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「それにしても、なにゆえ今さらさような真実を明かした?」
史郎は善鬼にたずねた。
「その刺客となった男が三つ競べに参加すると“網”に引っかかりましたゆえ」
「そうか」
史郎はひとつうなずく。
正直、自分がどんな感情を抱けばいいか分からなかった。
筋で言うなら、母を殺めた者を憎むべきなのかもしれない。
だが、これまで病で死んだと信じてきた。いきなりそれを覆されても感情がついていかない、というのが実情だ。
「いかがしまする?」
「さて」
史郎の気の抜けた返答に、善鬼のほうが怒ったような顔をする。
「相対することがあれば、そのとき決める」
史郎は正直な思いを吐露した。
夜を迎え、史郎は屋敷を出た。
ただし、一直線におのれの屋敷には戻らなかった。
京子のもとに、通う女性のもとを訪う。
「まったく、気ままに参られますね」
と微苦笑を浮かべる京子を抱く。
甘い香りを感じながら、京子の切なげな吐息を聞いた。
事が終わり、京子が胸に頭を置いた体勢をとる。
「実はな」と史郎はそこで三つ競べのことを語った。もしかすると、帰ってこられないかもしれないと思ったからだ。
「そうですか、難事に挑むのですね」
京子が表情を翳らせた。そしてこちらの顔を見上げた。
「どうか、帰ってきてください」
帰ってきてくれ、かと史郎は思う。
思えば、誰かにその身を案じる言葉をかけられたのは初めてだった。
「ああ、帰ってくる」
約定などできるものではないが、史郎はうなずく。
● ● ●
「そもじのような下賤の者、本来であれば頼りたくはないでおじゃる」
顔を合わせるなり、しもぶくれの顔の貴族がそんな言葉を投げつけてきた。
四千(よち)は平伏しながら眉間に皺を寄せる。
民草に寄生する害虫のくせに――そんな思いを抱く。
「したが、噂によると国治が出す走り手は刺客として働くとも聞くでおじゃる。仕留めるには相応の腕の者が入用」
そこで貴族が一拍間を置いた。
「なれど、それがそなたひとりで為せるのか?」
疑わしい、と声が告げている。
「だからこそ来た」
四千は顔をあげて御簾越しに貴族を見返した。彼女の力強い視線に、貴族は目をそらす。
それから麗は刺客の仕事に入った。
獲物の屋敷を望める場所を販女(ひさぎめ)として通るなどして見張る。
そして、出かけていないことを確かめた上で屋敷に侵入した。
建物の屋根に飛び乗り、寝殿へと近づく。
寝殿に屋根に立つと、軒から半身をのぞかせ御簾の内をうかがった。
刹那、熊を間近にしたような気配が御簾の向こうから漏れてくる。
背筋が寒くなった。とっさに、四千は体を屋根に引き上げ息を殺す。
四半刻ほどそうしていた。
殺気の主が攻撃してこないことを確認し、来たときは別の経路で屋敷を後にする。
あれは駄目だ――平素を襲っても到底、討ち取れない。
狙うなら、隙を突いて――。
それしかなかった。
史郎は善鬼にたずねた。
「その刺客となった男が三つ競べに参加すると“網”に引っかかりましたゆえ」
「そうか」
史郎はひとつうなずく。
正直、自分がどんな感情を抱けばいいか分からなかった。
筋で言うなら、母を殺めた者を憎むべきなのかもしれない。
だが、これまで病で死んだと信じてきた。いきなりそれを覆されても感情がついていかない、というのが実情だ。
「いかがしまする?」
「さて」
史郎の気の抜けた返答に、善鬼のほうが怒ったような顔をする。
「相対することがあれば、そのとき決める」
史郎は正直な思いを吐露した。
夜を迎え、史郎は屋敷を出た。
ただし、一直線におのれの屋敷には戻らなかった。
京子のもとに、通う女性のもとを訪う。
「まったく、気ままに参られますね」
と微苦笑を浮かべる京子を抱く。
甘い香りを感じながら、京子の切なげな吐息を聞いた。
事が終わり、京子が胸に頭を置いた体勢をとる。
「実はな」と史郎はそこで三つ競べのことを語った。もしかすると、帰ってこられないかもしれないと思ったからだ。
「そうですか、難事に挑むのですね」
京子が表情を翳らせた。そしてこちらの顔を見上げた。
「どうか、帰ってきてください」
帰ってきてくれ、かと史郎は思う。
思えば、誰かにその身を案じる言葉をかけられたのは初めてだった。
「ああ、帰ってくる」
約定などできるものではないが、史郎はうなずく。
● ● ●
「そもじのような下賤の者、本来であれば頼りたくはないでおじゃる」
顔を合わせるなり、しもぶくれの顔の貴族がそんな言葉を投げつけてきた。
四千(よち)は平伏しながら眉間に皺を寄せる。
民草に寄生する害虫のくせに――そんな思いを抱く。
「したが、噂によると国治が出す走り手は刺客として働くとも聞くでおじゃる。仕留めるには相応の腕の者が入用」
そこで貴族が一拍間を置いた。
「なれど、それがそなたひとりで為せるのか?」
疑わしい、と声が告げている。
「だからこそ来た」
四千は顔をあげて御簾越しに貴族を見返した。彼女の力強い視線に、貴族は目をそらす。
それから麗は刺客の仕事に入った。
獲物の屋敷を望める場所を販女(ひさぎめ)として通るなどして見張る。
そして、出かけていないことを確かめた上で屋敷に侵入した。
建物の屋根に飛び乗り、寝殿へと近づく。
寝殿に屋根に立つと、軒から半身をのぞかせ御簾の内をうかがった。
刹那、熊を間近にしたような気配が御簾の向こうから漏れてくる。
背筋が寒くなった。とっさに、四千は体を屋根に引き上げ息を殺す。
四半刻ほどそうしていた。
殺気の主が攻撃してこないことを確認し、来たときは別の経路で屋敷を後にする。
あれは駄目だ――平素を襲っても到底、討ち取れない。
狙うなら、隙を突いて――。
それしかなかった。
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