剣と魔法のゲーム世界に閉じ込められた私は、オリジナル格闘ジョブ【11拳(イレブンフィスト)】でクリア目指して勝ち上がる

五月雨前線

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第1章 アラーテ立志編

第5話:底知れぬ悪意

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「ううん……」

 意識が覚醒していく。

 なんだか頭が痛い。体が重い。

 うっすら目を開ける。天井が目に入った。
 というか今何時だ? 記憶が朧げだなぁ。
 たしかMSOをしていて……大学の課題と小テストの勉強をしなきゃいけなくて……あ、あ!

 思い出した!
 MSOの世界に閉じ込められたんだ! 

「リスト!!!」

 私はがばっと跳ね起き、大好きな人の名前を叫んだ。

 返答はない。辺りを見回す。どこかの建物の中の部屋にいるようだ。
 灰色の壁、天井。机にテーブルにドア。
 そして私は今、ベッドに横たわっているようだ。

「あ、あれ……? ここは……?」

 状況が飲み込めず混乱する私の前で、ぎいいい、と音を立ててドアが開いた。

「ただいま。数人のプレイヤーに声をかけたけど全然駄目……って、アラーテ! 起きてるじゃん!」

 部屋に入ってきたリストは、私を見て目を丸くした。

「あ、リスト……私」

 そこで私の言葉が途切れた。
 リストは私に駆け寄り、私の体を抱きしめていた。

 え?

 え!? え!? え!?

 うそ!? リストが私のことを抱きしめてる!?

 何これ!? これは夢!? もしかしてまだ寝てる!?
 目が覚めたら大好きな人にいきなり抱きしめられるとか、幸せすぎるんですけど!?

 かーっと全身の体温が上昇し、私の心臓が早鐘のように高鳴っていく。

「リ、リスト……ちょっと……!」

 込み上げる恥ずかしさを感じながら、私は声を絞り出した。

「よかった…… 目が覚めて……シルバータイガーと戦った後、急に倒れてずっと起きなかったから……心配で……」

 リストは声を震わせ、時折鼻を啜りながら私の体を力強く抱きしめる。

「シルバータイガー……あ、そっか……」

 寝惚けていた頭がようやく完全に覚醒し、私は意識を失う前の出来事を思い出していた。

 私はリストと一緒にシルバータイガーと戦った。
 全力で戦い、勝利した直後に、疲労のあまり意識を失ったんだった。

「アラーテ……ごめん……危険な役割を担わせてしまって……」

「え? いや、謝ることないよ」

 シルバータイガーとのバトルの様子を思い返す。
 リストがタンクになって攻撃を受け止め、その隙に私が攻撃を加えた。あの立ち回りが最善だったはずだ。

「それに、危険だったのはリストも一緒じゃん。リストはタンクとして、何回もシルバータイガーの攻撃を受け止めてくれた。そのおかげで勝てたんだよ」

「……アラーテ……」

 リストは僅かに体を離し、至近距離で私をじっと見つめた。涙で青い瞳が濡れている。
 ち、近い! 超絶イケメンフェイスが目の前に!

「こ、こちらこそごめんね、危険なことさせちゃって。取り敢えず、お互い様ってことで手を打とうよ。一旦落ち着いて。リストに泣かれると、その、なんかやりにくい」

 ドギマギしながら私は言葉を返す。

「アラーテ……本当に優しいね。うん、分かった、切り替えるよ」

 リストは涙を拭い、私からそっと体を離した。そして私の傍、ベッドに腰を下ろす。

「あの後何があったか覚えてる?」

「うーん……あ、たしかリストがワープクリスタル使ってた気がする」

「うん。一刻も早くこの場から離脱して、セーフティエリアに移動しないとアラーテが危ないと思ったんだ。今僕たちはロミネンスの街の宿にいるよ」

「なるほど……」

 MSOの世界では、全ての場所は3つのエリアの内のどこかに分類されている。

 1つ目はセーフティエリア。
 文字通り安全なエリアであり、モンスターとは一切エンカウントせずバトルも発生しない。今私たちがいるような街や村がこれに該当する。

 2つ目はアクティブエリア。
 モンスターがアクティブに活動しているエリアであり、エンカウントやバトルが発生する。先程私たちがいたプルリア平原がこれに該当する。

 3つ目はダンジョンエリア。
 文字通りダンジョンであり、アクティブエリアよりもさらに危険な場所である。
 アクティブエリアと比較して苦戦を強いられることが多い一方、レアなアイテムや武器、防具が眠っていることも多い。

 私がダウンした状態でプルリア平原に居座っていれば、私やリストが危険に晒されていたであろうことは想像に難くない。
 貴重な、特にデータリセットを喰らった直後では極めて貴重なアイテムといえるワープクリスタルを、惜しげもなく使ってくれたリストの英断に感謝するべきだろう。

「リスト、ありがとう。私のためにワープクリスタルを使ってくれて」

「たいしたことじゃないよ。それよりも、これからのことについてしっかり話し合いたい」

 リストが真剣な表情で言った。私は背筋をぴんと伸ばし、「うん」と返す。

「あの謎の男の話は絶対に信じたくない。……でも、さっきのカマイの散り際を考えると、信じざるをえないと思ってる。僕たちがMSOの世界に閉じ込められ、HPがゼロになると本当に死んでしまうという事実を」

