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1巻
1-2
しおりを挟む「俺っちに電話がかかってきたのは、ジャングルに向かうために空港に着いた瞬間でした」
「ごめんごめん、宮部くん」
二十三歳の宮部賢一は、学生時代からプログラムのコンテストで入賞を繰り返していた、実力派の若手だ。一番こき使われていた彼だから、どこかのネジが緩んでしまったのだろう。ジャングルに行こうとしていたらしいが、首からぶら下げている虫かごになにを入れる気だったのか、一楓にはわからない。
他のプログラマー二名も、はっきりと言わないが不満そうな顔をしている。
一楓はチームのメンバーに向かって、思い切り頭を下げた。
「みなさん、本当にごめんなさい!」
彼らは、瀬名が選んだ腕利きのプログラマーである。どんな不可能なことでも可能にする瀬名に魅了され、不満を抱えながらも結局、瀬名の命令に従う。
そんな従順な社員たちなのに、瀬名はみんなを社長室に入れようとしない。社長室への出入りが認められているのは、一楓だけだ。それは瀬名がひとの技術を信じていても、人間性を信じていないからなのではないかと、一楓は思っている。
(社長を慕う部下はたくさんいるのに、それは寂しいことなんじゃないかな……)
そこでコンコンとノックの音が響き、瀬名がミーティングルームに入ってきた。一楓に不満をぶつけていた部下たちは姿勢を正し、顔をひきしめる。
瀬名は一同を見回し、口を開いた。
「休暇中だったのにすみません。みんなも知っての通り、イデアシンヴレスはもう少しで創立五周年。まずまずの経営状況だが、僕としては、もっと我が社の実績として評価される大きな仕事が欲しい。そのため、帝都グループ協同組合のシステムを、大至急作り上げることにした」
帝都グループの名前が出て、部下たちはどよめいた。瀬名は彼らに頷きかけ、話を続ける。
「システムの構築は素早く正確におこない、検証に時間を取りたいと思っている。そこでこの仕事は、我が社の精鋭であるみなさんに頼みたい。このシステムを納品したら、今回消化予定だった有給休暇プラス二週間の休みとボーナスをつける。どうかここを乗り切ってほしい」
瀬名が頭を下げると、部下たちはさっきまで不満を漏らしていたとは思えないほど、あっさり頷いた。
それを満足げに見て「ありがとう」と礼を述べ、瀬名は一楓に声をかける。
「設楽、説明を」
「はい」
一楓は立ち上がり、昨日ほぼ寝ないで作った資料を部下に渡して回った。それから、仕事の概要を説明し、すでに瀬名と綿密に打ち合わせた工程や割り振りを発表する。
「今回の仕事は帝都グループの社員、約三万が組合員の保険事業システムの構築です。専用線で繋いでいた専用端末をやめ、サーバーを導入。各PCからブラウザ上での入力及び閲覧を可能にします。以前作った保険システムの改良版を作る形となりますが、根幹の変更部分は社長にお願いしています。追加修正が必要なプログラムは資料の通り。各自担当を確認してください。それと……」
資料に目を通しながら書き込みをする部下たちを見て、一楓は一度言葉を切る。
「社長もおっしゃられていましたが、今回はシステムの検証に時間を費やしたいと思っています。納品は六日後、金曜日。システム開発に三日、検証に残り三日を使う予定です。その次の月曜日に請求処理があるそうなので、そこに間に合わせます。以上です、質問は?」
過酷な日程にメンバーがざわつく中、宮部が手を上げた。
「各PCで使用できるようにするとなれば、安全性や処理速度に心配があります。通常のユーザ認証やパスワード認証だけでは、悪意ある第三者に乗っ取られる可能性があるのでは?」
それに答えたのは、腕組みをしていた瀬名だ。
「ああ。だから僕がセキュリティプログラムを作る。僕が作るんだから大丈夫」
自信満々な俺様発言に、一楓はため息をつく。しかし瀬名に絶大な信頼を寄せる部下たちは、それだけで納得したようだ。
