その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉

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二・三歳と五か月のある日②

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 ──それから四時間。もうすぐ夕食という時間帯なのに、腹が減るどころか鈍痛が起こっていた。昼に食べたものは生ではなかった。母親である王妃を心配させてしまうので痛いと素直には言いづらい。いちいちことを大袈裟にされるので、余計に疲れてしまう。

(……やっぱり、クッキーの中になにか入れられたのか?)

 それしか考えられなかった。おやつの類いは口にしていない。原因を考えると昼過ぎに食べた手作りの菓子しか浮かばない。いくら目の前で毒見をされても信用するべきではなかった。
 ベッドに蹲り痛みに耐えていると、異変に気づいた護衛たちが焦りはじめた。面倒だなと溜め息が出そうになった。
 段々と痛みが増す腹部に、胃薬かなにかもらいに行こうかと起き上がろうとしたとき。

「様子を見に寄ってみれば、腹が痛いんだって? 大丈夫かよ、リオール」
「……グウェンソード。なぜいるんだ」
「たまたまだよ。それよか、俺ともう一人いるんだ。呼んでいいか?」
「え?」

 そう言うなり背後からひょっこり顔を出したのは、日中目にしたような明るい表情ではなく、今にも泣きそうなほど目元に涙を溜めている姿だった。拍子抜けだった。

「ごめんね……ぼくのせいで……お腹痛いんでしょう? ごめんね……」

 堪えきれなかったのか、大粒の涙がリオールの頭上を目がけて降ってくる。ぽたぽた落ちてくる雫の量にリオールは戸惑っていた。弟だけではなく、年上である兄も泣き虫なのかと驚きで腹痛どころではなくなった。

「次は気をつけて作るから、だから嫌いにならないで……?」
「う…………」

 ここで頷かなければ、レインはいつまでも泣き続けるだろう。罪悪感にも襲われるし、なにより迷惑だ。
 それに、夕食を食べにこないと心配したリオールの母親が、部屋にまで押しかけかねない。少々、神経質な部分があるため、少しでも時間に遅れると突撃してくるのだ。

「わかったから、もう泣くな」
「うん……ごめんね」

 横たわっていたベッドから身体を起こし、ふわふわの金髪を覚束ない手つきながらも撫でてやると、ようやく落ち着いたのか遠慮がちに笑った。それだけなのにホッとした。

「ちなみに、腹痛になったのはリオールだけだぜ?」

 仁王立ちをして様子見していたグウェンソードが、こっそり教えてくれた。

「ど、どうしてだ?」
「そりゃー慣れないものを食べたから胃がびっくりしたんだろう。俺やレインは質素とは言わないけど、作るのは食堂のおばちゃんたちだし、おまえのように王族専属シェフがいるわけじゃないからな」

 食事は一階にある広間に用意されるので、決められた時間に食卓につく必要がある。細長くだだっ広いテーブルに、給仕係りが順番に温かい料理を運んでくれる。まだ一人で食べられなかった乳児期は、乳母が食事の介助をしていたようだが、現在は国王、王妃と三人のみの会食だ。物心ついたころからそうなので、疑問にすら感じたことはない。

「一応、レインはおまえの兄ちゃんだし、ラクセルは弟なんだけどな」
「なんだって!?」
「なんだ教えてもらってないのか? 第一王子はレインで、第二がおまえ、第三がラクセルなんだぞ」
「…………知らなかった」

 てっきりグウェンソードと同じように、国家騎士団に勤めている隊員の息子か、隣国から預かっている誰かの子息とばかり思っていた。大袈裟に驚いていると、金色の目を真ん丸くさせたレインが教えてくれた。

「三年前、きみが生まれた二日後に、ぼくと弟のラクセルは、きみと兄弟になったんだ。ラクセルはきみと同じ誕生日なんだよ」

 レインの母親は、ラクセルを産むと同時にこの世を去ったことと、本当の父親が行方不明だということと、国王と母親が幼馴染みだったことから、養子に引き取られた経緯を説明してくれた。わずか三歳ながら理解できるのは、リオールが他の子よりも敏いからだろう。

「ずっとリオールに会いたかったんだけど、もう少し大きくなってからねって取り合ってくれなくて……。だからね、今日はきみに会いたくて城中探し回ってたんだよ。ようやくきみに会えたから嬉しいんだ!」
「……でも、もうすぐ夕食の時間だ」
「うん……。あ、そうだ、リオール。今夜はここで一緒に寝てもいい?」
「えっ」

 夕食の後、今夜はここで一緒に寝たいと言われ、どういうわけか嫌だと断ることができなかった。また泣かれたら困るのと、リオール自身、五つ年の離れた兄という存在が、どういうものか興味を持ったからだ。

「それいいな。なあなあ、俺も混ぜてくれよ?」
「断る」
「なんで俺だけ即答なんだよッ!」
「邪魔だからだ」
「ひでー! でっかいベッドなのに!」

 名残惜しそうなグエンソードと共に退室するレインを見送り、いつの間にか治っていた腹痛のことなどすっかり忘れていた。夕食と湯浴みを済ませると、ベッドに腰かけ今か今かと待ち侘びていた。妙に落ち着かなかった。
 程なくして扉がノックされると、ラクセルを連れたレインがやってくる。レイン一人ではなかったことに、少しだけがっかりした。
 レインが真ん中に寝転がり、三人で仲良し親子のごとく初めて眠ったときは、緊張しながらもあっという間に熟睡してしまった。他人の気配は苦手だったのに、レインとラクセルの二人は平気だ。
 それからは毎晩、枕を隣に並べて眠るようになった。
 ラクセルは十歳になると、もう一緒に寝るのは恥ずかしいとレインについてくるようなことはなくなった。とうとう二人になった。
 しかし、そんなラクセルを知りながらも、リオールは何食わぬ顔で続けていた。
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