その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉

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三・発情期の訪れ

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 レインと初対面を果たしてから十一年。リオールは三歳から十四歳になっていた。平均よりも小柄だった体躯も、今では立派に成長している。それでも、五つ年上の兄よりも若干だが視線が下がるので、牛乳を飲んだり、魚がいいと情報を仕入れれば限界まで魚を食べたりと努力を重ねている。
 レインは初等教育を終え、中等教育の途中で国家騎士団に入団したため、家庭教師に切り替えて日々忙しく過ごしていた。辛うじて夜は一緒に眠れているが、会話はめっきり減ってしまった。面白くなかった。
 たまの日曜日くらい、ゆっくり休めとグウェンソードに休暇をねじ込まれたレインから、大衆演劇でも観に行かないかと誘われた。久しぶりだ。約束した待ち合わせ時刻は午後一時。鑑賞したあとは早めに夕食を済ませ、湖畔にあるボートに乗ろうねと笑っていた。
 それなのに、城門で待っていてもなかなか姿を現さなかった。急に仕事が入ってしまうことはよくある。だから、城近くに建てられた国家騎士団の本部と宿舎を覗いてから、城内にある三階の私室まで見に行くことにした。すると、慌てた様子のラクセルに呼び止められた。

「あ、いたいた、よかった。あのね、兄さんからの伝言なんだけど、今日はちょっと出かけるのが難しいんだって。だから代わりに僕と行こう」
「――なにかあったのか?」
「別に、ナニモナイヨ?」
「目が泳いでるぞ」

 明らかに様子のおかしいラクセルを、リオールは胡乱な眼差しで一瞥した。詳細を言わずに腕を引っ張り、城外へ連れ出そうとするのだ。なにかあったに違いない。それに妙な胸騒ぎもしていた。

(……レインに会ってやる)

 そう決意したリオールは、街には向かわず踵を返した。焦ったラクセルが掴んでいた手の力を強めるも、鍛えているので簡単に振り解く。

「もう、だめだって言ってるのに!」

 無視してレインの部屋がある三階へ急いだ。後ろからついてくるラクセルは「ああ、どうしよう」としきりに繰り返している。
 到着するなり、部屋の前には侍従が待機していた。リオールの姿を見るなり慌てて会釈したものの、ラクセルと同様に視線を逸らされた。後ろめたいことでもあるのだろう。
 皆が皆、挙動不審になるので、また負傷したのかもしれない。レインは、十九の若さで三番隊に入隊してから、大小様々な傷が増えた。右足に大きな裂傷を負ったときも、リオールが傍にいると落ち着かないだろうから、一人で休ませろとグウェンソードに締め出されたことがあった。
 一緒に寝られない期間は、レインに頼まれたラクセルと同室で寝ることになったので、今回ばかりは断固拒否してやるつもりだ。三歳からほぼ毎晩一緒に寝ていたので、一人にさせることが心配だったようだ。扉の前に護衛がいても、レインは譲ろうとはしなかった。
 リオールが中へ入ろうとすると、当然ながら止められてしまった。

「グウェンソード隊長から、今日は誰も中に入れるなと指示されておりますので……」

 けれど、立場は国家騎士団の一番隊隊長よりも、王子であり次期後継者でもあるリオールの方が上だ。少し睨むと怯えた様子で退いた。
 ノックをせずに扉を開け放つと、そこには思いもよらぬ光景が繰り広げられていた。

「……なにをしている!? グウェンソード!!」

 リオールの目に飛び込んできたのは、頬を赤らめているレインに覆いかぶさるグウェンソードの姿だった。なにをしようとしているのか、十四歳だろうともはっきりわかる。

「約束を反故にしてセックスしようとしてたのか……!」

 カッと頭に血が上り、咄嗟にグウェンソードの肩を掴んでレインの上から引き剥がす。このまま見過ごすわけにはいかない。怒りを抑えきれず、腸が煮えくり返りそうになる。

「あーあ。やっぱりだめだったか、ラクセル」
「そりゃそうでしょ。こと兄さんに関することで、リオールが妥協することなんてまず奇跡だし、僕には無理だよ!」
「はは、ばれたらしょうがない」

 二人の会話から推測すると、秘密裏に結託していたらしい。一体どういうことなのか、今すぐ説明してほしい。このままでは、問答無用に殴りかかってしまいそうだ。

「とりあえずベッドから下りろ!」
「へいへい。役得だと思ったんだけどな~」

 覆いかぶさっていたグウェンソードを引っ剥がすと、潤んだ眸をしているレインと目が合ってしまった。明らかに様子が変だ。頬を赤く染めて、熱でもあるのかやけに色香が漂っている気がする。怒りで気づくのが遅れたが、甘い花の蜜のような匂いが鼻腔を擽って落ち着かない。時折、レインの身体から香るものよりも強烈だ。

「……なにがあったんだ」
「見てわかんないのか? このフェロモンで気づかないとか、おまえ、もしかして鈍い?」
「いいから説明しろ!」
「そのまんまだよ。レインに発情期ヒートがきた! それだけだ」
「…………ヒート」
「学校で習ったろ? レインはΩだからな」