瀬名の言葉を部下が信じるのは、彼にはひとを圧倒するほどのやる気と、無理を押し通す実力があるからだ。さらには、問答無用で部下をまとめ上げる絶対的カリスマ性まである。
そのおかげで、イデアシンヴレスが2Kのブラック企業だとわかっていながらも、社員は訴えるどころか、暴君のために身を粉にするのだ。
(もうホント、瀬名様ワールド)
自分もそのひとりだと自覚しつつも、一楓は心の中でため息をつく。
しかし、これだけ瀬名を妄信する部下が集まっているにもかかわらず、不思議なことに彼を異性として求める女の影はない。実際この四年間、彼は女の影をまったく感じさせず、ずっと仕事をしている。
自分が作った会社を成功させるために女を切り捨てているのだろうか。それとも、学生時代にたくさんの女たちを食らいつくして、食傷気味なのか。
今、彼が許容している女性は、仕事の関係者のみ。しかも、彼に恋心を抱くことはなさそうな女性ばかりだ。
そこまで考えて、一楓の胸はなぜかスッと冷たくなる。
瀬名が自分を仕事のパートナーにしたのは、高校時代に体を重ねたことをなかったことにしているから。そして一楓が今後も彼を男として意識したり、恋心を抱いたりしないと踏んでいるからだろう。
胸にモヤッとしたものが広がる。同時に、瀬名の声が頭の中でよみがえった。
『一楓、可愛いね。こんなにとろとろにさせて、イクの何度目?』
一楓が情事の記憶すべてを消し去りたいと思っているように、瀬名もこんな女と関係を持ってしまったことは黒歴史だと思っているのだろう。
『わかる? 僕が、きみの中にいること。ああ、最高だ……』
あるいは――処女を摘まみ食いするのは、瀬名にとっては思い出すこともないほどありふれた日常だったのか。
『きみを抱こうと思う変わり者が、この先に僕以外に現れると思ってるの?』
その言葉に呪いをかけられたかのように、一楓に近づこうとする男はいない。……仮に誰かに弱みを握られ、瀬名と同じ条件を出されても、もう二度とごめんだ。
『はっ、あ、一楓、い……ちか……っ』
上擦った官能的な声。濡れてとろけた濃藍色の瞳。汗ばんで紅潮した、熱い肌。匂い立つ、男の香り――
そこで一楓はハッとして、太股に爪を立てる。
(ダメダメ、思い出すんじゃないの!)
女を優しく抱くのは、チャラ男の常套手段。女をその気にさせるための睦言を真に受けるほど、自分は馬鹿ではない。そのはずなのに、時折体が熱く疼いてしまう。
(消えろ消えろ消えろ消えろ……)
あやまちの元凶となったBLマンガは、あの後すべて押し入れに封印した。
それにもかかわらず、どうしてあの日の思い出はよみがえってしまうのか――
そこで瀬名は一同を見回すと、話を切り上げた。
「質問は以上でいいね? では、各自お願いします。設楽はこの後、社長室に来て」
「はい、わかりました」
一楓は気合いを入れ直して、瀬名と共にミーティングルームを後にした。
社長室は広く、やや殺風景に思えるほどシンプルに整えられ、黒一色でまとめられている。
(ブラック企業のボスの居城は、いつ見ても黒いわね)
その空間は、絶えず電話が鳴り続ける、現場と変わらぬ戦場でもあった。
電話はどれも、社員たちから判断を求めるもの。瀬名は社長室に入るやいなや電話を取ると、肩に挟んで応答しながら、執務机にあるふたつのパソコン用のキーボードを操る。
瀬名は一度電話を切ったが、また電話が鳴った。それを素早く取ると、壁にかけられた液晶に映るプログラミングを見つめ、解決策を指示する。
その処理能力の高さに、一楓は舌を巻く。随分と頑張って、畑違いだったプログラムやITの世界を勉強してきた。だが、瀬名の仕事ぶりは、努力型の凡人である自分には逆立ちしたって真似できない。
彼はイデアシンヴレスの頭脳だ。一楓がいなくても会社は回るが、瀬名がいなければ回らない。実力の差と社員からの期待度の差は、努力では縮めることができないのだ。
それを実感している一楓は、応接ソファに座ってため息をつく。ふと、足元に埃が溜まっていることに気がついた。
