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二
伏奸(かまり)の刺客を退けながら、史郎と四千は渡津へと近づいていく。
が、途上で問題がひとつ起こった。
「覚悟なされませ」
街道脇の草原か立ち上がったのは、弟の犬丸だ。影の薄い童で、史郎とは母が違い、長兄と同じ貴族の娘だ。優れた腕を持っている。
「どうした、史郎?」
立ち止まった史郎の側に足を止めた四千が怪訝な顔をする。
「あいつは弟だ」
史郎が顔を歪めて告げた。
「それは」
四千が声を詰まらせる。
「おい。なにゆえ、兄の邪魔立てをする」
「あなたさんを斬れば、栄達の道を用意してくださると」
弟が泣きそうに顔を歪めて訴える。
史郎の脳裏に自分を買収しようとした近衛中将の顔が浮かんだ。彼がなびかないと見て、弟に手を伸ばしたか。卑怯卑劣な――。
「思い直せ。栄達の約定など、守れぬかもしれぬ」
「父上の目には兄上たちの姿しか映ってこなかった」
史郎の説得を、犬丸は跳ね返すように叫んだ。
犬丸、と史郎はやるせない気持ちになる。自分の扱いなど、道具のようなものだというのに、それすらも羨む犬丸の言葉が切なかった。
「問答無用」
犬丸が告げながら、手にさげていた太刀を胸の前に持ってきながら距離を詰めてくる。
「犬丸、止せ」
史郎はじょじょに後ろにさがっていた。面倒などと言っている場合ではない。
が、犬丸が近づくほうが早かった。
彼は刃圏内に入った瞬間、抜き打つ。
これは、と史郎は驚嘆する。一瞬理で太刀を抜き放ってくる技など予想外だった。
が、挙動の前兆からかすかに相手の動きを読み取っている。
腰刀を抜き放ち、一閃を迎え撃った。一瞬の出来事だ。
金属が甲高い悲鳴をあげる。
強烈な一撃に、史郎が腰刀を持った手が跳ね上がった。だが、それは犬丸も同じだ。
史郎は相手のみぞおちを右手で猛烈に打つ。うずくまる犬丸の太刀の柄の下を蹴り上げた。太刀が犬丸の手をすっぽ抜けて脇に落ちる。
刹那、成り行きを見守っていた四千が距離を詰めるや、柄を激しく蹴った。太刀が地面を回転しながら滑って行った。
これで、と史郎が思った瞬間、驚愕の光景が目に入った。
犬丸が短刀を取り出し、左首に当てている。
「止めろ」叫び手を伸ばそうとするが間に合わなかった。
血がほとばしった。鮮烈な赤が噴き上がる。
犬丸は地面に両ひざをついたまま、横に右に倒れた。
「くそ」
とっさに史郎は弟の傷口を押さえる。
「さ、よな、ら、兄上」
とぎれとぎれに犬丸は涙を流しながら笑った。
「それで満足なのか」
声をかける。が、光の失われた瞳からすでに死んでいることは理解していた。
殺してやる――犬丸に余計なことを吹き込み使嗾した者を見つけ出し殺すことを史郎は誓った。それから、幾人かの走者に抜かれるのも構わず史郎は街道脇に地面に穴を掘って弟を埋め、弔った。四千は無言で彼を手伝った。
伏奸(かまり)の刺客を退けながら、史郎と四千は渡津へと近づいていく。
が、途上で問題がひとつ起こった。
「覚悟なされませ」
街道脇の草原か立ち上がったのは、弟の犬丸だ。影の薄い童で、史郎とは母が違い、長兄と同じ貴族の娘だ。優れた腕を持っている。
「どうした、史郎?」
立ち止まった史郎の側に足を止めた四千が怪訝な顔をする。
「あいつは弟だ」
史郎が顔を歪めて告げた。
「それは」
四千が声を詰まらせる。
「おい。なにゆえ、兄の邪魔立てをする」
「あなたさんを斬れば、栄達の道を用意してくださると」
弟が泣きそうに顔を歪めて訴える。
史郎の脳裏に自分を買収しようとした近衛中将の顔が浮かんだ。彼がなびかないと見て、弟に手を伸ばしたか。卑怯卑劣な――。
「思い直せ。栄達の約定など、守れぬかもしれぬ」
「父上の目には兄上たちの姿しか映ってこなかった」
史郎の説得を、犬丸は跳ね返すように叫んだ。
犬丸、と史郎はやるせない気持ちになる。自分の扱いなど、道具のようなものだというのに、それすらも羨む犬丸の言葉が切なかった。
「問答無用」
犬丸が告げながら、手にさげていた太刀を胸の前に持ってきながら距離を詰めてくる。
「犬丸、止せ」
史郎はじょじょに後ろにさがっていた。面倒などと言っている場合ではない。
が、犬丸が近づくほうが早かった。
彼は刃圏内に入った瞬間、抜き打つ。
これは、と史郎は驚嘆する。一瞬理で太刀を抜き放ってくる技など予想外だった。
が、挙動の前兆からかすかに相手の動きを読み取っている。
腰刀を抜き放ち、一閃を迎え撃った。一瞬の出来事だ。
金属が甲高い悲鳴をあげる。
強烈な一撃に、史郎が腰刀を持った手が跳ね上がった。だが、それは犬丸も同じだ。
史郎は相手のみぞおちを右手で猛烈に打つ。うずくまる犬丸の太刀の柄の下を蹴り上げた。太刀が犬丸の手をすっぽ抜けて脇に落ちる。
刹那、成り行きを見守っていた四千が距離を詰めるや、柄を激しく蹴った。太刀が地面を回転しながら滑って行った。
これで、と史郎が思った瞬間、驚愕の光景が目に入った。
犬丸が短刀を取り出し、左首に当てている。
「止めろ」叫び手を伸ばそうとするが間に合わなかった。
血がほとばしった。鮮烈な赤が噴き上がる。
犬丸は地面に両ひざをついたまま、横に右に倒れた。
「くそ」
とっさに史郎は弟の傷口を押さえる。
「さ、よな、ら、兄上」
とぎれとぎれに犬丸は涙を流しながら笑った。
「それで満足なのか」
声をかける。が、光の失われた瞳からすでに死んでいることは理解していた。
殺してやる――犬丸に余計なことを吹き込み使嗾した者を見つけ出し殺すことを史郎は誓った。それから、幾人かの走者に抜かれるのも構わず史郎は街道脇に地面に穴を掘って弟を埋め、弔った。四千は無言で彼を手伝った。
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