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第12章 Moving Voice
3.
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「家電も母ちゃんやばあちゃんの携帯にも繋がらない。LINEも既読にならないし」
棗くんが運転するアウディの中、後部座席に座るあたしの横で、裕貴くんが泣きそうな声を出した。
「裕貴、親父や姉ちゃんはどうだ?」
須王の声に、裕貴くんはすぐに答えた。
「連絡はしたけど、あのふたりはすぐに返答はこないんだよ。つーか、連絡来ていたら真っ先に俺にも連絡寄越すよ」
連絡――。
その連絡はどんな類いのものなのか、考えたくない。
「でもね、裕貴くんの家でなにかあったとは限らないわ。家の中というわけではないんでしょう? あの逆探知」
棗くんが右折しながら答える。
「そうね。半径200mってとこかしら」
……それ、かなり性能がいいということ?
それでも100%の精度とは限らない。
もしかすると、裕貴くんの家の前の道路から電話を掛けたのかも知れないし。
途中女帝からLINEで、小林さんとのショッピングが渋滞に巻き込まれてしまったと連絡がきたため、あたしは、変な電話がかかってきて、裕貴くんの家の安全を確かめにいくとだけ簡潔に書いた。
棗くんのドライブテクニックのおかげで、都内の裏道をぎゅんぎゅんきゅるきゅると移動する高級外車は、思った以上に早く裕貴くんの家に着いた。
よくドラマなどで見る、黄色いKEEP OUTのテープがかかっていたりパトカーや救急車はとまっておらず、人気もなかったため、まずは安心しながら裕貴くんのお宅にお邪魔する。
だが――。
ふわりと匂うのは、柘榴の香り。
棗くんが追うAOPで、なにか記憶操作がなされたり、遥くんのように血の臭いを消されたりしたのだろうか。
決して気を許せない、この甘い香り漂う家の中に、不届き者がまだいるかもしれないと、目を光らせる棗くんは太股に手を添え、須王はジャケットの内側に手を入れてあたりを伺っている。
そこになにが入っているのかなど、野暮なことは聞かない。
銃かも知れないしナイフのような武器かもしれない。
問題なのはそこではなく、彼らがいまだそれらを手にしなければいけない状況だということで、中に入ろうとした裕貴くんの襟首を掴んだ須王の頷きで、棗くんがその長いおみ足でリビングへのドアを蹴り飛ばす。
しかしそこには誰もおらず、勿論カーペットの上に不審なものもない。
前にお邪魔した時と同じ、整然としたリビングで、それが一層不気味に思えたらしい裕貴くんは、悲痛さを滲ませる声で家族を呼ぶ。
「母さん、ばあちゃん!?」
――その時、物音がした。
息を飲む中、音はリビングに近づいてくる。
あたしと裕貴くんは須王と棗くんの後ろに立たせられ、ふたりの空気が最高に鋭くなったところで、棗くんのスカートが捲り上げられ、ガータベルトにあるかなり小型の銃を、須王は折りたたみ式のごついアーミーナイフを取り出し、片手で開いて横に持った。
そして現われた人物の頭に、ふたりが両側から武器を突きつけた。
それは――。
「姉貴!?」
白いシルクのパジャマ姿の髪の長い女性で、目の前にある物騒なものを見て仰け反った。
イケメン裕貴くんのお姉さんは、どこか裕貴くんの雰囲気を持ちながら、やはり整った顔立ちをしている美女だった。
「なに、なによこれ」
あたしと同い年のはずだが、漂う色香が違う。
須王と棗くんが瞬時に武器をしまうと共に、あたしは棗くんが片足を伸ばしてお姉さんの足をひっかけるのを見た。
そして棗くんが須王が目で合図を送ると、須王は片手を伸ばして彼女を抱き留め、にっこりと美しい微笑を顔に湛えて言った。
「弟さんをお世話をしています、早瀬須王と言います」
こんな時でも王様は、裕貴くんにお世話になっているとはお世辞でも口にせず、そして確か……須王ファンだったはずのお姉さんは、案の定、ぼっと顔を赤くした。
……これは、家族揃って同じ反応だ。
そのあからさまな好意を受取りながら。なぜか抱き留めたままの須王に、ちりちりとしたものを胸の奥に感じるあたしだったが、そこが問題ではない。
「姉貴、母さんとばあちゃんは!?」
すると彼女は答えた。
「ああ、いつものばあちゃんの病院への付き添いよ。折角の休みなのに、寝ている私を起こして出かけたわ」
「病院!? だから携帯の電源切っているの!?」
元々ふたりはこの家にいなかったというのなら。
「だったら姉貴、この家に誰か来た!?」
「ええ、来たわね」
彼女は即座に答える。
「誰だよ!」
「さっちゃん」
あたし達は顔を見合わせた。
「さっちゃんが来て、いつもの浄化だかをして帰ったよ」
さっちゃん――須王のお母さんがまたここに来たの?
「その時、なにか音楽を流してましたか?」
須王の問いに、ぽっとなりながらお姉さんは答える。
「そんなものはなにも。だけど……外で、音楽をガンガン鳴らした車が停まっていたので。迷惑車ですよ」
棗くんが神妙な顔をして尋ねた。
「その音楽って覚えてますか?」
「え、それは記憶ないです。初めて聞くもので」
途端、須王が静かに口ずさむ。
彼の記憶にあり、電話口から流れていた曲を。
だけどあれ?
こんな曲だったっけ?
一度聞いたら忘れないあたしだけれど、記憶が曖昧なのは柘榴の香りのせいだろうか。
「ああ、それです、それ」
お姉さんは即座に肯定した。
音楽に素人のお姉さんが覚えることが出来て、あたしに覚えられないというのはなんとも情けない。
「なんですか、早瀬さんの曲なんですか?」
……有名でもない、マイナーすぎるそんな曲を流している車がいたというのなら、それは意図的だろう。
それは、わざわざあたし達に聞かせるために用意した車だったのだろうか。
そしてそれをさっちゃんが指摘したことと、そして逆探知がこの家を示したところを思えば、やはりさっちゃんの仕業だとしか思えない。
でもどうしてあたしのスマホに?
その時、あたしの脳裏にふっと過去の記憶が横切った。
「あ……」
「どうしたんだ、柚?」
心配そうな裕貴くんの声を受けながら、あたしは言った。
「あたし、さっちゃんに名刺を渡していたんだ……」
そう、あたしの携帯に電話して下さいと付け加えて。
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