いじっぱりなシークレットムーン

奏多

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  Secret Moon 4

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 ***


「よし、じゃあ会長は専務……じゃねぇよな、渉社長に任せて、全員揃った記念として本日は仕事始めだ! 五時半に終わったらケーキもって、全員で病室行くぞ!」

「「了解です、社長!」」

 月代会長が社長の時はぐうたらしていたから、社員が頑張らないと潰れると思ったものだが、結城が社長になると皆ノリがいい。

 やはり結城は、パワーがあるのだ。

 あたしと朱羽も仕事をすることになったのは、丁度ケーキを食べている最中に、朱羽のスマホに渉さんから、仕事をしたいのならそれまで病室にいるからやってこいと連絡があったらしい。

 正直あたしも、矢島社長の菱形タブレットが出来上がってくる時期だし、タブレットでの応対は辛いところ。

 あとは引き続き契約を続行してくれる会社の担当者にお礼のメールを送りたいとも思っていたし、なんだかんだとパワーのある自分のパソコンでの作業を一気にしたいと思っていた矢先のことだった。

 結城が社長になって初めて揃った全員での仕事だから、今日はちゃんと仕事をして、会社は大丈夫だと会長のところに報告に行こうということになった。

 誰もが、朱羽が抜けない「全員」であることにテンションをあげて、パソコンを使った作業や電話や外出する営業だとか、今まで以上に精を出す。

「圧倒されますね」

 さすがに会社ではあたしは上司には敬語を使おうと思う。
 せっかくチームワークが取れている時に、公私混同するのはよくない。

 今までは朱羽と付き合っていなかったから普通に敬語だったけれど、いきなりタメ語を皆に聞かれるのも……。まあ今更だけど、けじめは必要だ。

「ええ。私達も頑張りましょう」

 朱羽も同じ事を思ったのか、課長の言葉遣いに戻った。

 なんだか背中がむずむずする。

 すらりと見える背広を着て、髪をセットして。朱羽のこうした理知的な美貌を際立たせる仕事姿は懐かしいのと同時に新鮮で、彼に慣れ親しんだあたしの精神を、さらに高揚させるのだ。

 いつぞや朱羽に言われたことがあるが、やはりあたしは、朱羽の上司モードに弱いらしい。

 あたし達はWEB部の隣り合った席に座る。

 前はなんでこんなに近いんだと思ったけれど、今ではこの空いている距離が心寂しく感じるほど。
 朱羽とまた仕事が出来るんだと思ったら、嬉しくて仕方がなかった。
 
 顔を上げれば、いつもの光景。

 杏奈はサーバー室と自席を行ったり来たり。サーバー管理やプログラムをしているらしい。

 木島くんはいつもの通り分厚い唇を開けて、パソコン画面を食い入るように見つめ、WEBデザインをして。木島くんだけではなく、WEB部の誰もがWEBにDTPにと仕事に忙しそうだ。

 木島くんの奥に座る結城は電話をしていて、隣に座る衣里は、傍で立ってなにかを尋ねているらしい部下達に指示している。

 営業部もいつもの光景。

 そして経理でひとり残った女性社員は、今居る社員の全リストを作って、きちんとお給料が出るように処理してくれている。

 こんな景色を会長が見たら、泣き出しそうだ。

 一度は底辺に落ちそうになったシークレットムーンは、ぎりぎりのところで踏みとどまり、ここまで活気を戻したのだ。

 営業は結城と衣里を中心として仕事をとってきて、WEB部は顧客のイメージを形にして、次に繋げる。それを杏奈とWEB部のシステム開発課が顧客に提案出来るプログラムを作る――。

 その一連の流れを見ながら、あたしは歓喜に泣き出しそうになった。

 結城は社長になったからといって、二階の会長のいた社長室を使用したり、新たに個室を作ろうとしなかったらしい。

――ガラじゃねぇって。あそこは月代名誉会長の部屋。戻って来たら会長室にして、俺は皆の顔を見ながらバリバリやりてぇんだよ。そんな社長が居てもいいと思わね?

――二階あがりたいなら、重役の部屋とっちまってもいいぞ。どうだ香月。

――謹んで辞退いたします。俺が部長になる前に、三上さんを昇進させて下さい。

――はは。それは考えてるって。お前と真下と三上が課長でタッグ組めるようにさ。俺、最強の課長軍団作りたいんだ。お前しばらく課長な。

 呵々と結城は笑った。
 


   ・
   ・
   ・
  
   ・


 カタカタカタ。

 朱羽から、軽やかにキーボードを叩く音が聞こえれば、

 カタカタカタカタ。

 あたしも負けじとキーボードを叩く。

 カタカタカタカタカタ。

 む、負けないぞ。

 カタカタカタカタカタカタカタカタ……。

「うるせーぞ、鹿沼、香月!」

「仕事してるのよ、仕事!」

「WEB、陽菜に仕事押し付けたの!? 木島~っ、あんたはサボり!?」

「ち、違うっす、そんなにカタカタする重い仕事、ないと思うっすが」

「あははは、ごめんごめん! ちょっと、運動不足だった指が元気なのよ」

 やじまホテルのディスプレイを納品するにあたり、菱形タブレットを頼んだ斎藤工務店から、最終確認としての細かなサイズなどの問い合わせ事項をわかりやすいように表でまとめていた。

