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第1章
第58話 精霊神殿
しおりを挟む俺とカレンは飛翔の魔結晶を発動し、それぞれフィロテスとトワを抱き抱えながら精霊の後を追っていた。
後方からは王たちが追ってきている反応がある。一塊りになってこの追ってきていることから、どうやら何か乗り物に乗っているようだ。
精霊は時折こちらを振り返りながら、石畳で舗装された道の地面スレスレを真っ直ぐ島の中央へ向かって進んでいる。
島の中央には精霊神殿があったはずだ。そこへ俺たちを誘導している?
それから40~50分ほど進み森を抜け拓けた場所に出ると、広場とその先にピラミッドが見えた。
そのピラミッドは高さ30mほどあり、頂上にパルテノン神殿のような建物が建っている。精霊神殿だ。
精霊は神殿に続く100段以上ある階段を滑るように登って行き、神殿の中へと入っていった。
俺とカレンはその後を追おうとしたが、広場の中央に以前来た時には無かった7体の彫像が気になり立ち止まった。
その彫像は1人の神官服を着た女性を守るように、6人の戦士が円陣を組み武器を構えている彫像だった。中央正面に耳が短いだけのエルフと間違えそうなロン毛の超絶イケメンが大剣を構えており、その隣に長い髪をたなびかせたエルフの女性がエーテル銃のような物を構えていた。右側面には獅子の獣人の男女が、左側面は戦斧を構えたドワーフと拳を構えた巨人族の男が立っている。
「これは……リーゼリット? 」
「ニキ……」
「勇者様のパーティの彫像なのでしょうか? 」
「ああ間違いない。中央の男は俺だ」
「え? そ、そうですね」
「ご主人様。言ってて悲しくないでやすか? 」
「耳以外どこも似てない……」
「ぐっ……でも消去法で俺のはずなんだよなあのイケメン。俺とカレン以外はみんなそっくりだし」
俺は戸惑うフィロテスとかわいそうな目で見つめるトワとカレンに、状況的に彫像は勇者パーティの物だから正面の耳の短い男は俺だろと説明した。
しかし勇者の隣にエルフね……聖地にある彫像までおとぎ話通りの登場人物か。
レオニールたちはそっくりなことから、その姿を知ってる者が作ったんだろう。絵画とかを参考にしたとしても身長やらが細部が似過ぎている。これは間違いなくリーゼリットたちがいた時代に造られた物だと思う。それなのに勇者とその伴侶だけ別人とは……少しおかしいな。
俺はそんな疑問を抱きつつ彫像へと近づき、下から上まで確認しながらぐるりと見回った。
すると勇者とエルフの足と台座の部分に補修した跡のようなものを見つけた。
「勇者様とエルフだけ少し材質が違いますね。それに二体だけ足もとに補修の跡が……」
「ふーん。そういうことか……エルフらしいっちゃらしいな」
おとぎ話では勇者の伴侶はエルフになっていた。それに勇者とその伴侶だけ別人の姿。つまり後から俺とカレンの彫像は造り替えられ設置されたということか。見栄えやプライドの高いエルフならやりそうなことだ。
「まさかそんな……恩人に対してこのような仕打ちを王家がするはずは……」
「王の在任期間はよく知らないけど、1万5千年もの長い時の中で愚王が誕生していても驚かないさ。貴族は馬鹿ばかりだったしな」
恐らく何処かで歴史を変えたんだろう。魔王を倒し世界を救ったパーティにエルフではなく、ハーフエルフがいたことを認めたくなかったか? 相変わらずくだらないプライドの塊だなエルフは。
「そ、それでもダークエルフまでそれを黙認するなんて……」
「王はエルフだったし、ダークエルフは口には出さないけどハーフエルフを差別していたしな。当時の人間が生きていたら絶対に阻止するだろうけど、世代が変わったら止めないだろうな」
一つの国になろうとも、エルフとダークエルフはお互いを毛嫌いしていることは変わらない。それはエルサリオン王国を見ればわかる。昔ほどではないにしろ、1万5千年経過した今も仲は良くない。そんな奴らが自分たちの祖先を救った者の中に、ハーフエルフがいたことなんて認めたくないだろうな。
「そんな……酷い……カレンさんは命を懸けて戦ったのに」
「別にいい……」
「まあな。別に後世の人に讃えられたくて戦ったわけじゃないからな」
あの時は守りたいと思った人がいた。だから戦った。それだけだ。
「申し訳ありません……」
「フィロテスが謝ることじゃないさ。歴史ってのは書き換えられるもんだしな」
「しかしそれですと、なぜご主人様の像まで替えられた跡が? 」
「……見栄え」
「ぐっ……」
俺はなんとなくそうじゃないかと思っていたことをカレンにハッキリ言われ傷ついた。
カレンはハーフエルフだから、エルフたちのエゴで替えられたのはわかる。けど、勇者の彫像はどう見ても人族だ。それなのに替えられた理由はやはり見栄えの問題なのだろう。
クソエルフどもめ! こんな像絶対に撤去させてやる!
