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最終回 今日もアクアオッジ家は平和です⑳
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◇ ◇ ◇
「……メリルが言ってたのは正しかったんだね……」
ウィルフレッドがぼそっと呟いた。上り階段は納屋に続いていて、床には複数の足跡が残っていた。つい最近もこの階段が使われていたのが分かる。
轟轟と音を立て燃え盛る炎が館を飲み込んでいくのをみんなはただ眺めていた。火元が館の外れだったのがせめてもの救いだった。館にいた従業員や護衛騎士たちの脱出が間に合ったからだ。王子も申し訳なさそうに付け加える。
「ただの絵に何を言ってるんだろうって思ってしまっていた。ごめんねメリル」
「分かってくれればそれで。わたしだって悪魔だなんて思わなかったですから。それよりソル、身体は大丈夫?」
ソルがにっこりとメリルに微笑んだ。
「ええ。もうすっかり。ただあの悪魔、想像以上に強かった……従属契約の仇を討って頂いて感謝します」
炎に包まれた館はあっという間に燃え尽きた。
幸いだったのは、土地がやたらに広いせいで、他家の館には延焼しなかったことと、館は奇抜な建築設計のせいで住居部分が少なく、従業員たちの住居は別館だったことだろう。
メリルが両親にそれほど叱られなかったのは、一家のみんながこの悪趣味な館を嫌っていたから。
ただ、父にはこってりしぼられた。暴走ともいわれる巨大魔法をポンポン放っていたツケがとうとう回ってきたのだ。
「メリルは魔法の制御をしっかり学園で学んでこーい!」
「うえ~……」
さっそく課題を叩きつけられ、肩を落とすメリル。学園でしっかり勉強しないといけなくなってしまった。
母アドリアナはずっと嬉しそうにしている。
「燃えちゃって良かったわあ。これで新しいタウン・ハウスが建てられるわね」と満足気だった。
後日、下働きの一人が消え失せていることが判明した。前侯爵の時代から勤めていた一人だったが、他の従業員とは交流がほとんどなくて、出生も育ちも謎のままでそれ以上は突き止めることは出来なかった。
◇ ◇ ◇
ウィルフレッドとメリルの入学があと数日という日まで迫ったある日の午後――
タウン・ハウスの敷地内にある東屋に、今回の事件の当事者みんなと辺境伯が揃っていた。
執事姿のソルの給仕でお茶の時間を楽しんでいる最中だ。
三段のティースタンドは全てメリルが平らげ、慌ててメイドが追加のお菓子や軽食、セイボリーを運んでいる。別館もやたら広くて大きいので、一家も王子も別館に滞在中だった。ツナマヨのサンドイッチはよっぽど急がないとメリルに食べられてしまう。
一家はいつでも望めばドラゴンが領地に連れて帰ってくれるのだが、全焼した館跡地に新たなタウン・ハウスを建てる打ち合わせをするために王都に残っている。
王都の女神教会の司祭や、魔術協会のお偉い人がこぞってやってくるせいもあった。館が全焼した原因の炎が精霊の力をもってしてもなぜ消えなかったのか、その謎が解明されればいいのだけれど。
「【魔力感知】でしか見えないように扉を隠したのは、その下働きじゃないかな。扉を閉めたのも多分そいつだ。侯爵の館だったときから主に仕えていたんだろう。あの館の元の持ち主は悪魔を飼いつつ人身売買で大儲けしていた侯爵だったんだ」
王子が最後の一つだったツナマヨサンドイッチを口にする。メリルが残念そうにそれを見ているのには気付かずに。
「ツナマヨサンドイッチもっとないかなあ?」
メリルが諦めきれずにメイドに尋ねている。
「先程ので最後でした。申し訳ございません」
王子がハッとして、さっきまでツナマヨサンドイッチをつまんでいた自分の指をじっと見た。
ウィルフレッドは二人を交互に見ながら、三段目に追加で載せられたタルトを指さしてソルに自皿に載せてもらっている。
「魔王が言ってた。いろんな悪魔がヒトの国に流れ込んだって。あの悪魔もそうだったんだね」
「女神の加護のことを知らなかったのが悪魔にとって致命的だった。倒せて良かったよ。あの悪魔がこの国の民の加護のことを知らなかったのは意外だったな」
王子は自らが鑑定した悪魔のスキルを思い浮かべた。ヒトの【スキルツリー】とは表示が多少違ってはいたが、同じようなスキルが同じ概念で表示されていたことを不思議に思う。それは即ち女神とヒトと悪魔との間には何らかの関連性があるということで――
それに双子のスキルにメリルの母アドリアナのスキル……ずっとスキルを考察していたが、確信に変わる。余りにも得難いそれらのスキルは世を変えるとんでもない力となるだろう。
今回の事件は序章に過ぎなくて、いずれ国全体を巻き込む大事件に発展することになるのだけれど、とりあえず今日もアクアオッジ家は平和です。
おしまい♪
長い間ありがとうございました!楽しんで頂けましたでしょうか。
次作:辺境伯一家の領地繁栄記~辺境伯長女は【強化スキル?】で魔王をぶっ飛ばす …おや?魔王の様子が…~
をどうぞお楽しみに!
