古国の末姫と加護持ちの王

空月

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番外編

番外編 『古国』イースヒャンデの日常

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「ザード兄様、お帰りなさい!」

  久々の長旅から帰ってきた三番目の兄・ザードをリルは満面の笑みで出迎えた。ザードもまた、リルににっこりと笑みを返す。

 「ただいま、リル! 出迎えてくれてありがとう。もうその笑顔だけで旅の疲れが癒されるよ本当」

  「っていうか人を使いっ走りにした張本人が出迎えないってどういうこと? そりゃあいつにそんな思考なんてないだろうけどさー」などとぶつぶつ言いつつ、持ち帰った荷物をぺいっと床上の魔法陣に投げた。乱雑な扱いを受けたその荷物はしかし、床と激突することなくそこから姿を消す。シーズ作の転送用魔法陣が作動したためだ。
  その光景はいつものことなので気にすることもなく、リルはザードに手を取られて歩き出す。妹へ対する愛情を全く隠さないザードはことあるごとに手を握ったり抱きしめたりしてくるのでこれもまたいつものことだった。

 「いない間、何か変わったことはあった?」
 「うーん……特にはなかったかな。シーズ兄様の実験室が一回吹き飛んだくらいで」
 「いなかった期間を考えれば少ないほうだからそれは別にいいや。修復もちゃんとできたんだろうし」
 「うん、それは完璧だったよ。っていうか、修復のための魔法を試したかったみたい」
 「人騒がせな奴だねー」

  しみじみと呆れたように口にするザードが向かう先は、つい今しがた話題になったシーズの研究室だ。いつもは初めに父母へと挨拶に向かうのだが、今日は二人は視察のため外出中だ。恐らく門番辺りからそれを聞いたのだろう。
  他愛のない旅先の土産話を聞きながら歩くことしばらく、ようやく目的地へと辿り着く。

 「邪魔するよーっと」

  何度も何度も吹き飛ばされた結果、味も素っ気もないただ頑丈なだけが取り柄の扉へと替えられた入口におざなりに呟いて、曲がりなりにも王族であることを忘れそうな乱暴さで、ザードは扉を開け放った。
  その様に、今回のザード曰くの『使いっ走り』は結構面倒だったんだろうなぁ、と思うリル。

 「出迎えもしない薄情な半身にお土産。あとその前に精霊石イースの点検」
 「……え?」

  当たり前のように続けられた言葉に目を瞬かせたリルに、ザードは「どうせ僕がいない間はしてないでしょ」と半眼で言う。

 「リルのことだから研究の邪魔したら悪いとか思って言わなかったんだろうけど、この研究馬鹿が研究してない時なんてないんだからそんなの気にしなくてもいいんだよ。……まあそもそもこいつが自分から言い出せば済む話なんだけど、そこまで期待できないし」

  こいつ、のところで苛立たしげに小突かれた当人――シーズは、そこでようやっと手元の書き付けから顔を上げた。

 「……ザードか」
 「反応が遅い。耳から脳に届くまで体内一周でもしてるの? ま、いいや。聞こえてたよね」
 「精霊石《イース》の点検だろう。……もうそんなに経ったか」
 「せめて日付くらい把握しろって言ってるのにまたぼーっと研究漬けで過ごしてたわけ? リルに心配かけたら――」
 「物理的に制裁すると言うんだろう。お前と長兄と次兄で。言われなくともリルが呼びに来れば食事はきちんと摂っている。勧められれば睡眠もとっている」
 「わかってるならよし。そのついでに精霊石イースの点検もするようになればもっといいんだけど」
 「留意しておく。――リル」

  呼ばれて、一応自分に関わることながら傍観者気分だったリルは慌ててシーズに近付いた。

 「精霊石イースを」

  シーズの言葉が足りないのはいつものことだし、精霊石イースの点検自体は初めてではないので、戸惑うこともなく精霊石イースの嵌った腕輪のある右腕を差し出す。
  角度を変えての幾度かの観察と直接触れての確認が終われば、再び言葉の足りない指示がされる。

 「精霊イーサーを」

  今度も戸惑うことなく、シーズに何を求められているかを正確に読み取って、リルは精霊石イースを定められた通りに叩き、そして呼びかける。
 (イース・ナアル=【焔】、兄様が呼んでるから出てきてくれる?)
  数瞬おいて精霊石イースが明滅し、そこから赤い光が飛び出て、空中で発火する。みるみる勢いを増して人の背丈ほどに膨れ上がった炎が、人影を残して消え去った。
  見慣れた光景に驚く者はここにはいない。淡々と「異常はなさそうだな。魔力の発現も滞りない」とシーズが言い、「久しぶり、焔」とザードが笑みを向ける。
  笑いかけられた当人――今しがた精霊石イースから出てきたばかりの焔も慣れたもので、平然と「帰ってたんだなザード。まー、そうじゃないとこうやって俺が呼び出されることもないか」なんて言っている。……つまり、恒例の光景だった。

 「一応訊くが、精霊イーサーとして何か異常を感じるか」
 「いーや? おかげさまで魔力も充分蓄えられてるし、特におかしい感じはしないな」
 「それならばいい」

  それだけ言って、当たり前のようにシーズは書き付けを手にし、再びそれに没頭し始めた。しかしこれもまたいつものことだったので、特に気にする者はいない。

 「じゃあリル、僕はこの研究馬鹿に実体験っていうお土産を渡す作業があるから、先に戻っていいよ。ここ何も面白いものないし」

  ザードの言葉――恐らくは『何も面白いものがない』の部分――に反応したらしいシーズが一瞬視線を上げたものの、結局無言でザード曰くの『お土産』を受け取る準備を始めたので、リルは小さく「またあとで」と口にして、焔と共にその場をあとにしたのだった。
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