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五・招待状と苦い思い②
しおりを挟むハワード公爵邸のダンスホールに足を踏み入れるなり、リオールは婦人に声をかけられた。
「――一曲、ご一緒してくださる?」
煌びやかな衣装に身を包んだ、見知らぬ二十代前半くらいの婦人だ。ブロンドの髪をアップスタイルにし、両耳には一際大きな真珠が揺れ、真紅のオフショルダードレスはボディーラインにぴったりと張りつき派手だ。大胆にも、太腿辺りまでスリットが入れられており、まさに人の生誕パーティーで結婚相手を探したいという魂胆が見え見えだった。やっぱり来なければよかったなと、一曲踊りながら悔やんだ。
港町サウスメアに構える、ハワード公爵邸に到着したのは午後三時過ぎ。馬車で一時間半ほどの距離だ。来賓用の邸宅には各自、部屋が用意されているので、夕方になるまで待機することになった。刻一刻と時計の針が進むたび帰りたくなるが、先手を打たれてレインと同室にされてしまったので、それも適わなかった。例え部屋を別々にされても、勝手に交換するつもりだが。
今回、招待されたのは百人程度だ。男女比率は同じくらいなのに、白のタキシード姿に長い髪の毛をオールバックにしているレインは、やけに人気があった。老若男女問わず呼び止められ、ダンスの相手や一緒に飲もうと誘われたり、相談に乗って欲しいと色目を使われたりと、まさにハイエナに狙われるシマウマのようだ。物腰の柔らかさと美しい外見、そして、王位継承権はなくとも一国の第一王子という後ろ盾に惹かれるのだろう。
(…………やっぱりつまらん)
レインに群がり、色目を使おうとする連中一人一人を今すぐ蹴散らしたい。独占したい。けれど、それを実行してしまうと、本人から軽蔑されるし嫌がられることは目に見えているので、視界に入れないようにするしかない。だが、意識しないように気をつけても、無意識のうちに目で追ってしまうのだ。
(仕方ない……部屋に戻るか)
主催であるローズマリーに挨拶を交わしていないが、これ以上、上流階級独特の不必要な慣れあいには付き合いきれないと、開始三十分足らずで離脱することにした。
「リオール様、一体どちらへ?」
「人に酔ったから部屋で先に休む。リグジェットはレインを気にかけてくれ」
「承知しました」
パーティー会場でもある、ダンスホールの出入り口に待機していたグウェンソードの妹、リグジェットに呼び止められた。本日は、国家騎士団の隊服ではなく、漆黒のパンツスーツを上品に着こなし、赤毛をポニーテールにしていた。何人かに酒の席へと誘われていたが、ルーンという、レインと同い年の夫がいるため断っている。
先ほどまで待機していた客室は、会場であるダンスホールを出てしばらく歩き、中庭を抜けた先にある来賓用の邸宅だ。あちらこちらに兵士が待機しているのと、敷地内なので安全だろうと護衛しようとしたリグジェットを大丈夫だと遮った。
それよりも、過剰にアルコールを摂取させられているレインを任せたかった。自分でどうにかしたかったが、近づいてしまえば、よくも悪くも目立つので余計に囲まれてしまうだろう。それだけは避けたかった。
中庭に降り立つと、ローズマリーが好きだという理由で植えている、真っ赤な薔薇が何万本も咲き乱れている。庭師が剪定しているため、高さはすべて均一なところが少々不気味でもある。花を見るとラクセルを思い出してしまうので、足早に通り抜けようとすると、どこから侵入したのか小さな人影に行く手を阻まれた。
「こ、ここを通してほしかったら、あり金ぜんぶ、おいていけェェ!!」
外灯に照らし出された五つ前後の少年は、リオールの前に立ちはだかると両手を大きく広げた。右手には果物ナイフが握られている。
(衛兵はなにをしてるんだ……)
だが背丈が小さいので、中庭の垣根を潜って見つからないように侵入してきたのだろう。
目だけを左右に動かしても、援軍は見当たらないのでハァと溜め息を吐きたくなる。頭二つ分も体格に差があるので、いくら刃物を持っていようとも脅威ではない。王位継承権を持つ者は、常に命を狙われているといっても過言ではない。そのため、日々訓練や対処法を学んでいる。まさか、みすぼらしい格好をした子供が襲撃してくるとは想定外だったが。
