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疑問は汲めども尽きません

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 「衆目のない場所というのなら、とっておきがある!」と王子が案内したのは、王族が学院に在籍しているときにのみ使うことができるという部屋だった。
 リリーはもちろん訪れたことはなかったのだが、ゼノや、王子に目をかけられているルーナ嬢にとっては初めて訪れる場所ではないようで、勝手知ったる様子で部屋付きらしい使用人に茶会の準備を申しつけている。

 すぐさま準備が整って、四人ともがテーブルに着き――最初に口を開いたのはゼノだった。

「その……先日、三日前から、おそらく戸惑わせてばかりかと思うのだが、それについて説明させてほしい」
「は、はい」

 ゼノにまっすぐ見据えられて、リリーは背筋を伸ばした。

「三日前、君にとっては突然に思えただろう告白をしたが……あれは、君の『運命』を変える最後の一手だったんだ」
「え、『運命』……?」
「そう、『運命』だ。一般的には、その『魂』が繰り返し辿るとされる大きな流れのことで……それは『アカシックレコード』を読み解くか、『運命』を視ることができる能力を持つ者に視てもらうなどしなければわからないとされている」
「それは、聞いたことがありますが……」

 この世界では『魂』は巡るものとされている。ひとつの魂がひとつの生を生ききると、浄化の時を経て、またまっさらな魂として世界に生まれるのだ。
 ただし、まっさらといっても、その『魂』が『魂』として成ったときにさだめられた『運命』は別だ。それは『魂』の根幹に刻まれたもので、『特性』などの介入がなければ基本的に不変とされている。

「君の『魂』の『運命』は――要約すると、『婚約者に婚約を解消または破棄され、その後まもなく事故で死ぬ』というものだった」
「……まあ」

(……ということは私はもうすぐ死んでしまうのかしら? ……いえ、その『運命』を、ゼノ様は変えたと仰った?)

 意味のない相づちを口にするしかできなかったリリーに、今度は王子が口を開く。

「いやあ、ゼノに初めて会ったときは驚いたぞ。『将来、絶対に貴方の役に立つ人間になります。だから僕の婚約者の『運命』を変えるのに協力してください』だものな。俺が『お、こいつ頭おかしいぞ? あるいは真剣な馬鹿だぞ?』と思って興味を持つのをわかっての直球勝負だ。噂に聞く『フェアトラークの子息』とはかけ離れた情熱で口説かれた」
「変な言い方しないでください。貴方の協力を得られるかというのが第一の関門だったんです。引き込むのに失敗したらおしまいなんですから、言葉も尽くします」

 ゼノが言うのに、王子はうんうんと頷く。

「結果、頭がおかしいのでも、『運命』を変えようだなんて真剣な馬鹿でも、まあ面白そうだからいいかと思ったわけだが。――人ひとりの『運命』に関わることを『面白そう』で決めるなと言われたら、それが俺だから仕方ないとしか言えないがな!」
「王子の性根がそれなのは、近しい者はもうわかっているので大丈夫です。なんなら近しくなくても察している者もいますので」
「ふふん、俺は周りの理解を得られて幸せ者だな!」
「そうですね、王子は常に幸せそうで何よりですね」
「何か含みがあるな?」
「そんなことはありませんよ」
「いーや、お前がそういうすました顔をしてそういうことを言うときは大抵なんらかの含みがある」


(た、確かにその……王子殿下が少し個性的な性格をされているというのは、暗黙の了解というか、そういう雰囲気は学院にあったけれど。……でもこんなふうに軽口をたたき合うことが許される仲なのね、ゼノ様は)

 婚約者ではあったけれど、そういうこともよく知らないでいたのだ。いつか解消される婚約だと思っていたので。

「……お二人とも。仲がよろしいのはともかくとして、まだ説明が途中ですよ」

 それが脱線なのかどうかすらリリーにはわからなかったが、ルーナ嬢の言葉はてきめんだった。
 「おっと、そうだったそうだった」とゼノの方に身を乗り出してた王子が椅子に座り直し、ゼノは焦ったようにリリーに視線を向けた。

