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屋敷にもどると、息子が史郎に殴りかかってきた。
それを受け止めて、
「どうした、鳶丸」
と史郎はたずねる。
史郎の脇の乳母は「鳶丸さんは御乱心なされて」と蒼白な顔で訴える。
乳母はそれ以上の仔細を含まないどうでもいいせりふを口にした。
史郎は腕を取ってなら背後にまわし、動きを封じている。
「鳶丸、何があった? 何故に、俺を殺したく思ったのだ」
「父と母の命を奪ったのはうぬだ」
鳶丸はなるほど、と鳶丸を解放して告げる。
話の源は、おそらくは雑人の心もとない他愛ない雑談なのだろうが、それお留め立てしたとことで意味はない、彼らの信用度はそんなものだ。
「利用するなら最大限利用しり、殺すなら寝首をかけ、だが剣技でくるならこの俺から多くのものを盗まないとならない、研鑽が入用だ」
史郎は膝立ちとなり、泣きじゃくった史郎の頭にそっと手を置いた。
やがて泣き終えた鳶丸は、「母の最期教えてくだされ」と訴えらえ、仕方なく、自分が知っていることを語った。
「それで殿は、わたしを引き取ったと」
「家立ちいかなくなったと聞いてな、早急に足を運んだ」
「おかげで、路傍に放り捨てられる前で私は父上に引き取られた」
「力を持て鳶丸。力があれば理不尽に抗することができることもある」
史郎の言葉に、鳶丸が顔をうつむけた。
大仰に、屋敷の男たちが集まったが、息子は簀子に膝を抱えて座りうつむくばかりだ、とても狼藉者とは言えない。
罪を犯したからには、と鳶丸に縄を打とうとする者に、
「よい」
と告げた。ああ、億劫だ。
興奮で音が耳に届きづらくなった男たちが鳶丸に縛ろうとする。
刹那、銀光一閃、男たちが手にしている縄が細かく分かれて下に落ちた。
「聞け。この痴れ者が」
史郎の力は入っていないが、はっきりとした声で雑人たちが不興を買ったと思ったらしく、悲鳴じみた言葉を出して、無数の鞠がちびまわるようにあっという間に雑人たちが逃げた。
それから、史郎は廂の間に茫然と足を投げ出して座る童に声をかける。
体の高さを調整し、耳もとのあたりに声が届くよう。
「俺を殺したければ殺せばいい。それだけの業を重ねてきた。だが、そのためにはおまえが生きて、強くねばらない。でなければ、今日のように醜態をさらすことになる。俺の虫の居所が悪ければ殺されるやもしれぬ」
史郎の言葉に、鳶丸は怒りと悲しみが入り混じったような目をした。
そんなことがあった翌日、伺見(うかみ)の善鬼が史郎のもとを訪れる。
善鬼は父の密偵として働いている老爺で、身なりは民衆直垂姿で平凡な雑人のそれにしか見えない。そういう者だからこそ、伺見は務まるのだ。
「史郎さん、和子に酷なことを申したとか」
「相変わらず耳が早いな」
史郎は皮肉を口にする。おおかた、史郎の雑人に父に通じる者がいるのだろう。父とはそういう男だ。
「史郎さんが童を引き取って育てると聞いたときこの爺、若殿が人の情けをおぼえたのだと喜んでものでございます」
善鬼の言葉に嘘はないだろう。伺見としてのお役目の時以外は、そういう振る舞いをする老爺だ。
「鳶丸を引き取ったのは気紛れだ」
「嘘を仰られるな」
善鬼が厳しく言い放つ。
「そなたは説教をしに俺のもとに来たのか」
史郎は億劫さを隠さずたずねた。
善鬼が眉間に皺を寄せてこちらを見つめる。やがて、口調を改めて口を開いた。
「史郎様は仇がおると聞けばいかがします」
善鬼の言葉に、史郎は眉をひそめる。
「仇も何も、母者は病で」
「毒を飼われたと申したら?」
