私が一番近かったのに…

和泉 花奈

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3章:あなたが好き

18話

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冬休みを楽しみにしている愁に対して、時が止まったままの私には、冬が訪れることを怖く感じた。
なんだか気づかないうちに、どんどん気持ちが離れていってしまっていることを、改めて痛感させられた。

「そうだね。早く旅行に行きたいからね」

旅行に行くのは楽しみだが、冬休みということは、彼女と過ごす時間も同時に増えるというわけで。そんなの私には耐えられない。
でも、耐える以外に選択肢なんて、私にはない。
一体、私はいつまでこんなことを続けるのだろうか。
いつかこの沼から抜け出せる時がくるのだろうか。

「今から旅行資金を貯めないとな。なるべく豪勢にやりたいからな」

私との旅行を楽しみにしてくれているのは、とても嬉しい。
それと同時に、愁自身は彼女に対して罪悪感は感じないのだろうかとも思ってしまう。
あんなに楽しそうに話しているのに。喧嘩も些細なことが多いのに。
どうして、彼女に対して不誠実な行動をし続けることができるのか、私には理解できなかった。

「ねぇ、愁。冬休みって夏休みより日数少ないよね?」

「あぁ。それがどうしたんだ?」

確かクリスマス前後ぐらいから、冬休みに入るはず。
バイト先では、彼女とお付き合いしていることは公認の仲のため、クリスマスはなんとかなるであろう。
でも、問題は旅行の方だ。私と愁が休みを合わせることは難しいと思う。
愁はちゃんと考えているのか不安だ。ここは確認も兼ねて、聞いてみることにした。

「私達、バイトしてるじゃない?ってことは、冬休みって稼ぎ時で、忙しいと思うの。
でも愁はクリスマス、当然休むでしょ?だとしたら、それ以外にも休みをもらうのって、なかなか厳しいんじゃないのかなと思って」

随分、遠回しな聞き方をした。彼女と過ごすかどうか確認するためならば、直球で聞けばいいのに。
どうして、こんな遠回しな聞き方をしたんだろう。自分の不器用さに落ち込んだ。

「言われてみればそうだな。幸奈、よく気づいたな」

気づくよ。だって私は愁が好きだから。

「当たり前でしょ。寧ろ気づかないなんておかしいよ。彼女がいるくせに」

「うっせー。誰のせいだと思って……」

どうして、こんなタイミングで、そんなことを言うの?
やめて。期待しちゃうから。そんなこと、言わないでよ。

「私のせいなの?」

恐る恐る聞いてみた。どんな言葉が返ってくるのか分からないので、答えを聞くのが怖い。
勘違いかもしれない。それでも聞かずにはいられなかった。

「忘れてたわけじゃねーよ。ただ、幸奈との旅行の計画を立てようとして、忘れそうになってただけだ」

分かっていたことだ。私は何を勘違いしそうになっていたのだろうか。彼女と過ごすクリスマスを忘れるはずがないのに…。
期待していたわけじゃない。期待したくなくても、あんな言葉を聞いてしまえば、勝手に気持ちが暴走してしまう。
抑えきれなかった。そしたら聞かずにはいられなかった。自業自得だ。やってしまった…と後悔した。

「だよね。よかった。心配したんだよ。もう忘れないでね」

余計なお世話と思われたかもしれない。
それでも言わずにはいられなかった。

「あぁ、もちろんだ。もう忘れねーよ。忘れてたまるもんか」

どうやら気合いを入れさせてしまったようだ。逆効果だった。
私のしていることはいつも空回り。一生愁に気持ちが届かないような気がした。

「うん。そうだね。頑張れ」

今の私の精一杯の一言だった。
これ以上のことは気持ちが邪魔して言えなかった。

「そうだな。クリスマスも旅行も、休みを取るの頑張るよ」

再び手が頭に触れてきた。その手はずっと優しくて。いつまでも触れてほしいと思った。

「無理なく程々にね」

「幸奈もな。お前も頑張って休み取れよ。怪しまれないように…な?」

そんなの分かってる。怪しまれてしまえば元も子もないから。

「そうだね。頑張る」

ここでいつもの私なら話が終わる。
しかし、この日の私は、いつもより様子がおかしかった。

「にしても、なんだかんだ彼女と続いてるね。付き合ってもう何ヶ月くらい?」

やっぱり今日の私は変だ。こんなことを聞いてどうするつもりなのだろうか。
自分で自分の首を絞めるようなことをしてまで、知りたいことなの?
クリスマスのことといい、愁の気持ちを確かめるようなことしかできずにいた。

