天下を駆ける(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 それにこんな走者もいた。
 なんと、子連れだった。
 父親らしき男が童を背負って走っているのだ。
 それも、日の本でも一、二を争うと自負する史郎が追いつくのがむずかしいほどの速さだった。
 化け物かあいつ――胸のうちであきれまじりにつぶやく。必死の走りで声に出す余裕がなかった。隣を走る四千も懸命の顔つきだ。
 と、こちらの気配に気づいたらしく男が急に止まる。
「そこな御仁、走者であろうか」
 男が眉間に皺を寄せてふり返りたずねた。
「そうだ」
 嘘が通用する雰囲気でもないと史郎は足を止めて言い放つ。
 瞬間、予想外のことが起きた。
 背中の童が懐を漁ったと思うと吹き矢を取り出しこちらに向けて矢を吹いたのだ。
 とたん、視界が急激に入れ替わる。
 背中を地面で打ったところで、四千の足がこちらの足元に伸びていたのを知った。どうやら、彼に先んじて童の動きを警戒し、史郎を助けたようだ。
 それにしても痛い――史郎は息を詰まらせながらも強引に立ち上がった。
「やるな」
 道理からいえば童に奇襲をさせるなど褒めてものではないが、汚い殺し合いをしてきた史郎の価値観でいえば単純な事柄とはいえ盲点だった。
「したが、二度は通じないぞ」
 男が急激に動けば童も片手では掴まるのは難しい。それができたとして、まともに吹き矢で狙えるとは思わない。
 そんなことを史郎が考えていたところ、
「手前の負けにございます」
 と男が大声で言い、その場に土下座した。
 え、と史郎は唖然となる。
 童の次は当然、父親が腕をふるうのだと勝手に思っていた。
「おまえ、童の奇襲一本でここまで来たのか?」
 四千があきれ声でたずねる。
「これがなかなか、通用するもので」
 男が顔をあげ媚びるような顔を見せた。
 なんだか、童が可哀そうだ。
「どうぞ、命だけは」
 自分のほうから仕掛けておいて男は厚顔無恥にもなさけない表情になってうったえる。
「ああ、まあ」
 以前の史郎なら、それでも斬り捨てていたかもしれないが、今の史郎には全力で命乞いをする相手は斬れない。さらには、相手は子連れのだ。
「まあ、なんだ達者にな」
 本気で戦う気がないらしき殺気を放たない男をわき目に史郎と四千は走り出した。
 一方的に仕掛けられたというのに、どこか後ろ暗い不思議な戦いだった。
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