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新たな挑戦
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翌日は、朝から波音は落ち着かなかった。昨日の失敗に関しては、碧も特に触れることはせず、いつも通りに波音に接してくれる。
今日の綱渡りに集中しなければならないのに、渚に言われたことが頭の中をぐるぐる回って、離れてくれそうにない。碧を過剰に意識するあまり、その端正な顔を直視できなくなっていた。
「深呼吸……深呼吸……」
着替えとメイクを終えて、舞台袖に控える。あとは梯子を上って待機するだけだ。昨日の練習ではバランス棒がなくても成功できたので、今日は敢えて、何も持たずに挑戦する。
今日も砂紋が見に来てくれるのか分からないが、もらった髪飾りをせっかくだからと耳の上につけた。もし砂紋がそれを見たら、波音の感謝の意に気付いてくれるだろう。
「波音」
「ひっ!」
背後から突然肩を掴まれ、波音は悲鳴を上げた。
「色気のない悲鳴だな……。それよりもお前、昨日から俺のことを避けてるだろ?」
「いえ、そんなことは……」
「そんなことあるだろうが」
碧を振り返り、その目を見ようと努めたが、どうしても先に逸らしてしまう。これでは説得力が無い。
「嘘が下手すぎる……って、お前。これ、どうした?」
「え?」
碧が指さしたのは、砂紋にもらった髪飾りだ。高価そうなものだと、今の波音には浮いてしまうのかもしれない。
「昨日、もらったんです。その……」
「砂紋、か? 砂紋にもらったのか?」
「そうです、けど。どうして分かったんですか?」
なぜ髪飾りを見ただけで、砂紋のものだと分かるのか。波音が目をぱちぱちさせていると、それ以上に碧は驚いていた。
「嘘だろ……? なんで、砂紋がお前に……」
「ど、どうしたんですか? 私がもらったらだめでしたか?」
「……今すぐ、外せ」
「えっ」
波音が止めるよりも早く、碧はそれを取ってしまった。幸い髪型は崩れなかったが、波音には戸惑いしか生まれない。
「な、どうしてですか?」
「これは、皇族が求婚相手に贈る物だ。砂紋がそれを知らないわけがない。あいつ、何を考えてる……?」
「き、求婚!? そんな感じではありませんでしたけど」
「ほらな。外して正解だ。これは俺が預かっておく」
『不可能を可能に』――その言葉に、波音は少なからず励まされていたのだが、それが無くなると、一気に不安が増幅する。波音が下唇を噛んでいると、碧は波音の顎を持ち上げた。
「大丈夫だ。失敗してもいい、ぐらいの気持ちでやってこい」
「……いいんですか? それだと、プロ意識の欠片もないじゃないですか」
「お前にはそれくらいがちょうど良いと言っているんだ。自分の成長を楽しめ」
せっかく口紅も塗ったというのに、碧は人目を盗んで波音の唇にキスをした。触れていたのは二秒ほどだが、不思議なことに、成功しそうな気分になってくる。ピエロに変装するまえの碧の唇には、紅色が移っていた。
「……碧さん、それ取らないと、大変ですよ」
「分かってる。ほら、出番だ」
碧に背中を押されると、不思議と勇気が湧いてくる。
「……はい!」
波音は勢いよく返事をして梯子を登り、自分のステージへと飛び出していった。
翌日は、朝から波音は落ち着かなかった。昨日の失敗に関しては、碧も特に触れることはせず、いつも通りに波音に接してくれる。
今日の綱渡りに集中しなければならないのに、渚に言われたことが頭の中をぐるぐる回って、離れてくれそうにない。碧を過剰に意識するあまり、その端正な顔を直視できなくなっていた。
「深呼吸……深呼吸……」
着替えとメイクを終えて、舞台袖に控える。あとは梯子を上って待機するだけだ。昨日の練習ではバランス棒がなくても成功できたので、今日は敢えて、何も持たずに挑戦する。
今日も砂紋が見に来てくれるのか分からないが、もらった髪飾りをせっかくだからと耳の上につけた。もし砂紋がそれを見たら、波音の感謝の意に気付いてくれるだろう。
「波音」
「ひっ!」
背後から突然肩を掴まれ、波音は悲鳴を上げた。
「色気のない悲鳴だな……。それよりもお前、昨日から俺のことを避けてるだろ?」
「いえ、そんなことは……」
「そんなことあるだろうが」
碧を振り返り、その目を見ようと努めたが、どうしても先に逸らしてしまう。これでは説得力が無い。
「嘘が下手すぎる……って、お前。これ、どうした?」
「え?」
碧が指さしたのは、砂紋にもらった髪飾りだ。高価そうなものだと、今の波音には浮いてしまうのかもしれない。
「昨日、もらったんです。その……」
「砂紋、か? 砂紋にもらったのか?」
「そうです、けど。どうして分かったんですか?」
なぜ髪飾りを見ただけで、砂紋のものだと分かるのか。波音が目をぱちぱちさせていると、それ以上に碧は驚いていた。
「嘘だろ……? なんで、砂紋がお前に……」
「ど、どうしたんですか? 私がもらったらだめでしたか?」
「……今すぐ、外せ」
「えっ」
波音が止めるよりも早く、碧はそれを取ってしまった。幸い髪型は崩れなかったが、波音には戸惑いしか生まれない。
「な、どうしてですか?」
「これは、皇族が求婚相手に贈る物だ。砂紋がそれを知らないわけがない。あいつ、何を考えてる……?」
「き、求婚!? そんな感じではありませんでしたけど」
「ほらな。外して正解だ。これは俺が預かっておく」
『不可能を可能に』――その言葉に、波音は少なからず励まされていたのだが、それが無くなると、一気に不安が増幅する。波音が下唇を噛んでいると、碧は波音の顎を持ち上げた。
「大丈夫だ。失敗してもいい、ぐらいの気持ちでやってこい」
「……いいんですか? それだと、プロ意識の欠片もないじゃないですか」
「お前にはそれくらいがちょうど良いと言っているんだ。自分の成長を楽しめ」
せっかく口紅も塗ったというのに、碧は人目を盗んで波音の唇にキスをした。触れていたのは二秒ほどだが、不思議なことに、成功しそうな気分になってくる。ピエロに変装するまえの碧の唇には、紅色が移っていた。
「……碧さん、それ取らないと、大変ですよ」
「分かってる。ほら、出番だ」
碧に背中を押されると、不思議と勇気が湧いてくる。
「……はい!」
波音は勢いよく返事をして梯子を登り、自分のステージへと飛び出していった。
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