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番外編

タリカとキースと白い罠 1

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 お酒は、十八歳になってから。
 二十歳から飲酒できた日本と違い、この国でアルコール飲料を飲んでもいいのは、十八歳からだった。

 以前、女装したキースと一緒にブリアン・ウィジット博士の交流会に参加したことがある。そのとき、既に十八歳だった私はバーカウンターで甘めのお酒を注文できたけれど、私より一つ年下のキースはまだお酒が飲めず、ジュースで我慢していた。

 そのときの彼はむちゃくちゃ不機嫌そうな顔をしていたのだけれど、後になって聞いたところ、「あんたは飲めるのに俺は飲めないのが、なんだか悔しかったから」だったらしい。
 うわ、私の彼氏可愛すぎ……? と思ったけれど。言えば喧嘩になるのは明らかだったので、口には出さないでおいた。

 さてさて、私だけお酒が飲めたのも今では過去の話。

「キース、十八歳の誕生日おめでとう!」
「ありがとう、タリカ。ワインボトル片手に言われたくはなかったけれどな」
「ええっ、だってせっかくお酒を飲める年齢になったのだから、飲まなきゃ損じゃない!」
「それはそうだけど」

 先日、キースが十八歳になった。
 この世界では、誕生日は基本的に家族で祝い、翌日以降に友だちや親戚からお祝いの言葉をもらったりパーティーを開いたりすることになっている。だから誕生日当日はラトクリフ家の身内で祝い、翌日お祝いさせてもらうことにしたのだ。

 キースにはげんなりされたけれど、私はお酒を飲む前から既に気分上々だ。今日のために、飲酒初心者でも飲みやすいお酒を取り寄せてもらったんだ。

「これ、うちの使用人たちに意見を聞いて取り寄せたの。甘くて飲みやすいはずだけれど」
「そうか……って、これ、外国の名産品じゃないか! すごく高いっていう……」

 最初は私が渡したワインボトルを三白眼で見ていたキースだけど、ラベルを見ると表情を変えた。なかなか目の付け所がいいみたいだ。

「そうなの。でもすごくおいしいらしいから、お小遣いを叩いて買った甲斐がありそうね」
「……これ、あんたの金で買ったのか?」
「当たり前でしょう」

 私の金、といっても領地からの収入だったりキースのお手伝いで少しもらったりする程度だから、自分で稼いだお金というのもおこがましいけれど……少なくとも、お父様におねだりをしたりはしなかった。

 キースはしばらくの間難しい顔で黙っていたけれど、やがて「そうか……」とどこか感慨深そうに呟いた。

「それなら、味わって飲まないとな。何かつまみでも準備するよ」
「抜かりはないわ。……マリィ!」
「はい! スモークチーズ、クリーム、ビスケット、生ハム! 各種取りそろえております!」

 マリィがさっと差し出した籠の中には、おつまみも準備万端。

「食器だけ借りられたら十分よ」
「……分かった。ジゼル、頼む」

 最初はぽかんとしていたキースも苦笑し、「参った」のジェスチャーをしたのだった。













 いつもお茶をするアトリエのテーブルを片付け、食器を並べる。といってもお酒を注ぐ用のワイングラスとおつまみを並べるための大皿、フォークとスプーンだけで十分だ。

「誕生日はやっぱり、ご家族でお酒を飲んだの?」

 手慣れているマリィが栓を開けてレモン色の中身をグラスに注ぐ傍らで尋ねると、向かいに座るキースは頷いた。

「兄上が秘蔵の酒を出してくれてな。赤ワインだったからかちょっと酸っぱかったが、クリームチーズを一緒に食べるとちょうどいい加減になった」
「そっか。……キースも大人になったのね」
「……婆臭いセリフだな」
「ほっといて!」

 まあ確かに、外見は十八歳だけど中身は二十代後半ですからね! 婆臭くて悪かったですね!

 マリィはワインを注ぐと、ボトルを置いて壁際に後退した。
 私たちはグラスを持ち上げ、チン、と慣らせる。

「改めて……お誕生日おめでとう、キース」
「ありがとう」

 グラス越しに微笑みあい、くいっと中身を呷る。
 おお……これは、思っていた以上に甘いな。白ワインだから赤よりは飲みやすいとは思っていたけれど、口当たりがまろやかで甘い。グイグイいきすぎないように注意しないとね。

 先日キースが飲んだのは赤ワインだからか、彼は最初警戒しつつちょびっと口に含んだ。でもその甘さに気づいたようで目を丸くし、後は一気に飲んでしまった。
 おや、けっこういける口かな?

「キースのご家族って、お酒に強そう?」
「どちらかというと強いな。父上も母上もどんどん飲まれるし、兄上も自分用のワイナリーを持っているくらいだ。あと、あまり顔に出ないようで、いくら飲んでも赤くならないのもうちの家系の特徴らしい」

 ……おや、彼にしては饒舌だ。まだ一杯目だけど、もう効果が出ているのかな?
 両親やお兄さんが強い方なら、キースも全くの下戸ではないだろう。

「もう一杯いく?」
「そうだな。もらおう」

 せっかくだから私がお酌をすると、キースは嬉しそうにふわっと笑った。うわー、キースもこんな風に笑うんだ。レアかも。









 その後、私たちはおしゃべりをしつつおつまみを挟みつつ、ワインを堪能した。

 ……したのだけれど。

「……えーっと、キース。もう結構酔っていない?」
「酔っていない」

 返事は、私のすぐ隣から返ってきた。
 最初は向かい合って飲んでいたはずなのに、いつの間にかキースが隣に移動していた。そして今や、隙間がないくらいぴったりと寄り添っている――いや、寄り添うと言うよりこれはもはや、くっついている?

 さっき自分でもご家族のことを言っていたように、かなり飲んだはずなのにキースの頬は白いままだ。でも、だんだんろれつが回らなくなっているし、目がとろんとしているし……ああ、これはもうやめさせるべきだな。

「いや、それは酔っぱらいの常套句だから。それじゃあこれでもうおしまいね。残りは私が飲むわ」
「俺は酔っていない。まだいける」
「だーめ。アルコール度数は低い方だけれど、最初からがぶがぶ飲むものじゃないの」
「……年上ぶって」
「実際年上だもの。ほら、グラスも没収でーす!」
「ああ……ちえっ」

 彼の手からひょいっとグラスを取り上げ、ジゼルに渡す。ついでに彼女には冷たい水を持って来るよう頼み、マリィには空いた皿を下げさせた。

「ほらほら、酔っぱらいさんはお席に戻りましょうねー」
「断る。俺は酔っぱらいじゃない」
「我が儘言うんじゃありません」
「タリカの隣がいい」

 ……。
 ……お、おお。これはちょっと不意打ちだった。

 お酒が入っているからか、今のキースはいつもよりおしゃべりだし、素直だ。元々ツン多めのツンデレだけれど、気が緩んでいるからかデレが増量になっている。

 ……私の中で、好奇心がもぞりと身じろぎした。
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