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二
村人が皆殺しに遭った集落を通り過ぎた。この頃、史郎はひとつ思うようになっている。
官職が欲しい、と。
それでも誰かのために検非違使庁の官吏になりたいと思った。
力の汚い使いからにはうんざりしている。
史郎は街道脇で焚火をはさんで対面に座る四千に、そのことを告げた。
「検非違使ね、いいんじゃないか? わたしは力の使い方がどうのなんて考えたこともなかったけどね。おまえは元々、公家の生まれなんだ」
「そうだな」
父からの扱いであまり自覚はなかったが、自分の生まれは公家なのだ。ならば、それに見合った身の処しようもあるだろう。
「にしても、人殺しが検非違使か」
四千が皮肉な口調で言った。ただし、その言葉は史郎に向けられたものには感じられなかった。
「かつて、公家は陣頭に立って戦いに加わるものだった。されば、先祖に立ち返り、血の雨の中を進む者がいてもいいはずだ」
「また、辛い思いをするんじゃないのかい?」
「余人に言われるままに剣をふるうよりマシだ」
史郎は小枝を追って焚火に投げ込んだ。
この、暗闇の中で自分を照らすようなものが、おのれにも欲しい。
と、気配を感じた。
史郎は中腰になり太刀を抜く。
「父上」と声が聞こえた。
「鳶丸」史郎は驚きに固まる。
闇の中から、焚火の生じさせる明かりの届く場所に童の影が現れた。
「なにゆえ、おまえは」
史郎は眉間に皺を寄せる。
「犬丸伯父の文を届けに」
「参ったというのか?」
史郎の疑問は深またった。文とは?
「これにございます」
鳶丸がこちらに近づきながら懐から文を取り出す。
差し出されたそれを史郎は強張った手で受け取った。犬丸の名は未だには胸に痛みを生じさせる。
史郎は焚火の側に座り込み、火で照らしながら文に目を通した。
内容はこうだった。
『この文が届けられたということはすでに麿はこの世の者ではないでしょう』
この世の者ではないでしょう、という言葉に史郎は胸が痛むのを感じる。
『ですが、その責は兄上にはありません。父上に認めてほしい、とおのれという者を見失っている麿にありまする』
犬丸はみずからが“おのれを失っている”と悟っていたのだ。
『母を早くに亡くし、しょせんは三男として冷遇された孤独が、麿を腐らせました。されど、史郎兄上と過ごすことのできた時はかけがえのないものです』
泉下より、兄上の三つ競べの勝利を祈っておりまする、という旨の言葉が最後に記されていた。
史郎の頬が濡れる。目頭が熱かった。
「鳶丸、そなたはこの文を読んだか?」
「それは」
ばつの悪い表情を鳶丸が浮かべる。
「伯父上は父上を慕っておられました」
と告げる。
それは、犬丸が史郎の屋敷を訪れた折のことだったという。
「知っているか」簀子敷の上に立った犬丸は、鳶丸に笑顔で告げた。
「兄上はことのほか、梅を好いておられるでおじゃる」
「そういえばそうですね」
鳶丸は首をかしげる。
「梅が、西の対の側に植わっていたかもしれぬな、誰が育てた訳でもなのにそこに植わり、毎年のこと美しい花を咲かせていた。『ほら、綺麗ね』と史郎兄様の母君が申していたのをよく耳にしていたでおじゃる」
「そんなことが」
鳶丸が興味深いという顔をした。
「あるいは、梅の花の儚く美しい様が母を思い起こさせるかもな」
犬丸がどこか切なげな顔で花を見据える。
「されど、花は枯れてしまいます」
「さよう、花は枯れる。そして、ひとは死ぬのでおじゃる」
犬丸の言葉に、鳶丸は寂しいことを言った。
「伯父上、それはさびしゅうございます」
「淋しゅうあろうとも、それが摂理でおじゃる。公卿であろうが、帝すらは死からは逃れられぬ」
甥の言葉に、犬丸は微笑を浮かべていた。問答を楽しんでいた。
「では、いかがすれば?」
「結句のところ、何をなし、何を人に残せたか、ではなかろうか」
何をなし、何を人に残せたか、その言葉が鳶丸の胸の深いところまで届く。
「伯父上は何をなさりますか?」
「そうでおじゃるな、剣を極めたいでおじゃる」
剣、と鳶丸はなるほどどと思った。
「麿の目標は、兄上から一本取ることでおじゃる」
「それからは?」
「まずは、それで満足でおじゃる」
と、そこで犬丸は何かを思いついた顔をする。
「これをそなたさんにくれてやる」
鳶丸の手に握らされたのは犬丸の腰刀だった。
「父上には失くしたとでも申し上げる。だから、お前が帯びていろ」
と満足げに犬丸は告げた。
そういえば、倅が腰刀を失くした、と父が不機嫌につぶやくのを聞いたことがあった。
そんな言葉が交わされていたか、と感慨深い。
かつ、弟の息子への温かいふれあいがありがたかった。
「これがその腰刀にございます」
鳶丸が腰から抜き、両手で父に差し出す。
「白梅、と伯父上は名づけられたとのことにおじゃる」
白梅か、と史郎は剣を抜いてみて名前の意味を悟った。波紋が目に刺さるほどの輝かしさだ。だが、波紋は前端の二分の一、四分の一に収まっていて上部な刀身を表していた。
力が人を“裂く”なら、史郎は力で“塞ぎ”たかった
史郎たちは焚火を取り囲んだ。
「鳶丸は、犬丸のことをどう思った」
「あやつが、為せたもの、残せたもの」
それが話に上がった。
結句、それは、人間が生きていく上で必要な構えなのだ。
● ● ●
村人が皆殺しに遭った集落を通り過ぎた。この頃、史郎はひとつ思うようになっている。
官職が欲しい、と。
それでも誰かのために検非違使庁の官吏になりたいと思った。
力の汚い使いからにはうんざりしている。
史郎は街道脇で焚火をはさんで対面に座る四千に、そのことを告げた。
「検非違使ね、いいんじゃないか? わたしは力の使い方がどうのなんて考えたこともなかったけどね。おまえは元々、公家の生まれなんだ」
「そうだな」
父からの扱いであまり自覚はなかったが、自分の生まれは公家なのだ。ならば、それに見合った身の処しようもあるだろう。
「にしても、人殺しが検非違使か」
四千が皮肉な口調で言った。ただし、その言葉は史郎に向けられたものには感じられなかった。
「かつて、公家は陣頭に立って戦いに加わるものだった。されば、先祖に立ち返り、血の雨の中を進む者がいてもいいはずだ」
「また、辛い思いをするんじゃないのかい?」
「余人に言われるままに剣をふるうよりマシだ」
史郎は小枝を追って焚火に投げ込んだ。
この、暗闇の中で自分を照らすようなものが、おのれにも欲しい。
と、気配を感じた。
史郎は中腰になり太刀を抜く。
「父上」と声が聞こえた。
「鳶丸」史郎は驚きに固まる。
闇の中から、焚火の生じさせる明かりの届く場所に童の影が現れた。
「なにゆえ、おまえは」
史郎は眉間に皺を寄せる。
「犬丸伯父の文を届けに」
「参ったというのか?」
史郎の疑問は深またった。文とは?