「ワタルはイケメンじゃないけどカッコイイ……彫像ではそれが伝わらない……だから仕方ない」
「そ、そうです! ワタルさんはとても素敵な男性です。見た目など関係ありません」
「ご主人様は顔が整ってなくとも、データにあるどの種族のサイズより大きいでやす。接待仕様の私をまあまあ満足させることができているのでやすから、自信を持つでやす」
「やめてくれ……そんな慰めはいらない。むしろ追い討ちになってるから」
結局顔は駄目ってことじゃねえかよ。カレンとフィロテスはそれでも中身を褒めてくれるけど、トワは下半身だけじゃねえか。しかもまあまあ満足だと? 今夜こそ覚えてろよ!
「「「セカイ殿! 」」」
「追い付いたか」
俺が彫像の前でカレンたちに打ちのめされていると、王たちが長細く平べったいカートに乗って現れた。そのカートは少し宙に浮いていて、ハンドルと8つの座席と屋根のあるゴルフカートのような形をしている。
恐らく高く飛ぶことを禁止されている聖地の中を移動する用の乗り物なのだろう。
「せ、精霊様は……」
「神殿の中に入っていった。後を追おうこのと思ったら彫像が目に入ってさ。これは勇者パーティの物なんだろ? 」
俺はカートから降りたエルサリオン王にそう問いかけた。
「は、はい……聖母様と救世の勇者様と大英雄の彫像です」
「あっそ、お前らって変わらないよな」
「申し訳ございません……王家最大の過ちでございます」
俺が呆れた感じで言うと、王は言葉の意味することがわかったんだろう。カレンに向かって深々と頭を下げ詫びた。その隣ではクーサリオンも頭を下げ、ラルフとアッサムとバランは気まずそうな顔で王とクーサリオンを見ている。
別に今さらどうでもいいことだけど、嫌味の一つくらいは言わせてもらうさ。
しかし聖母ってリーゼリットのことか? あのリーゼリットが聖母ねえ……この彫像は多分リーゼリットの娘だな。うん、よく似ているな。
「ん……別にどうでもいい……ニキの像がある……それは嬉しい」
「カレン殿……本当に申し訳ございません」
「確かに一緒に戦った仲間の彫像があるのは嬉しいな。レオニールは英雄になるのが夢だったからな。こうやって称えられて嬉しいだろうな。ラルフ、獣王国にもこの彫像はあるのか? 」
「あ、ああ。ある。王城と首都の人が一番集まる広場にレオニール様とニキ様の彫像があるぜ。庶民には神話の大英雄として語り継がれてる」
「ワシの国にもガンゾ様の彫像があるぞ! 鍛治と戦いの神として祀られておる」
「うむ。俺の国にもギラン様の彫像がある」
「そうか……ありがとうな」
カレンの彫像のことは気に入らなかったが、俺はかつての仲間たちが1万5千年も称えられていることに嬉しくなった。
「セカイ殿……」
「別に王様のせいじゃないさ。過去の王がやったことだ。それより精霊が神殿に入っていった。俺たちも中に入りたいんだけどいいか? 」
俺はいつまでも辛気臭い顔をしているエルサリオン王に、神殿へ入る許可を求めた。
さすがの俺も神殿の中に入ったことはない。あそこは聖域中の聖域だ。王家ですら祭事を行う時にしか立ち入ることを許されてない。多分島の結界みたいに許可が必要なんじゃないかと思うんだよな。
「はい。精霊様のお導きであれば……」
「そうか。なら行こうか」
俺は王に許可を得たことでカレンたちを連れ、神殿へと続く階段を上った。そして俺たちの後ろを王たちも続いた。
階段を上りきるとそこには巨大な柱だらけの神殿があり、そこからは王を先頭に神殿中央にあるの扉に向かった。そして扉に王がエーテルを流し何やら唱えると扉が内側へと開いていった。
王に誘導され神殿の中に入ると多くの柱が建っており、その間の通路を俺たちは真っ直ぐ進んだ。神殿の中は恐ろしく膨大なエーテルが満ちており、それは精霊の発していたエーテルを見失うほどだった。
