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夕刻の少し前、史郎たちは子供に行き会った。
上等な着物から、まさか、と思ったが走者だ。立ち止まった彼はすれ違いざまに斬りつけてきた。
史郎も警戒していた。体を傾け、身を投げ出して攻撃を避ける。
四千は手前で止まる。
「止せ、わっぱ」
史郎は静かに言い聞かせた。
「わっぱではない、元服も済んでいる」
童は強気に言い返す。
「紀助任憲明(きのすけとうののりあき)、ぬしの相手をつかまつる」
紀助が剣を正眼に構えた。
史郎の脳裏に弟の犬丸のことが思い浮かぶ。
しようがない、小手を斬って――一瞬の攻防だった。史郎が小手を打ちに行った。とたん、紀助の剣が持ち上がった。
鎬の攻め合いが起き、紀助に迫る途上で太刀は止まる。
ぬ、と史郎は眉をひそめる。
「若輩者と侮るなよ」
紀助が剣をふりあげた。
刹那、史郎は腰を捻りながら小手を掻き切りにかかる。
が、紀助はそれより早く剣を持ち上げた。今度は、攻防が入れ替わって剣が制止する。
瞬間、史郎は相手の左足に右足を引っかけようとした。それを足を踏ふ替えて紀助が躱す。
閃、太刀が降ってきた。
史郎は片手で柄をにぎり、もう一方の手を剣の峰に添えて攻撃を防いだ。
次の瞬間、紀助の刀身が流れ脇へとそれる。同時に、史郎の剣尖は相手の喉に向いた。
紀助は動けなくなる。
「降参しろ、助任」
史郎は鋭く告げた。
紀助は悔しげに表情をゆがめる。いっそ死のう、そんな逡巡が見えた。
「史郎をどうにかしてもその瞬間、わたしがやるぞ」
動向を見守っていた四千が冷たく告げる。
それで、紀助の肩から力が抜けた。
「どちらにしろ、我らに追いつかれる時点でお前に勝ちはない」
史郎はゆっくりと剣を引く。
相手と距離を置いて太刀を納刀した。
内心、安堵している。
そして、その場から四千とともに走り出した。
「本当は、わたしが隙を突いて攻撃してもよかったんだ」
「俺のわがままに付き合ってくれたありがとうな、四千」
四千の毒舌に、史郎は礼をのべる。
「まったく、おまえは」
まだ気の済まない様子だが、四千は走るのを止めず史郎に並走した。
この頃、食事といえば朝と夜だったが、走り通しては腹が空く。
史郎が仕合の場を見て戦慄した相手、清原金清(きよはらのかねきよ)は街道沿いのひとつの村に足を止めた。のちの宿場町のような様相のある集落だ。
村で一番大きな家屋に向かい声をかける。
「銭(あし)は払う、飯を食わせてくれ」
戸口に立つと、ちょうど竈で火を炊く女の姿が視界に入った。
「あら、旅のひと?」
「そうだ。腹が減っている、飯を食わせてほしい」
女の言葉に、金清は丁寧に応じる。
刹那、背後に殺気を感じた。
金清の背中を銀光が薙いだ。かに思われたが、彼は足を大きく開き、腰を落として背後からの斬撃を避けた。
瞬間、鎌をふるった相手の腕を取り関節技をきめる。
鎌が落ちて音を立てた。
電光石火、金清は前へと大きく移動し、背後から迫っていた女の短刀を避ける。
金清が知る由もないが、この村には公卿のひとりの息がかかり、通りがかる走者を仕留めるようにと下知がなされていた。
「おい、おまえら。やっちまえ」
腕を先ほど決めた男が鎌を反対の手で拾い上げながら叫んだ。
闇の中で無数の松明の火が灯るように、金清には殺気が生じたが鮮明に感じられた。
金清はみずから男へと近づいていく。相手のななめうしろには妻女であろう例の女が控えた。
相手が斬ってくる。
