愛されるのは私じゃないはずなのですが

空月

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愛されないはずなのに『愛している』と言われてしまいました

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 リリー・ロザモンテは戸惑っていた。悩んでもいた。

「おかしいわ、愛されるのは、私じゃないはずなのだけど……」

 リリーの戸惑いは、三日前、婚約者であるゼノ・フェアトラークから、『愛している』との言葉を向けられてしまったことに端を発する。


 ――この世界には、時折『特性』と呼ばれるものを天より賜るものがいる。
 誰よりも強くなれる身体であったり、難解な魔術式を一瞬で読み解く才であったり、万人にあまねく癒しを与える能力であったりするそれを、リリーもまた、賜っていた。
 リリーの持つ『特性』を『物語』という。
 『特性』を得た者は、生まれたときより自分の持つそれについて知る。リリーも例外ではなく、気付けばそれがどういうものか知っていた。
 リリーの得た『特性:物語』は、分類的には『予知』の仲間である。『己の知る世界の、もっとも物語的な道筋を知ることができる』能力だ。
 『予知』の仲間ではあるが、『予知』と違って、未来を直接見られるわけではない。自分が知る範囲の世界の、物語的な道筋を『物語』の形で知るだけの能力だ。

 要するに、出会う人々の人生の中で、『もっとも物語的な部分』だけを物語の形で知ることができる。リリーの場合、出会って以降のものしか知ることができないので『予知』の仲間だとしているが、過去も含めて知ることができる場合は『特性:アカシックレコード』の仲間と分類されるだろう。

 ともかく、リリーは、出会う人出会う人の『人生のもっとも物語的な部分』を夢の中、本の形で読んできた。

 婚約者として紹介された、ゼノのときもそうだった。
 家と家との都合で決まった婚約者。愛想ばかりを貼り付けた顔で挨拶されたとき、「この人と私の間で『物語』は発生しなさそうだわ」と考えたのは当たっていた。
 その夜見た夢の中で、『ゼノ・フェアトラーク』の背表紙のついた本を手に取って、リリーは彼の人生に起こる『もっとも物語的な道筋』を知った。

 ゼノ・フェアトラークは愛を知らずに育った人間だった。
 政略結婚で冷え切った夫婦の間に生まれ、もちろん愛情など注がれるはずもなく。跡取りとしての教育は厳しいばかりで、どんなに優秀でも褒められたこともない。
 愛を与えられたことがないから、他者に対して愛を持てるはずもなく。『フェアトラークの家の者として恥ずかしくない』振る舞いをすることだけがうまくなっていく。
 それは家同士の都合で決められた、婚約者に対しても同じで。
 『婚約者として』『フェアトラークの家の者として』ふさわしい言動を向けることはできても、そこに実は伴わず、どこかよそよそしい関係にしかならない。
 だけれどそれが当たり前だと、そういうものなのだと思っていたゼノを変えるのは、魔術の使える貴族としての義務で通っていた、国立魔術学院の転入生。
 どこかの貴族の落とし胤で、莫大な魔力を持っていたがために、貴族ばかりの学院に通うことになってしまった少女。優秀さから学年代表に任命されていたゼノは、そんな彼女の補佐を頼まれることになる。
 そうして関わることになった少女の、降りかかってきた苦労を吹き飛ばすような天真爛漫さに圧倒され、愛を受けて育ってきた故に物事を善意と好意で解釈する彼女に、次第に感化されていき――いつしか抱いた好意によって、彼は愛を知る。少女もまたその愛に応え、ゼノは形ばかりの婚約を解消し、真実の伴侶を得る。

 ……というのが、おおむねの流れだった。
 それを知っていたから、リリーはずっと、ゼノがきちんと愛を得られるように――『愛を知る物語』を辿れるように、立ち回ってきたつもりだった。

 婚約者としての義務で、月に一度お茶を共にしていても。
 お互いの家の者としてふさわしい、折々の手紙のやりとりや贈り物をしていても。
 国立魔術学院に入学して、『婚約者として恥ずかしくない』程度に共に過ごす時間をとっていても。
 『フェアトラークの家の者として恥ずかしくない』振る舞いをしているだけだとしても、そこに確かにある彼自身の実直さや気遣いのような、好ましい部分を見つけてしまったとしても。

 ――自分が、ゼノが『愛を知る』ことのできる相手ではないとわかっていたから、きちんと線引きをして、それを越えないでいた。

 ゼノが愛を知るきっかけになるのも、それを抱くのも、リリーではないのだから。
 いつか彼がそれを知り、その愛に生きたいと思ったとき、邪魔にならないような立ち位置でいなければと思っていたのだ。

 ……なのに。

(どうして、私に向かって『愛している』なんて……)

 三日前、定例のお茶会で、ゼノはリリーに向かって『愛している』と告げた。
 一ヶ月前に転入してきたという『ノワ・ルーナ』という少女と共にいるのをよく見かけるようになったので、いよいよ『物語』を辿り始めたのだと思っていた矢先だった。

 言われた瞬間、リリーは聞き間違いかと思って、ゆったりと首を傾げ、「申し訳ありません、今、なんと?」と問い、――結果、二度『君を愛している』と言われる羽目になった。
 わけがわからなかった。理解できなかった。リリーはなんとか『相手をお間違えでは?』と口にしないことに成功したものの、混乱と戸惑いは隠せなかった。
 そんなリリーを気遣い、ゼノは早々にお茶会をお開きにして、リリーを家に帰してくれた。混乱したまま、リリーはその日、体調が悪いと言って家族との夕食を断り、ゼノの発言についてずっと考えていたが、やっぱりわけがわからないままだった。
 そしてそのまま、三日が過ぎた。