「それは」
いきなり言われても分からない。
「殿さんを害さんとした者の手先が毒を飼ったのでございます。それを、史郎様に料理を食べさせんとして味見をした母上が運悪く口にした次第で」
善鬼の言葉に史郎は顔をしかめる。
「なぜ、そのことが秘された?」
「若殿がおのれを恨むのを厭った殿さんが」
「隠すように命じた、か」
史郎は苦笑を浮かべた。
父の非道はなにもそれに始まったことではない。
史郎は刺客にするために、山の民に預けられた過去がある。
山で鍛えた健脚や、獣を捕らえる腕をもっておもに貴族から殺しの依頼を受ける一派だった。
そこで、史郎は数年間を過ごしている。
「止まらずに走れ」
屈強な体つきをした男人は、声を張り上げた。
史郎は山犬のごとく風を巻いて疾駆する。風が頬に当たった。
走ることは好きだった。だから苦痛ではなかった。
「二百、数をかぞえる間、水の中にいろ」
これは好き嫌いに関係なく肉体的に苦しかった。
最初は透明で光が水面で躍る水の中が、次第に霞んで見えるようになる。
だが、あまりにも我慢ができずにあがると、木の棒で突かれて沈められるため半端はできなかった。
骨(こつ)固めも辛かった。棍棒で総身を殴られるのだ。不意の打撃に対する訓練だった。
撃たれた腕が熱を持ち、やがて痺れる。だが、痺れる前に今度は腿を打たれた。同じような工程をくり返した。
やがて、我慢しても涙がこぼれる。
呼吸も不規則になり、さらに打撃が効いた。
立っていられなくなり、膝立ちになり、さらに打たれる。
気づくと、総身が痺れている。
「今日はここまでだ」
という言葉が、天からの助けのように聞こえた。
そんなふうに体をいじめ抜いて史郎は指南の男に認められるまでの腕前になっていく。
それを受け止めて、
「どうした、鳶丸」
と史郎はたずねる。
史郎の脇の乳母は「鳶丸さんは御乱心なされて」と蒼白な顔で訴える。
乳母はそれ以上の仔細を含まないどうでもいいせりふを口にした。
史郎は腕を取ってなら背後にまわし、動きを封じている。
「鳶丸、何があった? 何故に、俺を殺したく思ったのだ」
「父と母の命を奪ったのはうぬだ」
鳶丸はなるほど、と鳶丸を解放して告げる。
話の源は、おそらくは雑人の心もとない他愛ない雑談なのだろうが、それお留め立てしたとことで意味はない、彼らの信用度はそんなものだ。
「利用するなら最大限利用しり、殺すなら寝首をかけ、だが剣技でくるならこの俺から多くのものを盗まないとならない、研鑽が入用だ」
史郎は膝立ちとなり、泣きじゃくった史郎の頭にそっと手を置いた。
やがて泣き終えた鳶丸は、「母の最期教えてくだされ」と訴えらえ、仕方なく、自分が知っていることを語った。
「それで殿は、わたしを引き取ったと」
「家立ちいかなくなったと聞いてな、早急に足を運んだ」
「おかげで、路傍に放り捨てられる前で私は父上に引き取られた」
「力を持て鳶丸。力があれば理不尽に抗することができることもある」
史郎の言葉に、鳶丸が顔をうつむけた。
大仰に、屋敷の男たちが集まったが、息子は簀子に膝を抱えて座りうつむくばかりだ、とても狼藉者とは言えない。
罪を犯したからには、と鳶丸に縄を打とうとする者に、
「よい」
と告げた。ああ、億劫だ。
興奮で音が耳に届きづらくなった男たちが鳶丸に縛ろうとする。
刹那、銀光一閃、男たちが手にしている縄が細かく分かれて下に落ちた。
「聞け。この痴れ者が」
史郎の力は入っていないが、はっきりとした声で雑人たちが不興を買ったと思ったらしく、悲鳴じみた言葉を出して、無数の鞠がちびまわるようにあっという間に雑人たちが逃げた。
