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県立泉田高校は、北は普段の授業で使われる各クラス教室のある校舎一般棟と、南は特別授業や文化部の活動で使われる特別棟、他は、東に体育館と、その脇に錬心舘と呼ばれる体育館の付属品みたいな建物がある。
四階建ての一般棟には、一階に職員室や保健室、生徒会室が、二階から上は下から順に一年、二年、三年生の教室が割り振られている。
一般棟と渡り廊下で繋がれた特別棟も四階建て。渡り廊下の方は、三階までの高さしかなく、一般棟四階から特別棟へ行くには三階に行かなければならない上に、屋根がないものだから雨天ともなればさらに下の二階まで下りなければならなくなる。上級生は苦労しているらしい。
渡り廊下は東西に二ヶ所あって校舎を繋いでいる。校舎と渡り廊下に囲まれた空間は、いわゆる中庭になっていて、常緑樹や生け垣がある他にちょっとしたベンチなんかもあって、昼の時間ともなれば仲の良いカップルが見せつけるようにお弁当を食べて(あるいは食べさせて)いることもある。梅雨の間は、カップルの食事風景を見ることも無かったのだが、晴れの続くここ数日は、彼らが戻ってきていた。独り身には、精神衛生上非常によろしくないが、中庭は、一応は憩いの空間である。
して、図書室は特別棟二階の西端に位置している。
下駄箱から西渡り廊下一階に出て、特別棟の階段を上れば、すぐ脇の扉が図書室である。既に先客が来ていたらしく、下校時には施錠される鍵が、今朝は開いていた。
「夏純、悪いわね」
扉を開けて入ると、一人の女生徒が振り向いた。すらりと伸びた手足に小麦色の健康的な肌、爛々と輝く瞳と、黒い髪を後ろで一つに束ねた姿は快活そのもの。切れ長の睫毛と制服の上からでもそれとなく存在を主張する胸は、女性的な魅力にあふれている。一見すると運動部員にも見えるこの女生徒は小寺茉莉。図書委員長である。
入口のすぐ傍らにあるカウンターには、他に図書委員の姿は無い。
して、扉を開ける音で高篠夏純が来たらしいと判断して振り向いたのだろう小寺先輩は、聡介の姿を認めるなり、一切の遠慮も躊躇もなく苦笑した。
「夏純、あんたまた稲富君を捕まえて。稲富君も、夏純を甘やかしちゃダメよ。この子、稲富君が断らないから、っていつも頼ってるんだから」
「図書委員長、異議があります」
高篠先輩が頬を膨らませている。
「はい、なんでしょう?」
「わたしは、図書委員でもないのに委員長殿に使われています。それは、わたしが稲富君を頼ることとどのような違いがあるのでしょうか?」
「わたしは女、夏純も女。でも稲富君は可愛い可愛い後輩の男の子。それもいたいけな一年生。綺麗な先輩に頼まれたら断りにくいし、勘違いだってしちゃうでしょ?」
小寺先輩はため息をついている。「夏純は可愛いんだから、罪作りなことしちゃダメよ」
して、かぶりを振った高篠先輩はどこか嬉しそうに微笑む。
「大丈夫よ。稲富君、先約とか用事があれば遠慮なく断ってくれるし、それが分かってるから頼みやすいんだもの。それに、結泉に言い寄られても断っちゃうくらいには、心に決めたお相手がいるみたいだし、ね。勘違いさせる心配もナシ!」
「先輩、あんまりその話を吹聴するのは、やめてくれませんか」
聡介が顔をしかめている横では、案の定、小寺先輩が目を丸くしている。
「えっ? 結泉を振ったの? なんで? あんな美人そうそういないのに」
「だから、好きな子がいるんだってさ。中学生の子で、一途な稲富君はその子が来年入学してくるのを待ってるんだ、って」
「あら、まあ。それは楽しみね」
小寺先輩まで、にやにやと楽しそうにしている。しかし高篠先輩は何やら残念そうな顔をして、
