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「そこな御仁、喉が渇かれておろう?」
路傍から腰をあげ、走ってきた若者に声をかけた。
相手は明らかにへばっている。声をかけられたとたん、最後の集中が解けてその場に倒れるようにしてうずくまった。
「施しは仏の道に帰依する者の責務、遠慮のう飲みなされ」
法師は若者に近づき、竹筒を差し出す。
「か、かたじけない」
褐衣姿の若者は、おぼつかない手つきで竹筒を受け取り栓を抜いて口元にはこび傾けた。音を立てて中身を干す。そして、ああ、と若者はこちらに竹筒を返し両手を後ろにつく姿勢になって休息をとる。自分の死がそこに迫るのも知らずに。
若者が竹筒に口をつけてから数十をかぞえる折に、彼は胸を押さえた。そのまま横に倒れる。
死んだ、鬼籍に入った、泉下の者となった。
この手口で、法師はすでに数人の命を奪っている。
「難儀なことだ」
彼は若者の死体を街道脇の見えないところに引っ張っていき捨てた。
それから、気は進まないが駆け足になる。
人は一度転げ落ちたら止まれるものではない――そんな思いが脳裏をよぎった。
第三章
一
五日が経ち、走者もだいぶ減ってきたようだ。
史郎のはみ外れた健脚で他の者を追い抜いた頻度も下がっている。遭遇しても疲労困憊のようすで、もはや他に参加した者を襲える体力を残した者が少ない。風邪を引いて無駄にした時間も取り戻した。
側を走る四千も健脚で彼に並んだ。だが、
何かが変わり始めている――。
と四千は史郎のことを思っている。単に殺すことへの怯えに囚われているのとは違うような。
そんな中、剣を向けてくる走者に遭遇した。精悍な顔立ちで、隙のない構えの男だった。
が、史郎の奇襲の前に倒れる。弟が見せた一撃、胸に抱えた剣を抜き打ちに浴びせる斬撃を再現したのだ。
まさか、と四千は思った。弟が鍛錬の末に会得した秘技を、見ただけで盗んだ、というのか。史郎の底知れなさを四千は感じた。
だが、倒した男を前に史郎はたたずむ。
「どうした、史郎? 先を急ぐぞ」
四千がいぶかしげな声をあげた。
「葬る」史郎は硬い声音で告げる。
葬る? と四千が怪訝な声をもらした。
史郎は太刀を使って近くの樹を切断し、さらに小刀で削って尖らせる。それで街道脇の地面を掘り始めた。
それに四千はあきれた視線を向ける。
いちいち葬っていたらキリがないぞ――。
だが、彼女は史郎と同じようにして尖った樹を用立てると、一緒に穴を掘り始めた。
四半刻も掘ると、人がひとり入る深さの穴が掘れる。
史郎はそこに斬った男の骸を葬った。土をもどししてその上に手頃な石を置く。
「南無三」
史郎は念仏をとなえた。
四千も手を合わせる。
それから、ふたりはふたたび走りにもどった。
だが、史郎の変化に触発され、彼女の“なにか”も変わり始めている。
「わたしの初めての仕事のことだ」
並走する彼が確実に聞いていることを前提に語りはじめた。
路傍から腰をあげ、走ってきた若者に声をかけた。
相手は明らかにへばっている。声をかけられたとたん、最後の集中が解けてその場に倒れるようにしてうずくまった。
「施しは仏の道に帰依する者の責務、遠慮のう飲みなされ」
法師は若者に近づき、竹筒を差し出す。
「か、かたじけない」
褐衣姿の若者は、おぼつかない手つきで竹筒を受け取り栓を抜いて口元にはこび傾けた。音を立てて中身を干す。そして、ああ、と若者はこちらに竹筒を返し両手を後ろにつく姿勢になって休息をとる。自分の死がそこに迫るのも知らずに。
若者が竹筒に口をつけてから数十をかぞえる折に、彼は胸を押さえた。そのまま横に倒れる。
死んだ、鬼籍に入った、泉下の者となった。
この手口で、法師はすでに数人の命を奪っている。
「難儀なことだ」
彼は若者の死体を街道脇の見えないところに引っ張っていき捨てた。
それから、気は進まないが駆け足になる。
人は一度転げ落ちたら止まれるものではない――そんな思いが脳裏をよぎった。
第三章
一
五日が経ち、走者もだいぶ減ってきたようだ。
史郎のはみ外れた健脚で他の者を追い抜いた頻度も下がっている。遭遇しても疲労困憊のようすで、もはや他に参加した者を襲える体力を残した者が少ない。風邪を引いて無駄にした時間も取り戻した。
側を走る四千も健脚で彼に並んだ。だが、
何かが変わり始めている――。
と四千は史郎のことを思っている。単に殺すことへの怯えに囚われているのとは違うような。
そんな中、剣を向けてくる走者に遭遇した。精悍な顔立ちで、隙のない構えの男だった。
が、史郎の奇襲の前に倒れる。弟が見せた一撃、胸に抱えた剣を抜き打ちに浴びせる斬撃を再現したのだ。
まさか、と四千は思った。弟が鍛錬の末に会得した秘技を、見ただけで盗んだ、というのか。史郎の底知れなさを四千は感じた。
だが、倒した男を前に史郎はたたずむ。
「どうした、史郎? 先を急ぐぞ」
四千がいぶかしげな声をあげた。
「葬る」史郎は硬い声音で告げる。
葬る? と四千が怪訝な声をもらした。
史郎は太刀を使って近くの樹を切断し、さらに小刀で削って尖らせる。それで街道脇の地面を掘り始めた。
それに四千はあきれた視線を向ける。
いちいち葬っていたらキリがないぞ――。
だが、彼女は史郎と同じようにして尖った樹を用立てると、一緒に穴を掘り始めた。
四半刻も掘ると、人がひとり入る深さの穴が掘れる。
史郎はそこに斬った男の骸を葬った。土をもどししてその上に手頃な石を置く。
「南無三」
史郎は念仏をとなえた。
四千も手を合わせる。
それから、ふたりはふたたび走りにもどった。
だが、史郎の変化に触発され、彼女の“なにか”も変わり始めている。
「わたしの初めての仕事のことだ」
並走する彼が確実に聞いていることを前提に語りはじめた。
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