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当時の四千は、とにかく“仕事”に早く出たい、と逸っていた。
昔物語に聞くような活躍をおのれもするだと鼻息を荒くしていたのだ。
「父上、わたしも童から立派な女性(にょしょう)となりました。そろそろ、わたしの仕事はじめの頃合いかと」
焚火をはさんで向かいに座る父にたずねる。すでに病で母を亡くしていた、ふたりきりの家族だ。もっとも集落の人間自体が眷属のようなものだが。
「まだ、早い」
父は乾いた枝を折って焚火に投げ込む。
「なぜ、ですか」
「酒は器があっても仕方がない、注がれるべき酒ができてこその酒だ」
父の言葉に、四千は首を捻った。
もう、はぐらかして――四千はむくれる。
だが、そんなある日、ついにそのときはやって来た。
村の男衆は仕事で出払っている。唯一の男手の父は村の長として集落を離れられない。
そういったことを、天幕に呼び寄せた父は娘に語った。
「媼や、子のいる女人を刺客に出す訳にもいかぬ」
そこでそなたに仕事をしてもらいたい、と父は告げる。
四千の心に歓喜が沸き上がった。
ついに、来た――。
そして、父に目的地を告げられ四千は数日をかけて現地に赴いた。
「よく来た」と国司受領は四千を迎えた。
美味い飯で彼女を歓待し、菰でしか寝たことのない四千に衾を貸し与えた。
刺客になってよかった、とこのときは無邪気に思う。
翌日、国司受領に指定された場所に出向いた。
ひとつの集落があった。
中央に小さな館が存在する。極悪郡司の住処ということだった。中にいる者はなで斬りにしろと命じられていた。
陽が沈むのを待つ。夜になり、堀を飛び越え、丸太で作られた柵を出っ張りを頼りに登った。
内側には跳躍して降りる。膝を曲げ、さらに体を転がして衝撃を殺し、音もなく侵入を果たした。
二つの倉らしき建物があり、その奥に主屋(おもや)らしき建物がある。
すでに腰刀は抜いていた。
極悪郡司の住処、皆殺しにしろ――その言葉が脳裏にあった。
主屋があと少しというころで、視界の端で何かが動くのをとらえる。
剣光一閃、とっさに腰刀をふるった。
とたん、喉首を裂かれた童と目が合う。う、と四千は呻いた。
刹那、けたたましい声があがった。
見やると、主屋のほうからこちらに近づいていたらしい女性が悲鳴をあげていた。
四千の未熟さが露呈していた。動揺で他の者の接近に気づかなかった。いや、それ以前に子供の接近を察知するのが遅い。
「どうした」と叫びながら、主屋から複数の影が飛び出してきた。
ひとりは主だとして、残りは雑人だろう。
誰が郡司なのか分からない。
なで斬りに――するしかなかった。四千は地面を滑るように移動する。
そして、気づけば散乱する死体の真っただ中に立っていた。
子どもはもとより、女人も殺し、男衆も斬り伏せている。
血の匂いが濃厚にただよった。
山の民なら、獣を狩ることも多く、血の匂いになど慣れているはずだった。
だが、今はたまらなく耐えがたい。
四千はその場に胃の腑の中身を吐き出す。
爾来、彼女はみずから仕事を望むことはなくなった。
しかし、殺しへの抵抗も忘れる。
「俺も初めてのときは吐いた」
と四千の言葉に史郎がこたえた。
「そうか」
四千は走りながら小さくうなずく。
何を思って今の話を語ったのかは彼女自身にも分からない。
だが、父にすら話していた初仕事の仔細を語って、どこか心が軽くなった気がする。
なしうるなら、あの家族に手を合わせに行くか――そんな思いを抱いた。
● ● ●
昔物語に聞くような活躍をおのれもするだと鼻息を荒くしていたのだ。
「父上、わたしも童から立派な女性(にょしょう)となりました。そろそろ、わたしの仕事はじめの頃合いかと」
焚火をはさんで向かいに座る父にたずねる。すでに病で母を亡くしていた、ふたりきりの家族だ。もっとも集落の人間自体が眷属のようなものだが。
「まだ、早い」
父は乾いた枝を折って焚火に投げ込む。
「なぜ、ですか」
「酒は器があっても仕方がない、注がれるべき酒ができてこその酒だ」
父の言葉に、四千は首を捻った。
もう、はぐらかして――四千はむくれる。
だが、そんなある日、ついにそのときはやって来た。
村の男衆は仕事で出払っている。唯一の男手の父は村の長として集落を離れられない。
そういったことを、天幕に呼び寄せた父は娘に語った。
「媼や、子のいる女人を刺客に出す訳にもいかぬ」
そこでそなたに仕事をしてもらいたい、と父は告げる。
四千の心に歓喜が沸き上がった。
ついに、来た――。
そして、父に目的地を告げられ四千は数日をかけて現地に赴いた。
「よく来た」と国司受領は四千を迎えた。
美味い飯で彼女を歓待し、菰でしか寝たことのない四千に衾を貸し与えた。
刺客になってよかった、とこのときは無邪気に思う。
翌日、国司受領に指定された場所に出向いた。
ひとつの集落があった。
中央に小さな館が存在する。極悪郡司の住処ということだった。中にいる者はなで斬りにしろと命じられていた。
陽が沈むのを待つ。夜になり、堀を飛び越え、丸太で作られた柵を出っ張りを頼りに登った。
内側には跳躍して降りる。膝を曲げ、さらに体を転がして衝撃を殺し、音もなく侵入を果たした。
二つの倉らしき建物があり、その奥に主屋(おもや)らしき建物がある。
すでに腰刀は抜いていた。
極悪郡司の住処、皆殺しにしろ――その言葉が脳裏にあった。
主屋があと少しというころで、視界の端で何かが動くのをとらえる。
剣光一閃、とっさに腰刀をふるった。
とたん、喉首を裂かれた童と目が合う。う、と四千は呻いた。
刹那、けたたましい声があがった。
見やると、主屋のほうからこちらに近づいていたらしい女性が悲鳴をあげていた。
四千の未熟さが露呈していた。動揺で他の者の接近に気づかなかった。いや、それ以前に子供の接近を察知するのが遅い。
「どうした」と叫びながら、主屋から複数の影が飛び出してきた。
ひとりは主だとして、残りは雑人だろう。
誰が郡司なのか分からない。
なで斬りに――するしかなかった。四千は地面を滑るように移動する。
そして、気づけば散乱する死体の真っただ中に立っていた。
子どもはもとより、女人も殺し、男衆も斬り伏せている。
血の匂いが濃厚にただよった。
山の民なら、獣を狩ることも多く、血の匂いになど慣れているはずだった。
だが、今はたまらなく耐えがたい。
四千はその場に胃の腑の中身を吐き出す。
爾来、彼女はみずから仕事を望むことはなくなった。
しかし、殺しへの抵抗も忘れる。
「俺も初めてのときは吐いた」
と四千の言葉に史郎がこたえた。
「そうか」
四千は走りながら小さくうなずく。
何を思って今の話を語ったのかは彼女自身にも分からない。
だが、父にすら話していた初仕事の仔細を語って、どこか心が軽くなった気がする。
なしうるなら、あの家族に手を合わせに行くか――そんな思いを抱いた。
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