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七・小さな騒動とレインのさらなる受難①
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ラクセルの命日とされる日から一か月。五月半ばを迎えていた。気温の変化は春先だというのに不安定で、日中は暖かくても夜になれば肌寒くなるため、六月が近くても空模様は気分やのようだ。
レインは朝食も満足に食べないまま、城内を歩き回って弟を探していた。レインの寝室に、いつも胸に身につけているブローチを置き忘れていたのだ。つけていないと王妃が目敏く注意するため、本人まで届けようにも見当たらなかった。食堂にも、図書館にも、中庭の庭園にもおらず、街まで行ってしまったのだろうか。見張りの兵士に尋ねても外出の形跡はなかった。
今日は一日中、国家騎士団の入隊試験があるため、実技監督を任されているレインは諦めて本部のある宿舎へと急いだ。非番の隊員がいれば渡してもらおうとそのまま持って行く。
「あれ、グウェンソードは非番なの?」
アキの執務室に立ち寄ると、グウェンソードは私服のまま紅茶を呑気に啜っていた。ラザの正体がレインだと明かしていないため、ここで着替えさせてもらっている。意外にも、金髪を一まとめにし、目元に仮面をするだけで第一王子だと勘繰られたことはない。王子のときのレインは、病弱だという設定を徹底しており、あまり人前に姿を現さないからだろう。
「そうみたいだな。おまえは実技担当になったんだろ? 頑張れよ」
「ありがとう。あ、そうそう、もしリオールに会うことがあれば、これを渡しといてほしいんだ。おれの部屋に忘れてったから」
高価な宝石が散りばめられたブローチを手渡すと、グウェンソードは快く引き受けてくれた。羽織っていたジャケットの胸ポケットにしまった。
「わかった、遭遇したら渡してやるよ」
「任せたよ。部屋で朝食をとっているときに気づいて、急いで探したんだけど、どこにもいなくて。外出はしてないみたいなんだけどね」
心当たりのある場所を数個所巡ってみても空振りだった。とにかく敷地面積が広大なので、レインが思い浮かばないようなところで昼寝でもしているのかもしれない。どこにいても注目を浴びてしまうリオールは、一人になれるスポットをいくつか把握しており、転々としているようだ。そういう場所は、どこか似た要素のあるグウェンソードの方が詳しい――というよりも、教えた張本人のようだが。
「朝はしっかり食べなきゃだめだよ、レイン。私のお手製チーズトーストでも食べる? 美味しいよ」
「いえ、アキさんのご飯はアキさんが食べてください!」
食欲を擽る匂いに腹の虫が鳴りそうだったが、上司の食事を奪うような真似はできない。ロッカーには健康補助食品の保存食がいくつか完備してあるので、仕事前に摘まもうとしていた。
「それは違うぜ? レイン。アキさんは可愛いおまえに振る舞いたいんだよ」
「そういうこと。ほら座って座って、温かいのを用意するから待ってね。新しいパン屋が街中にできて、試しに買ってみたら食パンが美味しくて美味しくて、グウェンソードにこれから行って、買って来てもらおうと思ってたところなんだよ」
「まさか、グウェンソードが今日、非番なのって……?」
「それはたまたまなだけで関係ないよ、まったく。ふふ」
「なーんか怪しいだろ? 俺もさっき問い詰めたばかりだけど、笑って誤魔化すんだぜ」
執務室になぜか置かれているトースターに、不揃いに切られた食パン。その上にコーダチーズをふんだんに散りばめてセットする。ほんの数分、こんがり焼いただけで完成したチーズトーストは美味しそうだ。
お言葉に甘えてしっかり腹ごしらえすると、隊服に着替えて持ち場へ向かった。
午前九時から開始された国家騎士団の入団試験は、中庭の隣に位置する城内広場で開催される。事前に催された筆記試験の合格者である数百人が、複数の試験管によって剣術の実力を試される。レインは五十人ほどの入団希望者を相手にする。筆記試験の合格通知を持参して待機列に並ぶのだが、十人ほど捌いたところでレインは異変を察知して絶句した。
(…………なんで、ねえ、なんでここにいるの!?)
