28 / 29
番外編
番外編 『古国』イースヒャンデの日常
しおりを挟む「ザード兄様、お帰りなさい!」
久々の長旅から帰ってきた三番目の兄・ザードをリルは満面の笑みで出迎えた。ザードもまた、リルににっこりと笑みを返す。
「ただいま、リル! 出迎えてくれてありがとう。もうその笑顔だけで旅の疲れが癒されるよ本当」
「っていうか人を使いっ走りにした張本人が出迎えないってどういうこと? そりゃあいつにそんな思考なんてないだろうけどさー」などとぶつぶつ言いつつ、持ち帰った荷物をぺいっと床上の魔法陣に投げた。乱雑な扱いを受けたその荷物はしかし、床と激突することなくそこから姿を消す。シーズ作の転送用魔法陣が作動したためだ。
その光景はいつものことなので気にすることもなく、リルはザードに手を取られて歩き出す。妹へ対する愛情を全く隠さないザードはことあるごとに手を握ったり抱きしめたりしてくるのでこれもまたいつものことだった。
「いない間、何か変わったことはあった?」
「うーん……特にはなかったかな。シーズ兄様の実験室が一回吹き飛んだくらいで」
「いなかった期間を考えれば少ないほうだからそれは別にいいや。修復もちゃんとできたんだろうし」
「うん、それは完璧だったよ。っていうか、修復のための魔法を試したかったみたい」
「人騒がせな奴だねー」
しみじみと呆れたように口にするザードが向かう先は、つい今しがた話題になったシーズの研究室だ。いつもは初めに父母へと挨拶に向かうのだが、今日は二人は視察のため外出中だ。恐らく門番辺りからそれを聞いたのだろう。
他愛のない旅先の土産話を聞きながら歩くことしばらく、ようやく目的地へと辿り着く。
「邪魔するよーっと」
何度も何度も吹き飛ばされた結果、味も素っ気もないただ頑丈なだけが取り柄の扉へと替えられた入口におざなりに呟いて、曲がりなりにも王族であることを忘れそうな乱暴さで、ザードは扉を開け放った。
その様に、今回のザード曰くの『使いっ走り』は結構面倒だったんだろうなぁ、と思うリル。
「出迎えもしない薄情な半身にお土産。あとその前に精霊石の点検」
「……え?」
当たり前のように続けられた言葉に目を瞬かせたリルに、ザードは「どうせ僕がいない間はしてないでしょ」と半眼で言う。
「リルのことだから研究の邪魔したら悪いとか思って言わなかったんだろうけど、この研究馬鹿が研究してない時なんてないんだからそんなの気にしなくてもいいんだよ。……まあそもそもこいつが自分から言い出せば済む話なんだけど、そこまで期待できないし」
こいつ、のところで苛立たしげに小突かれた当人――シーズは、そこでようやっと手元の書き付けから顔を上げた。
「……ザードか」
「反応が遅い。耳から脳に届くまで体内一周でもしてるの? ま、いいや。聞こえてたよね」
「精霊石《イース》の点検だろう。……もうそんなに経ったか」
「せめて日付くらい把握しろって言ってるのにまたぼーっと研究漬けで過ごしてたわけ? リルに心配かけたら――」
「物理的に制裁すると言うんだろう。お前と長兄と次兄で。言われなくともリルが呼びに来れば食事はきちんと摂っている。勧められれば睡眠もとっている」
「わかってるならよし。そのついでに精霊石の点検もするようになればもっといいんだけど」
「留意しておく。――リル」
呼ばれて、一応自分に関わることながら傍観者気分だったリルは慌ててシーズに近付いた。
「精霊石を」
シーズの言葉が足りないのはいつものことだし、精霊石の点検自体は初めてではないので、戸惑うこともなく精霊石の嵌った腕輪のある右腕を差し出す。
角度を変えての幾度かの観察と直接触れての確認が終われば、再び言葉の足りない指示がされる。
「精霊を」
今度も戸惑うことなく、シーズに何を求められているかを正確に読み取って、リルは精霊石を定められた通りに叩き、そして呼びかける。
(イース・ナアル=【焔】、兄様が呼んでるから出てきてくれる?)
数瞬おいて精霊石が明滅し、そこから赤い光が飛び出て、空中で発火する。みるみる勢いを増して人の背丈ほどに膨れ上がった炎が、人影を残して消え去った。
見慣れた光景に驚く者はここにはいない。淡々と「異常はなさそうだな。魔力の発現も滞りない」とシーズが言い、「久しぶり、焔」とザードが笑みを向ける。
笑いかけられた当人――今しがた精霊石から出てきたばかりの焔も慣れたもので、平然と「帰ってたんだなザード。まー、そうじゃないとこうやって俺が呼び出されることもないか」なんて言っている。……つまり、恒例の光景だった。
「一応訊くが、精霊として何か異常を感じるか」
「いーや? おかげさまで魔力も充分蓄えられてるし、特におかしい感じはしないな」
「それならばいい」
それだけ言って、当たり前のようにシーズは書き付けを手にし、再びそれに没頭し始めた。しかしこれもまたいつものことだったので、特に気にする者はいない。
「じゃあリル、僕はこの研究馬鹿に実体験っていうお土産を渡す作業があるから、先に戻っていいよ。ここ何も面白いものないし」
ザードの言葉――恐らくは『何も面白いものがない』の部分――に反応したらしいシーズが一瞬視線を上げたものの、結局無言でザード曰くの『お土産』を受け取る準備を始めたので、リルは小さく「またあとで」と口にして、焔と共にその場をあとにしたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる