人と同じような服装だった。だけど、他の人たちよりもあきらかに豪華な宝飾品を身に着けていた。
ンワラデは、すぐにイーアに気が付き、両手を広げて歓迎してくれた。
「よく来てくれました。イーアさん」
「お久しぶりです。ンワラデさん」
ンワラデは、イーア達をじろじろ見ている子どもたちにマデバ族の言葉で声をかけ、子どもたちはキャッキャと笑いながら、部屋の外にでていった。
「失礼。うちの子たちは女性の魔導士を見たのがはじめてなので、イーアさんに興味津々《きょうみしんしん》なのです」
「みんな、ンワラデさんのお子さんですか?」
「ええ。ぜんぶで男5、女3の8人います。上の息子二人はアグラシアの寄宿学校に行かせているので、ここにはおりませんが。そちらの少年は?」
ンワラデは、イーアの後ろでキョロキョロしているオッペンをさしてそうたずねた。
「オッペンは、グランドールの同級生で、ここにはお父さんのお墓参りに来たんです。オッペンのお父さんは帝国軍の兵士で、バララセ東部のどこかで数年前に亡くなったんです。兵士のお墓を知りませんか?」
「なるほど。奴隷兵や囚人兵でなければ、墓があることもありますが。少なくともムトカラには、アグラシア人兵士の墓はありません。ここから南に行った先が、何年か前からずっと激戦地でして。バララセ解放軍あるいは反乱軍と呼ばれている、独立運動を行っている武装集団が、帝国軍と一進一退の戦いを続けています。おそらくあの辺りの戦場で亡くなられたのでしょうが、戦場近くに墓地があるかは、わかりません」
「そうですか……」
「彼には先に宿に行ってもらいましょうか。我々の仕事の話はつまらないでしょうから」
イーアはオッペンにたずねた。
「オッペン、そうする?」
「おう。おれが召喚士の話聞いてもしかたねーもんな」
ンワラデは部下に指示をだし、その人たちがオッペンを宿へと案内した。
オッペンがいなくなると、ンワラデはふたたび満面の笑みになってイーアに言った。
「それにしても、よくぞ来てくださいました。私ひとりではなかなか骨が折れる仕事でして」
「いえ。わたしでよければ。でも、ガリは、わたしじゃ力にならないと思っているみたいですけど」
「ご謙遜《けんそん》を。もちろん、まだ若く入門されて日が浅く、塔主が任務派遣許可をだしていないことは存じておりましたが。今回の仕事は、バララセ人でなくては都合が悪いので、無理を言ってお願いしたのです」
「どういうことですか?」
ンワラデは、大きな机の上に地図を広げて、場所を指し示した。
「騒動を起こしている精霊、大怪鳥オーロガロンは、ここから南に行った先、カンラビ族の住む密林を住処《すみか》としているのです」
イーアは大怪鳥オーロガロンについては、事前に調べてきていた。というより、ヤララに聞いてきた。
ヤララによると、オーロガロンは霊鳥とドラゴンの間、みたいな種族らしい。人界には少数しか生息していない、比較的めずらしい種類の精霊だ。
ヤララは『霊鳥なら話せるかと思って、バララセにいる霊鳥を通して話をしようとしてみたけど、全然だめだった。霊鳥というよりドラゴンの変種と思ったほうがいいかも』と言っていた。
「オーロガロンは普段はカンラビの密林からでないのですが、最近はオーロガロンが密林の外でも目撃され、人を襲う事件が起こっています。その解決のために、オーロガロンの様子を見に行き、暴れている原因を取り除かなければいけないのですが、その近くがちょうど、帝国軍と解放軍の戦場となっている地域でして。カンラビ族は帝国の支配を受け入れず、バララセ解放軍と協力して抵抗を続けているため、アグラシア人が近づけば攻撃されてしまうのですよ」
「そうなんですか」
イーアもアグラシア育ちだからほとんどアグラシア人だけど、ンワラデが言っているのはもちろん見た目の問題だ。要は、茶色い肌の人間しか近づけないらしい。
「カンラビ族の協力が得られれば、すぐにオーロガロンの住処に行けるはずですが。私は複雑な立場でして。カンラビ族には嫌われている上、マデバ族の首長として帝国に裏切りの疑いをかけられても困りますから、あまりあの近辺には近づけません。ですから、イーアさんに頼むほかないのです」
