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四
史郎は四千に支えられて歩いていた。
総身が重い。体が熱い。吐き気がする。要するに風邪を引いた。しかも重い。野分の日に余人がかかることは予期していたが、自分が罹るとは思わなかった。
犬丸を死なせたからだろうか、と益体もない考えが脳裏をよぎる。
「史郎、こんな様で進んでも具合が悪くなるだけだ」
四千が何度目かの忠言をした。
「止まれはしない」
野分でもないのだ、足を止める訳にはいかない。
だが、進むうちにやがて体に力が入らなくなってきた。
やがて、四千にもたれかかるだけになる。
俺は強くなったのだ――。
力を得たのだ――。
そのはずだというのに――。
なんだ、この体たらくは、と史郎は奥歯に力を入れた。だが、それでも満足にできない。
それでも視線を前に向ける史郎に彼女はため息をついた。山の民としての剛健さを発揮して、史郎を背負った。そして歩き出す。
昼下がりまで四千は進んだ。
そこで、野良着姿の男と行き会う。
女人が大の男を背負う光景に、彼は目を見張った。
「こりゃ、いかがなされた?」
男の言葉に、
「連れが風邪を引いた。かなり悪い」
四千は汗を流しながらこたえた。
「そりゃいけねえ、薬草があるから煎じて飲ますとしよう」
「助かる」
四千はうなずいた。もはや、史郎の意識は朦朧としていて反対の声はない。
街道を外れてしばらく小径を進むと、集落、いやその痕跡が視界に入る。洪水に襲われた風情だ。
そこを離れ、高台に建つ家屋へと向かう。
百姓家の土間に入り、男にうながされて史郎を板戸に寝かせた。掘立柱建物でもないし、男は分限者のようだ。
男が、史郎を引きずり土間の側に寝かせる。
四千は男が差し出した濯ぎを使って足元を綺麗にしてあがった。
「こりゃ、いかん」
男が史郎の額に手を当ておどろく。そして、部屋の奥の唐櫃を浅利、草を一束取り出してもどってきた。
囲炉裏に五徳を据え、土瓶で薬を煎じはじめた。
四半刻ほど経って、それ、と男が鉢に煎じ薬を注いで史郎の脇に膝立ちになった。史郎を起こし薬を飲ませた。喉も乾いていたのだろう、史郎は薬をすっかり胃の腑に流し込んだ。
「さて、これで一安心」
男が史郎をそっと床に寝かせた。菰(こも)を持ってきて史郎にかぶせる。
「それにしても、御両所はなにゆえ無理をなされておった」
囲炉裏端に座り、男は四千も視線を向けた。
向かいに座った四千は、
「三つ競べというものがあってだな」
と事情を明かす。
「はあ、それで時折、殺気立った御仁が通られるのか」
「近づかないほうがいい、斬られるぞ」
四千の言葉に、どこか自暴自棄に「斬られる、か」と男が声をもらす。
なんとなく事情は察せられた。
「この村はな、洪水に襲われてな。そのとき、妻子が親元にいて、他の村の衆と一緒におっ死(ち)んだ」
だから、と男は言葉をかさねる。
「淋しい身の上だ。したが、村の衆を見捨てていくのは忍びねえ。おいらが生きているのは神さんの御意志だろう、とこうやってむなしく生きておる」
「そうか」
他に言葉が見つからず四千はうなずいた。そののち、
「なれど、それでわたしたちは助かった」
と告げる。
「そうか、そうだな」
火鉢で炭をいじりながら男はひとつ、ふたつ、と首肯する。
「男ひとりを担いできたのだ、腹が減ってるだろう?」
男が隅から四千に視線を向けた。
とたん、四千の腹が鳴る。だが、それを恥ずかしいと思う感覚はない。
「それ」と男は笑った。「待ってろ」男は土間におりて竈に火をいれて、煮炊きを始める。
やがて、「ほれ、食え」と椀に持った汁を持ってきた。
「ウサギの汁だ」
「いただく」
四千は言って、男からと箸を受け取り口をつけた。
無言でまたたく間に空にする。
「もそっと食うか?」
「頼む」
四千は男からお代わりを受け取った。それもふたたび空にした。
他方で男のことを観察していた。
洪水で眷属も仲間も亡くしたのだ、さぞや淋しいのだろう、と四千たちの歓待ぶりを思う。
だが、いずれここを出なくてはならない。
史郎が諦めない限り、自分は側に立っている。それはともかく、
眠い――。
と思った。
疲労がたまっていたところに飯を食って眠気に襲われたのだ。
「あんたも寝るがいい」
「ああ、そうさせてもらう」
男の言葉に、四千はその場に体を横たえた。