あれほど探しても見当たらなかった弟。今日は一日、公務のない休みにしていたのは偶然だろうと、深くは考えなかったことが悔やまれる。
全身黒づくめだというのに、真っ白い仮面をしている男を目にして、レインはすぐさまピンときた。こんな外見からして、不審者が城門で呼び止められないわけがない。門扉を通過してから着替えることも可能だが、そうまでして素性を隠さなければならない入団希望者など、王族に準ずる人間しか考えられなかった。自分のときがそうだったからだ。
「…………どうしてリオールがいるのっ」
「…………シッ、王妃が見てる。騒ぎにはしたくない。このまま続けてくれ」
「…………でも!」
「…………理由なら後から話す。だから見逃してくれ」
どうしようかと逡巡するも、後ろで待機している入団希望者たちの視線もある。レインの独断だけで中止することはできなかった。本当なら今すぐ王子がいることを明かして、実技試験を受ける資格をはく奪したい。次期国王になるというのに、危険が伴うような仕事をさせられるわけがない。
けれど、リオールの事情を一切聞かぬまま、頭ごなしに自分の持つ権限で実力行使に出ることはしたくない。例えこの場で決まっても、あとからアキに相談をして入隊を取り消せばいいかと妥協することにした。
(……可哀想だけど、手加減はしないからね)
他の入団希望者と剣を交える以上に本気を出すことにした。本来ならば剣術の腕前と、機転が効くかどうかの咄嗟の判断力に注目する。長年、第一線で活躍し続けるレインが手加減しなければ、誰一人として通過しないだろう。目だけでリオールに訴えると、承知したのか小さく頷いた。本気を出してもいいということだ。
「それでは、実技試験を開始します」
互いに一礼してから剣を構えると、リオールは、早速間合いを一気に詰めて果敢にも挑んできた。レインの上半身目がけて剣を振り上げるので、阻止するべくカキーンと小気味よい金属音を立てながら弾き返す。怯むことなくもう一度正面から攻められたため、レインは真横に一歩移動し剣を避けてから、下から斬りかかる振りをした。リオールも左右どちらかに移動するのは予想済みなので、カキンとまた剣を跳ねのけ応戦する。
いざというときのために、自衛する術を幼少から学んでいるので筋だけはいい。数えきれないほど相対してきたので、互いの癖は把握している。
先ほどまでの実技試験と雰囲気ががらりと変わったので、観覧席にいる自国民からは大歓声が上がり、王妃も放たれる気迫に興奮気味だ。手を叩いて大いに喜んでいる。自分の愛息が実技試験を受けていることは露知らず。他人と思い込んでいるのだから当然だ。
ケガをさせるわけにはいかないので、細心の注意を払いながら負かさなければならない。持ち時間は一人につき十五分。ラスト二分で形勢逆転させる必要がある。
「きみを勝たせるわけにはいかないんだ」
「いいや、俺は負けない!」
「ごめん、本気出すよ」
剣がぶつかり合うたびに言葉を吐き捨て、一瞬の隙を狙うためにわざと挑発した。レインは、誰もいない方向へとリオールの握る剣を吹っ飛ばし、決着をつけようとした。
ところが、弾いた剣が思った以上に跳ね返り、リオールの顔を覆っていた白い仮面に当たってしまった。
レインは朝食も満足に食べないまま、城内を歩き回って弟を探していた。レインの寝室に、いつも胸に身につけているブローチを置き忘れていたのだ。つけていないと王妃が目敏く注意するため、本人まで届けようにも見当たらなかった。食堂にも、図書館にも、中庭の庭園にもおらず、街まで行ってしまったのだろうか。見張りの兵士に尋ねても外出の形跡はなかった。
今日は一日中、国家騎士団の入隊試験があるため、実技監督を任されているレインは諦めて本部のある宿舎へと急いだ。非番の隊員がいれば渡してもらおうとそのまま持って行く。
「あれ、グウェンソードは非番なの?」
アキの執務室に立ち寄ると、グウェンソードは私服のまま紅茶を呑気に啜っていた。ラザの正体がレインだと明かしていないため、ここで着替えさせてもらっている。意外にも、金髪を一まとめにし、目元に仮面をするだけで第一王子だと勘繰られたことはない。王子のときのレインは、病弱だという設定を徹底しており、あまり人前に姿を現さないからだろう。
「そうみたいだな。おまえは実技担当になったんだろ? 頑張れよ」
「ありがとう。あ、そうそう、もしリオールに会うことがあれば、これを渡しといてほしいんだ。おれの部屋に忘れてったから」
高価な宝石が散りばめられたブローチを手渡すと、グウェンソードは快く引き受けてくれた。羽織っていたジャケットの胸ポケットにしまった。
「わかった、遭遇したら渡してやるよ」
「任せたよ。部屋で朝食をとっているときに気づいて、急いで探したんだけど、どこにもいなくて。外出はしてないみたいなんだけどね」
心当たりのある場所を数個所巡ってみても空振りだった。とにかく敷地面積が広大なので、レインが思い浮かばないようなところで昼寝でもしているのかもしれない。どこにいても注目を浴びてしまうリオールは、一人になれるスポットをいくつか把握しており、転々としているようだ。そういう場所は、どこか似た要素のあるグウェンソードの方が詳しい――というよりも、教えた張本人のようだが。
