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保健室で聞かされた彼女の話は

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 案内されたのは、同じ三階にある図書室だった。扉から見て三つ縦に並んだ机。こちらからみて一番奥に四十代くらいの男性が座っている。
「県警捜査一課の山本警部です。東雲塔子さんだね」
 スリーピースの黒ジャケットにガッチリ決まったオールバックの男はそう名乗った。そして、滝田さんとは違い随分高圧的な口調で言った。
「君は今朝、島谷校長と降矢先生の遺体を目撃したと聞いている。その時の事を話してくれたまえ」
 対して私は見たまんま内容を伝えた。それに彼は軽く頷いて次の話題に移る。
 その後、今度は校長とフル先の人となりや印象などを尋ねられた。特に校長についてはパパ活の件もあるのだろう、噂でも何でもいいので何か情報は無いかとしきりに聞いてくる。
 その様子から、麻衣は私に話をしたことを言っていないと感じたので、一切知りませんで切り抜ける事にした。滝田さんの様にフランクさもなければ、私に必要以上の情報も与えてくれない。余り長く話してて愉快な相手じゃなさそうだからだ。
 それから昨夜の二十二時から二十四時頃までどこにいたのかを尋ねられた。恐らくその時間に二人が亡くなったと見られるのだろう。
 当然ながら私はその時間自宅にいた。そして二十三時半頃には就寝したのでその旨答える。山本警部はそれに対して特に目立った反応もしなかった。そして最後にエリナの件について少し聞かれると、
「ご苦労様。ご協力ありがとうございました。一応連絡先だけ教えて貰って後は帰っていいよ」
 と木で鼻を括る様な口調で言われた。私は「はい」と答えて図書室を後にする。
 結果としては余り意味のない時間を過ごしたなという感覚だ。滝田さんの様に様々な情報を与えてくれた時とは雲泥の差。でも、あれが特殊だったのかもしれない。目撃者とはいえ一民間人に情報を与える理由は本来ない。
 ただ、今しがたのやり取りから考えるに少なくとも山本警部はエリナの件を余り重視していないようだった。
 そんな事を想いながら、教室に戻る。もう既に誰もいなかった。
 私は机にかけてある鞄を手に持ちふと窓の外を見る。そうだ、あの時もこんな感じでそちらに目をやったのだ。すると窓の外。ふっと影が差したような気がした。
「え?」
 思わず声を上げてしまう。その影は上から下に落ちた様に見えた。そう、まさしくあの時、エリナの転落を目撃してしまった時と同じような感覚。
(まさか、また誰か落ちたって言うの?)
 一瞬思考がりながらも恐る恐る外を見る。すると、そこに異常は見られなかった。
 校長とフル先が転落した辺りにテントが張られ、その下で警察官が何やら作業をしている。でも、それだけだ。まさか、そこに人が落ちれば気づかない筈がない。
 やはり自分は少し疲れているのだろうか。
 ありさも言っていたが、私だって先週から含めて三人の死体を見てしまっている。まともである方が無理なのかもしれない。
 そこで帰る前にしおり先生の所に行って少し相談してみようと想った。そのまま保健室へ向かい扉を開けると彼女は机に向かって何か書き物をしていたので声を掛ける。
「先生、あの、ちょっといいですか?」
「ん? ああ、東雲さんどうかしたの?」
 いつも身綺麗にしている熊谷先生だが、今日に限ってはその顔色も冴えない。目の下にはクマも浮き出ていて疲れが色濃く出ている。
「その……私、少しおかしいのかもしれなくって」
「身体の調子がってこと?」
「その、身体は大丈夫なんですけど。何か変なものを視ちゃったって言うか」
 説明しようとしたが面と向かってとなると中々言葉が出にくい。
「何? 変なものって具体的にいうと?」
 私は口ごもりながら、彼女に先ほど自分が見たものを話す。いや、あれを見たのは先ほどが初めてではない。確かあの日、エリナ転落の後、滝田さんと話をした時も同じ感覚を味わった。
「うーん。そうね、私は専門じゃないから、何とも言えないけど、とてもショックな光景をみたり体験をした場合のいわゆるPTSDによるフラッシュバックという奴かもね」
「やっぱりそうなんですかね。私、どうしたらいいんでしょう」
「あまり続くようなら、専門で診て貰った方がいいかもしれないね。えっと、この地域なら月ヶ瀬総合病院にメンタルヘルスの担当課があったと想うんだけど」
「ああ、そうなんですね。月ヶ瀬病院は私の母が看護師として勤めているのでよく知ってます」
「ああ、そうなのね。ならば、お母様に相談してみるのいいかもね。ほら、こういうのって身内でも言い出せないっていう事があったりするからさ」
「わかりました。もう少し様子を見てみます……」と言った後、その流れで私はある事に思い当至った。この流れなら気になっていた事の回答を貰えるかもしれないと想ったのだ。
「あの、月ヶ瀬のメンタルヘルスってエリナも通院してたんですよね」
 私の問いに熊谷先生は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに答えてくれた。
「ああ、なんだ。知ってたんだね」
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