史郎は四千に支えられて歩いていた。
総身が重い。体が熱い。吐き気がする。要するに風邪を引いた。しかも重い。野分の日に余人がかかることは予期していたが、自分が罹るとは思わなかった。
犬丸を死なせたからだろうか、と益体もない考えが脳裏をよぎる。
「史郎、こんな様で進んでも具合が悪くなるだけだ」
四千が何度目かの忠言をした。
「止まれはしない」
野分でもないのだ、足を止める訳にはいかない。
だが、進むうちにやがて体に力が入らなくなってきた。
やがて、四千にもたれかかるだけになる。
俺は強くなったのだ――。
力を得たのだ――。
そのはずだというのに――。
なんだ、この体たらくは、と史郎は奥歯に力を入れた。だが、それでも満足にできない。
それでも視線を前に向ける史郎に彼女はため息をついた。山の民としての剛健さを発揮して、史郎を背負った。そして歩き出す。
昼下がりまで四千は進んだ。
そこで、野良着姿の男と行き会う。
女人が大の男を背負う光景に、彼は目を見張った。
「こりゃ、いかがなされた?」
男の言葉に、
「連れが風邪を引いた。かなり悪い」
四千は汗を流しながらこたえた。
「そりゃいけねえ、薬草があるから煎じて飲ますとしよう」
「助かる」
四千はうなずいた。もはや、史郎の意識は朦朧としていて反対の声はない。
街道を外れてしばらく小径を進むと、集落、いやその痕跡が視界に入る。洪水に襲われた風情だ。
そこを離れ、高台に建つ家屋へと向かう。
百姓家の土間に入り、男にうながされて史郎を板戸に寝かせた。掘立柱建物でもないし、男は分限者のようだ。
男が、史郎を引きずり土間の側に寝かせる。
四千は男が差し出した濯ぎを使って足元を綺麗にしてあがった。
「こりゃ、いかん」
男が史郎の額に手を当ておどろく。そして、部屋の奥の唐櫃を浅利、草を一束取り出してもどってきた。
囲炉裏に五徳を据え、土瓶で薬を煎じはじめた。
四半刻ほど経って、それ、と男が鉢に煎じ薬を注いで史郎の脇に膝立ちになった。史郎を起こし薬を飲ませた。喉も乾いていたのだろう、史郎は薬をすっかり胃の腑に流し込んだ。
「さて、これで一安心」
男が史郎をそっと床に寝かせた。菰(こも)を持ってきて史郎にかぶせる。
「それにしても、御両所はなにゆえ無理をなされておった」
囲炉裏端に座り、男は四千も視線を向けた。
向かいに座った四千は、
「三つ競べというものがあってだな」
と事情を明かす。
「はあ、それで時折、殺気立った御仁が通られるのか」
「近づかないほうがいい、斬られるぞ」
四千の言葉に、どこか自暴自棄に「斬られる、か」と男が声をもらす。
なんとなく事情は察せられた。
「この村はな、洪水に襲われてな。そのとき、妻子が親元にいて、他の村の衆と一緒におっ死(ち)んだ」
だから、と男は言葉をかさねる。
「淋しい身の上だ。したが、村の衆を見捨てていくのは忍びねえ。おいらが生きているのは神さんの御意志だろう、とこうやってむなしく生きておる」
「そうか」
他に言葉が見つからず四千はうなずいた。そののち、
「なれど、それでわたしたちは助かった」
と告げる。
「そうか、そうだな」
火鉢で炭をいじりながら男はひとつ、ふたつ、と首肯する。
「男ひとりを担いできたのだ、腹が減ってるだろう?」
男が隅から四千に視線を向けた。
とたん、四千の腹が鳴る。だが、それを恥ずかしいと思う感覚はない。
「それ」と男は笑った。「待ってろ」男は土間におりて竈に火をいれて、煮炊きを始める。
やがて、「ほれ、食え」と椀に持った汁を持ってきた。
「ウサギの汁だ」
「いただく」
四千は言って、男からと箸を受け取り口をつけた。
無言でまたたく間に空にする。
「もそっと食うか?」
「頼む」
四千は男からお代わりを受け取った。それもふたたび空にした。
他方で男のことを観察していた。
洪水で眷属も仲間も亡くしたのだ、さぞや淋しいのだろう、と四千たちの歓待ぶりを思う。
だが、いずれここを出なくてはならない。
史郎が諦めない限り、自分は側に立っている。それはともかく、
眠い――。
と思った。
疲労がたまっていたところに飯を食って眠気に襲われたのだ。
「あんたも寝るがいい」
「ああ、そうさせてもらう」
男の言葉に、四千はその場に体を横たえた。
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