 朱羽のおかげで、あたしが下と綿密な打ち合わせをする作業は減ったとはいえ、監督としての位置には立ち、朱羽は総監督だ。

 あたしのいない間、木島くんの作ったものを朱羽はチェックしたらしい。

 さらさらとパソコン上で修正しながら指示したものは、サンプルながら……期待を裏切らず素晴らしいセンスだったようで、木島くんが対抗心を燃やしてしゅうしゅう言いながら頑張っているようだ。

 そんな木島くんを見てデザイン課も奮起している。

 ……今空いている端の席に、千絵ちゃんは座っていたのだ。

 あたしが忍月に居る間、途絶えていた千絵ちゃんからのLINEが来た。

 『兄が優しくなりました』

 ……ただそれだけ。

 それだけの理由で、千絵ちゃんはあの時助けてくれたのかなと思うと、彼女の根底は変わっていないように思えて、心がじんわりと熱くなった。

 いつか、戻ってきてくれないだろうか。

 彼女が罪悪感に耐えられる時が来たら、彼女のおかげでこうにまで仕事にやる気を見せて、一致団結した社員を見せてあげたいのだ。

 彼女は、会社は結婚のための腰掛けだと言った。

 だけど今残っている女性社員は、そんなお気楽に仕事をしていない。

 ……スポ根一直線のシークレットムーンを見せてあげたい。


――うふふふふ。主任~。


 ふわふわとした千絵ちゃんに。
 
 
 パソコンを止めてそんなことを考えていると、朱羽のカタカタが止まった。

「主任」

 顔だけこちらに向けた朱羽は、ふっと口元を綻ばせた。
 気づいたら営業がごそっと居ない。おや、いずこに?

「オフィスでの仕事と同時に、ラブもあること、お忘れ無く」

「は、はい?」

 突然なんなんだ?

「仕事だけでも駄目、恋愛だけでも駄目。俺、オフィスラブは初めてなので、そのさじ加減、よろしくご指導願います」

 ご指導って……。

「あたしだって初めて……って」

 朱羽の手があたしの手を握って、机の下で指を絡めて握られ、あたしはびくっとして肩を竦めさせてしまう。

 涼しい顔をしたままの朱羽は、前のシチュエーションとはまた違い、あたしが嫌がっていないことを見抜いて、そのまま……なにかを拾うふりをして横を向いて頭を下げ、あたしの手の甲に唇をつけた。

「なっ……」

 神聖な職場で、神聖な騎士のような仕草。

 どこまでも崇高に見えるのに、あたしを捕えるような鋭い切れ長の目だけが野生的にも思えるほどで。

 どくんと心臓が大きく鳴った。

 そんなあたしを見た朱羽はふっと悪戯っ子のように笑い、あたしを見るその眼差しを優しいものに変えた。

 ……愛おしいと、言っている気がして……あたしの心臓は今度は早鐘を打ち始める。
 
 いまだ朱羽のこうした表情に惹き込まれて、恋心を煽られる。

 会社なのに。
 あたしと朱羽は、上司と部下でもあって、示しがつかないのに。

 そう思えど、惹かれてやまない上司の男――。

 軽く睨むと、朱羽は小声で言った。

「……嬉しくて。またこうして仕事が出来るのが」

 朱羽がゆっくりと社内を見渡し、最後にあたしで視線を止めた。

 まるで流し目のような艶やかな目を細めて、彼はおよそ場違いなほど艶然と微笑む。

 その誘うような口元に魅せられて――。


「おーい、香月! ちょっといいか!」

 
 ミーティングルームから結城の声がして、陶然とした顔で吸い込まれそうになったあたしは我に返り、朱羽は、

「残念。あなたからと思ったのに」

 そう言うと、二度目の結城の声に破顔した。

「結城さんに呼ばれているので、行ってきます」

「いってらっしゃい」

 朱羽は結城に返事をしながら、颯爽と大好きな友達の元に行く。
 朱羽が必要とされ、朱羽が必要とする仲間がここにはいる。

 そして、あたしは――。


「陽菜!」

「鹿沼も来いっ!!」


「はーいっ!!」

 直後、同期からお呼びがかかったあたしは嬉しくなって、朱羽の後ろ姿を追いかけた。

 共の時間を生きれることに、感謝しながら。
 
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