眉目清秀な劇団座長は、宿屋の平凡娘になぜか弱い。

ゆずまめ鯉

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五.新たな疑惑と妨害【2】

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「はあ? 嫌よ、あんたとなんか行かないわ。掃除の邪魔だから、手伝う気がないのなら、とっととどっかに行ってくれない?」
「な、なんだと!?」
「いつまでも遊び歩いてないで、少しは家の手伝いをしたら? 恥ずかしくないの?」
「お前らと違って俺は忙しいんだ! ふん。もう行く!」

 央央にそっぽを向かれた趙眠は、憤慨したのかぷりぷりと怒りながら立ち去った。周囲からは拍手が湧き起こる。少しだけ恥ずかしいが、掃除の邪魔だったのは本当だ。

「はあ、清々した!」
「ふふ。でも、ちょっとやりすぎよ? 阿央」
「いいのよ。傲慢なあいつには、あれくらい言ってやらないと!」

 お喋りしながら手を動かしていると、月に何度か泊まってくれていた常連客が、こちらを見るなり足早に通り過ぎようとした。

「あ、あの、待ってください!」

 箒を央央に手渡して、一目散に追いかける。逃すつもりは毛頭ない。

「え、あ、え、でも、今日は別のところへ泊まるから……その」
「それはかまわないんです。けど、どうしてよそへ行くのか、理由だけでも教えてもらえませんか?」

 春鶯が頭を下げてお願いすると、渋々事情を打ち明けてくれた。やはり継母である趙嬌が一枚噛んでいた。この裏手にある宿屋で趙嬌の名前を出せば、二割引で宿泊できるという。このためだけに春鶯が管理する客簿を盗み、嫌がらせをしつつ、さらに追い詰めようと企んだに違いない。

(やっぱり趙夫人の企みだったのね……!)

 洗いざらい吐き出した常連客は、そそくさといなくなった。

「姐姐。ここは私に任せて」
「え? いいわよ」
「大丈夫。私に考えがあるから。ちょっと行ってくるね」
「阿央!? 行っちゃった……」

 自分の外見を使って客引きすることは絶対にしたくないと言っていたのに、春鶯の呼びかけにも応じずに央央は走り去ってしまった。本音を言えば、すぐにでも追いかけたい。でも、このまま仕事を放棄するわけにもいかないので、掃除に力を入れて妹の帰りを待つことにした。



 それから一時辰。宿屋の外がきゃあきゃあと騒々しかった。なにかあったのか確認しに出ようとしたところ、煌めく恰好をした女子たちがぞろぞろと入ってくる。

「ここが楓流軒で合ってますか?」
「ええ、そうです」
「よかったぁ! 私たち、ここに泊まりたいんです。お部屋、空いてますか?」
「大丈夫ですよ!」

 なんと宿泊したいという申し出だった。化粧を施した綺麗な女子たちだ。年齢は春鶯と同じくらいか、少し上だろうか。

「どうする、どこの部屋にする?」
「あの、四人で上房に宿泊って可能ですか?」
「もちろん、できますよ」
「じゃあ、上房で! あと、食事も四人分お願いします」
「かしこまりました!」

 なんといきなり上房が埋まるとは想像しておらず、春鶯は驚きつつも対応した。

「あのー、すいません! 私たちも泊まりたいんですけど、いいですかぁ?」
「お願いしまーす」
「はーい、ただいま!」

 それからひっきりなしに宿泊客が現れ、なんと二十九部屋すべて満室になってしまった。どうして一気に押し寄せたのか。央央が易者でなにかしたのだろうか。しかし、変装する道具を持って出かけていない。
 何名か断る形になってしまって申し訳なかったものの、明日、また泊まるために顔を出すと言ってくれたので、その時に精一杯、おもてなしするつもりだ。
 春鶯が対応に追われていると、少ししてから楚月が姿を現した。

「どう。空室はなくなった?」
「謝公子。どうしてそれを……?」
「妹君だよ。楽屋まで愚痴を零しに来たんだ。だから、月影座の公演後に楓流軒に泊まることを条件に、観賞代を二割安くするという提案をしたんだ」
「ええっ!? で、でもそんなことをしたら、劇団の売り上げが減ってしまいますよ!?」
「うん。でもね、こういう条件をつけることは、地方公演だと珍しくないんだ。宿屋側から要請されることが時々あってね」

 その時少し損をしてしまっても、宿屋から最大限にもてなされたり、次回の公演や、場所に困った際に融通が利きやすくなったり、次の公演にも繋がるのだという。だから、楚月は誰かに頼まれても断らないそうだ。

「私は……謝公子になにも返せていません」

 楚月が楓流軒に顔を出してからは、施してもらってばかりいる。妹が襲われた際に助けてもらい、食材を台無しにされた際にも尽力してくれ、今回は宿屋に客が戻るように働きかけてくれた。すぐには返せないくらいの恩を、この短期間で受けている。

「そんなことはない。いつも美味しい料理を作ってくれるし、夜なんて夕餉を食べさせてくれているじゃないか。十分もらっているよ」
「そんなこと、しているうちに入らないです。一体、どうお返しすればいいのか……」
「……それなら、あの作品を上演させてくれないかな」
「……え? 本気ですか?」

 あの作品、とはこの前の夜公演で書き綴った創作のことだろう。象箸玉杯と三蔵一行で考えた小噺だ。まさか、楚月がそこまで気に入ってくれているとは信じられなかった。

「うん。春鶯の書いた話で演技がしてみたいんだ」
「……わかりました。でも、あのままだとまだ粗いので、もう少し整えてからお渡ししますね」
「ありがとう!」

 お礼をいうのはこちらの方だ。趙嬌の嫌がらせが失敗に終わったのは、他でもない楚月が機転を利かせてくれたおかげだ。

「今日、宿泊してくださる月影座のお客様には、精一杯おもてなししますね」
「うん。それじゃあ、夜公演の準備があるから、そろそろ行くね」
「ええ、行ってらっしゃい!」
「──いいな、それ。春鶯に毎日言ってもらいたい」
「え? 泊まっている間は毎日言いますよ」
「あ、ああ、うん、そうだね。そうじゃないんだけど……まぁいいか。じゃあ、またあとでね」

 楚月を見送ると、大勢押しかけた女性客に合わせて、胡麻団子以外にも甘い物を二品増やすことにした。



 夜公演を終えたばかりの楚月が、晋高とともに宿屋に戻った途端、たまたま食堂に居合わせた女性客は、みな一斉に「きゃー、座長よー!」と黄色い声をあげた。好きな俳優と間近で会えるのだから、色めき立つのも無理はない。
 仮面をしていても楚月は絶大な人気を誇るらしく、泣いて喜ぶものもいた。

(……やっぱり、宿屋で働く私と、劇団の人気座長では、違う世界に住んでいて当然よね……)

 一泊銀一両もする部屋に十七泊もできるのだから、端から違っていたのだが、劇場での歓声や、食堂での対応を目にしていると、庶民である自分との差を感じてしまった。楚月と視線が合った気がしたが、春鶯は逸らしてしまった。
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