古国の末姫と加護持ちの王

空月

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アズィ・アシーク 5

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  刃の軌跡を、痛みというよりも熱さが走り、そして鮮やかな赤が流れ出る。傷口から溢れ出た血を指先で掬い、リルは素早く砂地に呪印を刻んだ。

  『内的魔力』のないリルには、魔法も魔術も使えない。『魔力因子』と『発現因子』、両方を持っていなければ、『内的魔力』は持ち得ない――それはつまり、魔力によって何かを為すことができないということだ。

  けれど、それに抜け道があるということをリルは知っている。
  『発現因子』、『魔力因子』、どちらか一方のみでは魔力によって何か事象を起こすことができない。それは確かだが――魔法や魔術で形作られたものや事象に干渉することならばできるのだ。

  本来、リルがシーズに教えてもらった方法は、もう少し穏便なものだった。しかし、今の状況で時間をかけてそれを為すことはできない。
  出来る限り迅速に場を乱し、崩し、一時だけでも『結界』を消失させるためには、己の血を使うのが最も適していた。だからこそ、リルは迷うことなくそれを選んだ。
  ……兄たちに知られたらどんな反応をされるのか分かっているから、リルとしてはできるだけ選びたくはなかった選択肢だったのだが、『六葉』に遭遇してしまったならば仕方ない。『証』がない――『侵入者』と見做されれば、どう考えても穏便に別れることなどできないのだから。


  呪印が淡く光る。現在ではほぼ失われたと言われる古の魔術言語――それによって紡がれた呪が力を持つ。
  リルは『発現因子』を持っているから、自ら事象を起こすことはできなくとも、今在る事象に干渉することはできる。


  ――そう、『シルメイア』という魔術的な『要』に干渉することだって。


 『――――』

  声なき声が悲鳴に似た響きを奏でる。ごめんなさい、とリルは心の奥で呟いた。

  苦しげに身を捩る『シルメイア』の姿が歪む。
  『シルメイア』が現出できるのは、結界を形作る魔術の中に、『六葉』の肉体から『内的魔力』を自動生成する術式が組み込まれているからだ。見えない糸で『要』たる肉体と繋がった『シルメイア』は、ほんの少しその糸に干渉するだけで仮初の身体を保てなくなる。

  死ぬわけではない。何故なら『シルメイア』は生きていないから。
  消滅するわけでもない。結界の魔術が解除されない限り、『六葉』は『要』として在り続けるのだから。

  それでも心が痛むのは、『彼女』はただ役割を果たそうとしただけだと知っているからだろう。
  『侵入者』として『排除』されるわけにはいかないけれど、リル自身は未だ害を与えられたわけではない。自分一人なら――自分と焔だけだったなら、こちらから手を出さずに逃げ出すことも考えた。そもそも、リル一人であれば、『六葉』に存在を気付かれる可能性はゼロに等しく、現出した『六葉』に会うこともなかっただろうが。

  けれど実際にはリルは一人じゃなかったし、先行させたアル=ラシードと共に逃げていたとして、足止め無しに『シルメイア』から無事に逃げ出せたかというと、それは恐らく無理だっただろう。どちらにしろ、もしもの話には意味がない。


  くらり、と視界が傾いだ。ふらついた身体を焔が支えてくれる。
  苦笑して礼を言おうとしたリルだったが、きちんと言葉になったのかも自分では分からなかった。視界が暗くなり、音も、触れる感覚も遠くなる。
  流れた以上の血が失われていくのを感じる。正確には、血ではなく『発現因子』だ。その消失が、身体に影響を与えている。

  焔が慎重に、呪印に魔力を注ぐ気配がする。思うようにならない身体がもどかしく、けれど、自分にはどうしようもないということもリルには分かっていた。
  意識を失えれば楽なのだろうけれど、呪印が作動している間はそうはいかない。ひたすら耐えるしかなかった。


  ――そうして、どれほど経っただろうか。

  ふ、と体内から何かが失われる感覚が消えた。
  同時に、ほんの少し身体に注がれた魔力にリルは気付く。傷を癒すためと――それから。

 (……焔?)

  声にならない疑問を感じ取ったのだろう。焔の手が少し乱暴にリルの目を塞ぐ。

 「――負担が掛かり過ぎた。眠りな、姫さん。じゃないと回復が追い付かない」

  でも、と紡ぎかけた言葉は音にならず、焔によってもたらされた眠気が、ただでさえギリギリの淵で踏みとどまっていたリルの意識を沈めようとする。

  抗うことのできないそれに導かれ、リルは眠りに落ちた。

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