17 / 159
17
しおりを挟む
三
明け方、住処に帰ると藁布団に横になり掻巻(かいまき)かけた姿勢で自分を睨みつける祖母と顔を合わせることになった。
歳を食ったせいか陽が落ちてすぐに眠ってしまい起きる刻限も早いのだ。
「おめえ、また賭場に行ったんだってな」
仇を今にも刺し殺そうとするかのごとき目つきで祖母は孫を睨む。
平太は無言で濯ぎを使って板間にあがった。言い訳しても無駄であろうからだ。
また、誰ぞが告げ口したのだろう――。
村を厭う空気が伝わっているのか、平太は住民たちに嫌われていた。単にいい顔をしない者から露骨に蔑む者まで様々いるが、とにかく嫌悪の対象となっているのは事実だ。ために、平太が祖母の気に食わぬであろうことをすると、村の衆は親切めかし注進に及ぶ。
おれが賭場に足を運んだことを知っているということは――。
十中八九、そいつも賭場の客になっていた人間に決まっているのだが、祖母の硬くなった頭はそこに思い至らない。あるいは思い至ったとしても、どうでもいいのか。
だが、まあ前よりはましだ――平太が童の頃はよく祖母は癇癪を起しては手をあげていた。今やそんな元気は祖母にはない。ただ、その代わりとばかりに口がよく動くのが困りものだが。
「お天道様に顔向けできねえようなことをするなって口を酸っぱくして言ってるじゃろうが」「お天道様もまだ眠ってる時間さ」
つい皮肉な思いがこみ上げて勝手に口を動かした。
「屁理屈をいうでない、罰が当たるぞ」
「悪いことをして罰が当たるっていうなら、世の中にゃあ八州廻りも番太もいらなくなるな、婆さま」
「おまえって奴は――」
平太の返答に祖母は目を吊り上げてわななく。
「ほんに、あの男にそっくりだ」
その言葉が告げられたとたん、平太は水の中に潜ったときの感覚を耳におぼえた。妙に冷え冷えとした心持ちになる一方で、今にも破裂しそうな感情が胸のうちに膨らむ。
明け方、住処に帰ると藁布団に横になり掻巻(かいまき)かけた姿勢で自分を睨みつける祖母と顔を合わせることになった。
歳を食ったせいか陽が落ちてすぐに眠ってしまい起きる刻限も早いのだ。
「おめえ、また賭場に行ったんだってな」
仇を今にも刺し殺そうとするかのごとき目つきで祖母は孫を睨む。
平太は無言で濯ぎを使って板間にあがった。言い訳しても無駄であろうからだ。
また、誰ぞが告げ口したのだろう――。
村を厭う空気が伝わっているのか、平太は住民たちに嫌われていた。単にいい顔をしない者から露骨に蔑む者まで様々いるが、とにかく嫌悪の対象となっているのは事実だ。ために、平太が祖母の気に食わぬであろうことをすると、村の衆は親切めかし注進に及ぶ。
おれが賭場に足を運んだことを知っているということは――。
十中八九、そいつも賭場の客になっていた人間に決まっているのだが、祖母の硬くなった頭はそこに思い至らない。あるいは思い至ったとしても、どうでもいいのか。
だが、まあ前よりはましだ――平太が童の頃はよく祖母は癇癪を起しては手をあげていた。今やそんな元気は祖母にはない。ただ、その代わりとばかりに口がよく動くのが困りものだが。
「お天道様に顔向けできねえようなことをするなって口を酸っぱくして言ってるじゃろうが」「お天道様もまだ眠ってる時間さ」
つい皮肉な思いがこみ上げて勝手に口を動かした。
「屁理屈をいうでない、罰が当たるぞ」
「悪いことをして罰が当たるっていうなら、世の中にゃあ八州廻りも番太もいらなくなるな、婆さま」
「おまえって奴は――」
平太の返答に祖母は目を吊り上げてわななく。
「ほんに、あの男にそっくりだ」
その言葉が告げられたとたん、平太は水の中に潜ったときの感覚を耳におぼえた。妙に冷え冷えとした心持ちになる一方で、今にも破裂しそうな感情が胸のうちに膨らむ。
10
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
仇討浪人と座頭梅一
克全
歴史・時代
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。
旗本の大道寺長十郎直賢は主君の仇を討つために、役目を辞して犯人につながる情報を集めていた。盗賊桜小僧こと梅一は、目が見えるのに盗みの技の為に盲人といして育てられたが、悪人が許せずに暗殺者との二足の草鞋を履いていた。そんな二人が出会う事で将軍家の陰謀が暴かれることになる。
幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。
克全
歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる