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第二章
一
羅城門の外、地面に線が引かれた内側に数十人の老若男女が集まっていた。みながみな、騎乗している。
その外縁に牛車が停まり、始まりを待っていた。
「見ろよ、石上のところの史郎じゃねえか」
「違えねえ、あの冷酷そうな顔見ろよ」
「仕合で次々と相手を斬ったって男か」
男たちのあいだからそんな声が漏れた。
むろん、史郎は反応しない。いちいちしていたら面倒だ。
それより、と思う。
彼は最前列の右手のほうへ向けた。
そこには公卿の屋敷で史郎と同じく仕合で男たちをほふった男だ。
出てきたか――史郎は、顔をしかめる。
この三つ競べ、同じ走者の妨害が禁じられていない。言い換えれば、勝つために競合する相手を殺すのも、有り、ということだ。
それから、線の端に雑人のひとりが立つ。
「それでは」
という言葉に、静寂が広がった。
「始め」
合図とともに馬が走る。だが、合図とともに走れた者は少なかった。
その中のひとり、史郎の側らを走る男が歪んだ笑みを浮かべる。
突如、その相手が袖に隠していた短刀をふるった。
予期していた史郎は騎乗で最大限に体を逸らす。
抜刀一閃、腰刀を片手で抜き放ち走らせた。相手のこちらに伸びた腕の手首を斬る。
深々と手首を裂かれ、とっさに傷口を押さえたのが仇となり、相手は落馬した。首から地面に落ち、あきらかに致命傷を受けた。
ほかの走者たちも各々、近くにいた男たちに襲いかかっている。
逆に言えば、史郎に注意を払う者はいなかった。馬を走らせる手が疎かになっている。
史郎は綱をあやつり、馬を前へと走らせた。
日が暮れかけた刻限、岡田の駅に史郎はついた。
板と棒で作られた塀の内側に門から入り、厩へと馬を連れて行った。
「よく、頑張ってくれた」
史郎は馬に告げ、表に出てきた地下の男に綱を渡した。それから、雑役を担う駅戸のいる建物に向かう。
掘立柱建物のうちに入り、
「三つ競べの走者だ、札をもらいに来た」
と告げながら板戸の端に座った。
これが三つ競べの仕組みだ。各地点で札をもらうことで、そこを通った証とするのだ。これで、定められた経路を走者にたどらせるという工夫になっている。
地下に濯ぎをもらい、足元を綺麗にしてから史郎は床板にあがった。
「これはお早いおつきで」
文机の列の間を縫って駅戸がやって来る。手には木の札が握られていた。それで、史郎は初めて札が木製だと知った。ずるができないよう、札については伏せられていた。
受け取り表裏と確かめると、片面に「月」と記されていた。
それを懐にしまう。
「では、こちらに。夕餉を召し上がれよ」
駅戸に案内(あない)され、彼らが寝起きに使っているらしき家屋に踏み入った。こちらは全体が土間だった。筵が敷かれているだけの粗末なものだ。中央の地面を掘り下げて四方を枠で囲った囲炉裏へと駅戸に導かれる。そこに駅戸が魚と餅を持ってきた。
それらが焼けると、その香りに史郎は空腹を自覚する。十里以上、移動してきたのだから腹が空いて当然だ。
「焼けました」駅戸に差し出され、「馳走になる」と告げて史郎は魚を受け取った。齧り付いた瞬間、魚の脂と旨味の味が口の中に広がる。
餅、ふたたび魚といった順序でもらい受け、たいらげていった。
「おや、次の仁がお着きか」
駅戸の声に家屋の出入り口に視線を向けると、公卿の屋敷で凄業を見せた男が入ってくるところだった。
史郎は緊張を抑え込む。いざというとき緊張していれば遅れる。遅れれば斬られる。
「今宵、仕合う気はない」
男は聞き取りずらい声で言って、史郎の右斜め前に腰を下ろした。太刀と腰刀を淡々と右脇に置いた。本当にやりあう気がないようだ。
「夕餉をくれ」
男は駅戸に告げ、焼けた魚や餅を受け取り口にする。鹿が草をはむような単調さで、美味いと思っているのか、不味いと感じているのか分からない。
やがて、男は部屋の端に移動して寝てしまう。
入れ替わりに続々と走者が姿を現わし囲炉裏の側は賑やかになった。
史郎も囲炉裏端を離れて、例の男とは距離を置いて横になる。むろん、太刀、腰刀を抱いての就寝だ。
初日はまずまずの“走り”だった。
一
羅城門の外、地面に線が引かれた内側に数十人の老若男女が集まっていた。みながみな、騎乗している。
その外縁に牛車が停まり、始まりを待っていた。
「見ろよ、石上のところの史郎じゃねえか」
「違えねえ、あの冷酷そうな顔見ろよ」
「仕合で次々と相手を斬ったって男か」
男たちのあいだからそんな声が漏れた。
むろん、史郎は反応しない。いちいちしていたら面倒だ。
それより、と思う。
彼は最前列の右手のほうへ向けた。
そこには公卿の屋敷で史郎と同じく仕合で男たちをほふった男だ。
出てきたか――史郎は、顔をしかめる。
この三つ競べ、同じ走者の妨害が禁じられていない。言い換えれば、勝つために競合する相手を殺すのも、有り、ということだ。
それから、線の端に雑人のひとりが立つ。
「それでは」
という言葉に、静寂が広がった。
「始め」
合図とともに馬が走る。だが、合図とともに走れた者は少なかった。
その中のひとり、史郎の側らを走る男が歪んだ笑みを浮かべる。
突如、その相手が袖に隠していた短刀をふるった。
予期していた史郎は騎乗で最大限に体を逸らす。
抜刀一閃、腰刀を片手で抜き放ち走らせた。相手のこちらに伸びた腕の手首を斬る。
深々と手首を裂かれ、とっさに傷口を押さえたのが仇となり、相手は落馬した。首から地面に落ち、あきらかに致命傷を受けた。
ほかの走者たちも各々、近くにいた男たちに襲いかかっている。
逆に言えば、史郎に注意を払う者はいなかった。馬を走らせる手が疎かになっている。
史郎は綱をあやつり、馬を前へと走らせた。
日が暮れかけた刻限、岡田の駅に史郎はついた。
板と棒で作られた塀の内側に門から入り、厩へと馬を連れて行った。
「よく、頑張ってくれた」
史郎は馬に告げ、表に出てきた地下の男に綱を渡した。それから、雑役を担う駅戸のいる建物に向かう。
掘立柱建物のうちに入り、
「三つ競べの走者だ、札をもらいに来た」
と告げながら板戸の端に座った。
これが三つ競べの仕組みだ。各地点で札をもらうことで、そこを通った証とするのだ。これで、定められた経路を走者にたどらせるという工夫になっている。
地下に濯ぎをもらい、足元を綺麗にしてから史郎は床板にあがった。
「これはお早いおつきで」
文机の列の間を縫って駅戸がやって来る。手には木の札が握られていた。それで、史郎は初めて札が木製だと知った。ずるができないよう、札については伏せられていた。
受け取り表裏と確かめると、片面に「月」と記されていた。
それを懐にしまう。
「では、こちらに。夕餉を召し上がれよ」
駅戸に案内(あない)され、彼らが寝起きに使っているらしき家屋に踏み入った。こちらは全体が土間だった。筵が敷かれているだけの粗末なものだ。中央の地面を掘り下げて四方を枠で囲った囲炉裏へと駅戸に導かれる。そこに駅戸が魚と餅を持ってきた。
それらが焼けると、その香りに史郎は空腹を自覚する。十里以上、移動してきたのだから腹が空いて当然だ。
「焼けました」駅戸に差し出され、「馳走になる」と告げて史郎は魚を受け取った。齧り付いた瞬間、魚の脂と旨味の味が口の中に広がる。
餅、ふたたび魚といった順序でもらい受け、たいらげていった。
「おや、次の仁がお着きか」
駅戸の声に家屋の出入り口に視線を向けると、公卿の屋敷で凄業を見せた男が入ってくるところだった。
史郎は緊張を抑え込む。いざというとき緊張していれば遅れる。遅れれば斬られる。
「今宵、仕合う気はない」
男は聞き取りずらい声で言って、史郎の右斜め前に腰を下ろした。太刀と腰刀を淡々と右脇に置いた。本当にやりあう気がないようだ。
「夕餉をくれ」
男は駅戸に告げ、焼けた魚や餅を受け取り口にする。鹿が草をはむような単調さで、美味いと思っているのか、不味いと感じているのか分からない。
やがて、男は部屋の端に移動して寝てしまう。
入れ替わりに続々と走者が姿を現わし囲炉裏の側は賑やかになった。
史郎も囲炉裏端を離れて、例の男とは距離を置いて横になる。むろん、太刀、腰刀を抱いての就寝だ。
初日はまずまずの“走り”だった。
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