「わたし達は卒業だから、稲富君の彼女を見れないんだけどね」
「残念ね」
「あ、でも稲富君写真部よね。彼女の写真とかたくさん……」
「見せません」
「「あ、そう」」
先輩が二人そろって、異口同音に肩を落としている。聡介はため息をついた。
「あんまりからかうと、手伝いませんよ」
「あ、ごめんごめん。今度いい本を紹介してあげるから」
「先輩の薦める本となると……恋愛小説ですか?」
すると、どういうわけか高篠先輩は頬を染めて恥ずかしそうにする。
「い、稲富君。その話、ここでは」
「恋愛小説、って。稲富君、そういうのも読むんだ」
と、小寺先輩。高篠先輩の話だと思っていないあたり、どうやら彼女は、友人には内緒で恋愛小説を楽しんでいるらしい。案外に初心である。
「あまり読む方ではないですけど、友人の井上さんに勧められて、何度か読んだことはあります」
「ほんとに、見境ないよね。手当たり次第というか、君が読まないジャンル、ってあるの?」
言葉の選び方に悪意がある気がする。
「ネット小説は読みません」
「ネットって……それ、ジャンルなの?」
首を捻りつつ一冊本を手に取る。「恋愛か……、ここの文庫は?」
「あ、そこの本を井上さんに借りました。タイトルは……」
聡介が本の題名を口にすれば、小寺先輩は失笑した。
「それ、たしかネットというかケータイ小説原作」
さいですか。小寺先輩がしたり顔で笑っているのを見て、聡介はため息をついた。
「とりあえず、やることやりませんか。時間が惜しいんですよね?」
「あ、そうだった。わたしは倉庫でバックナンバーの整理をしなきゃだから、稲富君には申し訳ないけど夏純と二人で、返却ボックスの本を棚に戻しておいてほしいの」
「わたしと二人だと、何が申し訳ないのよ」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないから」
苦笑した小寺先輩は、カウンターの向こうにある、司書室兼倉庫に消えていった。
四階建ての一般棟には、一階に職員室や保健室、生徒会室が、二階から上は下から順に一年、二年、三年生の教室が割り振られている。
一般棟と渡り廊下で繋がれた特別棟も四階建て。渡り廊下の方は、三階までの高さしかなく、一般棟四階から特別棟へ行くには三階に行かなければならない上に、屋根がないものだから雨天ともなればさらに下の二階まで下りなければならなくなる。上級生は苦労しているらしい。
渡り廊下は東西に二ヶ所あって校舎を繋いでいる。校舎と渡り廊下に囲まれた空間は、いわゆる中庭になっていて、常緑樹や生け垣がある他にちょっとしたベンチなんかもあって、昼の時間ともなれば仲の良いカップルが見せつけるようにお弁当を食べて(あるいは食べさせて)いることもある。梅雨の間は、カップルの食事風景を見ることも無かったのだが、晴れの続くここ数日は、彼らが戻ってきていた。独り身には、精神衛生上非常によろしくないが、中庭は、一応は憩いの空間である。
して、図書室は特別棟二階の西端に位置している。
下駄箱から西渡り廊下一階に出て、特別棟の階段を上れば、すぐ脇の扉が図書室である。既に先客が来ていたらしく、下校時には施錠される鍵が、今朝は開いていた。
「夏純、悪いわね」
扉を開けて入ると、一人の女生徒が振り向いた。すらりと伸びた手足に小麦色の健康的な肌、爛々と輝く瞳と、黒い髪を後ろで一つに束ねた姿は快活そのもの。切れ長の睫毛と制服の上からでもそれとなく存在を主張する胸は、女性的な魅力にあふれている。一見すると運動部員にも見えるこの女生徒は小寺茉莉。図書委員長である。
入口のすぐ傍らにあるカウンターには、他に図書委員の姿は無い。
して、扉を開ける音で高篠夏純が来たらしいと判断して振り向いたのだろう小寺先輩は、聡介の姿を認めるなり、一切の遠慮も躊躇もなく苦笑した。