「す、すまない。それで――王子の協力を得た僕は、次にルーナ嬢を探した。彼女が市井で暮らしていることはわかっていたから――」
「……あの、説明いただいている途中に申し訳ないのですが、質問をしても?」

 告げられた内容があまりにもリリーの中に疑問をあふれさせたので、手をあげて、ことりと首を傾げ、そう申告する。

「……っ、ああ、もちろんだ。なんだろうか?」

 なんだか感極まったような、妙な反応を挟まれたような気がしたが、とりあえずおいておいてリリーは疑問点を口にした。

「王子殿下とゼノ様が初めて顔を合わせられたのは、幼少のみぎりと聞いておりますが……」
「ああ、そうだ」
「そして口ぶり的に、王子殿下と顔を合わされてから、そう経たずにルーナ様を探したように聞こえたのですが……」
「ああ、それで間違いない」

 迷いなく肯定されて、リリーはまた、ことりと首を傾げた。

「……ゼノ様は、『特性:アカシックレコード』を持っていらっしゃるのでしょうか?」

 そう訊ねると、ゼノは驚いたように目をぱちりと瞬いた。

「――そうか、そもそもの前提を話していなかったか」
「そういう抜けているところ、かわいげがあっていいなあ、ゼノは!」
「王子、今は大事なところなので、静かにしていましょうね」

 「はい、しー」と、子どもにするようにルーナ嬢に諭されて、王子はにこにこしながら、ルーナ嬢の真似をして「しー」と唇に人差し指を当てる。
 仲がいいというのかなんというのかな二人も若干気になりつつ、リリーはゼノの言葉の続きを待った。

「結論から言うと、僕にある『特性』は『アカシックレコード』ではない。……しかし、僕はずっと、君の『運命』をみてきた」
「では、『運命』を視ることができるという……?」
「それとも違う。――僕は、『記憶継承』の『特性』を持っているんだ」
「『記憶継承』……」

 言われて、リリーは脳内から『特性』の知識を引っ張り出す。

(『記憶継承』……あまり聞かないけれど、伝えられてはいる『特性』ね)

 通常、『魂』が生を生ききると、浄化の時を経て、そこに蓄積された記憶や人格は削ぎ落とされる。
 しかし、『特性:記憶継承』を持つ者は別だ。『特性:記憶継承』を持つ者は、浄化の時を経ても記憶を引き継ぐという。『特性』は『魂』に属している。『魂』が巡っても、『特性』は変わらない。だからこそ『記憶継承』の『特性』を持つと、その『魂』が『魂』と成った時からの記憶をすべて継承する。つまり、己の『魂』の観測する範囲でのみ、『特性:過去視』と同じ状態になる。

(それで、ゼノ様は擬似的に私の『運命』を知った……)

 そして今生で、リリーの『運命』を変えようとした。

(でも、それは私が『特性:物語』で読んだ内容と全然違う……どういうことなのかしら)

 考えたところで答えが出ないことはわかりきっていたので、リリーは思い悩むことなく、ゼノに疑問をぶつけることにした。

「『記憶継承』の『特性』があっても、通常『運命』を変えることはできませんよね?」
「そのとおりだ。同じく、王子の『予知』があっても『運命』は変えることができない。だから、ルーナ嬢の力が必要だった」
「やはり、ルーナ様も『特性』を……?」

 そこで、王子をおとなしくさせていたルーナ嬢が話に加わる。

「はい。わたしの『特性』こそ、『運命』を変えうるもの――『運命改変』なのです」

 納得と共に、「これは、私が聞いてしまってよい内容なのかしら……?」という疑問が浮かぶ。
 『特性:運命改変』は、希少な上に影響が大きすぎるものなので、国家機密扱いなのではないだろうか。
 それが視線に現れたのだろうか、ルーナ嬢はリリーを安心させるように笑む。

