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五
夕刻、路傍に腰をおろしている人影を史郎は認めた。
その相手の容貌に思わず足をゆるめる。
六間ほどの距離で立ち止まった彼と四千を、友である真海が見やった。
「やあ、精が出るな」
真海は京の道端で行き会ったように莞爾と笑う。彼は腰にいくつもの、細い竹を束ねた物を腰に吊っていた。
「真海、なぜ」
史郎は嫌な予感がして背筋をふるわせた。
「なに、ちと刺客をな」
さらりと真海は告げる。
刺客、その単語に史郎が胃の腑が凍るのを感じた。
「俺を討つのか」
「そうなるな」
うなずく真海に史郎は問う。
「なぜだ」
「師の筋から頼まれてな」
金、と言われればまだ説得の余地があるかもしれないが、師の筋と言われればたやすく反論もできなかった。それでも史郎はなんとか口を開く。
「真海、俺は」
「そなたの母を殺めたのはわしだ」
彼の言葉を真顔になった真海がさえぎった。
え、と史郎は目を見張る。
「師から独り立ちして京で働いていたところ、そなたの父を恨む者に頼まれてな」
軽くはないが、重くもない口調で真海は告げた。
「童でも人殺しはできる。それは、刺客として育ったそなたならよく知っておろう」
ましてや毒飼いに膂力はいらぬからな、と彼は言葉をかさねた。
だが、と史郎はつぶやく。
よりによって、友として交流していた者が下手人など信じたくなかった。
「そなたに近づいたのも、殺した女性の子息が長じて無事に暮らしているというから興味を持ってだ」
真海は短くはない付き合いの中でこちらにそんな重大な過去を隠しつづけたのか、と史郎は肺が締め付けられる。
「これで存分にやり合えよう」
真海が笑みを浮かべた。
その言葉に史郎は悟るものがある。
ただ殺すだけなら、こちらがうろたえたところを討てばいい。そうしなかったのは、せめて対等に勝負したいという考えがあってのことだろう。
真海が腰の竹束のひとつを手にとった。それを瞬時に口元に当てた。
紫電一閃、毒針が無数にこちらに飛んだ。
とっさに史郎な横に体を倒れさせ、次いで足を踏ん張った。一瞬理の動きだ。
「史郎、戦え」
脇にいた四千が声を張る。
それでも史郎は抵抗をおぼえた。
が、真海は構わず二つ目の竹束を口に当てる。
三つ目を空いた手に持ち、立て続けに吹いてきた。
いくつかの毒針が直垂に刺さる。いや、浅くだが肌に刺さった感触もあった。
もはや、やるしかない。
史郎は左右にななめに動きながら太刀を抜いて迫る。
「よいぞ、史郎。そうこなくてはな」
真海の笑みが深くなった。
刃風一颯、刃圏内に踏み込むや袈裟斬りを見舞う。
瞬間、腕に感触があった。真海がこちらの腕を手でとらえたのだ。
な、と史郎は瞠目する。
まだ、腰回り、柔といったものが隆盛していなかった時代だ、太刀に素手で立ち向かってくる真海の技は驚きの一言だった。
腕を捩じられた。
その動きの先に、刃が史郎の首筋に向かう。
死ぬ――史郎はとっさに下肢から力を抜いた。体重を相手の腕にかけて動作を止める。
同時に、片足を真海の足に絡めた。力を入れて足を極めにかかる。
真海はその動きに対抗し足に力を入れた。
刹那、史郎は太刀の柄を捻った。
真海の呪縛から太刀が解放される。史郎は今度は太刀で真海の首を掻き切りにいった。
瞬間、真海が前に体を倒した。
体重がかかり、史郎の足の極め技がとかれる。真海は前に二度素早く前にまわり、立ち上がった。
「やるな」
真海が愉快そうな声をもらす。
「お前の技は狂っている」
史郎は顔をしかめた。
「なれど、太刀で打ってくる者にはてきめんの効果がある」
「俺のようにか」
史郎の問いかけに、そうだ、と真海は笑顔でうなずく。
ならば、と史郎は左手で太刀をにぎり、右手で腰刀を抜いた。
なんと、と真海が目を丸くする。
「三つ競べの中で俺が得た剣技だ」
「まるで手妻よな」
史郎の言葉に、真海がよろこぶような顔をする。
刹那、彼は吹き筒を手にし吹いた。
寸前で史郎の太刀が伸びる。竹を切断し、筒先を逸らした。瞬間、真海が体を開いてこちらのみぞおちに拳打を放つ。
史郎は体をよじって躱した。が、真海の拳打がこちらの身を滑って顎へと迫る。
史郎は、辛うじて頭をふって避けた。
重心を鎮める動きに合わせて太刀を動かし真海の腕を掻き切る。
手ごたえは――あった。
が、浅手と見る。
反対の手でこちらの腕を払ってくる。瞬間、足蹴が史郎の脇へと届いた。
なんとか、直撃は避けた。だが、それでも骨に響く。
刹那、真海の膝が硬い音を立てた。
お返しとばかりに史郎が踏み蹴ったのだ。
太刀を持っていないことを意表をつくなら、こちらは太刀を持つことで意表をつくまでだ。
真海の身勢が崩れる。
瞬間、史郎は太刀を直上に走らせる。真海の腿の太い血の管を斬った。
真海の表情から力が抜けた。その場に膝をつく。
「負けだ」
潔く彼は言い放った。後世でいう武士の理想形のような天晴れな態度だ。
「介錯はいるか」
史郎はたずねた。
「いらん。風が頬でをなでる心地、土、草の匂いを楽しんで死ぬ」
真海は首を左右にふる。
「行(ゆ)け、史郎。俺はお前の背中、前に進む姿を見て世を去りたい」
「そうか」
史郎は唇を引き結んだ。
「されば、さらばだ、友よ」
「ああ、友よ」
史郎の言葉に、真海が軽くうなずいた。
史郎は彼に背を向け走り出す。それに黙って四千がつづいた。
● ● ●
夕刻、路傍に腰をおろしている人影を史郎は認めた。
その相手の容貌に思わず足をゆるめる。
六間ほどの距離で立ち止まった彼と四千を、友である真海が見やった。
「やあ、精が出るな」
真海は京の道端で行き会ったように莞爾と笑う。彼は腰にいくつもの、細い竹を束ねた物を腰に吊っていた。
「真海、なぜ」
史郎は嫌な予感がして背筋をふるわせた。
「なに、ちと刺客をな」
さらりと真海は告げる。
刺客、その単語に史郎が胃の腑が凍るのを感じた。
「俺を討つのか」
「そうなるな」
うなずく真海に史郎は問う。
「なぜだ」
「師の筋から頼まれてな」
金、と言われればまだ説得の余地があるかもしれないが、師の筋と言われればたやすく反論もできなかった。それでも史郎はなんとか口を開く。
「真海、俺は」
「そなたの母を殺めたのはわしだ」
彼の言葉を真顔になった真海がさえぎった。
え、と史郎は目を見張る。
「師から独り立ちして京で働いていたところ、そなたの父を恨む者に頼まれてな」
軽くはないが、重くもない口調で真海は告げた。
「童でも人殺しはできる。それは、刺客として育ったそなたならよく知っておろう」
ましてや毒飼いに膂力はいらぬからな、と彼は言葉をかさねた。
だが、と史郎はつぶやく。
よりによって、友として交流していた者が下手人など信じたくなかった。
「そなたに近づいたのも、殺した女性の子息が長じて無事に暮らしているというから興味を持ってだ」
真海は短くはない付き合いの中でこちらにそんな重大な過去を隠しつづけたのか、と史郎は肺が締め付けられる。
「これで存分にやり合えよう」
真海が笑みを浮かべた。
その言葉に史郎は悟るものがある。