「朝はしっかり食べなきゃだめだよ、レイン。私のお手製チーズトーストでも食べる? 美味しいよ」
「いえ、アキさんのご飯はアキさんが食べてください!」
食欲を擽る匂いに腹の虫が鳴りそうだったが、上司の食事を奪うような真似はできない。ロッカーには健康補助食品の保存食がいくつか完備してあるので、仕事前に摘まもうとしていた。
「それは違うぜ? レイン。アキさんは可愛いおまえに振る舞いたいんだよ」
「そういうこと。ほら座って座って、温かいのを用意するから待ってね。新しいパン屋が街中にできて、試しに買ってみたら食パンが美味しくて美味しくて、グウェンソードにこれから行って、買って来てもらおうと思ってたところなんだよ」
「まさか、グウェンソードが今日、非番なのって……?」
「それはたまたまなだけで関係ないよ、まったく。ふふ」
「なーんか怪しいだろ? 俺もさっき問い詰めたばかりだけど、笑って誤魔化すんだぜ」
執務室になぜか置かれているトースターに、不揃いに切られた食パン。その上にコーダチーズをふんだんに散りばめてセットする。ほんの数分、こんがり焼いただけで完成したチーズトーストは美味しそうだ。
お言葉に甘えてしっかり腹ごしらえすると、隊服に着替えて持ち場へ向かった。
午前九時から開始された国家騎士団の入団試験は、中庭の隣に位置する城内広場で開催される。事前に催された筆記試験の合格者である数百人が、複数の試験管によって剣術の実力を試される。レインは五十人ほどの入団希望者を相手にする。筆記試験の合格通知を持参して待機列に並ぶのだが、十人ほど捌いたところでレインは異変を察知して絶句した。
(…………なんで、ねえ、なんでここにいるの!?)
あれほど探しても見当たらなかった弟。今日は一日、公務のない休みにしていたのは偶然だろうと、深くは考えなかったことが悔やまれる。
全身黒づくめだというのに、真っ白い仮面をしている男を目にして、レインはすぐさまピンときた。こんな外見からして、不審者が城門で呼び止められないわけがない。門扉を通過してから着替えることも可能だが、そうまでして素性を隠さなければならない入団希望者など、王族に準ずる人間しか考えられなかった。自分のときがそうだったからだ。
「…………どうしてリオールがいるのっ」
「…………シッ、王妃が見てる。騒ぎにはしたくない。このまま続けてくれ」
「…………でも!」
「…………理由なら後から話す。だから見逃してくれ」
どうしようかと逡巡するも、後ろで待機している入団希望者たちの視線もある。レインの独断だけで中止することはできなかった。本当なら今すぐ王子がいることを明かして、実技試験を受ける資格をはく奪したい。次期国王になるというのに、危険が伴うような仕事をさせられるわけがない。
けれど、リオールの事情を一切聞かぬまま、頭ごなしに自分の持つ権限で実力行使に出ることはしたくない。例えこの場で決まっても、あとからアキに相談をして入隊を取り消せばいいかと妥協することにした。
(……可哀想だけど、手加減はしないからね)
他の入団希望者と剣を交える以上に本気を出すことにした。本来ならば剣術の腕前と、機転が効くかどうかの咄嗟の判断力に注目する。長年、第一線で活躍し続けるレインが手加減しなければ、誰一人として通過しないだろう。目だけでリオールに訴えると、承知したのか小さく頷いた。本気を出してもいいということだ。
「それでは、実技試験を開始します」
互いに一礼してから剣を構えると、リオールは、早速間合いを一気に詰めて果敢にも挑んできた。レインの上半身目がけて剣を振り上げるので、阻止するべくカキーンと小気味よい金属音を立てながら弾き返す。怯むことなくもう一度正面から攻められたため、レインは真横に一歩移動し剣を避けてから、下から斬りかかる振りをした。リオールも左右どちらかに移動するのは予想済みなので、カキンとまた剣を跳ねのけ応戦する。
いざというときのために、自衛する術を幼少から学んでいるので筋だけはいい。数えきれないほど相対してきたので、互いの癖は把握している。
先ほどまでの実技試験と雰囲気ががらりと変わったので、観覧席にいる自国民からは大歓声が上がり、王妃も放たれる気迫に興奮気味だ。手を叩いて大いに喜んでいる。自分の愛息が実技試験を受けていることは露知らず。他人と思い込んでいるのだから当然だ。
ケガをさせるわけにはいかないので、細心の注意を払いながら負かさなければならない。持ち時間は一人につき十五分。ラスト二分で形勢逆転させる必要がある。
「きみを勝たせるわけにはいかないんだ」
「いいや、俺は負けない!」
「ごめん、本気出すよ」
剣がぶつかり合うたびに言葉を吐き捨て、一瞬の隙を狙うためにわざと挑発した。レインは、誰もいない方向へとリオールの握る剣を吹っ飛ばし、決着をつけようとした。
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