社長室を一度出て清掃用のモップや雑巾を持ってくると、瀬名の電話が終わるのを待ちながら室内の掃除をはじめた。応接スペースの掃除を終え、今度は執務机の周囲に手をつける。瀬名は電話を耳に当てたまま、一楓の邪魔にならないようにスッと移動した。
一楓が机の上を見ると、雑誌が開いたままになっている。
そのページには、世界のIT権威者が集う国際フォーラムについて特集されていた。そのフォーラムは来週の日曜日に東京で開催され、世界中のITコンテストの入賞者が招待されるらしい。
そういえば、IT系のコンテストについて、瀬名は以前ぼやいていた。
『去年参加者を募っていた新設のコンテストがあるんだけど、参加してみたかった。応募締め切り時に創立五年以上という規定があって、イデアシンヴレスではまだ一年足りなかったんだよね。もしこれで入賞できれば、創立五年の節目に箔がついたのに』
なぜか彼は、昔から創立五年というものにこだわっている。一楓は祝賀会でも開催すればいいと思うのだが、仕事で思い出作りをしようと考えるあたり、瀬名は仕事中毒と言えるのかもしれない。学生時代は遊び人と噂されていたことが、嘘のようだ。
(それでこそ、わたしが頑張ってついていきたいと思える社長だけれど……)
一楓は微笑みながら、雑誌を閉じて机を拭いた。
十数分後、瀬名はやっと電話を終え、社長室に静寂が訪れた。それから彼は黒革のソファに足を組んでゆったりと座ると、向かいで縮こまる一楓を穏やかに眺める。
「四年経つのに、まだこの部屋に慣れない?」
どうやら彼は、一楓の様子を『社長室にいると緊張する』と捉えているらしい。しかし一楓が萎縮しているのは、単に社長室だからではない。
静かになった彼の牙城では、なぜか一楓を見る瀬名の眼差しが甘くなるからだ。それまでどんなに仕事命の厳しい瞳であっても、途端に柔らかく優しい雰囲気になる。
その眼差しにいたたまれなくなるから――などと言うことはできず、一楓は彼の勘違いに便乗した。
「慣れませんよ。ここは聖域というか、恐れ多い空間なので」
「あははは。きみはぽんぽんと僕に言い返すじゃないか。別に神聖視なんてしていないくせに」
文句にも聞こえる言葉を流して、一楓は話題を変える。
「あの、社長。社長室に自由に出入りできる社員を、増やしたらどうですか? うちの社員はみんな、社長を心から慕っていますから、信頼して大丈夫だと思います。全体を統括できる社員を、この部屋に入れるべきです。もし今いる社員だと力不足だというなら、新しく雇ってもいいのではないですか?」
「どうして? 僕にはきみがいるじゃないか」
「いや、でもわたしは、社長がこの部屋で何人もの相手をされていても、まるで手伝えないじゃないですか。だったら、社長の手足として動けるひとを……」
「……いい加減、その言葉遣いやめてくれないか?」
突然、瀬名は目を細めて一楓の言葉を遮り、不愉快そうに言った。
「他にひとがいる時ならともかく、ふたりきりになっても、きみがそんなにあらたまった口調だと、自分がとても老けたように感じるよ。僕、きみと同い年なんだけれど」
「駄目です。わたしは雇われている身なんですよ。話を戻しますが、わたしはITに関して社長についていけず、せっかくこの部屋に入れていただいても、役に立つことができていません。ひとを雇ってください。ひとりでそんなに色々なものを抱えて走り続けたら、いつか体を壊して……」
「あのさ、委員長」
瀬名はわざとらしく昔のあだ名を口にして、またも一楓の話を遮る。
「確かに僕は走り続けてきた。そうしているうちに、三週間後には創立五周年だ。この五周年という節目は、僕にとって大きな意味がある。この五年間、僕は利益と会社拡大のために、私情を抑え込んで奔走してきた。きみに鬼だの悪魔だのと言われても、本当によく我慢して会社に尽くしたと思う。僕からすれば、僕は社員の誰よりも社畜だ」
「はあ……」
(突然の仕事中毒自慢をはじめて、なにが言いたいの? 褒めてもらいたいの?)