ただ殺すだけなら、こちらがうろたえたところを討てばいい。そうしなかったのは、せめて対等に勝負したいという考えがあってのことだろう。
真海が腰の竹束のひとつを手にとった。それを瞬時に口元に当てた。
紫電一閃、毒針が無数にこちらに飛んだ。
とっさに史郎な横に体を倒れさせ、次いで足を踏ん張った。一瞬理の動きだ。
「史郎、戦え」
脇にいた四千が声を張る。
それでも史郎は抵抗をおぼえた。
が、真海は構わず二つ目の竹束を口に当てる。
三つ目を空いた手に持ち、立て続けに吹いてきた。
いくつかの毒針が直垂に刺さる。いや、浅くだが肌に刺さった感触もあった。
もはや、やるしかない。
史郎は左右にななめに動きながら太刀を抜いて迫る。
「よいぞ、史郎。そうこなくてはな」
真海の笑みが深くなった。
刃風一颯、刃圏内に踏み込むや袈裟斬りを見舞う。
瞬間、腕に感触があった。真海がこちらの腕を手でとらえたのだ。
な、と史郎は瞠目する。
まだ、腰回り、柔といったものが隆盛していなかった時代だ、太刀に素手で立ち向かってくる真海の技は驚きの一言だった。
腕を捩じられた。
その動きの先に、刃が史郎の首筋に向かう。
死ぬ――史郎はとっさに下肢から力を抜いた。体重を相手の腕にかけて動作を止める。
同時に、片足を真海の足に絡めた。力を入れて足を極めにかかる。
真海はその動きに対抗し足に力を入れた。
刹那、史郎は太刀の柄を捻った。
真海の呪縛から太刀が解放される。史郎は今度は太刀で真海の首を掻き切りにいった。
瞬間、真海が前に体を倒した。
体重がかかり、史郎の足の極め技がとかれる。真海は前に二度素早く前にまわり、立ち上がった。
「やるな」
真海が愉快そうな声をもらす。
「お前の技は狂っている」
史郎は顔をしかめた。
「なれど、太刀で打ってくる者にはてきめんの効果がある」
「俺のようにか」
史郎の問いかけに、そうだ、と真海は笑顔でうなずく。
ならば、と史郎は左手で太刀をにぎり、右手で腰刀を抜いた。
なんと、と真海が目を丸くする。
「三つ競べの中で俺が得た剣技だ」
「まるで手妻よな」
史郎の言葉に、真海がよろこぶような顔をする。
刹那、彼は吹き筒を手にし吹いた。
寸前で史郎の太刀が伸びる。竹を切断し、筒先を逸らした。瞬間、真海が体を開いてこちらのみぞおちに拳打を放つ。
史郎は体をよじって躱した。が、真海の拳打がこちらの身を滑って顎へと迫る。
史郎は、辛うじて頭をふって避けた。
重心を鎮める動きに合わせて太刀を動かし真海の腕を掻き切る。
手ごたえは――あった。
が、浅手と見る。
反対の手でこちらの腕を払ってくる。瞬間、足蹴が史郎の脇へと届いた。
なんとか、直撃は避けた。だが、それでも骨に響く。
刹那、真海の膝が硬い音を立てた。
お返しとばかりに史郎が踏み蹴ったのだ。
太刀を持っていないことを意表をつくなら、こちらは太刀を持つことで意表をつくまでだ。
真海の身勢が崩れる。
瞬間、史郎は太刀を直上に走らせる。真海の腿の太い血の管を斬った。
真海の表情から力が抜けた。その場に膝をつく。
「負けだ」
潔く彼は言い放った。後世でいう武士の理想形のような天晴れな態度だ。
「介錯はいるか」
史郎はたずねた。
「いらん。風が頬でをなでる心地、土、草の匂いを楽しんで死ぬ」
真海は首を左右にふる。
「行(ゆ)け、史郎。俺はお前の背中、前に進む姿を見て世を去りたい」
「そうか」
史郎は唇を引き結んだ。
「されば、さらばだ、友よ」
「ああ、友よ」
史郎の言葉に、真海が軽くうなずいた。
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