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日常回帰、そして
しおりを挟む十五の誕生日から数日。リルは以前と変わりない、穏やかで時々賑やかな日々に戻っていた。
兄達のプレゼントが要因となった一連の出来事については、ちょうど過去で過ごしたのと同じ分だけリルと焔が行方不明になっていたことと相俟って、事情を話した家族にはあっさりと受け入れられた。
無事でよかったとは口々に言われたものの、魔力の関わる物事の研究に余念のないシーズなどは、どこかへ消えてしまったプレゼント――『移空石』を研究できなかったことの方が重要と言わんばかりだった。いなくなっていた間は心配してくれていたらしいけれど、戻ってきたなら問題なしとばかりに拘らなさすぎるとリルは思った。
その無くなってしまったプレゼントについては、「無くなっちゃったなら新しいものを贈らないとね!」とザードが言い出したので、今度は兄達で事前に打ち合わせて、同じような装飾品を贈ってくれることに決まった。
リルとしては、手元から無くなったとはいえ一度プレゼントしてもらったことに変わりはないと辞退しようとしたのだが、なんだかんだと言いくるめられて、結局新たに作ることにしたらしいそれらの完成を待つことになってしまった。
そんなふうになんだかちょっとずれた周囲の反応のおかげで、これまでの日課に加えて、『過去』の道中で疑問に思ったことなどをセクトに訊ねたり、ファレンに護身術を習うことにしたりと、一連の出来事を経ての変化はあれど、閉じた国であるイースヒャンデでの生活は、大きく変わることはなかった――それが見つかるまでは。
「リル!」
「ザード兄様?」
大きな声で呼ばれたのに驚き、常にない様子に首を傾げる。
兄弟――というより家族(つまりイースヒャンデの王族)の中では特に顔が広く、よく一人で城下どころか国外もうろうろしている好奇心の強いザードだが、落ち着きに欠けているというわけではない。というのに、息せき切ってノックするのももどかしいとばかりにリルの部屋に飛び込んで来たのだから、リルが目を丸くするのも当然だった。
「これ、――リルに」
そうして差し出されたのは、簡素な封書――手紙だった。
見てみれば、確かに宛名はリルになっている。しかし、セクトやシーズほどではないが城の外に出ない……つまり知り合いが少ないため、手紙を送られる覚えがないリルが首を傾げると、ザードは「ほら、見て」と差出人の部分を指し示した。
「――……アル=ラシード……?」
そこには流麗な字で、『アル=ラシード』とだけ綴られていた。
「シーズが言うには、物質を任意の場所に転移させる魔法で送られてきたみたいだよ。……いきなり場所だけ言われて『見てこい』って言われて何かと思った……」
体の良い使い走りにさせられたことを若干恨みがましく呟きつつ、ザードが手紙を手渡してくる。
いまいち状況を飲み込めないまま、リルは手紙の封を切った。そうして中にあった便箋に目を落とす。
「………………」
「……リル?」
手紙を読み進めるごとに徐々に険しい顔になるリルに、ザードが戸惑いがちに声を掛ける。
それに応えるのは後回しで、文章の最後まで読み切ったリルは、一度目を閉じて深呼吸した。
「……ザード兄様」
「な、なに? リル」
普段より幾分が低いリルの声に、事情がわからないながらも何かを感じ取って、ザードが身構える。
「国の結界、ちょっと緩めないとやばいかも。――壊されかねない」
そうしてリルにしては砕けた口調で、しかし重々しく告げられた内容に、固まった。
どうやらリルが『過去』を経験するまで、何をどうしても『イースヒャンデ』に接触できなかったらしいアル=ラシードが、ついにしびれを切らして――考え得る手を全て尽くした結果らしいとはいえ極端に走りすぎだと思うが――焔曰く【加護印】が発現するほどの強い魔力を利用して、力任せにイースヒャンデを覆う結界に穴を開けようとの思考に至ったということが手紙には綴られていたのだ。
リルの手元に来たのは初めてだったが、文脈からするとこれまでも幾度となく――多分何十通ではきかないレベルで手紙を送る試みはされていたらしい。
それから国の結界の管理を一手に担っているシーズと結界への魔力供給の要であるセクトを巻き込み国の結界を人ひとり招き入れられるだけ緩めたり、旅慣れているザードをシャラ・シャハルに送ってアル=ラシードに渡りをつけたりと慌ただしい日々の果てに、リルはアル=ラシードと再会することになるのだが、それはまだ先の話だった。
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