そして神殿の奥にたどり着くとそこは広い空間となっており、正面には精霊神と思われる彫像が建っていた。上を見上げると天井付近の大きな窓には、様々な形と色をしたガラスが嵌め込まれていた。
精霊神と思われる彫像は、地面にまでつくほどの長い髪とエルフの倍はありそうな長い耳をしている女性だ。その女性は両腕を胸にあて、頭を下げて何か祈っているように見えた。
「これが精霊神か」
「はい。我々を創造された精霊神様です」
「そうか。精霊はいないな……いったいどこへ行っ……うおっ! 」
「精霊神様の像が!? 」
「このような事が!? 」
「うおっ! 眩しい! 」
俺が神殿内を見渡して精霊を探していると、突然目の前の像が膨大なエーテルとともに眩いほどの白い光を発した。
そのあまりの眩しさに俺とカレンは結界を張り背を向け、エルサリオン王らは腕で顔を庇い下を向いた。
しかし光はより強くなり目を開けていられないほどにまでなった。俺が堪らずカレンとフィロテスたちを抱き寄せ目をつぶると、一瞬の浮遊感を感じた。そしてその後に光は徐々に収まっていった。
俺は何が起きたのかとゆっくりと目を開けると、そこには赤茶色の地面が続く荒野が広がっていた。
「は? 」
「こ、ここは? それに浮いている? 」
「な、なぜこのような場所に……」
「うおいっ! なんで神殿にいたのに荒野にいんだ!? 」
「わからん。しかし精霊神様のなされたことじゃろう」
「うむ。恐らく何か我々に伝えたいことがあるのやもしれぬ」
俺を始めエルサリオン王たちは、突然荒野の空に浮いていることに動揺していた。
「ワ、ワタル……月……」
「え? マジか……まさかここはアルガルータなのか? 」
俺は震える声で背後を指差すカレンの言葉に振り向いた。そこには明るい空に浮かぶ赤と青の大きな二つの月が薄っすらと浮かんでいた。
この荒野は知らない場所だけど、あの月は間違いない。アルガルータに浮かぶ月だ。
「アルガルータですと!? ここが我らが故郷の星だというのですか!? 」
「ああ、あの月は間違いない。ここに来たのが精霊神の力だというならなおさらだ。恐らく何か伝えたいことがあるんだろう」
俺は目を見開き驚く王に月を指差しそう言った。
「ここが故郷の星……我々が失った星……」
「なんということだ。まさか故郷の星をこの目で見ることができようとは……」
「マジかよ……き、記録しねえと! えーと、録画モードは確か……」
俺の言葉にエルサリオン王もクーサリオン公爵も、涙を流しながら二つの月をその目に焼き付けていた。その横ではラルフが耳に取り付けているインターフェースを起動し、目の前に現れた画面を震える手で操作していた。アッサムやバラムは思考停止をしているのか、口をあんぐりと開けて月を凝視している。
「ここがアルガルータ……私たちの故郷であり、ワタルさんとカレンさんが戦っていた地……」
「ああ、まさかまたここに来れるとは思っていなかったよ。ん? なんだ? 」
俺がフィロテスの言葉に答えると、宙に浮いていた俺の身体は自分の意思とは関係なく高速で荒野の上を移動し始めた。
それは俺だけではなく、その場にいた全員が同じように荒野の先へと飛んでいた。
飛翔の魔結晶を発動してもその力には抗えることはできず、俺は諦めてレールの上を進む電車に乗っている気分でその力に身を任せた。
そうしてしばらく進むと大量のエーテル反応を俺は感じた。俺はすぐにマジックポーチから剣を取り出し、カレンとフィロテスとトワにも武器を構えるように指示をした。
そのエーテル反応が、忘れもしない魔物と獣人の反応だったからだ。
どういうことだ? 獣人が生き残っている?
「カレン! 魔物だ! それとわかるな? この反応は中鬼と火トカゲだが数が多い! ボスを見つけて先に殺れ! トワは連装魔導砲を! 魔結晶は雷槍を三つ使え! フィロテスは王たちを守ってくれ! 」
俺はなぜ獣人がこの星にいるのか疑問に思いながらも、2千はいる中鬼と火トカゲと5百人ほどで戦っているであろう獣人たちを守るために矢継ぎ早に指示を出した。
「わかった……」
「はいでやす。とうとうこの連装魔導砲を使う時が来たでやす」
「魔物!? は、はいっ! 必ずお守りします! 」
「セ、セカイ殿! どういうことですか!? この先にマモノが? 」
「いる! アガルタのランクでいうとレベル3程度の魔物だが、2千はいてしかも5百人ほどの獣人と戦っている。もうすぐ目視できるはずだから、おとなしくしていてくれ」
俺は隣にいるカレンが魔銃を構え、トワがガンゾの形見の連装魔導砲をスカートの中から取り出し、フィロテスもマジックポーチからライフル型の魔銃を取り出すのを横目に見ながら、動揺する王へとそう答えた。
「なんだって!? 俺たちの同胞がまだこの星に残っていたっていうのかよ! お、俺も戦うぜ! 」
「身体が思うように動かないから剣を構えても無駄だ。おとなしくしてろ、もう見えるぞ! 」
俺は腰に差していた小太刀を抜こうとするラルフへとそう言って前を向いた。
どういうわけか身体が前に行こうとすると何かに止められる。宙に浮いてるのも俺の力ではないことから、恐らく精霊神の力で動きを封じられているんだろう。だからといって目の前で獣人たちが殺されるのを指をくわえて見ているわけにはいかない。もしも彼らが生き残りなら、俺は救えなかった彼らを守る義務があるんだ。幸い魔結晶にはエーテルを流すことができるから、魔法を発動できる。なら戦えるはずだ。
そして数分ほどした頃。魔物と獣人が戦っている戦場へと辿り着いた。俺たちを前方へ飛ばしていた力はそのすぐ手前で弱まり、地上5mほどの位置で俺たちは滞空していた。
俺たちの前では獣人が剣を手に全長2mほどの豚の顔をした人型の中鬼と、全長1mほどの火遁の炎を吐きながら空を飛ぶ火トカゲと戦っている光景が広がっている。
ん? なんだ? 獣人の動きが何かおかしい。
ドンっ! ドンっ!
俺が獣人の姿や動きに違和感を感じていると、隣でカレンがボスらしき中鬼へと発砲した。しかし放ったであろう炎弾は中鬼にたどり着く前に消えてしまった。
は? なぜだ? なんで消えたんだ?
そう動揺する俺の目の前では、次々と獣人が中鬼の持つ棍棒で殴られ、火トカゲの放つ炎にその身体を焼かれていった。
「くっ! 『雷槍』! 」
俺は今にも目の前で殺されそうな獣人たちを見ていられなくなり、20本の雷槍を中鬼と火トカゲへと放った。
しかしそれも魔物に辿り着く前に突然消滅した。
くそっ! どうなってんだよ!
俺は横で連装魔導砲を放ったトワの攻撃も消えたことから、なぜ俺たちの攻撃が届かないのか混乱していた。
すると戦場に響く怒声の中から一際大きな声が聞こえてきた。
《時間は稼いだ! 退け! エルフの大陸へ! 》
《おうっ! 》
「あの声と額の傷は……まさかゼノンか? 」
「獣王に似てる……」
俺は声のする方を見て驚いていた。そこには見知った獅子人族の男がいたからだ。確信を持てなかったのは、目の前にいる男が俺の知っている獣王のゼノンより遥かに若かったからだ。
「ゼノンだって!? 初代獣王がなぜここに!? 」
「いや、何かおかしい……」
あの男はエルフの大陸へと言った。俺がアガルタにいた時は、魔物に占領されていない大陸は三つの大陸のうちエルフの住む大陸しか残っていなかった。
知らない荒野に若い獣王。
まるで身体強化の魔結晶をその身に融合していなかのような動き。
まさかここは過去の獣王国があった大陸なのか?
それなら俺たちの攻撃が届かないのは理解できる。過去を変えられるわけがないからな。
動きが鈍く見えるのもそうだ。この時代にはまだ融合と変形と圧縮ができる錬金の魔結晶を持つ、レベル6の騎士級のキメラが現れていないからな。手に入れた魔結晶は武器にしか装備できなかったはずだ。
この光景は精霊神の記憶か何かなのかもしれない。その記憶を俺たちは見せられているのかも。
「みんな、武器を収めてくれ。これはアルガルータの過去の映像みたいなもんだ。俺たちには何もできない」
「過去……そう……」
「セカイ殿。つまりここは魔物に滅ぼされる前のアルガルータだと? 」
「ああ、あそこにいる20歳くらいの男は獣王ゼノンで間違いないと思う。俺の知っている獣王は50代くらいだったが、あの挑戦的な目と額の傷と声からしてゼノンで間違いないだろう。つまりここは俺がアルガルータに現れる前より30年ほど昔の獣王国があった大陸の荒野だ」
ちょうど魔物の魔結晶を使うことを覚え、剣に火遁の魔結晶を装着して戦っていた頃なんだろう。一度押し返したが数に押され、別大陸から先に避難していたドワーフや巨人たちとエルフの大陸で合流したと聞いたことがある。
つまり精霊神は魔物との戦いの歴史を俺たちに見せてくれているということか。
いったい何のためにこんなことを……
応援ありがとうございます!
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