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第4章 歪んだ溺恋と束の間の幸せ
目を背けていた現実
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「なにぃ!? 週末に広瀬氏と別れた!?」
月曜日、昼食に香代子を誘い、アムネシアの中庭のベンチでお弁当を食べた。
午後から降水確率が高いせいか、今はやけにあたりは暗い。
さすがに由奈さんの性癖とか、由奈さんと怜二さんが関係あったことは言えず、メインだけ告げると、香代子は驚きのあまり、口に入れたばかりのコンビニ弁当のかやくご飯をわたしの顔に吹いてしまった。
言うタイミングを推し量り違えたようだ。
「それって……、今朝、広瀬氏と由奈嬢から辞職届が郵送されてきたというのと、関係ある?」
……ふたりは月曜日、姿現さずして揃って辞職した。
確かにわたしもふたりに会い辛かったし、また揉めたくないと思っていたから、ほっとしたのは正直あったけれど、やはり複雑ではある。
「ないとは言い切れない。わたし……巽がやっぱり好きだとわかってしまったから」
すると聡い香代子は、それだけで大体のところは掴んだようだ。
「タツミィも喜んだだろうね。想い続けてきたんでしょう、杏咲ちんのこと」
「ど、どうして……」
「そりゃあ、わかるよ。タツミィ、最初から広瀬氏に喧嘩売っていたし、杏咲ちんばかり見つめていたし。恋人放置で倒れた杏咲ちんをスーパーマンの如く連れ去ったことといい、嫌いな女にあんなことは出来ないよ」
香代子は、壺漬けをパリパリと小気味のいい音をたてて囓る。
「結局のところ、あんたらは姉弟であった昔から、ずっと両想いだったということでしょう? 実ってよかったね。じゃあもう付き合ってるの?」
「……付き合ってはいない」
「なぜに? 付き合えよ、らぶらぶしちゃえよ」
「お互いが元からフリーだったらよかったけれど、けじめは必要だと思うんだ」
「禊ぎはいつまで?」
「……口紅が完成した時に。巽にルミナス社員を人質にして、押し切ってきた」
すると香代子は大爆笑だった。
「生真面目な杏咲ちんのことだから尼寺でも入りそうだったから、タツミィは慌てたんだろうな。尼寺にもこそ泥はいるだろうしね。ぐははははは」
ひとしきり笑ってから、香代子は真面目な顔を向けてくる。
「実はさ、杏咲ちんが広瀬氏と別れて、ほっとしてる。正直、広瀬氏はいけすかなかったから」
「え……?」
わたしは純粋に驚いた。
「前に何度か、ルミナスの企画がユキシマに先行販売され、ネットでパクリの汚名着せられて、回収した騒ぎがあったじゃない? あれがあれば、ルミナスだってもっと大きくなれたほど、ユキシマで大ヒットしたよね」
ユキシマというのはアムネシアよりも大きく歴史がある、業界上位の上場会社だ。
だから太刀打ちできずに、風評被害を出来るだけ抑えるために素早い商品回収をするしか出来なかった。
「実は私、広瀬氏がユキシマの制服着た受付嬢に書類を渡しているのを、喫茶店で見たことがあるんだ。途端にユキシマの先行販売よ。あれは逢い引きではないよ、〝取締役によろしく〟と言っていたし」
「そんな……まさか怜二さんが……」
「ぶっちゃければ、それだけじゃないんだ。私の企画も盗られて広瀬氏の出世道具になったし」
「え……」
「それも巧妙に少し変えて、詰れば言い逃れするから面倒になってね、私も。その案だけが私のすべてでもないし、次に頑張ろうと思った。だけどもやもやはしていたから、杏咲ちんが付き合ったのは正直複雑だった。杏咲ちんが利用されたりしなければいいなと思っていた」
「香代子……」
