古国の末姫と加護持ちの王

空月

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「アル=ラシード?」
「リル?」

  誰何すいかするまでもなく、顔を見合わせて互いの名前を口にする。
  リルの方は予測していたが、アル=ラシードにとっては予想外だったのだろう。目を見開き、ぽかんと口を開けている様は、歳相応と言ってもいいあどけなさがあった。

  やっぱりアル=ラシードくらいの年齢の子はこういうふうな方がいいなぁ、などとリルが若干ずれたことを考えていると、ようやく驚きから抜け出したらしいアル=ラシードが、噛みつくような勢いで捲し立ててきた。

 「何故ここにっ……、いや、それより無事だったのか、今までどこに、――外から来たようだが誰かと会ったか? 何かされたりは――」
 「うん、まあ、とりあえず落ち着こう、アル=ラシード」

  ほら深呼吸、と促す。混乱しているせいなのか、質問も重複気味の内容のものがあったりしているし、答えを待つという意識の欠如した矢継ぎ早っぷりだ。多少落ち着いてもらわないと話にならないだろうと思っての言葉だったが、それを受けたアル=ラシードは何とも言えない顔をした。

 「……そうだったな。お前はそういう人間だった……」

  言いつつも深呼吸するアル=ラシードに、なんだかんだ言ってアル=ラシード素直だよね、と思うリル。

 (って、『そういう』ってどういう意味だろう……)

  少し考えてみるものの、アル=ラシードの言い方からして、そう悪い意味ではなさそうだということくらいしかわからない。リルの言動に対する謎の納得の根拠らしいが、実質一日も行動を共にしていないのに、一体アル=ラシードはその間に何を見出したのだろうか。

  気になるところではあるけれど、今はそこを追及している場合ではない。リルは気を取り直して、深呼吸を終えたアル=ラシードに向き直った。

 「ええと、順序立てて説明した方がいいかなって思うんだけど……アル=ラシードは『転移所《クィ・ラール》』で魔法陣に乗った後どうなったか覚えてる?」

  リルの問いに、アル=ラシードは僅かに首を傾げて考え込む素振りを見せた。

 「……いや、魔法陣の構成が書き変わったのを見たのが最後だ。ついさっき目が覚めたからな。――そういうお前は、私より先に目覚めていたということだな。というか目覚めた場所自体も違うのか?」
 「そっか。……えっと、どこから説明しようかな……。とりあえずわたしが起きた時にいたのは牢獄だったんだけど」
 「……は? 牢獄?」

  唖然としたアル=ラシードの様子に、まあ普通そういう反応するよね、と思うリル。

 「その反応からすると、アル=ラシードの宮にはないのかな。わたしがいたの、ザイ=サイードの宮だったの」
 「……兄上の? ……ということは、一連の出来事は兄上が謀ったことだったということか?」
 「う、……うん、まあ大体そういうことみたいなんだけど」

  リルが目覚めた場所の情報だけでそこまで察してしまえるアル=ラシードに、ザイ=サイードとの血縁関係を感じて微妙な気持ちになる。シャラ・シャハル王家は異能かと思う域の察しの良さを備えてないと生き抜けないのだろうか。

 「……っていうか、驚かないんだ?」

  あまりにあっさりと納得しているので、さすがに気になって探りを入れてみる。
  アル=ラシードは特に何の感情も見せず、当たり前のことを説くように淡々と答えた。

 「元々内部の犯行だとは思っていたし、私という存在――というよりは【加護印シャーン】だな――は、私の意思に関わらず敵も崇拝者もつくりやすい。これで私が王になるのだったら使いようもあっただろうが、継承権は第二位だ。兄上からしてみれば厄介この上ないだろう。私を亡き者にした方がよいという考えに至ったとしても納得できる」

  【加護印シャーン】の希少性や初代王と精霊との関わりを考えれば、アル=ラシードの言葉は事実なのだろう。だとしても――。

 (……なんていうか、冷静に認識しすぎじゃないかな……)

  齢十を数えたばかりの子供の思考じゃない気がする。王家の人間であることを差し引いても、あまりに冷静で客観的で、なおかつ割り切りすぎてはいないだろうか。

 (『敵』と『崇拝者』って言ったし……)

  意識的にその言い方をしたのなら、つまり『味方』と呼べる人間ははいないと思っているということだ。
  王家というのは長く続けば続くほど様々なしがらみにがんじがらめになっていくことが多いし、『魔法大国』シャラ・シャハルともなれば敵味方も一筋縄ではいかないのは当然だろうが、それにしてもどんな環境なんだと言いたくなる。

  しかし他国の内情なので口を出すこともできない。結局リルはそれについては深くつっこまないことにした。

 「一応、これから先はアル=ラシードに手出しはしないって言ってたけど」
 「今回失敗したからか? 自分で言うのもなんだが、兄上の治世に【加護印シャーン】持ちの王位継承者サーリヤがいるのは望ましくないと思うんだが……」

  言外に「そんなにあっさり諦めて大丈夫なのか」と不思議そうに――見方によってはザイ=サイードを心配するアル=ラシードに、眩暈を覚えるリル。亡き者にされそうになった当人の考えることじゃない。絶対に。
  しかしザイ=サイードがアル=ラシードを殺そうとしていた理由も、それを諦めた理由も、ザイ=サイードとその母親がひた隠しにしていた『魔力がない』というザイ=サイードの特質に関わる。リルの一存で話すこともできない。

  リルとしては、いっそ兄弟腹を割って話して、王位にまつわるあれこれの調整をしたらいいんじゃないかと思うけれど、それはザイ=サイードがこれからどうするつもりなのかにも拠るだろう。即位すれば自ずと『魔力がない』という事実が晒されるような口振りだったので、王位を継ぐことはないのだろうが――。

  そこまで考えて、リルはあることに思い至った。否、そのことを思い出したという方が正確だろう。


  ――『アル=ラシードが王位を継ぐ』と、自分は『知っている』のだと。


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