古国の末姫と加護持ちの王

空月

文字の大きさ
27 / 29

日常回帰、そして

しおりを挟む



  十五の誕生日から数日。リルは以前と変わりない、穏やかで時々賑やかな日々に戻っていた。

  兄達のプレゼントが要因となった一連の出来事については、ちょうど過去で過ごしたのと同じ分だけリルと焔が行方不明になっていたことと相俟って、事情を話した家族にはあっさりと受け入れられた。
  無事でよかったとは口々に言われたものの、魔力の関わる物事の研究に余念のないシーズなどは、どこかへ消えてしまったプレゼント――『移空石』を研究できなかったことの方が重要と言わんばかりだった。いなくなっていた間は心配してくれていたらしいけれど、戻ってきたなら問題なしとばかりに拘らなさすぎるとリルは思った。

  その無くなってしまったプレゼントについては、「無くなっちゃったなら新しいものを贈らないとね!」とザードが言い出したので、今度は兄達で事前に打ち合わせて、同じような装飾品を贈ってくれることに決まった。
  リルとしては、手元から無くなったとはいえ一度プレゼントしてもらったことに変わりはないと辞退しようとしたのだが、なんだかんだと言いくるめられて、結局新たに作ることにしたらしいそれらの完成を待つことになってしまった。

  そんなふうになんだかちょっとずれた周囲の反応のおかげで、これまでの日課に加えて、『過去』の道中で疑問に思ったことなどをセクトに訊ねたり、ファレンに護身術を習うことにしたりと、一連の出来事を経ての変化はあれど、閉じた国であるイースヒャンデでの生活は、大きく変わることはなかった――それが見つかるまでは。


 「リル!」
 「ザード兄様?」

  大きな声で呼ばれたのに驚き、常にない様子に首を傾げる。
  兄弟――というより家族(つまりイースヒャンデの王族)の中では特に顔が広く、よく一人で城下どころか国外もうろうろしている好奇心の強いザードだが、落ち着きに欠けているというわけではない。というのに、息せき切ってノックするのももどかしいとばかりにリルの部屋に飛び込んで来たのだから、リルが目を丸くするのも当然だった。

 「これ、――リルに」

  そうして差し出されたのは、簡素な封書――手紙だった。
  見てみれば、確かに宛名はリルになっている。しかし、セクトやシーズほどではないが城の外に出ない……つまり知り合いが少ないため、手紙を送られる覚えがないリルが首を傾げると、ザードは「ほら、見て」と差出人の部分を指し示した。

 「――……アル=ラシード……?」

  そこには流麗な字で、『アル=ラシード』とだけ綴られていた。

 「シーズが言うには、物質を任意の場所に転移させる魔法で送られてきたみたいだよ。……いきなり場所だけ言われて『見てこい』って言われて何かと思った……」

  体の良い使い走りにさせられたことを若干恨みがましく呟きつつ、ザードが手紙を手渡してくる。
  いまいち状況を飲み込めないまま、リルは手紙の封を切った。そうして中にあった便箋に目を落とす。

 「………………」
 「……リル?」

  手紙を読み進めるごとに徐々に険しい顔になるリルに、ザードが戸惑いがちに声を掛ける。
  それに応えるのは後回しで、文章の最後まで読み切ったリルは、一度目を閉じて深呼吸した。

 「……ザード兄様」
 「な、なに? リル」

  普段より幾分が低いリルの声に、事情がわからないながらも何かを感じ取って、ザードが身構える。

 「国の結界、ちょっと緩めないとやばいかも。――壊されかねない」

  そうしてリルにしては砕けた口調で、しかし重々しく告げられた内容に、固まった。



  どうやらリルが『過去』を経験するまで、何をどうしても『イースヒャンデ』に接触できなかったらしいアル=ラシードが、ついにしびれを切らして――考え得る手を全て尽くした結果らしいとはいえ極端に走りすぎだと思うが――焔曰く【加護印シャーン】が発現するほどの強い魔力を利用して、力任せにイースヒャンデを覆う結界に穴を開けようとの思考に至ったということが手紙には綴られていたのだ。
  リルの手元に来たのは初めてだったが、文脈からするとこれまでも幾度となく――多分何十通ではきかないレベルで手紙を送る試みはされていたらしい。

  それから国の結界の管理を一手に担っているシーズと結界への魔力供給の要であるセクトを巻き込み国の結界を人ひとり招き入れられるだけ緩めたり、旅慣れているザードをシャラ・シャハルに送ってアル=ラシードに渡りをつけたりと慌ただしい日々の果てに、リルはアル=ラシードと再会することになるのだが、それはまだ先の話だった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...