「皆から慕われている人情味厚い男、確かに面倒見がいい面もあったよ。だけどさ、言っちゃ悪いけれど、たかが失恋で、進退に揺れるルミナス社員見捨てて、郵送で〝はい、さようなら〟はないだろうさ。これでユキシマになにかあった時に再就職をお願いしていたのなら、アムネシアで頑張ろうと言いながら、既にひとりで皆を見捨てて自分だけ逃げる準備していたことにもなる。それと由奈嬢も、私昔、あざといって言ったことがあったんだけど」
「うん」
「彼女も、王子様が~と言っていながら全然その気がないのに、宴会で杏咲ちんに話しかける男には、やたら媚び売ってるんだよ。それによくスマホ弄るじゃない、杏咲ちんのも。まるで恋人の独占欲だよね」
GPSまでつけられていましたとは、さすがに言えない。
「前、休憩室で彼女が一心不乱にスマホ弄っていたから、こっそりと覗いてみたのよ。そうしたらなんと、レズのアダルトグッズよ」
一緒に使おうと見せて貰いましたとも、言えない。
「だから私、杏咲ちんが狙われていると思って、何度か間に割って入っていたの。そうしたら凄い目で睨まれたわ。多分嫌われていたと思うよ」
……香代子にはシグナルを受け取れていたのだ。
わたしだけが感じ取れなかっただけで。
「さてさて、あのふたりは今頃どうしているか」
香代子はどうでもいいとでも言いたげに鼻を鳴らした。
「……それはそうと、タツミィ、結婚破棄を宣言したの?」
「午前中に、元社長に断ったみたいだわ。元々解消が前提なの、社長達もわかって了承していたみたいだから、揉めはしなかったみたい」
「娘の結婚がなくともアムネシアに入れたんなら、親孝行な娘よね。……お義母さまにも宣言終了?」
「ううん。義母に言うのは時期を見ているようよ。元々わたしの存在に過敏だから、変に疑われて暴れられたら、手のつけようがなくなるからって」
「うわ、メスキングコングか。彼女は今なにを?」
「よくは聞いていないけれど、同業のお偉いさんみたい。再々婚しないでずっと仕事して、海外に出張しているらしい。話は来月になるね」
「じゃあ今は嵐の前の静けさか。でも超えなきゃいけないね。タツミィが、親を選ぶかあんたを選ぶかの究極の選択にならないことを祈っている」
香代子はそう言いながら、鈍色の厚雲を見上げて言った。
「梅雨は過ぎたのに、嵐が来そうだね」
「なにぃ!? 週末に広瀬氏と別れた!?」
月曜日、昼食に香代子を誘い、アムネシアの中庭のベンチでお弁当を食べた。
午後から降水確率が高いせいか、今はやけにあたりは暗い。
さすがに由奈さんの性癖とか、由奈さんと怜二さんが関係あったことは言えず、メインだけ告げると、香代子は驚きのあまり、口に入れたばかりのコンビニ弁当のかやくご飯をわたしの顔に吹いてしまった。
言うタイミングを推し量り違えたようだ。
「それって……、今朝、広瀬氏と由奈嬢から辞職届が郵送されてきたというのと、関係ある?」
……ふたりは月曜日、姿現さずして揃って辞職した。
確かにわたしもふたりに会い辛かったし、また揉めたくないと思っていたから、ほっとしたのは正直あったけれど、やはり複雑ではある。
「ないとは言い切れない。わたし……巽がやっぱり好きだとわかってしまったから」
すると聡い香代子は、それだけで大体のところは掴んだようだ。
「タツミィも喜んだだろうね。想い続けてきたんでしょう、杏咲ちんのこと」
「ど、どうして……」
「そりゃあ、わかるよ。タツミィ、最初から広瀬氏に喧嘩売っていたし、杏咲ちんばかり見つめていたし。恋人放置で倒れた杏咲ちんをスーパーマンの如く連れ去ったことといい、嫌いな女にあんなことは出来ないよ」
香代子は、壺漬けをパリパリと小気味のいい音をたてて囓る。
「結局のところ、あんたらは姉弟であった昔から、ずっと両想いだったということでしょう? 実ってよかったね。じゃあもう付き合ってるの?」
「……付き合ってはいない」
「なぜに? 付き合えよ、らぶらぶしちゃえよ」
「お互いが元からフリーだったらよかったけれど、けじめは必要だと思うんだ」
「禊ぎはいつまで?」
「……口紅が完成した時に。巽にルミナス社員を人質にして、押し切ってきた」