それから、史郎は廂の間に茫然と足を投げ出して座る童に声をかける。
体の高さを調整し、耳もとのあたりに声が届くよう。
「俺を殺したければ殺せばいい。それだけの業を重ねてきた。だが、そのためにはおまえが生きて、強くねばらない。でなければ、今日のように醜態をさらすことになる。俺の虫の居所が悪ければ殺されるやもしれぬ」
史郎の言葉に、鳶丸は怒りと悲しみが入り混じったような目をした。
そんなことがあった翌日、伺見(うかみ)の善鬼が史郎のもとを訪れる。
善鬼は父の密偵として働いている老爺で、身なりは民衆直垂姿で平凡な雑人のそれにしか見えない。そういう者だからこそ、伺見は務まるのだ。
「史郎さん、和子に酷なことを申したとか」
「相変わらず耳が早いな」
史郎は皮肉を口にする。おおかた、史郎の雑人に父に通じる者がいるのだろう。父とはそういう男だ。
「史郎さんが童を引き取って育てると聞いたときこの爺、若殿が人の情けをおぼえたのだと喜んでものでございます」
善鬼の言葉に嘘はないだろう。伺見としてのお役目の時以外は、そういう振る舞いをする老爺だ。
「鳶丸を引き取ったのは気紛れだ」
「嘘を仰られるな」
善鬼が厳しく言い放つ。
「そなたは説教をしに俺のもとに来たのか」
史郎は億劫さを隠さずたずねた。
善鬼が眉間に皺を寄せてこちらを見つめる。やがて、口調を改めて口を開いた。
「史郎様は仇がおると聞けばいかがします」
善鬼の言葉に、史郎は眉をひそめる。
「仇も何も、母者は病で」
「毒を飼われたと申したら?」
「それは」
いきなり言われても分からない。
「殿さんを害さんとした者の手先が毒を飼ったのでございます。それを、史郎様に料理を食べさせんとして味見をした母上が運悪く口にした次第で」
善鬼の言葉に史郎は顔をしかめる。
「なぜ、そのことが秘された?」
「若殿がおのれを恨むのを厭った殿さんが」
「隠すように命じた、か」
史郎は苦笑を浮かべた。
父の非道はなにもそれに始まったことではない。
史郎は刺客にするために、山の民に預けられた過去がある。
山で鍛えた健脚や、獣を捕らえる腕をもっておもに貴族から殺しの依頼を受ける一派だった。
そこで、史郎は数年間を過ごしている。
「止まらずに走れ」
屈強な体つきをした男人は、声を張り上げた。
史郎は山犬のごとく風を巻いて疾駆する。風が頬に当たった。
走ることは好きだった。だから苦痛ではなかった。
「二百、数をかぞえる間、水の中にいろ」
これは好き嫌いに関係なく肉体的に苦しかった。
最初は透明で光が水面で躍る水の中が、次第に霞んで見えるようになる。
だが、あまりにも我慢ができずにあがると、木の棒で突かれて沈められるため半端はできなかった。
骨(こつ)固めも辛かった。棍棒で総身を殴られるのだ。不意の打撃に対する訓練だった。
撃たれた腕が熱を持ち、やがて痺れる。だが、痺れる前に今度は腿を打たれた。同じような工程をくり返した。
やがて、我慢しても涙がこぼれる。
呼吸も不規則になり、さらに打撃が効いた。
立っていられなくなり、膝立ちになり、さらに打たれる。
気づくと、総身が痺れている。
「今日はここまでだ」
という言葉が、天からの助けのように聞こえた。
そんなふうに体をいじめ抜いて史郎は指南の男に認められるまでの腕前になっていく。
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城闕崇華研究所所長
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