銀光一閃、金清は足を踏み変えて剣をふるった。
小手に落ちた刀身は深々と甲を割る。次の瞬間、金清は前足をひざの部分に蹴撃を浴びせて蹴り折った。
短刀をふりあげる女の喉首に横薙ぎの一撃を送る。
「よ、よくも、嬶を」
ひざを折られた男が涙、よだれを垂れ流しながら怒鳴った。
「おまえも跡を追え」
金清は冷たく言って相手の喉首に刀身を当てて掻き切る。
息をするように人を殺せる彼にとって、今の殺人は雑草を踏んだのと変わらない。
そんなことより、と金清は戸口のすぐ側に転がる男を脇へと蹴りやった。
ここは都合がいい――多数を相手に斬り合うなら、なるだけ一度に斬り結ぶ相手を少なくするのが常道だ。
「てめえ、よくも彦左を」
のちに言う律令制時代の徴兵制の名残だろう、鎌槍状の鉾を持ち出してきたひげ面の男が突きかかってくる。
金清は体を開くや剣をふるった。相手の得物の柄を切断する。
斬り落とされた穂先が地面に落ちる前につかみ、刃を返して投じた。
一瞬理の出来事に男は反応できない。喉に三寸ほどの柄が生えた鉾の刃を伸ばして仰向けに倒れた。
「小麻呂」と外で悲鳴がもれる。
戸口から見える範囲には、村の衆が集結していた。
金清は相手が攻め入ってくる前仕留めた女の短刀を取り上げた。人数を相手にするなら、太刀はそのうち血糊で役に立たなくなる。
「おら、来いよ、下郎ども」
金清は喜色満面の笑みで言い放った。
その後はとにかく斬って斬って斬りまくる。
太刀が使えなくなると腰刀に持ち替え、それも駄目になると短刀をふるい、あるいは武器を奪っておのれで使った。
竈の火が燃え移ったのだろう。
気づくと、血臭と物の燃える臭いが入り混じっていた。
だが、その臭いが金清には心地よい。
そう、生きているという感じがするのだ――。
上等な着物から、まさか、と思ったが走者だ。立ち止まった彼はすれ違いざまに斬りつけてきた。
史郎も警戒していた。体を傾け、身を投げ出して攻撃を避ける。
四千は手前で止まる。
「止せ、わっぱ」
史郎は静かに言い聞かせた。
「わっぱではない、元服も済んでいる」
童は強気に言い返す。
「紀助任憲明(きのすけとうののりあき)、ぬしの相手をつかまつる」
紀助が剣を正眼に構えた。
史郎の脳裏に弟の犬丸のことが思い浮かぶ。
しようがない、小手を斬って――一瞬の攻防だった。史郎が小手を打ちに行った。とたん、紀助の剣が持ち上がった。
鎬の攻め合いが起き、紀助に迫る途上で太刀は止まる。
ぬ、と史郎は眉をひそめる。
「若輩者と侮るなよ」
紀助が剣をふりあげた。
刹那、史郎は腰を捻りながら小手を掻き切りにかかる。
が、紀助はそれより早く剣を持ち上げた。今度は、攻防が入れ替わって剣が制止する。
瞬間、史郎は相手の左足に右足を引っかけようとした。それを足を踏ふ替えて紀助が躱す。
閃、太刀が降ってきた。
史郎は片手で柄をにぎり、もう一方の手を剣の峰に添えて攻撃を防いだ。
次の瞬間、紀助の刀身が流れ脇へとそれる。同時に、史郎の剣尖は相手の喉に向いた。
紀助は動けなくなる。
「降参しろ、助任」
史郎は鋭く告げた。
紀助は悔しげに表情をゆがめる。いっそ死のう、そんな逡巡が見えた。
「史郎をどうにかしてもその瞬間、わたしがやるぞ」
動向を見守っていた四千が冷たく告げる。
それで、紀助の肩から力が抜けた。
「どちらにしろ、我らに追いつかれる時点でお前に勝ちはない」
史郎はゆっくりと剣を引く。
相手と距離を置いて太刀を納刀した。
内心、安堵している。
そして、その場から四千とともに走り出した。