リオールがどう対処しようか考えているそのとき。数分遅れて弾むような息遣いが迫ってきた。
「どうして一人で戻っちゃうの!? ──って、刃物なんか持ってどうしたのかな、きみ」
「バカくるな、レイン!」
振り向き焦っても遅かった。リオールの身体で隠れて子供の姿が見えなかったようだ。
レインは自然に間合いを詰め、リオールよりも前に身を乗り出す。相手は子供だというのに、背があまり変わらない義理の兄に守られているという現状が、なんだか情けなくなってくる。
しかし、当の本人は背を向けたままなので気づくことはない。
「……な、なかまをよんだな!?」
「おれはね、黒髪で仏頂面しているこのお兄ちゃんの、お兄ちゃんだよ」
「え?」
「おれの弟なんだ。――で、きみは一体どうしたのかな? 詳しく教えてくれる?」
「あ……ありがね全部、おいていけェェ!」
一瞬、レインの人懐こい笑みに飲まれそうになっていた子供は、小さく首を振って本来の目的であるセリフをもう一度吐き出した。大人が二人に増えてしまったため、怖いのか小さな身体が小刻みに震えている。
わかった、そう一言つぶやいたレインは、白のタキシードについているポケットを探った。子供をひっ捕らえるくらい朝飯前なのに、そうすることはなく素直に従っている。
「ごめんね、今は正装に着替えちゃったから、これしかないんだ」
首にかけていたネックレスを外し、ポケットに入れていたクッキーの包みと一緒に子供の目の前に差し出した。何度も目にしている、小さなブルーサファイアのネックレスだ。レインとラクセルの母親の形見でもある。風呂以外では外すことなく大事にしている品物だ。
「ちょっと待った。それはおまえの母親の形見だろ。俺の持っているブローチの方が高く売れるから、こっちと交換な」
「だめだよリオール! それはリオールが生まれた日に、国王が授けてくださった秘宝でしょ」
「かまわない。俺の父親は生きているけど、おまえの母親はもういない。だからいい」
差し出した掌からネックレスを回収すると、代わりに胸につけていたブローチを外して置いた。これならば半年ほど、贅沢をしなければ暮らせるだろう。王妃にばれてしまえば説教ものだが、国王ならば事情次第で許してくれるとリオールは確信している。
「──く、クッキーだけでいい! 弟がおなかすかせてまってるから!」
ところが二人の会話から怖気づいたのか、レインの掌からクッキーの入った包みだけを受け取ると、また距離を取った。形見や秘宝と耳にしたからか顔面が真っ青になっている。
「そっか。あ、帰りはナイフをポケットにしまってね。見つからないように帰るんだよ」
「わ、わかった! ありがとう!」
言われた通りに果物ナイフを鞘に収めてから、ズボンのポケットにしまうと子供は垣根に向かって走り出した。リオールが呼び止めようとしても遅い。
「憲兵に突きだすはずが…………」
垣根まで辿り着いた子供は、遠くに見える二人に向かって小さくお辞儀をしてから、潜ってやがて姿が見えなくなった。その様子を眺めながらリオールは舌打ちすると、声を荒げたレインに怒られる。
「それより、刃物を持ってる相手に油断したでしょ!? もう、驚かせないでよ!」
「そ……それを言うなら、俺を背に隠したおまえだろ!?」
「だって当たり前じゃない。おれはお兄ちゃんだし、場数も踏んでる軍人だよ」
レインはこういうとき、必ず弟扱いしてくる。今年で二十歳を迎えるというのに、いつまで経っても弱い三歳児のままなのかとむしゃくしゃしてくる。思わずムッとしていると、勘違いしたのか釘を刺された。
「今のは不問でいいよね? もういなくなっちゃったし。ああでも、ローズマリーには垣根に気をつけてって注意しといた方がいいか」
「……俺が騒げば怒るんだろ」
「お腹を空かせた弟って言われちゃうと、おれが弱いの知ってるでしょ。まあ、リオールに危害を加えるような素振りを見せていたら、残念だけど実力行使に出ざるを得なかったけどね」
