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第3章 突然の熱海と拗れる現実
お前に溺れている
しおりを挟む「だったら、由奈さんと……」
「だから気づけって、ドアホ!」
「なんでパワーアップするの!?」
花火が音と共に空一杯に拡がった。
「お前と暮らしていた前から、俺は……お前と見たかったんだ」
「は?」
「あの浴衣、母さんがお前に渡したものだろう? あれは、俺が中学入った時に、母さんと一緒に店に行って、俺が選んだんだ。お前が俺と一緒に花火大会に行くことを楽しみにして。結局、あの浴衣は他の男のために着られてしまったけれど」
横を向いていた巽の顔が、静かにわたしに向く。
「お前と花火大会に行きたかった。……恋人として」
……心臓が止まりそうになった。
「こ、こい……な、なにを……っ」
また、ひゅるるるると音がした。
「こういうこと」
破裂音がして場が明るくなった時、不意打ちでビール臭い巽の唇がわたしの唇と重なっていた。
「な……」
「姉と弟ではなく、こういうことをしたかったんだ、お前と」
巽は切なそうな眼差しで顔を傾け、後頭部に手を添えると、しっとりとした唇を重ねてくる。
カタンと缶ビールが置かれる音がして、代わりにビールの味がする巽の唇が、角度を変えてわたしの唇を貪り、ねっとりとその舌がねじ込まれる。
「たつ……ちょ……んんっ」
「アズ……ん……アズ」
夢見心地なのは、花火を見ているせい?
それとも巽から伝わるアルコールのせい?
同じリズムで重なる唇が愛おしくて、どんな卑猥な音も、周りの音がかき消してしまうから、興奮してどんな声を漏らしたのかももうわからない。
盛大な拍手が遠くから聞こえて、視線を絡めたまま唇が離れる。
巽は伸ばした手でわたしの肩を抱き、頭を彼の肩に凭れさせた。
「……こんなの、弟じゃねぇだろ。姉貴と唇を重ねたい、姉貴と繋がりたいとおっ勃てて、しかもお前以外には反応しないなんて。お前には……シスコンの域を超えて気持ち悪いだけだろ。絶対いけない感情だと振り切ろうとして……逆に追い詰められれば深みに嵌まった」
わたしは昔を思い出す。
姉が弟にこんな邪念を抱いているなんて露見したら、気持ち悪いと思われるとわたしも思っていたことを。
巽を振り切ろうとすればするほど好きだと思い、我慢しないといけないと思ったら辛かった。
「だから俺は……いつか我慢出来なくなって、お前に襲いかかるのが怖くてさ。お前に……気持ち悪いと嫌われたくなくて、お前を拒み、その存在を無視して、遅くまで家に戻らず外で遊んでいたんだ」
「……っ」
「だけど家を出ても、お前の顔が見たくて、結局家に戻ってきてしまう。お前が俺を嫌って離れても、お前に男が出来て抱かれようしていても、それでもお前を強く求めて……。俺がなれない……お前の恋人の立ち位置に、簡単に立つことが出来る男を妬んで恨んで憎んでお前にあたり、結局怖れた通り、いやそれ以上の被害が出た」
――むかつくんだよ、俺の気も知らねぇで、お前!
ねぇ、わたしと巽は……同じ想いを抱いていたというの?
「だけど俺は後悔はしていねぇよ。お前を抱くことが出来たから。とは言いつつも、荒れたけどな。お前が恋しくて、求めた結果……すべてをぶっ潰したのは俺だから。その責めは負うつもりではいたけれど……」
巽は、目に花火を映しても深淵でも見ているかのような昏い目をしてから、わたしに向き直る。
「アズ……、お前が好きだ」
巽は切実な眼差しで、瞳を揺らして言った。
「どんなに忘れようとしても、我慢しようとしても。お前が俺を嫌っていようとも、俺はお前が欲しくてたまらねぇんだよ」
――俺だって、男なんだよ!!
「今でも……、お前が好きでたまらない」
搾り出された声。
巽の小刻みに震える手が、わたしの頬に添えられた。
「お前の言った通りだ。〝溺恋〟……奪いたいほどお前が欲しい。随分と我慢してはきたけど、もう心も体も歯止めが利かない日が近く来るのが、俺にはわかる」
――たとえ相手に恋人があろうとも、奪ってしまうような……激しく燃えさかるような恋情の終焉。
「お前と初めて会った瞬間から、俺は――お前に恋して、溺れている」
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