瀬名の真意を推し量ることができず、一楓は眉間に皺を寄せる。
すると瀬名はため息をつき、前髪を掻き上げながら詰るように言った。
「だからさ……僕が全神経を仕事に集中させてきたから、きみは自由でいられたんだよ?」
彼の切れ長の目が鋭く光った気がして、一楓はぞくりと震える。しかしその言葉の意味を考え、首を傾げた。
(……それって、わたしが無能なことを社長が我慢してその分働いてきたから、わたしは自由でいられたって言いたいの? いやいや、社長にこき使われて、わたしもこの四年一緒に全力疾走してきたし。そりゃあ天才には及ばないけど。わたしだって死に物狂いで努力してきたこと、気づかなかったわけ!?)
一楓は口を尖らせて物申す。
「自由、ですか? わたしだって、休み返上で働いてきました。ええ、遊ぶ間もなく、遊ぶ相手もなく。久しぶりの休みに家で寝ていたくても、買い物に行きたくても、あなたに呼び出されて会社に来ていましたよね?」
「きみの体は拘束したが、きみの心は拘束していない。拘束していたら、今頃きみは、ひとりでいたいとは思わなくなる。いや、いられなくなる」
謎めいた色香を漂わせて、瀬名は続ける。
「それに、僕だってなんの目的もなく社畜になったつもりはない。平日も休日も、きみに遊ぶ相手がいなくても、僕はそばにいた。この四年、きみのそばにずっといたのは僕だけだ。……わかる? この意味」
彼の眼差しと声音は、どんどん甘くなる。その意味がわからず、一楓はまたも首を傾げる。
「まあ、最高責任者である社長も、わたしと一緒にずっと会社で仕事をしていて、休みなしですよね。確かに大変だわ。……そうか。休みたいんですね?」
一楓はハッとすると、ポケットから瀬名のスケジュール帳を取り出す。
「急ぎの協同組合のシステムが終われば……再来週ですと……」
「違う。そういう意味じゃない。仕事に関してはすぐに僕の心を察してくれるのに、なんでそんな結論になるんだよ……」
「え?」
一楓はきょとんとして、こめかみに指を当てる瀬名を見た。
「……手帳はしまって。はぁ……これだけあからさまに僕から贔屓を受けているのに、むかつくくらい通じてない」
瀬名は目頭を揉んで疲れた声で言う。しかし、その言葉は聞き捨てならない。
「贔屓? どのあたりが? ずっとこき使われてきて、これからまた過酷な仕事をしないといけないのに?」
「……きみだけが自由に社長室に入れることを、どう思っている?」
「高校時代からのよしみで、一番付き合いが長くて気が置けない相手だからでしょう。そのせいでわたしはこき使われていて……」
「僕がきみだけを連れて歩くことは?」
「秘書みたいなもので……」
「きみの家まで僕が車で送り届けることは? きみが好きなスイーツを買ってきてあげることは?」
そう言われてみれば、そんなこともある。しかしそれはただのご機嫌取りではないのか。
「わたしがやめないように、時々アメをくださっているのでは……? 特にこの部屋に入れる秘書のポジションは、わたししかいませんし」
その瞬間、瀬名が爆ぜる。
「秘書が欲しいなら、とっくに秘書を雇っているよ!」
「な、なんで怒られないといけないんでしょう?」
一楓は驚き、彼の迫力に背を反らしながら尋ねた。すると瀬名はため息をついて彼女の胸を指さす。
「薄々思ってはいたが、四年も僕のそばにいたのに、きみのココはまったく成長がないね」
「そ、それは、貧乳ということで?」
