リビング・ブレイン

羊原ユウ

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memory-01 未来世界のボトルメール

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西暦2050年。科学技術が発展した今の世界で「手紙」というと電子メールのことを指すものだと、僕は生まれた時からずっとそう思っていた。

「ちがうちがう。昔はね、こんな紙に自分で文字を書いて出してたのよ」

リビングルームにいた母はおかしそうに笑いながら、僕に自分のタブレット端末の画面を見せてくる。そこには昔に書かれたであろう様々な手紙の画像が映し出されていた。

「へえ……今ならLETTERS《レターズ》で簡単にやり取りできるもんね」
「うーん、そうねえ。確かに便利よね、写真だってすぐに送れちゃうし」

母が少し残念そうな表情で僕を見る。

「そうだ。ねえ、もうすぐ父の日でしょ。お父さんに手紙、一緒に書いてみない?」
「え?いや、でも……父さんいつも忙しそうだし」

僕が言いよどむと母は「そんなの大丈夫」と言って笑う。

「それに……お父さん毎日研究詰めだし、父の日くらいはあなただって一緒にいたいんじゃない?」
「そ、それは……そうだけど」

それでも僕が迷っていると母は「じゃ、早速手紙用の便箋買いに行きましょ」と誘う。

「うん……わかった。服着替えてくるからちょっと待ってて」

僕は2階の自室に戻り、ベッドの側のキャビネットから白い半袖のシャツとズボンを取り出して着る。勉強机の上の青い小鳥型ロボット・Alice.を手の甲に乗せると急いでリビングに戻った。

「母さんお待たせ」

僕がリビングルームに入ると母はすでに身支度を終え、服と同じ真っ白な日傘を差して僕を玄関ドアの前で待っていた。

「そういえば、どこに買いに行くの?」
「お母さんが昔、あなたくらいだった頃によく通っていた文具店よ。まだやってるはずだから」

そう言った母が連れて行ってくれた文具店は僕らが暮らしている地上層とは違う地下層にあった。いつも太陽の当たる地上に比べて地下は冷えていて肌寒い。

「どれがいい?好きなの選んで」

母が僕に手にしたいくつかの便箋を見せてくる。どれもカラフルでシンプルなデザインだ。

「じゃ、これ……にする」

僕が便箋の候補から1つ抜き取って母に渡す。母が文具店の店主らしき男性にそれを手渡し、財布から1枚硬貨を出して支払う。

「……毎度あり」
「ありがとうございます、また来ますね」

母が店主に会釈してにっこり笑う。僕も軽くお辞儀をして店を後にした。翌日。母と一緒に買ってきた便箋で父に手紙を書いた僕はそれを大手ロボット製作会社に勤める父の元に送ろうと思い、Alice.を手元に呼んで便箋を託そうとして……はたと気づく。

(さすがにこれはムリか)

普段テキストや写真データを送信し、届け先を指定して飛ばすAlice.に紙のように形のあるものは預けられないのを忘れていた。

(何か別の方法……は)

僕は自分の携帯端末で手紙を届ける方法を検索する。するとボトルメールという、昔の時代に行われたらしい瓶に手紙を詰めて海に流す……というものが目にとまる。

(これ……やってみよう)

僕はリビングに下りていって母からジュースの空き瓶をもらうと父に宛てて書いた手紙と肩にAlice.を乗せて近くにある海岸に向かった。

(後はこの瓶を、海に)

僕は波打ち際に近づき、よせてきた波に瓶をつけてそっと流す。肩の上でAlice.が首をかしげてさえずった。

「ええ……あの手紙流しちゃったの⁈せっかく書いたのに」

後日。母にボトルメールのことを話すとものすごく残念な顔をされた。

「ごめんなさい……その、他に方法が見つからなかったから」
「そっか……。うん、あなたがやりたいと思ったならいいわ、お母さん気にしないから」

僕の携帯が不意に通知音を発する。母に断ってから画面を見ると会社にいる父からメッセージが届いていた。

《手紙のことはお母さんから聞いた。今日の夕方、家に帰るからその時話そう》

その日の夕方、僕は会社から帰ってきた父さんと一緒にあのボトルメールを流した海岸に来ていた。日が沈んで青から暗さを増してゆく空の下、2人だけで出かけるなんていつぶりだろう。

『……それで、私に言いたいことがあるんだろう。ここなら誰も聞いてないだろうから、遠慮なく言うといい』

隣にしゃがんでいた喪服のような黒いスーツ姿の父さんが僕の肩に乗っていたAlice.を自分の手の甲に移す。最初は手袋をしていたからわからなかったけれど、両手の人工皮膚と筋肉の下から暗い色の金属の骨格や配線が見えたままだ。

「父さんそれ……まだ完全に修理終わってないよね。外に出てもいいの?」
『ああ、別に問題はないらしい。後はここだけだからな』
「そう。なら、よかった」

僕はほんの少しだけ父さんから離れる。近くにいるのがやっぱりまだ怖い。それから最初に会った時よりずっと肉声に近くなっていてマシだが……機械的な合成音声も苦手だった。

『どうした』
「ううん……別になんでもない」

怪訝そうな表情をする父さんに僕は嘘をつく。Alice.が父さんの機械が剥き出しになった手の上を飛び移り、嬉しそうに鳴く。

「ねえ父さん」
『……なんだ』
「今度は……どれくらい家にいられるの?」
『腕の修理がまだだからな……明日か明後日には会社に戻るつもりだが』

父さんが僕の方を向く。波が打ちよせた。

「父さん」
『うん?』
「僕……あんなことして、ごめんなさい。二度としないから……その、ずっと……僕のそばにいて」
『それがお前の一番言いたかったこと、か。わかった。ただし二度とするなよ。生体部品ここだけは……本当に代えがきかないんだからな』

父さんが指先で自分の頭をとんとん、と軽くたたく。僕は首を強く振る。何より父さんが自分と約束してくれたことが嬉しかった。

『そろそろ帰るか、暗くなってきたしな。母さんも待ってる』

父さんがゆっくりと立ち上がる。僕もそれに続いて立ち上がるとAlice.が僕の肩に戻ってきた。

「うん。帰ろう」

先を行く父さんのあとを追いかけながら見上げた空にはいつかのように砂粒を散りばめたような星が輝いていた。
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