べつにリオールが大事じゃないわけではないよ? と筋違いのフォローを入れられ、苦虫を噛み潰したような後味の悪さを味わう。背に隠されて守られるのが好きではないのだ。王位継承権を持ち合わせている身なので、なにかあるわけにはいかないのは事実だ。だが、五歳の年端も行かない子供ですら太刀打ちできないと思われていることが、なによりも癪に障ったというのにレインは気づかない。
「…………部屋に戻るぞ」
「え? ああ、うん。そういえば、ローズマリーには会ったの?」
「…………!」
耳にしたくない名前を告げられ、ますます苛々が募ってくる。今晩は遠征先なので遠慮するつもりだったが、腹いせに押し倒すことを決意した。そうでもしなければ鬱憤が溜まってしまう。
来賓用邸宅の扉を潜ると執事が待機しているので、休むと告げてからエントランスホールにある螺旋階段を勇み足で登った。二階中央の部屋に足を踏み入れる前に、侵入者がいないかレインが先に入って隅々まで確かめる。少ししてからいいよと顔を出したので、リオールも後を追って足を進めると、後ろ手で鍵を閉めてからテーブルに用意されていたブランデーのデキャンタを手に取った。
「お酒、飲んだらだめだよ」
「飲んでいいから置いてあるんだろ」
「そういうことを言ってるんじゃないよ。きみは酒癖が悪いから、外では飲むなと……ンッ」
「いいから黙れ」
「や…………あ、んぅ…………お酒くさい」
グラスにブランデーを注ぐと、ベッドに腰かけていたレインのもとにゆっくりと近づく。そして、ブランデーを少量口に含んでから、顔を背けられないよう顎を掴んで口移しした。こうすれば大人しくなることはわかっている。あまりアルコールに強くないため、数回繰り返しただけで両目がとろけたように潤み、震える指先で胸元にしがみついてきた。
気をよくしたリオールは、残りを一気に飲み干すと、ベッドの上にグラスを置いてから啄むようなキスをした。こうすると安心するのか、強張っていた上半身からはすっと力が抜ける。
「先に脱ぐなよ」
無我夢中になりながら、唇を貪ること数分。酔いが完全に回ったらしきレインは、白いタキシードの上着を脱ぎ捨て、フリルがあしらわれたワイシャツのボタンを一つ一つ外し始めた。その両手首をリオールがやんわり掴んで阻止すると、レインはいささか不満そうに唇を尖らせた。
「だ、だって……寝間着に着替えないと」
「俺はてっきり、早くセックスしたいからだと思った」
「なっ、ちがう! って、待って……それ以上は、声が漏れるから……だめだって」
「誰も戻ってないし、安宿じゃないから平気だ」
「や、あ……んんう」
スキンシップのような口づけではなく、今度は咥内を犯すためにねっとり舌を絡めながら服を脱がせると、アルコールのせいかほんのり赤くなっている素肌がお目見えする。部屋に灯された、オレンジ色の淡いランタンのおかげでムードはばっちりだ。逸る気持ちを抑えられそうもない。自身の着用していた衣服も手早く脱ぎ捨て、真上から覆いかぶさった。
「……先に湯浴みしたいんだけど」
「風呂はあとで入れてやる」
それだけ伝えると、リオールの気迫に観念したのか目を閉じた。レインは、ヒート以外の性行為には消極的でも、抵抗することはあまりない。そこにどんな理由があるのか、質問したことすらない。きっと、嫌がっても余計に興奮するリオールの性格を熟知しているからだろう。
レインの首筋に唇を押し当て、下へ下へと移動しながら気持ちを高めつつ、その途中で胸元を弄ったり甘噛みしたりしながら、唾液で濡らした指を下半身の窄まりに差し込む。ヒート期ではないので念入りに解す必要があるが、昨夜も交わっていたのでそれほど時間はかからなかった。難なく指三本受け入れられるようになったのを確認してから、容赦なくレインの最奥を貫いた。
「ひ……ああああ……ッ!」
「……くっ!」
数えきれないほど身体を重ねてきたというのに、義兄を抱いても抱いても満たされることはなかった。
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