「違う! きみの胸はもうたっぷりあるじゃないか! 心の話だよ!」
ものすごい剣幕の瀬名に、一楓は気圧されてしまう。
「は、はあ」
「きみは……僕のことをどう思っている?」
突然、切なげな目を向けられ、社長室からふっと音が消えたような気がした。
一楓はその質問にまっすぐ答える。
「――瀬名グループ総帥のご子息で、元生徒会長で、元同級生で、父の恩人で、社長……ですが?」
その答えに、瀬名は美しい顔をわずかに歪め、表情を曇らせた。しかし一楓は、間違ったことを言っていないはずだ。
「え、どこか間違ってます? 他にもなにかありましたっけ?」
「……正解だよ。悔しいくらいに正解だ」
瀬名は拗ねたように横を向いてしまう。なぜ正解したのに彼が不機嫌になったのかわからず、一楓の頭の中はハテナマークだらけになる。
「――いまだ僕は、男ではない、か。きついな……」
瀬名がなにか呟いたが、よく聞こえずに聞き返す。
「今、なにかおっしゃいました?」
「いや……」
そこで一楓は、ハッと今朝のことを思い出した。これについては、瀬名を問い詰めないといけないと思っていたのだ。
「そういえば、社長。今日出社途中に、ガンちゃんに声をかけられたんですよ。覚えてます? 高校で同じクラスだった、岩本典枝。同窓会の幹事をしてるらしいんです」
岩本典枝はショートカットに眼鏡をかけた、社交的な子だ。異性からも同性からも好かれる、面白い同級生だった。
カメラ小僧ならぬカメラ小娘で、一眼レフのカメラを首から提げて、瀬名を追い回していた気がする。学校の王子だった彼の写真は需要が高かったのだ。しかも新聞部に所属していた彼女に、知らない情報はないと言われていた。
「彼女、今は新聞記者をしているそうです。ガンちゃんについて、なにか思い当たることはありません?」
「さあね。なにもないけど」
瀬名は一楓と目を合わせず、どうでもよさそうに返事をした。一楓は彼に白い目を向ける。
「社長。入社当初わたしが携帯を水没させて今のスマホに変えた時、ガンちゃんにわたしの新しい電話番号を伝えてくれるとおっしゃいましたよね。でも、ガンちゃんは聞いてないと言っていました。わたしの連絡先は誰も知らない状態で、行方不明扱いだったと!」
そこまで言っても、瀬名は知らんぷりだ。一楓は詰るように声を大きくする。
「しかも! あの情報通のガンちゃんが、わたしがあなたの会社に勤めていることも知らないって、おかしくないですか! ガンちゃんは社長に、わたしの消息を知っていたら教えてほしいと声をかけていたって言ってましたよ!」
すると瀬名は、面倒臭そうに答える。
「ああ、昔そういうことがあったかもね。仕事に忙殺されて連絡を忘れてしまったな。きみもわかるだろう、仕事の大変さは。メールをチェックしている余裕もないことくらい」
「ええ、わかります。わかりますが……ガンちゃんは、今月に入って何度も、しかも昨日も、社長と電話で直接話したって言っていましたよ?」
一楓はじとりと目を向けるが、瀬名は横を向いたままだ。
「そうだったかな? 用件も忘れるほど些細なことで、すぐ切ったから」
「用件は、次の金曜日に開かれる、同窓会のお誘いだったそうです」
「へぇ」
瀬名の白々しい反応に、一楓は語気を強める。
「ガンちゃんは、同窓会のたびに社長に連絡していたと言っていました。ちなみにわたしは、社会人になってから同窓会が開催されていることは、一度たりとも、社長から聞いていませんが!」