今作より時は遡り、アクアオッジ兄妹の中でスキルツリーの鑑定代を懐にしまった最後の一人、長女カーラが巻き起こす物語になります。次男レイファの【スキルツリー】も明らかになります。
「……メリルが言ってたのは正しかったんだね……」
ウィルフレッドがぼそっと呟いた。上り階段は納屋に続いていて、床には複数の足跡が残っていた。つい最近もこの階段が使われていたのが分かる。
轟轟と音を立て燃え盛る炎が館を飲み込んでいくのをみんなはただ眺めていた。火元が館の外れだったのがせめてもの救いだった。館にいた従業員や護衛騎士たちの脱出が間に合ったからだ。王子も申し訳なさそうに付け加える。
「ただの絵に何を言ってるんだろうって思ってしまっていた。ごめんねメリル」
「分かってくれればそれで。わたしだって悪魔だなんて思わなかったですから。それよりソル、身体は大丈夫?」
ソルがにっこりとメリルに微笑んだ。
「ええ。もうすっかり。ただあの悪魔、想像以上に強かった……従属契約の仇を討って頂いて感謝します」
炎に包まれた館はあっという間に燃え尽きた。
幸いだったのは、土地がやたらに広いせいで、他家の館には延焼しなかったことと、館は奇抜な建築設計のせいで住居部分が少なく、従業員たちの住居は別館だったことだろう。
メリルが両親にそれほど叱られなかったのは、一家のみんながこの悪趣味な館を嫌っていたから。
ただ、父にはこってりしぼられた。暴走ともいわれる巨大魔法をポンポン放っていたツケがとうとう回ってきたのだ。
「メリルは魔法の制御をしっかり学園で学んでこーい!」
「うえ~……」
さっそく課題を叩きつけられ、肩を落とすメリル。学園でしっかり勉強しないといけなくなってしまった。
母アドリアナはずっと嬉しそうにしている。
「燃えちゃって良かったわあ。これで新しいタウン・ハウスが建てられるわね」と満足気だった。
後日、下働きの一人が消え失せていることが判明した。前侯爵の時代から勤めていた一人だったが、他の従業員とは交流がほとんどなくて、出生も育ちも謎のままでそれ以上は突き止めることは出来なかった。
◇ ◇ ◇
ウィルフレッドとメリルの入学があと数日という日まで迫ったある日の午後――
タウン・ハウスの敷地内にある東屋に、今回の事件の当事者みんなと辺境伯が揃っていた。
執事姿のソルの給仕でお茶の時間を楽しんでいる最中だ。
三段のティースタンドは全てメリルが平らげ、慌ててメイドが追加のお菓子や軽食、セイボリーを運んでいる。別館もやたら広くて大きいので、一家も王子も別館に滞在中だった。ツナマヨのサンドイッチはよっぽど急がないとメリルに食べられてしまう。
一家はいつでも望めばドラゴンが領地に連れて帰ってくれるのだが、全焼した館跡地に新たなタウン・ハウスを建てる打ち合わせをするために王都に残っている。
王都の女神教会の司祭や、魔術協会のお偉い人がこぞってやってくるせいもあった。館が全焼した原因の炎が精霊の力をもってしてもなぜ消えなかったのか、その謎が解明されればいいのだけれど。
「【魔力感知】でしか見えないように扉を隠したのは、その下働きじゃないかな。扉を閉めたのも多分そいつだ。侯爵の館だったときから主に仕えていたんだろう。あの館の元の持ち主は悪魔を飼いつつ人身売買で大儲けしていた侯爵だったんだ」
王子が最後の一つだったツナマヨサンドイッチを口にする。メリルが残念そうにそれを見ているのには気付かずに。
「ツナマヨサンドイッチもっとないかなあ?」
メリルが諦めきれずにメイドに尋ねている。
「先程ので最後でした。申し訳ございません」
王子がハッとして、さっきまでツナマヨサンドイッチをつまんでいた自分の指をじっと見た。
ウィルフレッドは二人を交互に見ながら、三段目に追加で載せられたタルトを指さしてソルに自皿に載せてもらっている。
「魔王が言ってた。いろんな悪魔がヒトの国に流れ込んだって。あの悪魔もそうだったんだね」
「女神の加護のことを知らなかったのが悪魔にとって致命的だった。倒せて良かったよ。あの悪魔がこの国の民の加護のことを知らなかったのは意外だったな」
王子は自らが鑑定した悪魔のスキルを思い浮かべた。ヒトの【スキルツリー】とは表示が多少違ってはいたが、同じようなスキルが同じ概念で表示されていたことを不思議に思う。それは即ち女神とヒトと悪魔との間には何らかの関連性があるということで――
それに双子のスキルにメリルの母アドリアナのスキル……ずっとスキルを考察していたが、確信に変わる。余りにも得難いそれらのスキルは世を変えるとんでもない力となるだろう。
今回の事件は序章に過ぎなくて、いずれ国全体を巻き込む大事件に発展することになるのだけれど、とりあえず今日もアクアオッジ家は平和です。
おしまい♪
長い間ありがとうございました!楽しんで頂けましたでしょうか。
次作:辺境伯一家の領地繁栄記~辺境伯長女は【強化スキル?】で魔王をぶっ飛ばす …おや?魔王の様子が…~
をどうぞお楽しみに!
今作より時は遡り、アクアオッジ兄妹の中でスキルツリーの鑑定代を懐にしまった最後の一人、長女カーラが巻き起こす物語になります。次男レイファの【スキルツリー】も明らかになります。
応援ありがとうございます!
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