「わかりました。だけど、ガリに、任務の前に力をつけるために精霊との契約を行うように言われてて。まずは……」
「ああ、『古水竜ティロモサ』との契約ですか。聞いております。サポートは全力で行いますが……。ただ、実は私もあの精霊とは契約を結べていないのです。気性の荒い危険な精霊ですから」
そう言って、ンワラデは渋い顔で首をひねった。
「え? ガリは、おだやかな精霊って言ってましたけど……」
ンワラデは笑った。
「<黒竜の子>はドラゴンとの交渉に長けておりますから。彼の前ではドラゴン族はみな友好的なのでしょう。我々ではそうはいきません。『古水竜ティロモサ』はこの辺りでは古来より荒れ狂う恐ろしい海神として知られていて、近づくことすら困難です。はっきり述べさせてもらえば、あの精霊との契約は、オーロガロンを鎮める任務以上に困難、ほぼ不可能かと」
(えー!? 話が違うよ。ガリってば……)
とりあえず、予定通り古水竜ティロモサのいる場所へ先に行くことには決めたけど、イーアはすっかり不安になった。
ムトカラの住人はバララセの先住民が多く、主にマデバ族が住んでいるという。
イーアと同じように肌の色の黒い人たちが通りを行きかっている。ここにいるバララセ人は奴隷ではなく、自由人だ。
マデバ族は帝国に協力するかわりに奴隷にされず自由人の地位を保証されてきた。
地元の人たちは、イーアには聞き取れない言葉でおしゃべりしていた。
たまにこっちに視線を送ってくる人がいるけれど、誰も話しかけてはこない。
オッペンはやたらと周囲をキョロキョロ見ていた。ここまで通ってきたのは、バララセ大陸とはいえ、アグラシア人やその子孫が多い地域だったから、オッペンは、ほとんどバララセ人しかいない町が物珍しいらしい。
オッペンは言った。
「バララセ人って、けっこう普通の格好で、おれらと同じような暮らししてんだな。みんな裸で槍もっておどってんだと思ってたぜ」
「オッペン。バララセの人に失礼すぎるよ。オッペンだってガボーと友達なのに」
イーアが非難すると、オッペンは言った。
「だってガボー先輩はグランドール生だろ。だから特別なんだよ。みんな言ってるぜ、バララセの先住民は獣みたいな野蛮人だって」
「それは偏見だよ。……わたしも、バララセのことはよく知らないけど」
イーアは道の傍で食べ物を売っていた人に、ンワラデがどこにいるかたずね、教えてもらった。
教えてもらった建物はこの辺りで一番背が高くて立派なアグラシア風の建物だった。
建物の入り口には銃と槍を持った警備の男が二人立っていた。
警備のふたりはひまそうに、イーアにはわからないバララセの言葉、たぶんマデバ族の言葉で会話をしていた。
「すみません。わたしはウェルグァンダルの召喚士です。ンワラデさんに会いに来ました」
警備のふたりはイーアにはわからない言葉でちょっと会話して、なにか思い出したみたいな表情になって、うなずきあった。
「王が言ってた。こい。今ちょうどいる」と言って、ひとりがイーア達を先導して、案内してくれた。
案内された大きな部屋の中には、ンワラデと、子ども達が何人かいた。
ンワラデは魔導士のローブではなくて、この町のバララセ人と同じような服装だった。だけど、他の人たちよりもあきらかに豪華な宝飾品を身に着けていた。
ンワラデは、すぐにイーアに気が付き、両手を広げて歓迎してくれた。
「よく来てくれました。イーアさん」
「お久しぶりです。ンワラデさん」
ンワラデは、イーア達をじろじろ見ている子どもたちにマデバ族の言葉で声をかけ、子どもたちはキャッキャと笑いながら、部屋の外にでていった。
「失礼。うちの子たちは女性の魔導士を見たのがはじめてなので、イーアさんに興味津々《きょうみしんしん》なのです」
「みんな、ンワラデさんのお子さんですか?」
「ええ。ぜんぶで男5、女3の8人います。上の息子二人はアグラシアの寄宿学校に行かせているので、ここにはおりませんが。そちらの少年は?」
ンワラデは、イーアの後ろでキョロキョロしているオッペンをさしてそうたずねた。
「オッペンは、グランドールの同級生で、ここにはお父さんのお墓参りに来たんです。オッペンのお父さんは帝国軍の兵士で、バララセ東部のどこかで数年前に亡くなったんです。兵士のお墓を知りませんか?」
「なるほど。奴隷兵や囚人兵でなければ、墓があることもありますが。少なくともムトカラには、アグラシア人兵士の墓はありません。ここから南に行った先が、何年か前からずっと激戦地でして。バララセ解放軍あるいは反乱軍と呼ばれている、独立運動を行っている武装集団が、帝国軍と一進一退の戦いを続けています。おそらくあの辺りの戦場で亡くなられたのでしょうが、戦場近くに墓地があるかは、わかりません」
「そうですか……」
「彼には先に宿に行ってもらいましょうか。我々の仕事の話はつまらないでしょうから」
イーアはオッペンにたずねた。
「オッペン、そうする?」
「おう。おれが召喚士の話聞いてもしかたねーもんな」
ンワラデは部下に指示をだし、その人たちがオッペンを宿へと案内した。
オッペンがいなくなると、ンワラデはふたたび満面の笑みになってイーアに言った。
「それにしても、よくぞ来てくださいました。私ひとりではなかなか骨が折れる仕事でして」
「いえ。わたしでよければ。でも、ガリは、わたしじゃ力にならないと思っているみたいですけど」
「ご謙遜《けんそん》を。もちろん、まだ若く入門されて日が浅く、塔主が任務派遣許可をだしていないことは存じておりましたが。今回の仕事は、バララセ人でなくては都合が悪いので、無理を言ってお願いしたのです」
「どういうことですか?」
ンワラデは、大きな机の上に地図を広げて、場所を指し示した。
「騒動を起こしている精霊、大怪鳥オーロガロンは、ここから南に行った先、カンラビ族の住む密林を住処《すみか》としているのです」
イーアは大怪鳥オーロガロンについては、事前に調べてきていた。というより、ヤララに聞いてきた。
ヤララによると、オーロガロンは霊鳥とドラゴンの間、みたいな種族らしい。人界には少数しか生息していない、比較的めずらしい種類の精霊だ。
ヤララは『霊鳥なら話せるかと思って、バララセにいる霊鳥を通して話をしようとしてみたけど、全然だめだった。霊鳥というよりドラゴンの変種と思ったほうがいいかも』と言っていた。
「オーロガロンは普段はカンラビの密林からでないのですが、最近はオーロガロンが密林の外でも目撃され、人を襲う事件が起こっています。その解決のために、オーロガロンの様子を見に行き、暴れている原因を取り除かなければいけないのですが、その近くがちょうど、帝国軍と解放軍の戦場となっている地域でして。カンラビ族は帝国の支配を受け入れず、バララセ解放軍と協力して抵抗を続けているため、アグラシア人が近づけば攻撃されてしまうのですよ」
「そうなんですか」
イーアもアグラシア育ちだからほとんどアグラシア人だけど、ンワラデが言っているのはもちろん見た目の問題だ。要は、茶色い肌の人間しか近づけないらしい。
「カンラビ族の協力が得られれば、すぐにオーロガロンの住処に行けるはずですが。私は複雑な立場でして。カンラビ族には嫌われている上、マデバ族の首長として帝国に裏切りの疑いをかけられても困りますから、あまりあの近辺には近づけません。ですから、イーアさんに頼むほかないのです」
「わかりました。だけど、ガリに、任務の前に力をつけるために精霊との契約を行うように言われてて。まずは……」
「ああ、『古水竜ティロモサ』との契約ですか。聞いております。サポートは全力で行いますが……。ただ、実は私もあの精霊とは契約を結べていないのです。気性の荒い危険な精霊ですから」
そう言って、ンワラデは渋い顔で首をひねった。
「え? ガリは、おだやかな精霊って言ってましたけど……」
ンワラデは笑った。
「<黒竜の子>はドラゴンとの交渉に長けておりますから。彼の前ではドラゴン族はみな友好的なのでしょう。我々ではそうはいきません。『古水竜ティロモサ』はこの辺りでは古来より荒れ狂う恐ろしい海神として知られていて、近づくことすら困難です。はっきり述べさせてもらえば、あの精霊との契約は、オーロガロンを鎮める任務以上に困難、ほぼ不可能かと」
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