「本当は、わたしが隙を突いて攻撃してもよかったんだ」
「俺のわがままに付き合ってくれたありがとうな、四千」
四千の毒舌に、史郎は礼をのべる。
「まったく、おまえは」
まだ気の済まない様子だが、四千は走るのを止めず史郎に並走した。
この頃、食事といえば朝と夜だったが、走り通しては腹が空く。
史郎が仕合の場を見て戦慄した相手、清原金清(きよはらのかねきよ)は街道沿いのひとつの村に足を止めた。のちの宿場町のような様相のある集落だ。
村で一番大きな家屋に向かい声をかける。
「銭(あし)は払う、飯を食わせてくれ」
戸口に立つと、ちょうど竈で火を炊く女の姿が視界に入った。
「あら、旅のひと?」
「そうだ。腹が減っている、飯を食わせてほしい」
女の言葉に、金清は丁寧に応じる。
刹那、背後に殺気を感じた。
金清の背中を銀光が薙いだ。かに思われたが、彼は足を大きく開き、腰を落として背後からの斬撃を避けた。
瞬間、鎌をふるった相手の腕を取り関節技をきめる。
鎌が落ちて音を立てた。
電光石火、金清は前へと大きく移動し、背後から迫っていた女の短刀を避ける。
金清が知る由もないが、この村には公卿のひとりの息がかかり、通りがかる走者を仕留めるようにと下知がなされていた。
「おい、おまえら。やっちまえ」
腕を先ほど決めた男が鎌を反対の手で拾い上げながら叫んだ。
闇の中で無数の松明の火が灯るように、金清には殺気が生じたが鮮明に感じられた。
金清はみずから男へと近づいていく。相手のななめうしろには妻女であろう例の女が控えた。
相手が斬ってくる。
銀光一閃、金清は足を踏み変えて剣をふるった。
小手に落ちた刀身は深々と甲を割る。次の瞬間、金清は前足をひざの部分に蹴撃を浴びせて蹴り折った。
短刀をふりあげる女の喉首に横薙ぎの一撃を送る。
「よ、よくも、嬶を」
ひざを折られた男が涙、よだれを垂れ流しながら怒鳴った。
「おまえも跡を追え」
金清は冷たく言って相手の喉首に刀身を当てて掻き切る。
息をするように人を殺せる彼にとって、今の殺人は雑草を踏んだのと変わらない。
そんなことより、と金清は戸口のすぐ側に転がる男を脇へと蹴りやった。
ここは都合がいい――多数を相手に斬り合うなら、なるだけ一度に斬り結ぶ相手を少なくするのが常道だ。
「てめえ、よくも彦左を」
のちに言う律令制時代の徴兵制の名残だろう、鎌槍状の鉾を持ち出してきたひげ面の男が突きかかってくる。
金清は体を開くや剣をふるった。相手の得物の柄を切断する。
斬り落とされた穂先が地面に落ちる前につかみ、刃を返して投じた。
一瞬理の出来事に男は反応できない。喉に三寸ほどの柄が生えた鉾の刃を伸ばして仰向けに倒れた。
「小麻呂」と外で悲鳴がもれる。
戸口から見える範囲には、村の衆が集結していた。
金清は相手が攻め入ってくる前仕留めた女の短刀を取り上げた。人数を相手にするなら、太刀はそのうち血糊で役に立たなくなる。
「おら、来いよ、下郎ども」
金清は喜色満面の笑みで言い放った。
その後はとにかく斬って斬って斬りまくる。
太刀が使えなくなると腰刀に持ち替え、それも駄目になると短刀をふるい、あるいは武器を奪っておのれで使った。
竈の火が燃え移ったのだろう。
気づくと、血臭と物の燃える臭いが入り混じっていた。
だが、その臭いが金清には心地よい。
そう、生きているという感じがするのだ――。
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