「……そうだね」

 カマイという名前を聞いて、記憶が鮮明に蘇った。
 カマイが消滅する直前、私たちに向けた憎悪の視線が忘れられない。

「カマイを救う方法は……なかったのかな」

「……無理だよ。あれは不慮の事故だった。そう思うしかない」

 リストは苦々しい表情で言った。

「それに、カマイみたいな人はきっと大勢いる」

「え、大勢いるってどういうこと?」

「ウィンドウの総プレイヤー数の表示を見てみて」

 私は恐る恐るウィンドウを開き、大きく息を呑んだ。

【総プレイヤー数:8184,218】

 減ってる。

 データリセットが行われた直後、数字を確認した時と比べて、1万人以上減ってる。

「な、何で? 何でこんなに減ってるの?」

「MSO内に『Z』ってSNSあるじゃん? アラーテが眠っている間、Zをチェックして情報を収集してたんだよ。さっきの僕たちみたいに、データリセット直後に本来なら戦わないようなランクのモンスターとバトルになっちゃって、敢えなく死亡した人が多いみたい。……残念だけど」

「そんな……」

 私は膝の上に置く両の拳をきつく握りしめた。
 同時に謎の男の言葉が脳裏に蘇る。
 謎の男はたしか、データリセット直後のプレイヤーの状態を『何も持っていない非力な赤ん坊の状態』と表現していた。

「……赤ん坊が生まれた直後に死ぬ場合があることを、MSOで忠実に再現したとでも言いたいの……? ふざけないでよ……」

 底知れぬ悪意を感じ、私は思わず拳で腿を叩いた。
 MSOの世界の中で死んだら、現実世界でも死んでしまうなんて理不尽な事実は信じたくない。
 でも、その事実を受け入れ始めている自分がいる。カマイの消滅を間近で見て、私の中の何かが変わってしまった。

 悲しい。苦しい。どうして。どうして、こんなことになってしまったんだ。
 いつも通り楽しく、リストとMSOを楽しんでいたはずだったのに……。

「アラーテ、大丈夫? 気持ちが落ち着くまで待とうか?」

「う、うん……大丈夫。続けて」

 私はふーっと息を吐き、気持ちを整えて言葉を返す。
 今は取り敢えずリストの話を聞くことにしよう。

「分かった。取り敢えず、HPがゼロになったら本当に死んでしまうと仮定して話を進めるよ。その場合、HPがゼロになるのは絶対に避ける必要があるよね」

「うん。MSOの中で死にたくないよ」

「HPがゼロになることを避ける方法は2つある。1つ。セーフティエリアから1歩も出ずに、助けを待つ方法。Zを見ている限り、この選択を選んだプレイヤーも多い」

「そっか、そういう選択肢も当然あるよね」
「2つ。セーフティエリアから出てパーティーを4人編成にして、安全性を向上させながらクリアを目指すこと。アラーテはどっちがいい?」

「うーん……」

 100%安全で、生き残れるのは前者だろう。
 しかし、本当にそれでいいのかな? 他人任せで、自分は安全なエリアにずっと居座るなんて、将来後悔しそうじゃない? 

 後悔は……もう、絶対にしたくない。
 苦い記憶が蘇りそうになり、私は慌ててそれを記憶の奥底に押し込んだ。

「私は、後者がいいかな。怖いけど、でもずっと他人任せはちょっと嫌。他の人に厄介ごとを押し付けるの、好きじゃないし」

 私の返答にリストは頷きを返した。

「分かった、じゃあその方針で行こう。その場合、あと2人プレイヤーを誘って、パーティーメンバーを4人にする必要があるね」

「あと2人か……HPを回復出来るヒーラーは絶対欲しいよね。絶対HPをゼロに出来ないんだから」

「そうだね。じゃあ賢者か治療者は必須ということで」

「うん。あとは遠距離攻撃が出来るアタッカーも欲しいかな。魔法使いとか魔導士とか。賢者でもいいけど。そうすればバランス良さそう」

 MSO内のパーティー編成には幾つか定跡がある。
 その中でも、近距離アタッカー、遠距離アタッカー、タンク、ヒーラーという組み合わせが最も有名な定跡だ。安定感が極めて高いことで知られている。

(たまにアタッカー×4人 の脳筋パーティーも見かけるけどね)

「僕もそう思っていて、その考えの元、アラーテが眠っている間に何人か他のプレイヤーに声をかけたんだけど、先約があるからって全部断られちゃった。いやー、皆動きが早くて参っちゃうよ」

 リストは苦笑を浮かべて言った。

「そっか……なんかごめんね、私が眠ってなかったら、私もパーティーを組んでくれるプレイヤー探しに協力出来たのに」

「謝る必要はないよ。もしアラーテが疲れてなかったら、今からパーティーを組んでくれるプレイヤーをもう一度探しに行こうと思ってるんだけど、どうかな?」

「行こう。善は急げ、っていうもんね」

 私とリストはベッドから腰を上げ、部屋から廊下に出た、その瞬間。

「お! なんかええ人そうなプレイヤー発見! はじめまして、ウチはコヤ! 早速なんやけど、ウチとパーティーを組んでくれへんかな!」

 突然背後から陽気な大阪弁が飛んできた。
 私とリストは同時に振り返る。そこには、灰色の防具を見に纏い、笑顔を浮かべた小さな少女が佇んでいた。

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