すると香代子は大爆笑だった。
「生真面目な杏咲ちんのことだから尼寺でも入りそうだったから、タツミィは慌てたんだろうな。尼寺にもこそ泥はいるだろうしね。ぐははははは」
ひとしきり笑ってから、香代子は真面目な顔を向けてくる。
「実はさ、杏咲ちんが広瀬氏と別れて、ほっとしてる。正直、広瀬氏はいけすかなかったから」
「え……?」
わたしは純粋に驚いた。
「前に何度か、ルミナスの企画がユキシマに先行販売され、ネットでパクリの汚名着せられて、回収した騒ぎがあったじゃない? あれがあれば、ルミナスだってもっと大きくなれたほど、ユキシマで大ヒットしたよね」
ユキシマというのはアムネシアよりも大きく歴史がある、業界上位の上場会社だ。
だから太刀打ちできずに、風評被害を出来るだけ抑えるために素早い商品回収をするしか出来なかった。
「実は私、広瀬氏がユキシマの制服着た受付嬢に書類を渡しているのを、喫茶店で見たことがあるんだ。途端にユキシマの先行販売よ。あれは逢い引きではないよ、〝取締役によろしく〟と言っていたし」
「そんな……まさか怜二さんが……」
「ぶっちゃければ、それだけじゃないんだ。私の企画も盗られて広瀬氏の出世道具になったし」
「え……」
「それも巧妙に少し変えて、詰れば言い逃れするから面倒になってね、私も。その案だけが私のすべてでもないし、次に頑張ろうと思った。だけどもやもやはしていたから、杏咲ちんが付き合ったのは正直複雑だった。杏咲ちんが利用されたりしなければいいなと思っていた」
「香代子……」
「皆から慕われている人情味厚い男、確かに面倒見がいい面もあったよ。だけどさ、言っちゃ悪いけれど、たかが失恋で、進退に揺れるルミナス社員見捨てて、郵送で〝はい、さようなら〟はないだろうさ。これでユキシマになにかあった時に再就職をお願いしていたのなら、アムネシアで頑張ろうと言いながら、既にひとりで皆を見捨てて自分だけ逃げる準備していたことにもなる。それと由奈嬢も、私昔、あざといって言ったことがあったんだけど」
「うん」
「彼女も、王子様が~と言っていながら全然その気がないのに、宴会で杏咲ちんに話しかける男には、やたら媚び売ってるんだよ。それによくスマホ弄るじゃない、杏咲ちんのも。まるで恋人の独占欲だよね」
GPSまでつけられていましたとは、さすがに言えない。
「前、休憩室で彼女が一心不乱にスマホ弄っていたから、こっそりと覗いてみたのよ。そうしたらなんと、レズのアダルトグッズよ」
一緒に使おうと見せて貰いましたとも、言えない。
「だから私、杏咲ちんが狙われていると思って、何度か間に割って入っていたの。そうしたら凄い目で睨まれたわ。多分嫌われていたと思うよ」
……香代子にはシグナルを受け取れていたのだ。
わたしだけが感じ取れなかっただけで。
「さてさて、あのふたりは今頃どうしているか」
香代子はどうでもいいとでも言いたげに鼻を鳴らした。
「……それはそうと、タツミィ、結婚破棄を宣言したの?」
「午前中に、元社長に断ったみたいだわ。元々解消が前提なの、社長達もわかって了承していたみたいだから、揉めはしなかったみたい」
「娘の結婚がなくともアムネシアに入れたんなら、親孝行な娘よね。……お義母さまにも宣言終了?」
「ううん。義母に言うのは時期を見ているようよ。元々わたしの存在に過敏だから、変に疑われて暴れられたら、手のつけようがなくなるからって」
「うわ、メスキングコングか。彼女は今なにを?」
「よくは聞いていないけれど、同業のお偉いさんみたい。再々婚しないでずっと仕事して、海外に出張しているらしい。話は来月になるね」
「じゃあ今は嵐の前の静けさか。でも超えなきゃいけないね。タツミィが、親を選ぶかあんたを選ぶかの究極の選択にならないことを祈っている」
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