「夏純、あんたまた稲富君を捕まえて。稲富君も、夏純を甘やかしちゃダメよ。この子、稲富君が断らないから、っていつも頼ってるんだから」
「図書委員長、異議があります」
高篠先輩が頬を膨らませている。
「はい、なんでしょう?」
「わたしは、図書委員でもないのに委員長殿に使われています。それは、わたしが稲富君を頼ることとどのような違いがあるのでしょうか?」
「わたしは女、夏純も女。でも稲富君は可愛い可愛い後輩の男の子。それもいたいけな一年生。綺麗な先輩に頼まれたら断りにくいし、勘違いだってしちゃうでしょ?」
小寺先輩はため息をついている。「夏純は可愛いんだから、罪作りなことしちゃダメよ」
して、かぶりを振った高篠先輩はどこか嬉しそうに微笑む。
「大丈夫よ。稲富君、先約とか用事があれば遠慮なく断ってくれるし、それが分かってるから頼みやすいんだもの。それに、結泉に言い寄られても断っちゃうくらいには、心に決めたお相手がいるみたいだし、ね。勘違いさせる心配もナシ!」
「先輩、あんまりその話を吹聴するのは、やめてくれませんか」
聡介が顔をしかめている横では、案の定、小寺先輩が目を丸くしている。
「えっ? 結泉を振ったの? なんで? あんな美人そうそういないのに」
「だから、好きな子がいるんだってさ。中学生の子で、一途な稲富君はその子が来年入学してくるのを待ってるんだ、って」
「あら、まあ。それは楽しみね」
小寺先輩まで、にやにやと楽しそうにしている。しかし高篠先輩は何やら残念そうな顔をして、
「わたし達は卒業だから、稲富君の彼女を見れないんだけどね」
「残念ね」
「あ、でも稲富君写真部よね。彼女の写真とかたくさん……」
「見せません」
「「あ、そう」」
先輩が二人そろって、異口同音に肩を落としている。聡介はため息をついた。
「あんまりからかうと、手伝いませんよ」
「あ、ごめんごめん。今度いい本を紹介してあげるから」
「先輩の薦める本となると……恋愛小説ですか?」
すると、どういうわけか高篠先輩は頬を染めて恥ずかしそうにする。
「い、稲富君。その話、ここでは」
「恋愛小説、って。稲富君、そういうのも読むんだ」
と、小寺先輩。高篠先輩の話だと思っていないあたり、どうやら彼女は、友人には内緒で恋愛小説を楽しんでいるらしい。案外に初心である。
「あまり読む方ではないですけど、友人の井上さんに勧められて、何度か読んだことはあります」
「ほんとに、見境ないよね。手当たり次第というか、君が読まないジャンル、ってあるの?」
言葉の選び方に悪意がある気がする。
「ネット小説は読みません」
「ネットって……それ、ジャンルなの?」
首を捻りつつ一冊本を手に取る。「恋愛か……、ここの文庫は?」
「あ、そこの本を井上さんに借りました。タイトルは……」
聡介が本の題名を口にすれば、小寺先輩は失笑した。
「それ、たしかネットというかケータイ小説原作」
さいですか。小寺先輩がしたり顔で笑っているのを見て、聡介はため息をついた。
「とりあえず、やることやりませんか。時間が惜しいんですよね?」
「あ、そうだった。わたしは倉庫でバックナンバーの整理をしなきゃだから、稲富君には申し訳ないけど夏純と二人で、返却ボックスの本を棚に戻しておいてほしいの」
「わたしと二人だと、何が申し訳ないのよ」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないから」
苦笑した小寺先輩は、カウンターの向こうにある、司書室兼倉庫に消えていった。
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