「ロザモンテ様が何を懸念されているかはわかるつもりです。大丈夫です、私の『特性』をお話しする許可は陛下にいただいております」

 やっぱり国家機密だった。
 しかし、許可は得ているとのことなので、ひとまず安心するリリー。

「俺がうるさい元老院どもにばれないように直訴してもぎとってきたぞ! 褒めろ!」
「はいはい、王子はとってもすごいです。えらいです。さあ、あとはフェアトラーク様にお任せしましょうね」
「ははは、ノワは俺を幼子のように扱うなぁ」
「もちろん尊んでもおりますよ」
「否定しないところがノワがノワたる所以だな!」

 やはり仲がいいというか、何なのだろうという感じの二人が気になるが、その興味をリリーはとりあえず押さえ込んだ。今はゼノの話を聞くのが優先だ。

「つまり……ゼノ様はルーナ様が『運命改変』の『特性』を持っておられるのを知っていたから、探されたということですか?」
「そういうことだ。ルーナ殿の協力がなくば、君の『運命』を変えることは叶わなかったから」

 ゼノの行動は、理に適っているし、矛盾がない。だが、リリーはどうしても疑問を禁じ得なかった。
 だから、誰にも伝えたことのなかった自分の『特性』を明かすことにした。

「あの……実は私、『特性:物語』を持っているのですが……」
「ああ、知っている」

 即答されて、リリーはこてりと首を傾げた。

「……私、今初めて、他人に『特性』を明かした、はずなのですが……?」
「言っただろう? 僕は『記憶継承』の『特性』を持っていると。過去の……君と同じ『魂』を持つ人は、みなそれを持っていた」

(ああ、『特性』は『魂』に紐付くから……過去の、私と『魂』を同じくする人がそれをゼノ様――の『魂』を持つ人に明かしていれば、ゼノ様はそれを知ったままでいられるのだわ)

 わかっていたつもりでわかっていなかった。というか、たぶんリリーもまだ混乱しているのだろう。

「『特性:物語』は、『予知』の仲間とされている。それは知っているかと思うが……僕は過去、君のそれと同じものを持つ人を見てきた中で、つまりは『運命』を切り取って知ることのできる『特性』だと理解した。……変えることのできない『運命』を知る能力だと」

(……確かに、そういう見方もできるかしら)

 納得するリリーの前で、ゼノは沈痛な表情になった。

「……? どうされたのですか、ゼノ様」
「……これまでの生で、変えることができない『運命』を知る――それは、必ずしもよい結果を生む者ではないと、僕は痛感したんだ。君と『魂』を同じくする人が、それによって自暴自棄になることすらあった――もちろん、上手に活用する場合もあったが。……僕がもっとうまく立ち回ることができていたらと……詮無いことだが」
「ゼノ様……」

 悔恨のにじむ声音に、どう声をかけるべきか悩む。
 ゼノのこれまでの生も、今生の苦労もわからないのに、かけられる言葉など思いつかなかった。

「……話が逸れたな。君は何を話そうとしていたのだろうか?」
「あ……ええと、どうして私が読んだゼノ様の『物語』とここまで相違があるのだろうと……。ゼノ様が仰ったように、『特性:物語』が『運命』を切り取って知ることのできる『特性』だというのなら、不思議はないかと思い直していたところです」
「ああ、なるほど……。それは、僕の『記憶継承』の『特性』のせいもあるかもしれないな」
「……?」
「『特性:記憶継承』で過去の生の記憶を思い出す時期というのはまちまちなんだ。今回、僕は、君と婚約者としての顔合わせをしてから過去の記憶を思い出した。そこから『運命』を変えるために動いたために、乖離が大きくなったのだろう」
「……私の読んだゼノ様の『物語』では、ゼノ様はルーナ様と……その、恋仲になるようだったのですが」
「少なくともこの生では、その可能性はない。僕は君を、ただ一人と決めたから」

 その言葉に、真摯さはあっても浮かれたような熱がないのを感じ取って、リリーは目を瞬いた。


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