彼は不愉快そうに顔を歪めると、ようやく一楓に向き直った。
「つまりきみは、同窓会に行きたいわけか?」
「行きたいっていうか……」
「じゃあ、行きたくない?」
「べ、別に行きたくないわけでも……」
はっきりしない一楓に、瀬名は苛立ったように目を細める。
「……あのさ。この忙しい時期に、同窓会なんて行けると思うの? わかる? 次の金曜日ってことは……協同組合のシステムの納品日だ。場合によっては、夜遅くまでかかる」
「……はい」
(それとその日、わたしの誕生日なんだよね……)
しかし瀬名は、社員の誕生日なんて知らないだろう。
「しかし社長。行けないにしても、誘いも来なくなるのは寂しいというか……」
「それは、きみの自己満足だろう? 僕は同窓会に行かない。まさかきみが、仕事中の社長を置いて同窓会に参加するはずはないだろうとは思うけど」
確かに、瀬名が仕事で忙しくて同窓会に行かないのに、自分だけ行くのは気が引ける。一楓の性格上、気にせず同窓会に参加することはないだろう。
「……それは、そうかもしれません……」
「だったら話は簡単だ。暇人だけが、遊んでいればいい。僕たちには関係ない。それより……岩本に連絡先を教えてしまったの?」
うかがうようにそんなことを聞かれて、一楓はなにを当然のことをと呆れた。
「はい」
「結局、行きたいんじゃないか」
「そういうことでは……」
「……会いたいんだろう、あいつに」
あいつとは誰のことか、と一楓は首を傾げる。瀬名は不機嫌そうに小さく舌打ちをすると、ちょいちょいと手招きした。
一楓はなんなんだと思いながら立ち上がり、瀬名の隣に立つ。
すると瀬名は、ぽんぽんと自身の隣を叩いた。隣に座れと言いたいらしい。
「なんでしょうか」
一楓は彼の隣に座って、首を傾げる。
瀬名は突然、ゆらりと体を倒した。そして、一楓の膝の上に頭をのせる。これはいわゆる――膝枕だ。しかもなぜか、一楓の体の方に顔を向けている。
「あ、あの……?」
「きみがうるさいから、疲れた」
タイトスカートに包まれた太股に、瀬名の吐き出す熱い息がかかり、一楓は体を強張らせた。
「ね、寝るなら仮眠室で……」
「きみの膝の上がいい」
瀬名は両手を一楓の腰に回すと、身じろぎをして頭の位置をずらす。その瞬間、一楓の体にぞわりと妙な感覚が走った。
「ひゃんっ」
服越しとはいえ、足の付け根に顔を寄せられ、一楓は思わずおかしな声をあげてしまう。
すると瀬名は涼やかな濃藍色の瞳を向けてきた。
「なに?」
答えることができず、一楓は彼から目をそらして誤魔化そうとする。
「な、なんでも……」
しかし瀬名は誤魔化されてくれない。小さく笑うと、一楓の下腹部に手のひらを押し当てる。
「きみは枕なんだから、動かないでよ」
彼の声はどこか甘い。瀬名はタイトスカートの上から、彼女の下腹部に唇を寄せた。
その瞬間、過去の情事を思い出し、体が火照ってしまう。
「ちょっ」
焦った一楓は瀬名の肩を両手で押すが、彼はびくともしない。それどころか、一楓の腰をぎゅっと抱き寄せ、さらに密着してくる。
「しゃ、社長! 悪ふざけはよしてください! そんなところ、だめっ」
一楓が足をもじもじさせながら悲鳴を上げると、瀬名はいたずらっぽい目で意地悪く尋ねた。
「そんなところって?」
「だ、だから……」
「教えて? どこ?」
応援ありがとうございます!
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