「うーん、何ヶ月目だろう?まだ三、四ヶ月ぐらいかな」

「へぇー。喧嘩もするみたいだけど、別れずに続いてるね」

本当は別れてほしいという意味を含めて言ってみた。
友達の恋を素直に応援できないなんて最低で。友達として失格だ。

「まぁーな。お前とこんな関係になる前にも告げたけど、俺は絶対に彼女と別れるつもりはないから」

忘れていたわけじゃない。あの時、はっきりとそう告げられた。

『俺はお前の彼氏にはなれない。
これ以上、俺に期待しないでくれ』

関係を持つ前にそう宣言された。最初は言葉の意味を理解したくないあまり、脳が勝手に拒絶していた。これが私なりの小さな抵抗だった。
その後もずっと愁の言葉が頭の中で何度も繰り返し再生され、なかなか消えてはくれなかった。
やっと現実を受け止められるようになったが、それなりに時間がかかった。
そして今、また同じ言葉を言われ、再び私は同じ状況を味わっている。
二回目だからなのか、妙に冷静でいられた。
絶対…にか。希望なんてないに等しい。それでもまだ諦めきれずにいた。

「分かってるよ。だって愁は彼女のことが大好きだもんね」

「大好きだな。色々思うところはあるが、やっぱり可愛いし大好きだ」

私は一生、あの子には勝てない。一度味わった敗北を、一生背負い続けなくてはならない。
友達としてしか、傍にいることを許されていないのが悔しい。
私にも、もう一度だけチャンスがほしい。

「羨ましいですな。惚気話、ごちそうさまです」

胸が痛い。胸焼けしそうなレベルだ。
幸せそうに彼女の話をする愁に、目が眩みそうになる。

「なんだよ、それ。ごちそうさまですって」

「そんなに彼女の話ばかりされれば、こっちはもうお腹一杯で胸焼けしちゃいそうだよ」

決して惚気ている自覚など、一切ないのであろう。
いつの間にか気づかないうちに、こんなにも彼女のことを好きになっていたのかもしれない。
だとしたら、既に遅かったというわけだ。もう私が入りこむ隙間なんて一切ない。
私を好きだったことは、愁の中ではもう過去のことになっているみたいだ。

「ふーん。少しくらいヤキモチ妬いてくれてもいいのに」

今、このタイミングでそんなことを言うのは反則だ。どんどん私ばかり好きになっていく。

「愁は私にヤキモチ妬いてほしいの?」

試すような聞き方しかできない。どうして私にあんなことを言ったのか、真意が知りたい。
きっと深い意味なんてないに決まっている。その場のノリだけに過ぎない。
それでも、私はあなたの気持ちが知りたかった。

「妬いてほしいに決まってるだろうが。但し、幸奈だけは特別。幸奈以外の女はめんどくせーから嫌だけど」

あれ?彼女は?と思ったが、彼女は比べるまでもないってことであろう。
だって、彼女が嫉妬することは、当たり前の特権だから。
彼女に対しては、もっと優しく丁寧に甘えさせてあげているのかもしれない。

