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幸せにする覚悟を決めました。
しおりを挟む「ゼノ様は、私に……『愛している』と仰いましたが、それは『運命』を変えるためだけに、だったのでしょうか?」
「……そういうつもりはなかったが、そう取られても仕方がないとは思う。僕は、この生で、君を真実愛していると言えるような行動をしていないから」
「でも、私を死の『運命』から救ってくださった」
「それが、僕にできる……過去の君――君と『魂』を同じくし、若くして死んでしまった彼女たちへの、贖罪だと思ったからだ」
その声は悔恨と悼みに満ちていて、彼が真実、リリーの『魂』に対して、罪の意識を抱いているのだと伝わってきたが――。
「あの……過去の、私と『魂』を同じくする方々を、ゼノ様が殺したわけではないのですよね? その、過去のゼノ様が手を回して事故死させたとか……」
「……そういう巡りも、あった」
「まあ……」
まあ、としか言い様がない。そういう生があった――そうされてしまうような何かしらがあったことに対してもだが、それを馬鹿正直に話してしまうゼノに対してもだ。
どうもゼノは、ことここに至って、リリーが求める何もかもを正直に話す心積りのようだが、世の中には言わなくてもいいこともある、とリリーは思う。
けれど、たぶんこれも、ゼノの言う『贖罪』の一環なのだろう。
(ゼノ様が私と婚約者として会って……それから王子と顔を合わせたとされている時期までに、ゼノ様は過去の『魂』の記憶を思い出されたわけだから……過去の『記憶』によって成り立った性格に寄るのは当然なのかもしれないわね)
それまでの『ゼノ・フェアトラーク』も消えたわけではないのだろうが、思考や性格はきっと、『記憶』に多く影響を受けたのだろう。
リリーには当然過去の記憶はないので、『魂』を同じくする誰かが過去にゼノの『魂』を持つ誰かしらに謀殺されていても「そうなのね」としか思えないが、ゼノは記憶があるからこそ、まるでそれを己が為したかのように背負ってしまうのだろう。
何を言えばいいのかと迷っているうちに、ゼノは心持ちを立て直したようだった。
この部屋で初めに話し出したときのように、まっすぐリリーを見据えてくる。
「僕は、この生を、君を生かし、幸せにすることに使うと決めた。……最大の問題だった君の『運命』は変えられた。だから、君が望むなら――僕との婚約を解消して、想い合う人を見つけてもいい。そのための協力は惜しまない」
「……はぁ」
またも意味のない相づちを打ってしまったが、それも仕方のないことだった。リリーは予想外すぎる言葉に、無意味に何度も目を瞬いた。
(ああ……『婚約者に婚約を解消または破棄され、その後まもなく事故で死ぬ』運命だから、私から婚約解消すればそれから外れるのかしら? いえ、そもそも皆様の言動からして、既に『運命』は変えられているようだったわ……その最後の一手がゼノ様からの告白だったようだし)
「……ゼノ様は、私との婚約を解消されたいのですか?」
言うと、ゼノもまた、思ってもいなかったことを言われたような顔をした。それから慌てたように口を開く。
「いや、僕から君との婚約を解消したいという思いはない――それがあっては、また君の『運命』に近づいてしまうし」
「……? もう、『運命』は改変されたのでは?」
「『運命』というのは、強制力を持っている。だから、符号をいくつも重ねてしまうと、また元の『運命』に戻ってしまう可能性があるんだ」
「そうなのですね……」
とりあえず、ゼノが積極的にこの婚約を解消したいと思っているわけではないことはわかった。
(おそらくだけれど、私に選択肢をくださっているのだわ)
それこそ『贖罪』の一環なのだろう。ゼノはどこまでも、リリーの前世たちの死に責任を感じているようだった。
(それなら、解放して差し上げるのがよいのかしら……)
リリー自身に、この婚約に固執する理由はない。家としては押さえておきたい婚約だろうが、おそらく、リリーが望めば、ゼノは力の及ぶ範囲で縁談を調えてくれるのだろうから、さらに家に理になる婚約だって望めるのだろう。そんな確信がある。
(……でも、)
もしそうしたとして、その後のゼノは?
