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翌日は文字通りの走りだった。
馬を使うときとは違う爽快感が総身を包んでいた。
ふだん、骨盤を意識して下地を作っている。恥骨を下に向けるようすを思い描く、あるいは尾骶骨を後ろに向ける様を想像して体を動かす。また、恥骨を上に向けるように身操作する、尾骶骨を前に向ける、といった具合に。これらに加え、走るのにも泳ぐのにも、剣術にも重要な肩甲骨の可動も工夫していた。
のちに言う、中央の政道のの乱れから荒れた場所の現れる道を史郎は風を切って走破していく。
半刻で甲賀を越えた。
おのれの調子を崩さないよう留意する。
三つ競べは三河の渡津までつづく。一日限りの走りのようにはいかない。
しかも、風を切る音が聞こえた。
史郎は勢いのまま地面に体を投げ出し何回転かする。
入れ替わる視界の中にとらえたのは、元いた場所から少し離れた場所に突き立った矢だった。
膝立ちになり、矢の来た方を見る。
道端の林の中に人影があった。
紫電一閃、矢が飛ぶ。刹那、史郎は矢柄を斬り砕く。あまり鋭利に切ると、勢いのまま鏃のついたほうが体に向かってくるのだ。反転して羽根のほうが体に当たった。
同時に史郎は走り出していた。右斜め前、左斜め前といった具合に不規則な動きを見せた。
史郎の耳元を矢がかすめる。
瞬間、史郎は相手を間合いに捕らえていた。
もたもた、太刀を抜こうとしていた相手の太ももの太い血の管を腰刀で断つ。
脚を斬られて悲鳴をあげて転がる相手に、今度こそ太刀抜いて腹を通過させて心の臓をつらぬきトドメを刺した。
これで何人目だったか――史郎はため息をつく。
確かに札を受け取るという制度のおかげで、走者自身が不正を働くのはむずかしい。といっても、他の走者を襲って札を奪うことができるが。それはともかく、自分の参加させた走者を勝たせようと公卿たちは刺客を放っていた。おおかた、賭けをしていて勝利したちのだろうが。
それで今の仕儀だ。
自分が殺される心配はそうそうないが、面倒くさいことこの上ない。
と、
「承知しておるぞ」
史郎は声を放った。
瞬間、頭上から何かが落ちる気配がする。
重心の操作で史郎は前へとのがれた。が、肩口がわずかに裂かれた。
素早く振り返ると、民衆直垂姿の女性が腰刀を突き出していた。反対の手にも一本の腰刀をにぎっている。
それはともかく、「おまえ」と史郎は片眉をひそめた。
「四千か」という問いかけに「おまえ、なぜわたしの名前を知っている」という怒声が返ってきた。
「よく見ろ」
史郎は告げる。その一方で相手を観察した。やはり、四千の面影がある。まさか、晴明の言葉が実現するとは。
「武丸だ」
相手はこちらを凝視する。そして目を見開いた。
「武丸か」
「そう言っている」
驚く四千に、史郎は億劫になりながらこたえる。
「はは、まさかここで会おうとは」
腰刀と腰と背の鞘に納めて彼女は近づいてきた。
「久しぶりだな、何年ぶりだ」
「十年ほどか」
調子の上がらない史郎の答えに、
「すこしは喜べ」
と四千は不満げな顔をする。手の届く距離まで来た。
「別に喜んでいない訳ではない」
それを露わにするのが面倒なだけだ。
「いいのか、俺を討ち取らぬで?」
「返り討ちにあったということでひとつ」
史郎の指摘に、四千は調子のいいことを言う。
これが山の民、伺見の里の長に知られれば雷が落ちるどころではないはずだ。
「同道するぞ、武丸」
「今は史郎だ」
幼名を口にするのを史郎は訂正する。
そしてため息をついた。ひとつ、面倒ができた。
馬を使うときとは違う爽快感が総身を包んでいた。
ふだん、骨盤を意識して下地を作っている。恥骨を下に向けるようすを思い描く、あるいは尾骶骨を後ろに向ける様を想像して体を動かす。また、恥骨を上に向けるように身操作する、尾骶骨を前に向ける、といった具合に。これらに加え、走るのにも泳ぐのにも、剣術にも重要な肩甲骨の可動も工夫していた。
のちに言う、中央の政道のの乱れから荒れた場所の現れる道を史郎は風を切って走破していく。
半刻で甲賀を越えた。
おのれの調子を崩さないよう留意する。
三つ競べは三河の渡津までつづく。一日限りの走りのようにはいかない。
しかも、風を切る音が聞こえた。
史郎は勢いのまま地面に体を投げ出し何回転かする。
入れ替わる視界の中にとらえたのは、元いた場所から少し離れた場所に突き立った矢だった。
膝立ちになり、矢の来た方を見る。
道端の林の中に人影があった。
紫電一閃、矢が飛ぶ。刹那、史郎は矢柄を斬り砕く。あまり鋭利に切ると、勢いのまま鏃のついたほうが体に向かってくるのだ。反転して羽根のほうが体に当たった。
同時に史郎は走り出していた。右斜め前、左斜め前といった具合に不規則な動きを見せた。
史郎の耳元を矢がかすめる。
瞬間、史郎は相手を間合いに捕らえていた。
もたもた、太刀を抜こうとしていた相手の太ももの太い血の管を腰刀で断つ。
脚を斬られて悲鳴をあげて転がる相手に、今度こそ太刀抜いて腹を通過させて心の臓をつらぬきトドメを刺した。
これで何人目だったか――史郎はため息をつく。
確かに札を受け取るという制度のおかげで、走者自身が不正を働くのはむずかしい。といっても、他の走者を襲って札を奪うことができるが。それはともかく、自分の参加させた走者を勝たせようと公卿たちは刺客を放っていた。おおかた、賭けをしていて勝利したちのだろうが。
それで今の仕儀だ。
自分が殺される心配はそうそうないが、面倒くさいことこの上ない。
と、
「承知しておるぞ」
史郎は声を放った。
瞬間、頭上から何かが落ちる気配がする。
重心の操作で史郎は前へとのがれた。が、肩口がわずかに裂かれた。
素早く振り返ると、民衆直垂姿の女性が腰刀を突き出していた。反対の手にも一本の腰刀をにぎっている。
それはともかく、「おまえ」と史郎は片眉をひそめた。
「四千か」という問いかけに「おまえ、なぜわたしの名前を知っている」という怒声が返ってきた。
「よく見ろ」
史郎は告げる。その一方で相手を観察した。やはり、四千の面影がある。まさか、晴明の言葉が実現するとは。
「武丸だ」
相手はこちらを凝視する。そして目を見開いた。
「武丸か」
「そう言っている」
驚く四千に、史郎は億劫になりながらこたえる。
「はは、まさかここで会おうとは」
腰刀と腰と背の鞘に納めて彼女は近づいてきた。
「久しぶりだな、何年ぶりだ」
「十年ほどか」
調子の上がらない史郎の答えに、
「すこしは喜べ」
と四千は不満げな顔をする。手の届く距離まで来た。
「別に喜んでいない訳ではない」
それを露わにするのが面倒なだけだ。
「いいのか、俺を討ち取らぬで?」
「返り討ちにあったということでひとつ」
史郎の指摘に、四千は調子のいいことを言う。
これが山の民、伺見の里の長に知られれば雷が落ちるどころではないはずだ。
「同道するぞ、武丸」
「今は史郎だ」
幼名を口にするのを史郎は訂正する。
そしてため息をついた。ひとつ、面倒ができた。
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