「へー、友達なのにいいの?愁、忘れてない?私が愁のこと…、」

言いかけて、途中で止めた。これ以上は言ってはならない。言ってしまえば、この関係が終了してしまうから。

「俺のことがどうなの…?」

この顔は分かった上で、わざとこちらに問いかけている顔だ。
言わせないように牽制し、違う答えを言わせようと仕向けている。

「大事に思ってるってこと。大切な友達だから、そういうこと言われると困っちゃうなって思って」

小さな虚勢だ。こんなことで対抗しても仕方がないと分かっている。
それでも自分を保つためには、小さな嘘を重ねるしかなかった。

「大切に思ってもらえて嬉しい。ありがとう。
でもさ、困るって何がどう困るんだ?俺、何か幸奈を困らせるようなことでもしてるのか?」

愁の方が困った顔をしていた。
どうしてそんな顔をするの?先に仕掛けてきたのは、愁のくせに。

「別に。自分で考えてみたら?」

「なんだそれ?まぁ、いっか。
それよりも早く旅行の計画を立てようぜ。バイトのシフト、ちゃんと確認しておけよ」

あんなに激しく求め合った夜とは相反して、心は平行線のままだ。
交わっているのは、どうやら身体だけのようだ。

「うん、確認しておくね。旅行に行けるといいな」

きっと愁は、時々楽がしたいだけなのかもしれない。彼女には優しく丁寧に接してあげなくてはならないが、私はセフレであるため、一々丁寧に接する必要がない。
私と一緒に居たくなる時は、そんな時なのだと思う。つまり私は愁にとって楽な存在なだけだ。
今更もう愁を取り返すことはできないと分かっている。
それならば、この関係を壊さないよう、余計な感情を捨てることしか、今の私にはできなかった。

「本当に確認しろよ。幸奈はシフトたくさん入れすぎだからな。
これでも結構、心配してるんだぞ?働き過ぎなんじゃないかって。ちゃんと息抜きも大事だ。時々は休めよ」

自分では気づいていなかったが、働きすぎているみたいだ。
最初は、愁と一緒に居る時間を増やしたくて、シフトをたくさん入れていた。
今にして思えば、不純な動機ではあったが、これでもちゃんと働いていたつもりだ。
でも今は違う。愁への想いを忘れたくて、バイトに打ち込むことしかできずにいる。
失恋した苦しい思い。こんな関係になってしまったことへの後悔。全てから逃げ出してしまいたくて、愁のことを考えない時間がほしかった。
結局、働いている間も一緒に居る時間が多いため、考えない時間は減らなかった。寧ろ増える一方であった。
どうしても好きだから、忘れたくても忘れられずにいた。

「そう?これでもまだまだ働き足りないって思ってるよ?」

「コラ」

デコピンされた。痛かった。愁の心配する気持ちが伝わってきた。

「息抜きも大事だっていい加減、分かれよ。倒れたら元も子もないだろう?もう少し自分のことを大事にしろよ」

息抜きなんて忘れていた。だって気を抜いてしまえば、一気に気持ちが重くなってしまうような気がして。気を張っていないといられなかった。

「息抜き…ね。肝に命じておくよ」

「本当に分かってるのか?まぁ、それはさておき。幸奈の方は、無事に休みをもらえると思う。常に頑張ってるからな」

こういう時、愁はよく頭を撫でる。これはもう愁の癖だ。
私は愁の癖が大好きだ。こういうことをされるのが、弱いってことを分かった上で、絶対にわざとやっているに違いない。
愁の触れる手の温もりの熱に、私は絆されていく。

「俺も頑張らないとなぁ…」

「愁だって頑張ってるから、両方無事に休みがもらえると思うよ」

「そう言ってくれてありがとうな。
よし。俺も休みが貰えるように頑張るわ」

早朝、ラブホのベッドの上で、何回目か分からない情事を行った後、遊ぶ約束を交わし、お互いにアルバイトを頑張ることを誓った。
そして、数時間後にはまた、同じ職場へと向かうのであった。

「そんじゃ、また後でな」

「うん。また後でね」

次の約束があることが、今の私の支えになっていた。
彼女になれないのなんて、とっくのとうに諦めたことだ。
今は旅行のことだけに集中しよう。それだけで今は充分だ。大丈夫。まだ隣で笑っていられる。
愁との旅行が楽しみでもあり、怖いとも感じつつ、でもやっぱり内心浮かれずにはいられないのであった。
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