「今日は、ゼノ様と顔を合わせる講義があるのよね……」

 リリーの『特性』で一人の人の物語が読めるのは一度きりだ。なので、確認のために再びゼノの『物語』を読むこともできない。行動の指針を立てられない。

(……なにか、他の『特性』による介入があったのかもしれない、とまでは考えられたのだけど)

 『特性』について、公表や届け出の義務はない。しかし大抵の『特性』は公表することで有用に活用されるし、『特性』による様々な事柄――たとえば『予知』の副作用の体調不良など――に考慮されるようになるので、公表する者が多い。
 リリーは、あまり活かせる『特性』ではないし、目立ちたくもなかったので公表していなかったが、同学年に公表している『特性』持ちがいた。
 この国の第二王子――グラウ王子だ。『特性』は『予知』。
 ゼノはグラウ王子の側近になると目されているので、関わりもある。

(でも、『予知』は予知の内容を変えることはできないはず……)

 だから、グラウ王子がゼノの未来を『予知』して、その内容を伝え、それを何らかの理由でゼノが変えようとしたところで、変わらない――リリーが知る『物語』と同じ道筋を辿るはずなのだ。

 ……ということを、この三日間何度も考えた。思考の辿り着く先がないのだ。

(あるいは、『ノワ・ルーナ』さんが特性持ちだという可能性もあるけれど……)

 基本、『特性』は魔力量が多い者に発現しやすいとされている。リリーはそう多い魔力量ではないので、数少ない例外ということになる。
 なので、莫大な魔力を持っている『ノワ・ルーナ』という少女に『特性』があり、それが未来を変えられる系統のものだったという可能性はある。

 ――でも、どれもこれも推測でしかない。

「ゼノ様に、真意を問うのが一番ではあるのよね……」

 わかっている。わかっているのだ。
 しかし、リリーは真正面から人に切り込むというのが得意ではない。『特性:物語』により、人に深く関わるということを避けて生きるようになってしまったからだ。それはただ、リリーが臆病だっただけなのだけれど。

 『物語』も『予知』の仲間だけあって変えることができないものだ。だから、リリーはいつしか、諦観を抱えて生きるようになっていた。

 リリーの『特性:物語』では、自分の『物語』は読めない。けれど、出会う人出会う人の『物語』に自分が登場しないとなれば、自分は誰にとっても特筆すべき人間になれないのだと諦めもする。

(血の近い人の『物語』も読めないから、もしかしたら家族の『物語』には私の痕跡が少しはあったかもしれないけど……)

 それは希望的観測でしかなかったし、その痕跡が自分が死ぬときのことだったりしたらそれはそれで悲しい。

「……でも、悩んでいても仕方ないわよね」

 そうしてリリーは、ゼノに話を聞くことを心に決めたのだった。


 しかし。

「やあ、ロザモンテ嬢。ご機嫌麗しゅう。ついにゼノが動いたんだってね!」

 ゼノと顔を合わせる前に、自分こそご機嫌な様子のグラウ王子に声をかけられてしまった。

「ご機嫌麗しゅう、王子。……ゼノ様が、何か?」

 迷った末、リリーはとぼけることにした。具体的にグラウ王子が何を指して『ゼノが動いた』と称したのかはわからなかったが、『愛している』と告げられたことだとしたら、他の人がいるところで話したい内容でもなかったからだ。

「うんうん、『予知』どおりの反応だ。それこそがとても喜ばしいことだがね!」
「……?」

 ゼノの真意も謎なのに、王子の言葉の意味も謎で、リリーは疑問符を浮かべる。
 と、そこに。

「……王子! 僕の婚約者に気軽に近づかないでいただきたい」

 珍しく、息を乱した様子のゼノが現れた。

(……私と王子が共にいるのを見て、慌ててやってきた――ように見えるけれど、そういう人だったかしら?)

 ゼノが息を乱すのも、強めの口調で王子を呼ぶのも、見たことがなかった。いつもゼノは淡々と、冷静に、余裕のある様子だったからだ。

 確かに、王子は一挙手一投足に注目されている存在なので、リリーが婚約者のある身であっても、個人的に声をかけられたとなるとあらぬ噂が立つ可能性はある。それを厭ってのことだろうか。

 リリーと王子の間を遮るように立ったゼノは、リリーの全身を確かめるように視線を動かし、「何もされなかっただろうか?」と訊ねた。

「ひどいな! まるで俺が暴漢のような扱いじゃないか。俺は極めて紳士に、お前の起こした行動について確認しようとしただけだというのに」
「だから、そういうのはやめてくださいと言ったでしょう!」
「だって、俺が確かめるのが一番だろう? お前では行動は起こせても、その結果を確認する術がない」
「……?」

 何やら二人の間では話ができあがっているようだが、リリーには事態がさっぱりわからないままだ。

 すると今度は。

「フェアトラーク様、だめですよ。きちんと当事者にお話しになっていませんでしょう。ロザモンテ様が戸惑っていらっしゃいます」
「ルーナ嬢……」

 『ノワ・ルーナ』嬢まで現れた。そして彼女もなにやら事情を把握しているような口ぶりだ。

(……どういうことなの?)

 王子に、学年代表、さらには莫大な魔力を持つ転入生。
 何かと注目の的の三人に囲まれて、リリーはとても居心地が悪かった。

(私なんて、ゼノ様の婚約者ということくらいしか特筆すべきところのない人間だもの。場違いな気がしてならないわ)

 ルーナ嬢は、辺りからちらほらと視線が集まっているのを確認して、言った。

「場所を変えましょう。……ロザモンテ様、何もわからなくて戸惑われているのはよくわかります。その戸惑いの大元についてお話ししたいので、お付き合いくださいますか?」

 そう言われて、否と答えられようか。
 リリーはただ、こくこくと頷いたのだった。
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