 グウェンソードの言う通り、中等教育の一環で性に関することは習っている。人間には六種類の性があり、α性とβ性とΩ性の男女が存在する。
 αは、国家騎士団や王族、貴族の大半を占めており、肉体的にも頑丈で知能も優れ、優秀遺伝子を多く引き継ぐ。まさに生まれながらのエリートだ。両親がαならば高確率でαになるが、α同士だと妊娠する確率は低い。十人中、二人がαとして誕生している。
 βは外見や運動能力などすべての値が平凡で目立った特徴もなく、十人中、七人がβとなる。βが出産すると、相手はどの性であれ高確率でβになる。この世にいるのはほぼβだ。
 そしてΩは、劣勢遺伝子を引き継ぐとされており、見た目は美しいが華奢だ。頭脳や運動能力はαやβに劣ってしまう。
 けれど、Ωにはヒートと呼ばれる期間があり、十八歳から二十歳の間に発現するとされている。一か月から三か月に一度、七日間だけは甘くて濃厚なフェロモンを発し、より強い遺伝子を残そうとαを誘惑する。人類滅亡の危機を乗り越えるために、男でも妊娠可能になった時世なので、種を存続させようという本能なのだろう。
 ヒートを起こしたΩにαが近寄ってしまうと、αはラットを引き起こしてしまう。ラット期になれば理性を失い、たかが外れたように一心不乱にΩの身体を貪ってしまう。そのまま避妊せずに性交すると、ほぼ確実に妊娠する。
 ヒートになると、誰かと交わることしか考えられなくなってしまうため、Ωは愛玩動物のような扱いを強いられてきた性でもある。生まれてしまえば金銭で売られ、一生、性奴隷として幽閉されるということが、何百年も前にまかり通っていたらしい。
 百年ほど前から少しずつΩの人権が認められるようになり、現在では努力をすればレイン――ラザのように、国家騎士団として働くことも可能になっている。十人中、一人しかおらずαよりも希少な存在だ。

(……レインはΩだったのか)

 学校で習っていたとはいえ、普段と様子の違うレインを目にして、リオールは人知れずショックを受けていた。けれどそれと同時に、どうしようもない征服欲が心の奥底から湧いてくる。今すぐにでも組み敷いて、支配したくなる。こんな感情は初めてだ。

「――で、どうするんだリオール。初めてのヒートでレインは抑制剤の効きが悪い。慰めてやらないと、外にいるαに襲われかねないぞ?」

 苦しそうにベッドの上で身じろぐレインと視線がかち合う。申し訳なさそうに逸らされムッとする。他の誰かとセックスさせるくらいなら、自分が奪ってしまいたい。

「…………俺がやる」
「あーあ、言うと思ったよ。まあリオールならいいか。乱暴にしないでよ? 兄さんをよろしくね」

 この場にいるαはリオールとグウェンソードだけだ。ラクセルはβだし実の兄弟なので平気だが、外にいる使用人らはそうとは限らない。早急に誰かが慰める必要がある。

「なあレイン。本当にリオールでいいのか? 俺は他のΩとも経験あるし、なにより上手いぞ?」
「いいから出てってくれ!」
「へいへい、わかったよ。頑張れよ、リオール」

 往生際の悪い男にリオールが一喝すると、ラクセルに引っ張られながらグウェンソードは退散した。邪魔されたくないので、すかさず鍵を閉めた。
 やけに緊張する。幼い頃とは打って変わり、初等教育を終えてからは背もぐんぐん伸び、少年というよりも青年に一歩近づいた。その急激な成長からか同性・異性を問わずに色目を使われる機会が増えた。次期王位継承者という後ろ盾もあるからだろう。今更、好きだ惚れただの告白されても、散々邪険に扱われた過去があるので、同年代や世代の近いものに対して好意を寄せられても迷惑なだけだった。それゆえ交際したことはない。これが初体験となる。

「……リオール、ごめんね……」
「……なにを言ってる。優しくする……間違ったら教えてくれ」
「……うん。ありがとう」

 セックスする寸前にレインが出した条件は二つ。



 ――首の後ろは噛まないこと。
 ――必ず避妊すること。



 ヒート中のΩの首を、αが噛みながら体内に射精すると、二人は番になってしまう。番になると、そのΩのフェロモンは一人のαにだけ有効となり、他者からは襲われなくなる。
 一見、利点のようにも思えるが、恋人や夫婦でもない限りヒート期間中にずっと一緒にいることは難しく、レインの場合は仕事もある。もしも野営中に抑制剤が効かなくなり、ヒートがきてしまえば任務に支障を来たすだろう。
 それに、αは一方的に番を解除することができるが、噛まれてしまったΩはそれができない。一生、一人で苦しむことになる。仮にαやβに慰めてもらおうにも、番以外との性的接触は拒絶反応が強く、吐き気を催すほどだと言われている。
 避妊は言うまでもなく。義理の兄弟間で子供を作ってしまえば、世間体にも悪く、国王の顔に泥を塗ることになる。養子として引き取られた恩があるため、裏切りたくないようだ。
 それを守った十四歳のリオールは、纏っていた衣服をすべて取っ払うと、一思いに義理の兄であるレインの身体を抱いた。お膳立てされたことは癪だったが、初めてをグウェンソードに奪われなくてよかったと、終わってから安堵したのも事実だ。
 このときはまだ、リオールの身体が未発達だったためにαのラットが起こることはなく、懸念されていた妊娠はなかった。
 しかし、それから五年。抑制剤が効かない場合に性処理を手伝ううちに、当時とはまた違った感情に悩まされるのだった。
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