誰か想い合う人と、心から幸せになってくれるだろうか?
(……きっと、そうはならない)
こうして諸々を詳らかにして接したゼノから感じ取れるのは、どこまでも真面目で、誠実すぎるほど誠実で――不器用な人だということだ。
(こうやって……何もかもを伝えることが、誠実だと思ってしまう人。そしてきっと……私との婚約が解消されて、別の人と婚約――成婚しても、私のことを気にかけ続けてしまうだろう人)
きっとかつての、今世以外のゼノは、もっとうまく立ち回る人だったのだろう。そうされるだけのなにがしかを行ってしまった、リリーと魂を同じくする誰かを、手を回して殺せるような。
(でも、きっと今のゼノ様にはそういうことはできない。少なくとも、私に対しては)
ゼノの優秀さは音に聞こえるほどのものだ。この、真面目で、誠実すぎるほど誠実で、不器用なゼノは、リリーに対してのみなのかもしれないと思う。
そんなゼノを、利用するだけ利用して――別の誰かと幸せになる。
そういう選択肢をとれる自分ではないと、リリーが一番わかっている。
……なにより。
(しあわせに、してあげたい――してあげなくちゃって、思ってしまった)
きっと、リリーだけがこの人を、過去の罪の意識から真に解放できるのだ。
それなら――それなら。
「あの、ゼノ様」
「……っ、ああ、なんだろうか?」
また手をあげて、ことりと首を傾げるて名を呼ぶと、ゼノは先ほどと同じような反応をした。
やっぱり内心首を傾げつつ、リリーは率直に思いを告げる。
「私、ゼノ様を幸せにしたいです」
「……は?」
「ゼノ様が、私と一緒にいたくないというのでないなら……私がゼノ様を幸せにしたいです」
「え、……え?」
戸惑いの声を発するばかりのゼノの代わりに、劇的な反応を見せたのは王子だった。
「あっははは! なるほどな、『運命』はこう変わるか! 予想外だ、予想外だぞ、リリー・ロザモンテ! 俺から『びっくりで賞』をあげよう!」
「まあ、……そうなってくれたらいいと思ってはいたのですが。ロザモンテ様がその選択をしてくださって嬉しいです」
王子はよくわからないが、ルーナ嬢はリリーの選択を肯定してくれているようだった。
そしてまた、ルーナ嬢が王子に、「『びっくりで賞』については、また後でお話ししましょうね」と微笑んでいる。
そんな二人にもなんだかちょっと慣れてきた気もしつつ、リリーはゼノを見つめる。
ゼノは王子やルーナ嬢を見て、「今はこちらに気を向けるときではないですよ」「ほら、早くロザモンテに返事をしないか!」などと言われてまたリリーを見て、一度目を伏せて――すっと、まっすぐにリリーを見据えた。
「――君が、そう望むなら」
「もちろん、ゼノ様がいやなら――」
「そんなことはない!」
一応ゼノの意思も尊重しようと言葉を付け足したら食い気味に否定されて、リリーは目を瞬いた。
ゼノは「ん゛んっ」と咳払いして一瞬目をそらし、またリリーに視線を合わせる。
「君との婚約継続がいやだとか、そういうことはまったくない。まったく」
「そうですか……。それでしたら、やっぱり婚約はこのままで、私がゼノ様を幸せにしたいです」
「そっ、……れは、その、僕に、気を遣っているとはではなく?」
「……正直、その辺りはまだ自分でもよくわからないのですが」
「う、うん」
「でも、ゼノ様を幸せにしたいと――そうできるのはきっと私だけだと、そう思ってしまったので」
「それは……」
「だから、私に幸せにされてください」
ゼノは一瞬息を呑んで、それから覚悟を決めたように頷いた。
「――君がそれを選ぶなら、僕も君を全力で幸せにすると誓う。……よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
そう、微笑んだリリーは知らなかった。
言葉どおり『全力で』リリーを幸せにしようとする、ゼノの溺愛に翻弄される日々が始まるとは――『特性:物語』では知るよしもなかったのだった。
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