「これにございます」
鳶丸がこちらに近づきながら懐から文を取り出す。
差し出されたそれを史郎は強張った手で受け取った。犬丸の名は未だには胸に痛みを生じさせる。
史郎は焚火の側に座り込み、火で照らしながら文に目を通した。
内容はこうだった。
『この文が届けられたということはすでに麿はこの世の者ではないでしょう』
この世の者ではないでしょう、という言葉に史郎は胸が痛むのを感じる。
『ですが、その責は兄上にはありません。父上に認めてほしい、とおのれという者を見失っている麿にありまする』
犬丸はみずからが“おのれを失っている”と悟っていたのだ。
『母を早くに亡くし、しょせんは三男として冷遇された孤独が、麿を腐らせました。されど、史郎兄上と過ごすことのできた時はかけがえのないものです』
泉下より、兄上の三つ競べの勝利を祈っておりまする、という旨の言葉が最後に記されていた。
史郎の頬が濡れる。目頭が熱かった。
「鳶丸、そなたはこの文を読んだか?」
「それは」
ばつの悪い表情を鳶丸が浮かべる。
「伯父上は父上を慕っておられました」
と告げる。
それは、犬丸が史郎の屋敷を訪れた折のことだったという。
「知っているか」簀子敷の上に立った犬丸は、鳶丸に笑顔で告げた。
「兄上はことのほか、梅を好いておられるでおじゃる」
「そういえばそうですね」
鳶丸は首をかしげる。
「梅が、西の対の側に植わっていたかもしれぬな、誰が育てた訳でもなのにそこに植わり、毎年のこと美しい花を咲かせていた。『ほら、綺麗ね』と史郎兄様の母君が申していたのをよく耳にしていたでおじゃる」
「そんなことが」
鳶丸が興味深いという顔をした。
「あるいは、梅の花の儚く美しい様が母を思い起こさせるかもな」
犬丸がどこか切なげな顔で花を見据える。
「されど、花は枯れてしまいます」
「さよう、花は枯れる。そして、ひとは死ぬのでおじゃる」
犬丸の言葉に、鳶丸は寂しいことを言った。
「伯父上、それはさびしゅうございます」
「淋しゅうあろうとも、それが摂理でおじゃる。公卿であろうが、帝すらは死からは逃れられぬ」
甥の言葉に、犬丸は微笑を浮かべていた。問答を楽しんでいた。
「では、いかがすれば?」
「結句のところ、何をなし、何を人に残せたか、ではなかろうか」
何をなし、何を人に残せたか、その言葉が鳶丸の胸の深いところまで届く。
「伯父上は何をなさりますか?」
「そうでおじゃるな、剣を極めたいでおじゃる」
剣、と鳶丸はなるほどどと思った。
「麿の目標は、兄上から一本取ることでおじゃる」
「それからは?」
「まずは、それで満足でおじゃる」
と、そこで犬丸は何かを思いついた顔をする。
「これをそなたさんにくれてやる」
鳶丸の手に握らされたのは犬丸の腰刀だった。
「父上には失くしたとでも申し上げる。だから、お前が帯びていろ」
と満足げに犬丸は告げた。
そういえば、倅が腰刀を失くした、と父が不機嫌につぶやくのを聞いたことがあった。
そんな言葉が交わされていたか、と感慨深い。
かつ、弟の息子への温かいふれあいがありがたかった。
「これがその腰刀にございます」
鳶丸が腰から抜き、両手で父に差し出す。
「白梅、と伯父上は名づけられたとのことにおじゃる」
白梅か、と史郎は剣を抜いてみて名前の意味を悟った。波紋が目に刺さるほどの輝かしさだ。だが、波紋は前端の二分の一、四分の一に収まっていて上部な刀身を表していた。
力が人を“裂く”なら、史郎は力で“塞ぎ”たかった
史郎たちは焚火を取り囲んだ。
「鳶丸は、犬丸のことをどう思った」
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結句、それは、人間が生きていく上で必要な構えなのだ。
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